おととい2日に東北大学川内キャンパスにおいて「東日本大震災と宗教者・宗教学者」というパネルディスカッション等があり、老体にムチ打って?散歩も兼ねて歩いて行ってきました。
まあ、当日は強風も強風が吹き荒れました。
この催し物も2月27日の新聞で知ったものです。 個人的にはいろんな社会教育施設で情報を仕入れているのですが、もっともっとアンテナを張っておく必要がありそうです。
このパネルディスカッションは、宗教学者の山折哲雄さんの基調講演があり、その後いろんな分野の6人の東日本大震災にかかわる報告、それを受けて4人の教授たちによるコメント、最後にディスカッションという構成となっています。
私は午後1時からの基調講演と6人の報告を聞いて、4時前に開場を後にしました。 基調講演の内容について不完全ではあるでしょうが、お知らせします。
基調講演した山折さんは82歳で、現役を引退した後も宗教学者として強い影響を与え続けているようです。東北大学の名誉教授でもあるのかな。 演題は 「宗教者と宗教学者は災害とどう向きあうか」 です。 以下は、いささかあやふやな記録と記憶で書いていますので悪しからず。
『 震災の起きた一ヶ月半後に被災地に行ってみた。 (宗教学者なのに)ボランティアとしてしか現地に入って行けなかった。 そこでは宗教的言語が心の奥底に届かない現実があった。まさに無常であり地獄であった。 無常とか地獄とは言えなかった。
日本は地震列島、不安定な島である。 そこで防災とか減災とか言われてきた。 地震とか津波の性格は何なのか? 地震の予知とか予測は無理である。 地震が起きれば人間の存在を根底から覆す。 そういう地震には宗教的契機(?)が含まれている。 太古からそうして生きてきた。 地震により日本人の宗教性、倫理性が培われてきた。
それなのになぜ日本人は無宗教になったのか。 そのことを深く考えないできた。
大きな被害を与えている台風と地震はどう違うか? 季節や方向で予測できるかできないかの違い。 人と人を連結し、災害の大きさを防ぐ。倫理的な人倫関係(人隣関係?)で対応が可能である。 台風は倫理的な契機を内に含んだ災害
でも、日本人は宗教性、倫理性を失ってしまった。 だからこそ54基もの原発を持ってしまった。 原発をどうしたらいいか?日本人自身の問題、宗教学者の問題である。
東電福島第一原発の現場で働いている人に対する思い、それは原発の爆発を防いでほしいというもの、でも犠牲にならずに助かってほしいという思い、そういう働く人への配慮は、命の問題は出てこなかった。
Fukushima Fifties Hero
果実は受け取るが、犠牲は見て見ぬふりをする。 問題は未解決のまま。 宗教的言語はここでも頓挫している。 現場からの撤退論を考えないならば、(何を言っても?)絵に描いた餅になる。 せめてそういう問題意識を持つべきである。
犠牲を義務とするのか、負の負担を日本人全体で引き受けられるか、それを考えるのが宗教学者である。
現在の人・物・金という流れはいずれ途絶える。最後に残るのは 祈りの力か、それが何らかの力となり、役割を果たすのかも。
人智を超える、行動するものがある。それが宗教であり哲学である。』 云々と。
何ともあやふやかついい加減なまとめとなってしまいました。少しでも山折先生が言いたいことが伝えられれば嬉しいのですが・・・。
そしたらきょうの朝日新聞の文化面の記事に、山折先生が基調講演のときに言ったことと同じようなことが載っていました。 「思潮 あれから2年」というコーナーです。
見出し; 原発事故 政治と倫理のジレンマ 撤退という選択肢
さすが新聞です。まことに見事にまとめられています。脱帽だな、悔しいけど。 図書新聞12年1月1日号で山折先生が語っていたことです。1年2か月前か。
””少々極端なことをいえば、福島原発で働いている人たちの生命にもし危機が訪れたら、全員撤退させるという選択肢があると思っています。 そうなれば放射能は全国にばらまかれるが、そのリスクは国民全体で引き受けようーそういう視点が我々の社会にないのはなぜか。 倫理の問題として考え続けるべきだと思った。 誰かが犠牲になることを前提にした文明か、全員救済を目指し、負の結果も全員で受け止める文明か。そのジレンマが存在するという事実から目を背けたままではいけない。””
他にも小熊英二氏や杉田敦氏の発言も取り上げられています。
そういう覚悟の上で、われわれ日本人は原発を受け入れることにしたのでしょうか?地震列島に54基もの原発を造ったのです。 あまりに浅はかな考えで取り返しのつかないようなことをしてしまったのではないでしょうか!!