田舎おじさん 札幌を見る!観る!視る!

私の札幌生活も17年目を迎えました。これまでのスタイルを維持しつつ原点回帰も試み、さらなるバージョンアップを目ざします。

秋の到来が遅れてる?

2019-10-11 22:50:25 | 環境 & 自然 & 観察会

 秋の到来が遅れてる?よ~な気がする。そこで秋を探しに円山公園を訪れ、そして久しぶりに円山に登ってみた。すると、う~ん、やっぱりそうかなぁ、という感じがしたのだが…。

      

      ※ 円山の山頂には紅葉した木が彩りを添えていたが…。    

 先日の近美前歩道の清掃ボランティアの際、「今年は枯葉が少ないですねぇ。秋が遅くなっているのだろうか?」というような会話を交わした。そういえば街路樹の色づきもあまり感じられない。そこで公園の木々はどうなっているんだろうか?と思い近くの円山公園へ行ってみることにした。

 円山公園の木々の一部は紅葉していた。しかし、それは文字通り一部の木で、ほとんどの木々は青々とした葉を付けていた。はたして青々とした木々は、常緑樹ばかりなのだろうか?私にはどうもそうとは思えなかった。

      

      ※ 円山公園の北1条通り側の入り口には真っ赤に紅葉した木が目に入った。

      

      ※ 円山公園内にはこうした黄葉した木も認められました。

      

      ※ しかし、円山公園全体の印象はこの写真のような感じが強いように思われた。

 そこで、その足で久しぶりに円山にも登って、円山の様子を見てみようと思った。円山の山域に入ると甘い芳醇な匂いが私の鼻をくすぐった。カツラの木の葉から発する甘い匂いである。円山はカツラの古木が目立つ山である。

 

      ※ 円山の登山道の中で目立ったカツラの古木三態です。

      

      

      

 円山も全体としては紅葉の時期を迎えているとは思えなかった。確かに登山道には茶褐色の枯葉が散乱していたが、全体としては紅葉の時期はまだ先かな?という印象だった。

      

      ※ 登山道の足元にはこうした落葉が散乱し、秋を感じさせましたが…。

      

      ※ 円山の登山道全体の印象は写真のような感じでした。

 しっかりとデータを調べたわけではないけれど、どうも例年より秋の到来が遅れているのではないだろうか?というのが私の印象だったのだが、果たしてどうなのだろうか???

 


やっぱりサッカージャパン!

2019-10-10 22:23:42 | スポーツ & スポーツ観戦

 赤白のユニフォームもいいけど、やっぱり私はジャパンブルーかな?ラグビーWCの日本代表の躍進が国民的関心事ではあるけれど、私にとっては長年ウォッチングを続けてきたサッカー日本代表の今夜の戦いぶりに留飲を下げた。

           

          ※ 残念ながらこの写真は今夜のスターティングイレブンではありません。

 今夜、2022サッカーWCカタール大会のアジア二次予選の対モンゴル戦が埼玉スタジアムで行われ、日本代表は6対0と完勝した。

 サッカー界では格下のモンゴルとはいえ、南野が、吉田が、長友が、永井が、遠藤が、鎌田が、と次々とゴールを産み出す日本代表の戦い方は観ている者にとって頼もしいかぎりだった。モンゴルのユニフォームがたまたま赤白(ラグビー日本代表も赤白である)だったけど、長年慣れ親しんだジャパンブルーのユニフォーム姿の選手たちが頼もしく見えた。

               

 この試合で最も躍動したのは何といっても伊東純也選手だろう。右サイドを俊足で駆け上がって提供するクロスボールは何度も何度も好機を演出し、3度もの得点をアシストした。このことで伊東選手はレギュラーの座を確保したのではないか、と思われる。

               

 日本の大黒柱である大迫選手が怪我のため今回招集が見送られ、「代役は誰が?」と注目になったが、結局永井謙佑選手が入った。永井は得点を記録はしたが、私の目からしたら「どうだろうか?」という印象だった。果たして森保監督の判断は?

 それにしても残念なのは、コンサドーレの鈴木武蔵選手が今回招集されなかったことだ。

           

 彼は素晴らしい身体能力の持ち主でありながら、十分にその能力を発揮できていないきらいがある。ぜひとも技を磨き、心を磨き、再び召集される選手となってほしいと思う。彼にはU-23の時代から注目していたので、ぜひ大迫選手の座を脅かすような選手の成長してほしいと思う。

 2022サッカーWCカタール大会のアジア予選は始まったばかりである。これから年末、来年と長く厳しい戦いが続く。またハラハラドキドキしながらサッカー日本代表の戦いを追い続けたいと思う。 

 もちろんラグビー日本代表が戦う13日(日)の対スコットランド戦は手に汗しながら決戦を見守りたいと思っている。

 


民主主義の申し子?

2019-10-09 19:26:31 | その他

 1946(昭和21)年生まれの私は勝手に民主主義の申し子世代だと自負している。一介の庶民である私には「民主主義」の深遠な真理など分かるはずもないが、少なくとも戦後日本においては国民主権基本的人権・法の支配・権力の分立などが確立された中で、人間の自由と平等を尊重する立場が保証されていると思っているのだが…。 

 拙ブログにおいては、政治的な問題にコミットするようなセンシティブな問題には触れないようにしてきた。それは私がそうしたことを論ずるほどの力量もないし、研鑽を積んだこともないからだ。ところが今回私はあるところで酔いに任せたこともあり「民主主義」という言葉を使ってしまった。場面は次のような場面だった。

 昨日もレポしたが、私が所属するシニアの生涯学習グループ「めだかの学校」では月に一度「給食会」と称する会員同士の懇親の場が設けられている。10月7日(月)がその日だった。札幌市内でも極安の居酒屋が定例の会場となっている。

          

 その席上で北海道新幹線工事に伴うトンネル工事から排泄される残土の処理問題で紛糾している現状についてさまざまな意見が出た。「残土の処理問題をクリアしてから工事を始めるべきだった」、「いや、工期期間が定められているから止むを得なかった」、「そもそも北海道新幹線は必要なの?」等々…。しかし、現実としては工事が進む中、残土問題は解決どころか、処理候補地となった住民が断固反対の姿勢を示し、解決の方向が見えない現状にある。そのことによる工事の遅れを指摘し、当局の取り組みの甘さを指摘する声があった。

 この頃我が国においては、ゴミ処理場や保育園などの建設問題が起きるたびに、建設予定地の住民が反対運動を起こす例をよく見聞する。上記のトンネルの残土問題も同種の問題であろう。このことをどう見るかである。私はある意味、これが民主主義の世の中なんだろうと、と思っている。つまり民主主義の世の中とは、何かコトを進める時に、その決定段階や合意形成を図る段階でたくさんの時間やコストがかかる仕組みなのではないかと思っている。それがある種の健全な姿ではないかと…。これが一党独裁の国家などでは、鶴の一声(?)でモノゴトが進められ、為政者側から見ると効率的に国家や地域が運営されていくんだろうと思われる。

              

 私たちは外(USA)からの移植によってだが、「民主主義」というものを獲得した。そのことを体得した第一世代が私たちだったのではないか、と自負している。北海道の片田舎で育った私だったが、小学校において週に一度行われる学級会が何より楽しみだった。そこではさまざまな学級の問題が稚拙ながらも自由闊達に自分の考えを述べ合ったことを懐かしく思い出している。「民主主義」というのは、おそろしく時間もコストもかかる仕組みかもしれない。しかし、そこには誰もが自由で、平等の立場で意思決定に参加できるという極めて人間的な仕組みだと思う。現代は「民主主義」の危機が懸念されているともいう。せっかく手に入れた人間の自由と平等を尊重するこの仕組みを手放すようなことはけっしてあってはならないと考えた月曜の夜だった…。


ふるさと動画視聴会 福島町・余市町

2019-10-08 19:51:40 | 「めだかの学校」関連

 福島町と余市町の昔と今が画面上に映し出された。1969(昭和44)年製というから、今から50年前の白黒フィルムである。フィルムの中に素朴さは残るものの、高度経済成長の真っただ中、両町とも明るい未来を予感させる内容だったところに当時の世相を思い出させてくれた。 

 私が所属するシニアの生涯学習グループ「めだかの学校」は、今月から今年度後期のプログラムに移った。後期は道内各市町村のPRビデオなどを視聴する「ふるさと動画視聴会」と、市内関係各所の出前講座を活用して老後問題について考える「これからに備えて」の2本立てで来年3月まで学習を進めることにしている。

 その第1回講座「ふるさと動画視聴会」が昨日10月7日(月)午後に開催された。この「ふるさと動画視聴会」は、道立図書館が所蔵する1950年代から60年代の道内各地の市町村の様子を写したフィルムをDVD化して貸し出していることを知ったことから企画されたものである。全道179市町村の全てを視聴することは不可能である。そこで会員から希望を募り、一回に2市町村毎視聴するとして都合12市町村をピックアップして視聴することとなった。その第一回目として「福島町」と「余市町」が取り上げられたということだ。道立図書館所蔵のフィルムはどちらも15~20分程度の短いものである。そこで担当者は動画サイトなどから両町の今を写すPR動画などを探し出して、それを同時に視聴することによって50年前と今を比較して視聴するという方法を取った。

 50年前のフィルムは、白黒フィルムであるうえ、音源が付かないものだった。それでも当時の両町の様子を良く映し出していた。特に福島町は、青函トンネルの掘削工事が始まっていて北海道側のトンネル入口になっていたことから町全体に勢いのようなものが感じられ、大人たちはもちろん、たくさんの子どもたちの生き生きとした様子が印象的だった。余市町もまたニッカウィスキー醸造所のある町として今以上に繁華街が賑わっていた様子が映し出されていた。

 今を映し出す映像としては、福島町が「7分でわかる北海道福島町という田舎町の1年」と「まるごと北海道福島町」という町を紹介する2本の動画が映し出された。こちらは今ではどの市町村でも作成しているPR映像である。福島町は二人の横綱(千代の山、千代の山)を輩出した全国唯一の町ということは強みである。その強みを生かした(?)「女相撲大会」はユニークなイベントとしてあるいは知れ渡っているものかもしれない。

              

                 

                ※ 福島町のユニークな行事「女相撲大会」の様子の一コマです。

 余市町の「余市町PR大作戦!」という映像は、ちょっと風変わりな映像だった。というのも、余市町の町長は外務省出身で完全なよそ者でありながら昨年町長選挙に当選した若干39歳の青年(?)町長である。その町長が町をPRする広報戦略が徹底的に弱いと指摘し、外部の専門家の知恵を借りて余市町をPRするという過程を追ったものである。映像の内容はまだその端緒に就いたばかりの様子を映し出すものだったが、余市町が今後どう変貌していくのか、この映像を見せてもらったことによって俄然興味の対象となったことは間違いない。

         

     ※ 余市町の中心部に位置するニッカウィスキー醸造所です。テレビ小説「マッサン」の放映で大ブームになったとか?

    

       

      ※ 余市町といえば、道民にはフルーツの街として名をはせています。

 今昔の映像を併せて視聴するという興味深い「ふるさと動画視聴会」を今後も楽しみに参加したい。


民主主義?

2019-10-07 21:51:20 | その他

 民主主義? 私のブログに似合わないタイトルである。

 70?歳にして青臭いほどの議論が心地よかった。

 しかし、その詳細を記すには私は酩酊しすぎている。

 後日、その詳細を記すことができればと思っている。

 


ラグビーWC 日本決勝T進出の条件

2019-10-06 19:21:46 | スポーツ & スポーツ観戦

 ラグビーWC2019日本大会において、日本代表は予選Aプールにおいて昨日の対サモア戦においても快勝し、3連勝を遂げた!しかし、まだ決勝トーナメント進出は決まっていない。日本代表の決勝進出の条件を考えてみた。

          

         ※ 対サモア戦後に日本のファンと喜びを分かち合う日本代表フィフティーンです。

 昨夜、日本は予選第三戦の対サモア戦を行った。過去の対戦成績から苦戦も予想されていたが、試合が始まってみると意思統一がなされた日本の戦いぶりはサモアに隙を見せることなく、39対19で快勝した。しかも4トライを奪い、ボーナスポイントも獲得して3試合での勝ち点を14と伸ばした。こうした日本代表の快進撃は私をはじめにわかファンを狂喜させている。

 ところが3連勝を果たし、残り1試合を残した段階でもまだ決勝進出の条件である上位2位以内が確定しないのだ。苦い思い出がある。前回大会において、日本代表は優勝候補の南アフリカを大逆転で勝利し「ブライトンの奇跡」とまで呼ばれた予選において3勝しながら決勝進出を逃してしまったことがある。これはラグビーWC独特のレギレーション(規則)が存在するからだ。ラグビーWCにおいては、単なる勝利は勝ち点4であるが、試合において4トライ以上をあげるとボーナスポイントの1点が付与されるのだ。さらにはたとえ負けたとしても点差が7点以内の敗戦であれば、敗戦チームに1点が付与されるという規則もある。このことが、決勝進出の条件をやや複雑にしているのだ。

          

          ※ 見事なステップで日本の4トライ目を決めた松島選手です。

 そこで現時点において、日本代表が決勝トーナメントに進出できる条件を整理してみることにした。(このこと自体とても複雑なのだが、私は単純化して考えてみることにした)

 現時点においてスコットランド以外はすでに3試合を消化している。スコットランドは残り2試合があり、他は残り1試合である。そのことを前提とした現時点での戦績と勝ち点である。

 ◇第1位 日    本  3勝0敗  勝ち点 14

 ◇第2位 アイルランド  2勝1敗   〃  11

 ◇第3位 スコットランド 1勝1敗   〃   5

 ◇第4位 サ モ ア   1勝2敗   〃   5

 ◇第5位 ロ シ ア   0勝3敗   〃   0

 次に予選Aプールの残り試合である。

 ◇10月09日(水) スコットランド vs   ロシア

 ◇10月12日(土) アイルランド  vs  サモア

 ◇10月13日(日) 日  本 vs  スコットランド

 さて、こうした現時点において、さまざまなケースを考えてみる。

          

          ※ サモア戦終了直後、喜びを分かち合う日本代表のフィフティーンです。

 ◇ケース 1 日本 vs スコットランド戦で日本が勝利した場合は文句なく日本は決勝進出

 ◇ケース 2 日本 vs スコットランド戦で日本が敗退した場合

 スコットランドは対ロシア戦においてボーナスポイントを加えて勝ち点5とすることが濃厚である。そうなると、日本は対スコットランド戦で敗退する場合、スコットランドをトライ数3以下に抑え、7点差以内で敗退した場合には日本はスコットランドより上になり、決勝進出となる。

 ◇ケース 3 アイルランド、スコットランドのどちらかが敗戦した場合は日本が決勝進出となる。

 そのほかのケースもいろいろあるが、主たるケースとしては上記の3つのケースであろう。いずれも予断を許さない戦いが続く。もっともスッキリするのはケース1の日本がスコットランドに勝利することである。日本チームはもちろんそのケースをねらって周到に準備するであろう。10月9日、12日の戦いからも目が離せないが、何といっても10月13日の決戦である。日本代表の勝利を願い、信じて声援を送りたい。

 

※ 昨日の投稿に関わって、本日朝無事に第14回目の清掃ボランティアを実施することができた。

 


雨で順延 第14回ボランティア活動

2019-10-05 17:27:25 | ボランティア

 実施するかどうか?非常に迷う判断だった。外へ出てみると、小雨が微かに私の頬をなでた。無理することないので、明日に順延することにした。 

          

 拙ブログで、時折り私たちのグループが近代美術館前の歩道の清掃活動に取り組んでいることに触れている。その活動も今年で10年目を迎えている。

 夏の間、2週間に一度の割で早朝に清掃活動に取り組んでいる。その活動の今年第14回目の活動が本日朝の予定だったが、上記のように明日に順延となった。

 私たちの活動は10年を経て、おおよそ次のような形に定着した。まず呼びかけ人であり、会を主宰している私が活動日について会報を通じて連絡する。今やその会報も発刊以来210号を数えるまでになった。

      

 活動日当日は朝6時が集合時間(10月からは6時30分から)であるが、私は30分前に出て、掃除用具を現場に運び、清掃の前に清掃場所の除草や大きなゴミを拾い、清掃がスムーズに運ぶように準備する。活動は清掃活動の他、やはり近代美術館前にある花壇の除草や、クサツゲという樹種で描いた「ART」、「MUSEUM」文字の形を整えることも活動の一環としてある。

          

          

 今年の活動は4月1日(月)に始まり、今朝で14回目を迎えていた。朝、外を見てみると雲が重く垂れこめ、道路は濡れているように見えた。しかし、雨は降っているように見えなかった。朝6時、用意を整えて外へ出てみた。すると、微かに小雨が私の頬にあたった。活動をしようと思えばできないコンディションではなかった。実施するか否か、判断の難しい朝だったが、無理をすることはない。会報にも天気予報が不安だったので、「本日が実施不能な場合は翌日に」と告知してあったので、順延を決めた。会員の方々は掃除用具が出ていないのを各住居の窓から確認することで「順延」を知ることになる。

 こうした活動も冬を迎えると休止することになる。毎年10月末でもって終了としているので、今年も間もなく終了の時を迎えようとしている。

                

 ブログネタがなく、ちょっと自慢話めいた話題を投稿することになってしまったがご容赦いただきたい。明朝、改めて第14回目の活動を会員の方々と行いたい。 

 さあ、今夜はラグビーWC 日本 vs サモア戦である。札幌市内ではパブリックビューイングも開催されているので、そこで盛り上がりたいとも考えたが、明日の活動を考えて自宅でTV観戦することにした。今夜、ぜひ決勝トーナメント進出を決めてもらいたい。


国立研究開発法人 水産研究・教育機構 北海道区水産研究所 見学

2019-10-04 17:10:25 | 「めだかの学校」関連

 おそろしく(?)長く、硬い名の研究所である。研究所を見学するまで、このような研究所の存在を私は知らなかった。どのような研究をしているところだろうか?スタッフから説明を伺った。

         

        ※ HPから拝借した庁舎写真ですが、拡大したためボケてしまいました。

 9月30日(月)午後、私が所属する「めだかの学校」の見学シリーズ「大人の社会見学」で標記の「国立研究開発法人 水産研究・教育機構 北海道区水産研究所」を見学した。

 研究所は豊平区中の島2条2丁目に4階建ての立派な独立庁舎を有していた。北海道区水産研究所は1888(明治21)年に設立された「千歳鮭鱒人工孵化場」がその始まりとされているというから大変な歴史を有する研究所であることを教えられた。(その歴史を辿ると度々の組織改編などがあったため、一般には周知されていないところがあるようだ)

          

        ※ 道内全域に散在する水産研究所の庁舎、さけます事業所です。

 北海道区水産研究所は札幌本庁舎の他に、釧路と厚岸に庁舎を有し、その他に全道12ヵ所にさけます事業所を運営しているという大きな組織で、「北光丸」という調査船も有しているということだ。

 研究所の目的としては、①地球温暖化の影響を含む海洋生態系のモニタリングとその変動機構・モデル化・観測精度向上の研究、②海洋環境の影響などを考慮したスケトウダラ・マダラ・スルメイカなど重要水産資源の持続的利用の研究および現場と双方向コミュニケーション、③沿岸漁業環境の保全・修復並びにウニなど沿岸重要水産資源の増養殖の研究と現場への橋渡し、④さけます類の個体群維持のためのふ化放流および放流技術の改善と民間への普及並びに資源の維持・管理のための研究、が主たる目的といただいたパンフに記されていた。素人にはやや難しい表記であるが、私流に訳すると北海道区水産研究所の目的は日本の漁業の特徴である沿岸漁業の生産性向上と資源保護に関する研究を主とした研究所と解することができそうだ。

      

      ※ 研究所のスタッフからの説明に聞き入る参加者です。

 説明の後半では、「北海道区水産研究所の本庁舎がなぜ海に面していない札幌に設置されたか?」について、スタッフの方もその長い歴史の中では類推するしかなかったようだが、その主たる理由を庁舎の横を流れる精進川という小さな流れが関係していたのではと類推された。つまり精進川は小さな流れではあるが、サクラマスが遡上する川なのだそうだ。そこでスタッフの方は、精進川に遡上するサクラマスの観察を続けているとのことだった。サクラマスは、産卵時に川を遡って産卵するが、その後一生を川で過ごすヤマメと、海を回遊するサクラマスとに分かれるそうだ。その海を回遊し、再び川に戻ってくるのがサクラマスなのだが、それが遡上環境の厳しい精進川まで戻ってきて産卵しているということだ。けっして数は多くないようだが、スタッフの方はその産卵数までチェックしているということだった。

      

      ※ 精進川でサクラマスを探す参加者たちです。

 説明の後、庁舎横の精進川に産卵した後のサクラマスがまだ残っていて見られるはずだ、ということで参加者全員で精進川に赴いた。すると、川の流れが緩やかになったところで産卵を果たした親マスが余生を慈しむように佇んでいた。

      

      ※ 産卵を終え、尾が白くなってしまったサクラマスの親です。この日5匹の親サケを見ることができました。

 見学というよりも、研究所の存在を知る機会だったという側面が強い見学会だったが、私にとっては日常の生活ではけっして知ることのなかった研究所の存在を知ることができた貴重な機会だった。


映画 ビューティフル アイランズ №249

2019-10-03 16:38:59 | 映画観賞・感想

 三つの美しい島(南太平洋のツバル、イタリアのベネチア、アラスカのシシマレフ島)は今、気候変動の影響を受け危機に瀕している。それらの島の現状を淡々と映し出すドキュメンタリーは、観る者を画面に引きずり込む魅力に満ちていた。 

※ 映画タイトルの前にナンバーリングを付けた。この数字は私が2007年に札幌に転居後に観た映画の通算の映画の数である。「映画は最高のエンターテイメント」と考える私にとって、これからも有料・無料にかかわらずできるだけ映画を観ていこうと思っている。

             

 少しレポが遅れてしまった。9月27日(金)午後、札幌エルプラザで「エルプラ・シネマ」が開催された。今回取り上げられたフイルムは、海南友子監督が2009年に製作・公開した「ビューティフルアイランズ」である。エグゼクティブディレクターとしてあの是枝裕和氏が加わっている。

        

 映画は三つの島の現状をある意味淡々と描いている。そこにはBGM(音楽)も、ナレーションもない。それは監督の海南氏が島のありのままの姿を観てもらいたいためだという。

 南太平洋の島国ツバルは気候変動の影響を受けて、世界でも最も早く水没してしまうのではないか、と言われている島国である。島はサンゴ礁から成っており、標高は最大でも5m以下、平均2m前後の低い土地からできている。島では古くから伝統的な生活が続けられてきたが、今や大潮の日などは島中が水浸しとなり、高床式の住居でかろうじて水から逃れている現状である。

        

 イタリアのベネチアはご存知のように「水の都」として有名な観光地の一つである。ところがこのベネチアも近年は水没の危機に瀕している。ベネチアで有名なサンマルコ広場が海水に浸され、ホテルの一階部分は長靴がないと歩けない様子は観ていて異常である。

        

 さらにアラスカのシシマレフ島は、アザラシやカリブー(トナカイ)を獲って暮らす狩猟生活が中心だったが、気候変動により氷が十分に張らなくなったために集落全員が移住を余儀なくされているという現状が映し出された。

        

 映画の中では気候変動に直接言及するわけではなく、島で生活する人々が、環境が徐々に変化していることへの不安の声を伝えるだけである。しかし、観ている私たちはその原因の大半が気候変動によるものだと知っている。

 映画は三つの島を一巡りして、再び南太平洋のツバルを美しい光景を映し出す。

 監督は言う。「私は今回、この作品で“失われていくもの”を描きたいと思いました。足元の氷河が消えてしまったように、気候変動の影響を受ける島では、長年築いてきた生活文化伝統など、さまざまなものが消えゆく運命をたどろうとしています。(中略)それを、“情報”ではなく、“心”で受け止めてほしいのです。私たちの何が失われようとしているのか、を」

 監督のメッセージをどう受け止め、どう自らの生活の中で具体化していくのか、映画を観た者全てが問われていると思った。


北海道低山紀行 96 ピンネシリ(道民の森一番川コース)

2019-10-02 13:36:42 | 北海道低山紀行 & Other

 ピンネシリは山自体の難しさはなかったが、長~い長~い林道歩きが体力の衰えが目立つ私にはきつかった。それでもド快晴の山行は、登山を終えて帰宅した今、達成感に浸っている。

 ※ 昨夜帰宅し、疲れた体に鞭打って大作(?)を完成させたのですが、なぜか画像を取り込むことができなくて投稿を断念しました。本日、なんとか回復させることができ、一日遅れで昨日のピンネシリ山行をレポします。

 斜里岳の苦戦がトラウマとなってなかなか登山に向かおうとする気持ちになれなかったのだが、好天が私を山に招いたようだ。以前から「いつかピンネシリに!」と思っていた。それは名前の語感に惹かれたことや、地元新十津川町、浦臼町の農協が「JAピンネシリ」と命名していることから「きっと素晴らしい山に違いない!」という思いがあったからだ。私がブログでブックマークしている一人にも「ピンネの風に揺られて」という素敵なタイトル名を付けている方がいることも影響していた。なお「ピンネシリ」とは、アイヌ語で「男の山」を意味するということだ。

 天気は絶好!久しぶりの登山に気持ちは高ぶっていたが、いきなり躓いた。ピンネシリの登山口に向かう道民の森キャンプ場のところのゲートが閉じられていたのだ。ゲートには「平成30年の台風で林道が崩壊したため通行止めとなっている」というではないか!!ガイドブックによるとその距離約4キロだという。これはショックだった。そのことをあらかじめ知っていれば別のコース(砂金沢コース)を選択する方法もあったのだ。ウェブ上でのチェックを怠ったため、現地で初めてそのことを知ったが後の祭りだった。

      

      ※ 一番川キャンプ場の駐車場のところ張られていた通行禁止のロープです。左側の小さな紙片に登山道の事情が記されていました。

 また、そのゲートのところには隈根尻山の登山道は崩壊し廃道になっているとの告知があり、翌日隈根尻山登山を計画していた私はその時点で断念せざるを得なかった。

 さて前置きが長くなったが、私は仕方なくキャンプ場のところから林道歩きをする羽目となった。登山口まで4キロの林道歩きである。何の変哲もない林道を黙々と歩く以外方法がなかった。途中、水溜まりはあるものの車の走行に特に支障があるとも思えなかったのだが…。登山口近くになって一か所だけ川と接している部分が削られて車が注意しなければならないところはあったが…。登山愛好家は一日も早い復旧を待っていることだろう。

      

      ※ 本来の登山口までこのような淡々とした林道が続きました。

      

      ※ 一か所だけ崖が崩壊し、注意を促すピンクのテープが置かれていました。

 約1時間半かけてようやく本来の登山口に到達した。登山口から山頂までは標高差800m、距離5.5キロあるようである。登山口からも林道は続いていた。登山口(標高300m)を通過するといきなり渡渉ヵ所が現れた。その後標高380m、500m地点にも渡渉ヵ所があったが、川の流れもそれほど大きくなく、難なく(?)通過することができた。林道は緩やかに高度を上げていったが、登山道としては難しくはなかった。やがて林道が一度終点になるところがあった。そこの表示に「登山口まで2.8キロ」「ピンネシリまで2.7キロ」と表示されていた。そこで私はここを「中間点」と名づけた。ここまでで行動開始から約2時間半が経過し、私の中には疲労が蓄積しつつあった。

      

      ※ こちらが本来の登山口です。こちらは頑丈なゲートが設置されていました。

      

   ※ いきなり出くわした第一渡渉地点です。これからも渡渉ヵ所が現れましたがいずれも斜里岳より規模は小さかったです。

      

      ※ 第二の渡渉地点です。

      

      ※ 林道は幅が広く、歩く(登る)のは容易でした。

      

      ※ 途中、ピンネシリの山頂が望めるポイントがありました。(観測ドームが望まれます)

      

      ※ 第三の渡渉地点です。登山者が渡りやすいようにうまく石(岩石)が配置されています。

      

      ※ 私が「中間点」と称した登山口まで2.8キロ、ピンネシリ山頂まで2.7キロの表示が見えます。      

 「中間点」から一度山道に変わるが、少し行くと再び広い林道が現れた。つまりピンネシリ登山道はかなり上部まで林道が続いていたのだ。こんなに上部まで林道があるには訳があると思った。つまりピンネシリの山頂には「雨雪量観測所」のドームが建っている。この観測所を建設する際に機材を上げるために林道が整備されたのではないか、と思ったのだ。私の推理が正しいかどうかは分からない。ただ、林道の下部は車輪の跡が残っていたが、上部はそれが見当たらなかった。ということは、下部はトラックなどで機材を上げ、斜度が急になる上部はブルドーザなどで荷揚げをしたのではないか?と思ったのだが、果たして?

      

      ※ 一時登山道は山道になりましたが、やがてまた林道と合流します。

       

      ※ 林道と合流した登山道です。機材を上げるためにブルドーザが通った道かな?     

 ということで、斜度が多少変化したとしてもそれほど急傾斜のところはなかった。しかし、時間の経過とともに私の疲労度は増していった。幸いなことに道民の森として一時は登山道も整備されたのだろう。登山道の脇に三か所ほど壊れかけたベンチが配されていた。疲労困憊の私はそこに座り、最近歩き旅や登山の際にマイブームとなっているリンゴを頬張った。リンゴの酸味が疲れた体にはリフレッシュ効果がある(と思っている)。

      

    ※ 登山道の途中にこうしたベンチが置かれてあったところが3ヵ所ありました。ここで私は大休止を取りました。

      

      ※ 紅葉はそれほど進んでいるようには見えませんでした。登山道脇で見た紅葉はツタウルシかな?

 長~い長~い林道歩きも稜線近くになって終わりとなり、代わって現れたのが木製の階段である。この階段に特徴があった。他の山の階段と比べると小刻みが歩幅の階段なのだ。元気な人には少し歩幅が狭すぎると思われるが、疲れた私は律義にその階段を一つ一つ刻みながら高度を上げていった。行動を開始してから4時間、ようやく稜線上に出た。待根山(隈根尻山)との分岐点である。待根山は手の届くところにあるが、そこへ寄ろうとする余力は私には残っていなかった。目指すピンネシリの山頂も視界に入った。

      

      ※ 稜線に出るために斜度がややきつくなりましたが、ご覧のような階段が続きました。

      

      ※ 待根山との分岐で望めた隈根尻山です。

      

      ※ 分岐から指呼のところに見えた待根山山頂です。

      

      ※ 振り返ると目ざすピンネシリ山頂が望めました。

 気合を入れ直し、最後のひと踏ん張りである。一度高度を落とし、登り返すのは辛いところだが、全体としてはそれほど急斜面ではない。山頂手前でこの日初めて登山者と遭遇した。彼は私とは違い「砂金沢コース」を登ってきたと話していた。この日、もう一人私の下山時に私と同じ「一番川コース」から登ってきた人に会った。彼はバイクを使って登山口まで来たと言っていた。(事情を知っている地元の人かな?)

      

      ※ 山頂がかなり近くなってきました。登山道がくっきりと刻まれています。

      

      ※ 振り返ると白樺(?)の紅葉ならぬ、黄葉の林が…。

      

      ※ この日初めて会った登山者です。彼は私とは別の砂金沢コースを登ってきたそうです。

 分岐点から山頂までの50分はかかり過ぎである。私の疲労は極に達し、数歩進んで一休みという状態で、行動開始から実に4時間50分もかかって山頂に到達した。天気は空に雲一つないド快晴!眺望も抜群で、疲れた私を癒してくれた。ところが私はその眺望をカメラに収めることを忘れてしまうチョンボを犯してしまった。

      

      ※ ピンネシリ山頂です。山頂標識が見当たらなかったのはちょっと残念!

      

      ※ 「山神」と書かれた石板が横たわっていました。

      

    ※ 山頂でおにぎりを頬張り、さて下山と思ったところ、足元に小さな花が咲いているのを発見しました。花の名は?

 下山は疲れていた割には割合スムーズに下山できた。それはやはり整備された林道が大部分を占めていたことによるのではないか、と思った。

 久しぶりの登山だったが、疲れたことよりも、長い距離を登り降りきった達成感が私を支配している。

 

【ピンネシリ(道民の森一番川コース) 登山データ】
標 高  1100.4m (標高差 800m)

駐車場  道民の森一番川地区キャンプ場の駐車場を利用する。
行 程  ※ グランドシニアの足とお考えください。
     道民の森キャンプ場→(85分)→登山口→(60分)→中間点→(95分)→待根山との分岐点→(50分)→ピンネシリ山頂→(25分)→待根山との分岐点→(60分)→中間点→(40分)→登山口→(60分)→道民の森キャンプ場

時 間  上り(4時間50分)  下り(3時間05分)

天 候  快晴、微風

登山日  ‘19/10/01