鮎と戯れて・・・魚族に感謝

東北地方を中心とした短い夏のあまり多くない鮎釣りの記録。家族に感謝して。近くの広瀬川の環境等にも拘るも、オフは時事問題も

お墓参り

2006-08-14 21:30:51 | お知らせ

 私のお墓は新寺小路にある浄土真宗の「正楽寺」です。

 今日久し振りに全員揃った家族4人で、お墓参りをしてきました。

  皆さんは新寺小路という地名から、いつころ作られたと思いますか?「新」が付くので割りと近い時代かと思いきや、なんとなんと、1600年代の初め頃と言うのです。

 つまりは、伊達政宗が仙台開府してさして年数が経っていないということになります。1630年頃、お寺を新しいところに移転させたということです。それで「寺小路」に「新」を付けて新寺小路、元のところを「元寺小路」と呼ぶようにしたとか。

  かなり前にこの辺を区画整理したために、お寺も区画され、他に移転したお寺や本堂だけが残って墓地は別のところに整理されたりして、今はきっちりとしたお墓のまち(はおかしいか、お寺のまち)になっています。

  私のお墓も同じ敷地内に区画されて移りました。

 小さいお墓ですが、江戸時代から続く由緒?あるお墓です。江戸時代と入っても、「嘉永」時代ですので、江戸も後期も後期となります。1848年から1854年が嘉永時代です。嘉永のあと、明治までの年号は、安政・万延・文久・元治・慶応と続きます。

 だから小さいお墓ですが、でも周りのお墓と比べると、とっても趣、風格があり、私は好きです。何時までもこのままであり続けたいと思っています。

 過去帳があるのですが、一番最初に書かれている人の名前は、法名になりますが、『釋尼教受』で、享保19年8月13日に亡くなっています。 享保時代は西暦では、1716年から1736年の21年間ですので、1734年頃に亡くなったようです。

 浄土真宗では、戒名はなく、法名といいます。生前にも法名はいただけるということですので、私個人としては、できれば生前に戴いておきたいと思っています。死んでからの自分の名前ですので、生きているときから自分の名前に親しんでおきたいという単純な考えからです。

 個人的に浄土真宗は、開祖の親鸞聖人はとっても偉い人、素晴らしい人(私ごときがそんなことを言うのはおこがましいのですが)と思い、尊敬しています。

 法名は簡潔明瞭です。これがとっても気に入っています。男の場合は『釋』、女の場合は『釋尼』が法名の頭に付き、その下に漢字二文字が付きます。

 ちなみに、平成5年に亡くなった私の父は『釋顕正』といいます。これなら誰でも覚えられます。

  大言居士とかなんとか、お金によって長い戒名になり有り難味がわくなんておかしいです。死んでからも差別される、しかもお金によって差別されるなんて納得できません。他宗派の悪口を言うつもりはありませんが、どう考えてもおかしいです。

  このお寺の本堂は何時の時代のものかは分かりませんが、木造のとっても風格のある大きな本堂です。使用されている柱や梁は見事なくらい太く、黒光りして重厚感があります。

 また境内にある太い銀杏の木は樹齢400年以上の、仙台市の指定記念物となっています。山門も指定文化財のようです。

  これからも人災や雷で火事になったりせず、30年以内に99.9%の確率で発生する地震にも耐えて、生き残っていって欲しいと思っています。


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