フィンランドは遠くて近い国と思わせてくれた二つの講演だった。一人は現駐日フィンランド大使、そしてもう一人が在日40年になるというフィンランド人大学教師、お二人ともに女性だった。二つのお話からたくさんの示唆を得ることができた。
少し話が古くなったが、2月11日・12日の二日間にわたってかでる2・7において「フィンランド一日大学2023」というイベントが開催された。内容はフィンランド事情を知るための多彩な内容が用意されたが、私は他のスケジュールの関係もあり全てには参加することはできなかった。用意されたプログラムの中から、私は二つの講演を受講することで申し込みをした。
その二つとは、11日(土)の「最近のフィンランドに関する話題」と題して駐日フィンランド共和国大使のタンヤ・ヤースケライネン氏が講演されたお話と、12日(日)の「フィンランド人は本当に『世界一幸せ』?」と題した九州ルーテル学院大学准教授の板根シルック氏のお話を聴くことにした。以下、お二人のお話の要旨をレポしたい。
タンヤ大使のお話はさすがに国を代表する方らしく、最近の世界情勢とフィンランドとの関りについての話題だった。最近の世界情勢とは、つまり「ロシアのウクライナ侵攻」である。フィンランドがロシアのウクライナ侵攻を目の当たりにして直ちにスゥエーデンとともにNATO入りを表明したことは諸兄もご存じのとおりである。
フィンランドが今回の事態に対して非常に危機感を抱いていることを大使は率直に表明した。それはフィンランドが過去にロシアに支配されていた歴史を持つ国であること、そしてロシアと実に1,600kmもの長い国境線で接しているということがあるという。さらには、近年ロシアの航空侵犯が頻発していること。あるいはコロナ前には年間1,000万人を超えるロシア人(数字は聞き間違えかもしれない)がフィンランドを訪れたり、移民が増加したりしている点を挙げて、ロシアは「ハイブリット戦略」を仕掛けてきていると強調された。
「ハイブリット戦略」とは、単に武力でもって敵国を叩くだけではなく、いかに低コストで最大限のダメージを敵国に与えるか。執拗なサイバー攻撃、SNSを利用したプロパガンダ、暗躍する民間軍事会社、等々、プーチンが仕掛ける「現代戦」を指す言葉だそうだ。
こうした脅威に対して、フィンランド国民はロシアがウクライナ侵攻する前はNATO入りに対して70%近くが反対していたものが、今では80%がNATO入りを支持するように変化したという。こうした国民の強い支持が国の意思を後押ししているという。
大使はまた、日本に対してフィンランドと同じロシアの隣国としてもっと危機感を持ってほしいし、フィンランドとの連携を強化したいとも語られた。大使は自らの任期中、自国の、そして友国の安全保障問題の解決のため職務をまっとうしたいと語り講演を締めた。
大使のお話を伺い、国を代表する一人として非常に危機感をもって職務に当たられていることを痛感した。ロシアの隣国である我が日本は、フィンランドの姿勢に見習う点があるのではないか、と率直に感じさせられた講演だった。
大使の講演から面白い事実を発見した思いだった。というのは、大使の講演は英語での講演だった。当然通訳が入ったのだが、そのことが講演の内容をメモしようとする私には好都合だったのだ。メモする力に優れていない私には講演の内容をメモすることがけっこう大変なのが常なのだが、通訳が入ることによって余裕をもって講演内容をメモすることができた。もっとも、講演する側から言えば持ち時間の半分を通訳に取られるためにお話したいことの半分しか言えないというジレンマがあるのかもしれないが…。面白い発見だった。
続いて、翌日に板根シルック氏の「フィンランド人は本当に『世界一幸せ』?」と題する講演を受講した。シルック氏は日本滞在40年ということで流ちょうな日本語での講演だった。いやいや日本人以上に聞きやすい口調のお話しだった。
シルック氏は現在60歳代ということだが、かなり変化に富んだ体験をされているフィンランド人のようだ。まず生まれたところが日本である。さらには名前が板根シルックと称するように日本人と結婚されている方である。その間、頻繁に自国のフィンランドと日本を行き来しながら今日に至っている方で、仕事の方も9度も変わって今日に至っているということだった。
シルック氏はけっしてフィンランド礼賛に終始するようなお話ではなく、冷静に自国の特徴を分析し、日本との違い、またフィンランドの課題についても言及された。
シルック氏はまず国連が調査する「世界幸福度報告」において5年連続「世界一幸せな国」に選出されていることを紹介された。(ちなみに日本は2022年度153カ国中、62位である)そうなった要因についてシルック氏は次の3点を挙げられた。
①ソ連から独立して100周年であること。
②人口が550万人であること。
③国教が「福音ルーテル教会」であること。
の3点を挙げられた。その理由についてシルック氏は詳しくは触れらなかったが私は次のように解釈した。独立して100年しか経っていないということは、国民はその当時の辛い思いを忘れていないということではないか(フィンランドは第二次世界大戦の敗戦国として1960年までソ連に戦争賠償金を払い続けていたそうだ)。人口が550万人と世界的に見ても少数国家であることから国民がまとまらなければならないという意識が強いのではないか。宗教のことは良く分からないが、シルック氏はキリスト教のカソリックはローマ法王を頂点とする組織であるのに対して、ルーテル教会の祖であるマーチン・ルターは、人々は皆平等であるとの教えを説いた的なことを話された。
シルック氏のお話は多岐にわたったが、その中でも印象的なお話はフィンランドの教育観についてのお話だった。まずフィンランド人は競争や比べることを好まないという。したがって学校においては生徒のランク付けをしないし、学校別の成績も公表しないということだ。また「頑張る」と意味する言葉がないとも話された。「ライバル」という言葉はスポーツ以外には使わないとも話された。そして国が目指すところは国民の「平等」できなく、「公平」だという。そして最終的に目指しているのは「ウェルビーイングな国」の在り方だという。ウェルビーイング(Well-being)とは、Wikipediaによると「誰かにとって本質的に価値のある状態、つまり、ある人にとってのウェルビーイングとは、その人にとって究極的に善い状態、その人の自己利益にかなうものを実現した状態である」とある。つまり「自分で自分らしい生き方を選べる」社会がフィンランドが目指しているところだという。
しかし、フィンランドでも問題がないわけではないという。例えば、移民が増えてきていることとも関係するが、学校間格差が徐々に顕在化してきていること、あるいは少子化の進展によって国の将来の先行きに不透明感が出てきていること、等々…。
とは言いながらも、シルック氏は自国に対して強い自負心を抱いていることは言葉の端々から受け取れた。そのことは彼女が未だに日本の国籍を取得せずにフィンランド国籍のままでいるところに現われているように思えた。
拙ブログで何度も触れているが、私は今から55年前にヨーロッパ、中近東、アジアの国々を彷徨して歩いた体験を持つ。1978年6月にわずか1週間であったが、フィンランドに滞在した経験がある。今考えると、私が訪れた時はソ連への戦争賠償金を払い終えてから僅か18年しか経っていなかったことになる。それでも私が訪れた時のフィンランドは、北欧の豊かな国で、人々が幸せそうだなぁと映った。フィンランドという国は、悲惨で苦しい時代を経てきたからこそ、国民の幸せを何より優先して国づくりをしてきたことを今回の二つの講演をお聴きして改めて認識させられた思いだった…。
そもそも、頑張るとはなんだろう?と逆に考えてしまって。
努力する、というのとも違うのかなとか。
そういう言葉のニュアンスにも国民性が出るものなのでしょう。
政治的なハナシは差し控えますが、NATO加入に対する国民の指示が(どういう調査に基づくのかはさておき)、露国のウクライナ侵攻前後で逆転してしまっていることも興味深いですね。
それと、「発見」について!
うーん、通訳の方が翻訳するのに多少(通常の発話よりは)時間がかかり、そこにメモの時間ができたということですね。英語で概略を聴き取って、通訳を待ってメモをとっているのかもしれませんが……。
持ち時間については、慣れた講演者ならば、通訳の時間も折込済かもしれませんね。
文化の違いというか、国民性の相違のようなことを感じさせる一面でもありました。
フィンランドという国が、これまでの国の成り立ち、そしてロシアの隣国ということから、ロシアを刺激しないように努めてきたのが侵攻前までの姿だったのでしょう。
そこで今回のロシアの振る舞いを目にして、国民の本音が表出したのだと私は判断しています。
「発見」については、私の本音です。英語で概略など聴き取ってはおりません。筆の遅い私にとってメモする時間を確保できたという単純な事実です。最後の指摘はそのとおりでしょう。