モモちゃんへ
日々の出来事を亡きモモに教えます。
 



パソコンのお友達の家に行った時のことです。。バラ名人なんですが 「もうバラの時季はおわってるけど~」って。。。

そこで見つけたんです。 柿の木に長い間 寄り添って生きてきた蔓に実がついています。柿くらいの大きさ。友人は カラスウリって言ってました。。




・・・あまり気にしてない様子・・・・・ 途中で訪ねて来られた方は ゴウリ じゃないかって・・
私は一緒に行った友人と 気になって気になって仕方ないから 切って貰うことに・・・

切っても分からない。ちょっとなめてみたら  カボチャのような 感じです・・・・何の実かなぁ~




カボチャと言えば    カボチャが コロンコロン となっていた   二人で 大きいのを1個づつ頂いて帰りました。

円内の赤い花はケイトウです。貰って帰ったものの、どれが種か分からなかったから花をもみながら撒きました。 




他にもお庭に植えてある物 何でも欲しい物言ってって。。。さぁ 探します。友人はバラを貰ってましたが私はバラは育てられない。




鶏が我がもの顔で庭内を散歩しています。




左側のきれいな葉は(花はぼけてますが) イソギク 右は 冬知らず 家のベランダは狭いから寄せ植えにしました。



アゲラタムも・・・・ ハーブも2種類貰って 今 花瓶に挿して根が出るのを待っています。




葉はポインセチアに似てるけど花が違う・・・・我が家に似合うかな?  色んな苗を貰って花が楽しみです。






こちらは・・・・・ わかりますか? あしや会の友人がみつけました。 つくしです。

伸びる前に枯れないでね。






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友人とよくドライブします。  今日の1枚を撮ろうと言って撮ります。 それがついつい今日の10枚になるんです。

熊本県 菊池川の支流と思います。 



大根畑です。




山鹿市です。石の風車の一本松公園に行ってみました。 駐車場の紅葉です。




こっちに来んでよ~




全く風がなくて 風車は回っていませんでした。 ここから不動岩 の山が見えるからそこに行ってみました。




高い所から 下界を見た所 正直どこか分かりません。




これが 今日の1枚です。。。 こんなにきれいな桜の紅葉 初めて見ました。






今度は下に降りて・・・・・不動岩です。



その下りた所の 銀杏の美しいこと




馬頭観音像もあったけど 今日は 銀杏の勝ち!



ランチです。 すごーーく 豪華に見えるけど それほど高価ではありません。団子汁もおにぎりも完食です。




石橋探訪じゃない時は 私 こんな風に どこか あまり気にせずに ぼーっと見ています。




追記


山鹿市と言えば 八千代座 八千代座と言えば玉三郎さん 昨日テレビで 玉三郎さんの 熊本の春夏秋冬 の舞台の紹介がありました。

熊本で11/25放送分 いやぁ~ 素晴らしかったですね。美しい・・・ 玉三郎さんが燈籠をかぶって踊った。

「よへほ」とってもしっとりとした山鹿灯篭踊りです。 玉三郎さんは美人画のようでした。



三味線・民謡をしている友人がいて。「よへほ」が上手いんですよ~。






コメント欄は閉じています。 みなさんも ぼーーっとご覧になって下さいね。

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日向市東郷町は歌人 若山牧水の生誕地です。  最後に訪ねる石橋 野々崎橋は牧水生家のすぐ近くにあります。 

川面(西の内川)に映る逆アーチ 本当に美しい橋です。野々崎橋 をご紹介します。前回の二つの石橋と同じ 明治44年3月架橋です。




町に3つの石橋が同時に造られた。  羽織袴で お祝いがあったでしょうか?  子供達に饅頭が配られたでしょうか?

この橋達は ちょうど100歳です。今年お祝いがあったかな?  牧水は翌年明治45年に父危篤の報を受けて帰郷、きっとこの橋を渡ったでしょう。 




近くの牧水公園です。若山牧水記念文学館(写真左)があったので行きました。ビデオを見てゆかりの品などを見ました。

幾山河  越えさりゆかば 寂しさの はてなむくにぞ 今日も旅ゆく 

私はこの歌が1番好きです。牧水23歳の歌なんですね。もっと後だと思っていましたが44歳で亡くなってますからね。




白鳥は哀しからずや 空の青 海のあをにも染まずただよふ

白玉の歯にしみとほる秋の夜の 酒は静かに飲むべかり けり

中学で習って誰でも知ってる歌ですが ビデオで・・・たまたま独りで観ていて初めて聴いて涙が出た歌があります。




ふるさとの尾鈴のやまのかなしさよ 秋もかすみのたなびきてをり ・・・・・・この歌です。

お医者さんだった父親の四十九日法要まで半年間くらい この坪谷に滞在して作った多くの歌の中の一つだそうです。




牧水が故郷で座っていた石がそのまま 歌碑になって この歌が刻まれている。 私はその石を触りたかったけど・・・・雨女の悲劇 あんなにいいお天気だったのに宮崎は雨なんです。

生家も見えているんですが 歌碑まで、ちょっとぬかるみを登らなくちゃいけません。 足をかばいながらの旅です。残念!




牧水の銅像の後ろ お蕎麦屋さんです。  ご飯は要らなかったけど・・・セットなんだよね~




さぁ 帰り道は遠いから もう帰らなくちゃなりません。




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石橋目

いきなり この写真 しかもどうみてもコンクリート! 今日もまた自慢話から・・・上の方に車が左に向かって走っています。

実は、あそこを走っていて見つけたんです。 以前ワラビ採りの上手い友人が 自分のワラビ目を説明するのに momoちゃんが石橋見つけるんと おんなじたい! と言ったことがあります。




バックして観に行きました。道路から見えたのは この方向 柳の陰です。芙蓉の花がきれいでした。

川原自然公園という場所で カヌー遊びが出来るって書いてありました。




ナビに操られて

日向市東郷町に向かっています。 川の色 何の修整もしていません。エメラルドグリーンです。




ガードレールがちょっと汚れてるけど 車の中から撮っています。 上流に行って川の色が変わったんです。 透き通った水に青インクを落とした色。



県道22号線です。中丸川に沿って走っているようです。(ナビちゃんによると・・・)




独り歩き自粛

niemonさんのマップコードで 目的地 瀬戸橋に着きました。 後ろ側には何軒か民家がありますが寂しいですね。

大分の秘湯で若い女性が殺されてから 若くない私も周囲の人の意見を聴いて独りでは行かないようにしています。この日も友人と一緒です。




瀬戸橋をご紹介します。 このブログでは風景や 見つけた瞬間の写真をUPしていますが

石橋の写真はいつものように私の宝物 にたくさんUPしています。




次にご紹介するのは 坪谷橋 です。 大体はこの鉄管のない下流側が好きなんですがここは下流側に現橋があります。




これは橋の部分です。親柱の左側の文字は 明治四十四年三月まで見えました。 今回の石橋 瀬戸橋と坪谷橋は 共に明治44年3月架橋です。




亡父が 明治45年3月生まれですから 生まれる1年前に架けられました。。。こんな風に なんでもかんでも自分の事に合わせて連想したり こじつけたりする癖があります。

宮崎紀行は(2)に引き続き 今回もコメント欄を閉じていますが 次回はお願いしますね。

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散歩  


福知山麓の紅葉狩りと同じ日のことで、友人の家の近くです。さて どこを歩くのかな? 山ガールの彼女は私を待ってくれずに どんどん行きます。




私は へ理屈をこねます――すなわち―――私はウオーキングはしたくない、散歩がいい! と。 ダムが見えてきました。山道はこれが見えても遠いんですね。




一級河川 遠賀川水系福地川 堤高64.5m 福智山ダムです。ダムって同時に両方見えるのがいいですね。 こちらは工事の様子を想像します。




湖底に沈んだ登り窯 高取焼内ケ磯(ウチガソ)窯の記念碑 麻生太郎さんの文字です。

案内板より抜粋・・・秀吉の朝鮮侵攻の際に黒田長政に従って渡来した八山が高取焼、内ケ磯窯を開いた所です。




私達は内ケ磯窯の大きな花瓶を むかーし 恩師が校長先生になった時に贈った思い出話をしながら歩いています。




歴史に残ってないたくさんの物語が沈むダム湖です。




真ん中の重なる三角の奥の山が福智山です。 途中の駐車場で 下山した方と会いました。

初めての経験をしました。。テントウ虫の集団が 口まで来て物を言えないんです。陽のあたってない方ず~っとですよ。

ブト(ぶよ)のようにいっぱいで、怖いくらいです。カメラ近くに来た分が写りこんでいるのが分かりますか? 




通り過ぎた車の後、テントウ虫から逃げるために走り出した私達に車が停まってくれました。バックミラーで婆さんと気付いたのか行ってしまった。

のりませんよ~~だ。。。




ちょっと 紅葉を撮ろうと思ったら 私を置いてどんどん歩きます。



高取トンネル・・・鷹の絵があります。右側に道があるからトンネルには入りません。 反対側はホタルの絵でした。



反対側まで歩いて 逆方向の堰堤を見ています。




神社がありました。可愛い可愛い。。。狛犬は柴犬位の大きさです。扁額には右から 照正直 左から読むの?

壁には 江戸時代の絵馬などがあります。




そこから下を見たら 出発地点の駐車場でした。 石段を下りながら何度も何度も振り返りました。




下に降りて 振り返った所・・・遠賀川を遡上すると 幾つもの銀杏のがありますが ここが一番黄葉してました。




駐車場の下、この若者たち 釣り糸を垂れているけど携帯ばかり見てました。 私達は椅子にかけて じっと若者を観ています。

10分以上たって  若者達が立ち上がったから つれんかった? と聞くと 笑顔でつれんかったと答えてくれました。




さぁ 皆様もお疲れになったでしょう? でも・・・ 川に浮かんだモミジや 青年たちの姿 電線に引っ掛かった釣り糸 たくさん割愛しました。

駐車場は何カ所もあります。 お近くの方 歩いてみてくださいね。 たくさんの写真を並べ立て スンマッセン



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宮崎県日南市 飫肥(おび)城址です。人力車に乗った事がなくて(門司港レトロじゃ恥ずかしくて)・・・乗りたかったなぁ~(予算超過でした)




大手門を正面に見て 手前右側に小村寿太郎記念館がありました。恥ずかしながら功績を知りませんでした。

入口の橋がniemonさんのデータにないからやったー と思ったら ここは記念館はあるけど建物は旧伊東祐正邸で、そちらに載っていました。




そのお屋敷のお庭です。秋の空が美しい11月上旬のことです。




受付の方が豫章館の日本庭園がいいですよ と言われて行ってみました。{豫章館}は明治2年に造られた藩主伊東家の住まいだそうです。




建物の前が 広~い庭園で、可愛い石橋がありました。。




裏門かな? 石垣が見事でした。。。ここはたくさんご紹介したいけど私の話は長すぎるから割愛しますね。




でももう一つだけ・・・・まだ庭園の続きなんですよ。 如意輪観音様がいらっしゃいました。




はい・・・・元の道に戻って 飫肥城址に向かいます。 大手門が見えています。




三橋美智也さんの 古城 という歌を思い出します。。。。 あぁ~ むかしをかたるー 大手門~


1 松風さわぐ丘の上
  古城よ独り何偲ぶ
  栄華の夢を胸に追い
  ああ 仰げば侘(わ)びし天守閣

2 崩れしままの石垣に
  哀れをさそう病葉(わくらば)や
  矢弾(やだま)のあとのここかしこ
  ああ 往古(むかし)を語る大手門

3 甍(いらか)は青く苔(こけ)むして
  古城よ独り何偲ぶ
  たたずみおれば身にしみて
  ああ 空行く雁(かり)の声悲し






天守閣はありませんが 私は、この石垣と 空間が大好きです。




松尾の丸という建物は見学でき、色んな史料がありました。。。一番印象に残ったのは・・・・・二つあるから 1・2番かな?

お風呂がサウナ風呂だったこと と 藩主のお正月の献立が残っていたことです。写真は自由に撮れたのに(拙くて)見られるものがありませんでした。 

代わりの写真はNTTの電話ボックスです。。




土塀の後ろ側を見ているんですが ツッパリなんでしょうか・・・  松風の音が聴こえそうです。




友人と二人 晩秋の飫肥城址をゆっくり歩きました。 駐車場まで戻ったら 遠足の小学生が来ました。




相変わらず人力車は動いていませんでした。



宮崎はまだ続きがありますので 今回はコメント欄を閉じています。


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宮崎はずいぶん久しぶりで、車で行ったのは初めてです。 途中の高速パーキングでランチ さすがに写真は撮れませんでした。

そのパーキングからみた霧島連山です。。案内板があって書いてありました。




日南市の油津と言う所です。川は堀川運河 堀川資料館からみた 堀川橋(乙姫橋)をご紹介します。

左側の民家の張り出し部分を入れないためには舟に乗らなくちゃいけないんですよね。




左岸の方から観た所です。橋を渡った神社は乙姫神社です。

明治中頃までの橋は風波に大変弱い橋であった。(中略)明治32年、名石工 石井文吉が石橋造りに着手し、明治36年8月ようやく完成した。
寅さんシリーズも、ここ堀川橋で平成4年 撮影されました。
  (パンフレットより抜粋)




橋の上から堀川運河 上流を見ています。 

堀川は飫肥伊東藩主祐実の命により、難工事の末完成 運河周辺は明治後期から飫肥杉の集積場となり両岸の石積護岸 水門 石段 スロープなどを設け油津港の補助港の役目を果たした。(パンフレット抜粋)




真ん中の黒っぽい建物が 堀川資料館です。 人はいませんでしたが 中に入って見させて頂きました。




下流から観た 堀川橋です。 いつものように 「私の宝物」に これでもかというほどUPしています。






もう少し下流まで歩いてみました。(川沿いのお宅なんですが)車庫に船がありました。 表側には蔵があったし、お庭に船をつなぐ杭のようなのもありました。

私の町も河口で、同級生の材木屋のお友達の家は小学校の頃 遊びに行くと 裏側が遠賀川河口につながっていて、船着き場で遊びました。





下流から 橋があったら渡ろうと思ったら バイパスでした。 




写真は日南海岸なんですが私達は 進行方向が海岸側じゃなかったから絶景ヶ所には停まれませんでした。早いもので 今年も12月、師走です。 





このブログを始めて11月30日満6年が過ぎました。 変わり映えのしないブログですが これからもどうぞよろしくお願いいたします。



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