鮎と戯れて・・・魚族に感謝

東北地方を中心とした短い夏のあまり多くない鮎釣りの記録。家族に感謝して。近くの広瀬川の環境等にも拘るも、オフは時事問題も

聞いたことある? 等話

2021-12-07 15:05:50 | 思いつくまま

    

                  

いやはや昼からは参ってしまう天気です。もうすっかり夕方の雰囲気で、しかも小雨がぱらつく模様、暗いのです、昼から。気分まで重苦しくなってきます。それでなくても、何かと憂鬱な?師走なのに……

  

明日8日は日本軍の真珠湾攻撃の日で、あれから80年も経ってしまいます。若い人の中で、むかし日米が戦争をしたということを知らない人がいてもおかしくないかな。

   

それでなくても、日本の歴史教育では戦後の歴史を詳しく教えるどころか、今はどうか知りませんがかってはほとんど教えなかったようですし。まあ、それは受験勉強や授業時間が足りなくなったということもあったのでしょうが。

   

それにしても、300万人もの犠牲者を出して新生日本、民主主義日本に生まれ変わったというのに、そのことを詳しく教えてこなかったということが戦後76年の日本の政治において、依然として戦前の遺物を引きずっている元凶だと思っています。

   

敗戦という未曽有の事態を受けて、日本人自分たち自体で下からの改革・革命を起こすことができなかったからなあ〜。アメリカ占領軍や天皇を頂点とする旧支配層にうまくやられてしまったからなあ。またそれを指導する、指導できる日本人の政治家がいなかった‥‥。朝鮮戦争も勃発してしまったし。

   

何にしても、日本人はすべてを沖縄に押し付けて、自分たちだけで経済的な復活を遂げてしまった。それは沖縄が本土に復帰してからも依然として変わっていないし、沖縄いじめもここまでくると、私としては沖縄を対等な日本とは認めていない、あくまでも琉球処分の延長線上にあるあるものととらえているのではないかと思います。だからこそ、いつまでも・どこまでも・・ここまでも・これからも沖縄を虐待し続けられるのではないでしょうか?

    

なんか話がそれていきました。なんのことはない、むかしむかしの12月8日に新婚旅行でハワイに行ったということを言いたかっただけです。8日の夜に羽田を飛び立ち、ハワイについたのは前日の7日でした。日付変更線を初めて超えたことになりますね。

    

つまりは、アメリカの(とはいっても、アメリカはハワイをだまし討ちにして手に入れたのですが)真珠湾が奇襲された日に日本人として真珠湾に降り立ったということです。昭和50年かな。 

   

また語りだすときりがないのでこの辺でやめときます。もうひとつ、その少し前までは円とドルの関係は、固定相場制で、1ドル=360円でした。それが変動相場制に移行しつつあった時で、1ドル=300余円だったように記憶しています。

   

きょう正午の観天望気です。 天気:曇り、雲量:9割以上、気温:10.1度、湿度:77%、風速:4m/s、不快指数:53 となっています。

 

ここからが本題です。先月末研修会に出てきました。2回シリーズの1回目です。すごいタイトルです。「平等な会話『等話』で育む地域の関係づくり」というものです。

    

講師は「等話」という言葉を造語し、提唱している尚絅学院大学人文社会学類の松田道雄教授です。

   

私たちは日頃から特に意識することなく「会話」をしています。しかしながら、真に実りある「会話」をしているか、できているかどうか?自信をもって「会話」をしているといえますか?実にいい加減ですね。

    

自分の言いたいことを一方的に主張するばかりだったり、相手の言い分に耳を傾けられなかったり、言いたいことの半分も言えなかったり、誰でもそういう経験があるのではないだろうかという反省から 『等話』という概念が生まれたようです。

   

つまりは、「等話」とは「平等な会話」を意味します。「平等な会話=等話」を目指すことで平等な社会をつくれるのではないかと。人との関わり合いをもたずに生きられる人はいない以上、人とともに生きる力を養い、誰もがそういう生き方を相互に喜び分かち合えることが社会のあるべき姿であり、その原動力となるのが会話である、と。

     

等話はまた「問いかけ合う会話」でもあります。 そこから等話の心がけ5か条が出てきます。

1 今、目の前の人との出会いに感謝する

2 お互いの話す時間が平等になるように心がける

3 自己完結せず、短く話して、問いかける

4 話に耳を傾け返答し、短く話して、また問いかける

5 この場で生まれる話を、ともに作ろうと心がける

私としても等話によって人間関係のいい地域づくりができるのであれば、こんなに嬉しいことはないですので、研修に参加してみたのですが、言っていることはいいのですが、建前としては素晴らしいのですが、これを実地に適応させていくというのは並大抵のことではないなあと、正直悲観的にならざるを得ませんね。

   

ただ、これを学校教育の段階から、全国的に取り入れて粘り強くやっていけば、10年単位くらいで日本社会はいい方向に向かうかもしれません。

    

   

 


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