津々堂のたわごと日録

爺様のたわごとは果たして世の中で通用するのか?

■「阿部茶事談」(30)釈文

2020-02-03 14:51:41 | 史料

30        の前尓立ける尓如何尓弥五兵衛兼々の鎗の手練
         を試ミ我手並の程をも一見あれと互尓言葉
         をか王し鎗を合せ又七郎抜群な連ば弥五
         兵衛が胸板を突て鎗を捨て引退く 又七郎
         ■■懸臆病也弥五兵衛引なと云ければ振り
         返り迯る尓あらす腹を切成と云捨て内尓入
         弟七之允馳来り又七郎尓渡合暫く戦ひ又七
         郎が高腿を突痛手なれハ働き不■■ 七之
         允ハ是を打捨置多くの敵尓向ひ誰か為尓討
         連けるが切腹や志たりけん 又七郎ハ鎗を捨立
         上らんとせしが歩行なら須打臥たり 誰とハ知ら
         す又七郎手負たり天晴見事也引退ソかれ
                        か脱ヵ
         よと云ハ又七郎か曰不甲斐無言葉□な引程の
         足阿れハ先ニ進み也とのゝ志りける処尓家来馳
         来り肩尓か希て退ける 今日の討手の甲乙を
         高見権右衛門■尓言上せし尓も栖本か功を
         第一とす早速又七郎組頭谷内蔵之允上使
         として被仰渡けるハ今度阿部兄弟之儀に
         付働無比類段高見権右衛門ゟ被聞召上
         御満足ニ被 思召上候 手疵随分養生可致
         也とて其後又内蔵之允 御花畑江被 召出
         御意の趣ハ今度栖本又七郎阿部兄弟共

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■細川小倉藩(140)寛永三年・日帳(七月朔日~四日)

2020-02-03 08:13:36 | 細川小倉藩

                       (寛永三年七月)朔日~四日

         
         |     朔日
         |

松ノ丸中奉行所ニ |一、松ノ御丸中奉行所ニて、惣談御座候事、
テ相談      |

         |         
         |     二日
         |

         |一、惣右衛門と申加子壱人病死仕候由、鏡善右衛門申候也、松本彦進へ其段可被申渡由、被申渡候
         |  也

         
         |     三日
         |

元和九年張付奉行 |一、下川加兵衛、元和九年分御貼付奉行被 仰付、寛永元年ニハ、大坂御ふしんの大工奉行ニ罷上、
大坂城普請ノ大工 |  罷下候而、追付御金山へ被遣候、右ノはり付之御さん用終ニ節々可仕上由、申届候へ共、右仕合
         |                           〃〃
奉行勤役ニヨリ算 |  ニ候ゆへ、終ニ御算用不仕上候ニ付、私親所ニ御帳箱預置候ヘハ、六月廿九日ノ夜ノ火事ニやき
用未完  算用帳 |                  (林)       (河田)
焼失ニツキ先例ニ |  申候、御算用如何可仕哉と被申候、弥五右衛門・八右衛門被申候も、古木小屋右ゟ一両度やけ候
ヨリ算用ナシ   |  時ニ、御帳箱やき候衆ハ無御算用通り申由ニ付、先例次第たるへき由、加兵衛ニ申渡候、当番
         |  (吉田)
         |  少右衛門也、
         |                     (是門)               (虫損)
中津ノ売米調   |一、中津ニうり米御座候由、御聞及候由、米田與右衛門殿ゟ被仰越ニ付、□□様子聞ニ、町人壱人可
継馬ノ状     |  被遣候、則次馬ニて参候様ニ、可被仰付候、次馬ノ状調進之候事、
         |一、井門亀右衛門
         |  〃〃〃〃〃〃

         
         |     四日
         |               (ママ)

         |一、井門亀右衛門与之遠藤市太夫と昨日病死仕由、小頭山本吉介申来候事、
         |              (長岡孝之)(忠興四弟)
         |一、中山長三郎娘十ニ成候を、 中務様へ被進候処ニ、此中相煩候ニ付、国東ニ残置、養生仕、快気
         |                      (同上)              (渡)     (破損)
         |  仕由ニ而、次左衛門・與左衛門召連、罷出、 中書様御内加左衛門ニ相□、切手取□、候事右同
         |  人被申候事、
         |一、今度罷上候御船頭森山源右衛門尉、但、竹・なわ・薪・ひへ、
         |
         |                           (直正)
豊後横目庄田安照 |一、豊後御横目衆へ引せ被遣囚人、慥連届、相渡候由、寺本八左衛門与小頭與左衛門、続亀介与ノ小
へ走者ヲ引渡ス  |  頭申来候事、
         |           (正重)
         |一、右ノ囚人ノ御奉行黒田蔵人囚人相渡、罷帰候由申、登城被仕候事、
         |一、去ル三月ニ、江戸へ遣候御鉄炮衆井門亀右衛門与大塚少左衛門、桑原主殿与の伊藤弥太夫、御小
         |  人三人、京都ゟ之 御書共請取、持下候事、
忠利書状     |一、六月廿二日之御日付之 御書、右御鉄炮衆今日持下、致頂戴候内ニ、御家老衆三人、民ア少殿へ
         |  も可申渡由、被 仰下候ニ付、則写候而進之候事、
         | (吉田兼治室、細川藤孝女)伊也
         |一、浄勝院様ゟ 中書様へ、こも包二つ参候、上羽浄和を以上ケ申候、杉本左介持参仕候也、
         |       (長岡孝之)

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