寛永十五年十一月十九日「5046 柳生但馬宛書状」(大日本近世史料・細川家史料24 p309)の追而書に次のようにある。
十兵衛(柳生三巌)殿御前相済申候事、我々別而満足仕事ニ候、
罷下候而、又々けいこ可仕候、大方合點参候間、今度罷下候ハゝ、
彌おもしろく成可申候 (後略)
たいへん懇意にしている柳生宗矩に宛てた書状であるが、息・十兵衛の長きにわたる蟄居状態が赦されたことに対し、本当に悦ばしく思う気持ちが
文面に漂っている。「又々けいこ可仕」ということは、過去にも稽古をしたことを伺わせているが、今回のこの書状で初めて知ったことである。
波乱万丈の十兵衛の人生はその死の不自然さなどから、面白おかしく小説や映画・ドラマなどで脚色されているが、このような一片の真実をしることの嬉しさを感じる一文である。