『第二次世界大戦〈1〉~ 〈4〉(河出文庫)』
W・S・チャーチル、2001、『第二次世界大戦〈1〉~ 〈4〉(河出文庫)』、河出書房新社
オーストラリアのキャンベラに滞在したときにしばしば宿泊する「UniHouse」の敷地を出たところにチャーチルの銅像がある。例のロングコートの出で立ちである。その脇には、チャーチルの名を冠した信託基金事務所があって、オーストラリア国立大学の学生たちの留学のための奨学金を管理している。チャーチルがイギリスの首相であった当時は、オーストラリアはイギリスの植民地であった。イギリスは世界各地の植民地と植民地から独立したアメリカ合衆国との連携やヨーロッパ諸国との国際関係を含む「世界」を支配する落日の大国ではあった。チャーチルが首班となった頃はまさに最末期ではあったが、大英帝国の栄光をになう責任が彼の背に負わされていたのである。そして、ある意味、植民地帝国の幕を引いたのである。
チャーチルは言うまでもなく、政治家であったばかりではなく、歴史を動かした人物として、歴史を生きた人物として、「歴史家」として多くの著述を残してきた。本書はかれの関わった第二次世界大戦に関する回顧録のひとつである。文庫ではあるが、なかなか読み応えがある上に、睡眠までのひとときに読む書籍であったので、ずいぶん読み上げるのに時間がかかってしまった。本書全体を評論する資格も能力もないが、いくつか思うことがあるので書き残しておきたい。
まず、戦争遂行のための首班として、チャーチルの行動力に驚く。当時は、もちろん航空機の時代に入っていたが、しかし、黎明期であって、戦争首班がつねに安全に飛行できるかどうか、Uボートが徘徊する大西洋を航海して横断するのとどちらがリスクが高いかというと、おそらく、航空機の使用の方がリスクが高かったのではないかと想像されるが、それにもかかわらず、かれは、洋上長距離飛行をする航空機でアメリカ大陸から北アフリカ、中近東をまたにかけて各国首脳との協議のために往来するのである。
それに対して、わが東條閣下はどうであったであろうか。おそらく、かれは、軍事官僚のトップにすぎず、軍事外交の戦略を駆使する戦争首班としては、むしろ最悪の人物であったのではないか。彼だけではなく、おそらく、太平洋戦争当時にあって、チャーチルに匹敵する人物が存在しないにもかかわらず、戦争に突入するという判断に至ったこと、これが、最大の敗戦要因であったことは、本書のほぼ冒頭で理解できるであろう。もちろん、本書だけではなく、類書を俟たない。このことは、現場を重視しないという根本的な官僚国家日本は最近の東日本大震災の顛末においても暴露してしまったことは、まさに、宿痾とでも言うべきものではないか。
さて、イギリス帝国はすでに落日にあって、第二次大戦以前の段階で、ヒットラーの戦略にたいして、十全に対抗できる潜在的戦力戦略はなかったかもしれない。しかし、チャーチルは、ひとたび、戦争首班に指名されるや連立政権を率いて、アメリカを含む各国を周旋して連合国を構築し、共産国ソ連の指導者スターリンというヒットラーにも匹敵する独裁者をも自陣営に引き込み、対抗軸を構築するのである。個々の戦場においては多大なリスクを冒し、単なる僥倖にすぎなかったような局面もあったにせよ、アジアにおける対日戦指導も含めて、第二次大戦(太平洋戦争をふくむ)は、チャーチルの戦争であったかに見える。
本書は、このチャーチルの戦争を彼の視点で描いているという点で誠に興味深い。さらには、スターリン、ルーズベルト、トルーマン、アイゼンハワー、アトリーなどの彼と同時代を生きて歴史を動かした人物に対する評価やその関係維持についてのチャーチルの努力も描かれていてこれまた興味深い。もちろん、本人の記述であるのでどこまで正確かと疑うこともできようが、しかし、かれは、歴史を動かした「公人」として、自分自身の言動も含めて公的文書を利用して記述していて、おそらく、信憑性は極めて高い資料なのではないか。震災に直面した某国にあっては、重要な決断にあたって議事録を残すこともせずに、自分自身が歴史を作るという意識もなくただただ右往左往していること、はなはだ残念である。これまた、宿痾のひとつと言わねばなるまい。
最後に、チャーチルとは比べるべくもないにせよ、某国の歴代の首班はいかほどの歴史意識をもって現在を生きているのであろうか。いや、じつは一人一人の市民もまた同様であると言いたいところであるが、それは、天に唾するものであるので、ほどほどにしておこうか。しかし、本書を「じっくりと」読み通してみて感じたことは、ある種対照的な某国のことばかりであった。欧米ばりの歴史意識を持つことを称揚するものでは決してないが、すくなくとも、国際関係において様々なタフネゴシエーションを前提とする中で、否が応でもその意識を持たざるを得ない現在、決してさけて通ることはできまい。
オーストラリアのキャンベラに滞在したときにしばしば宿泊する「UniHouse」の敷地を出たところにチャーチルの銅像がある。例のロングコートの出で立ちである。その脇には、チャーチルの名を冠した信託基金事務所があって、オーストラリア国立大学の学生たちの留学のための奨学金を管理している。チャーチルがイギリスの首相であった当時は、オーストラリアはイギリスの植民地であった。イギリスは世界各地の植民地と植民地から独立したアメリカ合衆国との連携やヨーロッパ諸国との国際関係を含む「世界」を支配する落日の大国ではあった。チャーチルが首班となった頃はまさに最末期ではあったが、大英帝国の栄光をになう責任が彼の背に負わされていたのである。そして、ある意味、植民地帝国の幕を引いたのである。
チャーチルは言うまでもなく、政治家であったばかりではなく、歴史を動かした人物として、歴史を生きた人物として、「歴史家」として多くの著述を残してきた。本書はかれの関わった第二次世界大戦に関する回顧録のひとつである。文庫ではあるが、なかなか読み応えがある上に、睡眠までのひとときに読む書籍であったので、ずいぶん読み上げるのに時間がかかってしまった。本書全体を評論する資格も能力もないが、いくつか思うことがあるので書き残しておきたい。
まず、戦争遂行のための首班として、チャーチルの行動力に驚く。当時は、もちろん航空機の時代に入っていたが、しかし、黎明期であって、戦争首班がつねに安全に飛行できるかどうか、Uボートが徘徊する大西洋を航海して横断するのとどちらがリスクが高いかというと、おそらく、航空機の使用の方がリスクが高かったのではないかと想像されるが、それにもかかわらず、かれは、洋上長距離飛行をする航空機でアメリカ大陸から北アフリカ、中近東をまたにかけて各国首脳との協議のために往来するのである。
それに対して、わが東條閣下はどうであったであろうか。おそらく、かれは、軍事官僚のトップにすぎず、軍事外交の戦略を駆使する戦争首班としては、むしろ最悪の人物であったのではないか。彼だけではなく、おそらく、太平洋戦争当時にあって、チャーチルに匹敵する人物が存在しないにもかかわらず、戦争に突入するという判断に至ったこと、これが、最大の敗戦要因であったことは、本書のほぼ冒頭で理解できるであろう。もちろん、本書だけではなく、類書を俟たない。このことは、現場を重視しないという根本的な官僚国家日本は最近の東日本大震災の顛末においても暴露してしまったことは、まさに、宿痾とでも言うべきものではないか。
さて、イギリス帝国はすでに落日にあって、第二次大戦以前の段階で、ヒットラーの戦略にたいして、十全に対抗できる潜在的戦力戦略はなかったかもしれない。しかし、チャーチルは、ひとたび、戦争首班に指名されるや連立政権を率いて、アメリカを含む各国を周旋して連合国を構築し、共産国ソ連の指導者スターリンというヒットラーにも匹敵する独裁者をも自陣営に引き込み、対抗軸を構築するのである。個々の戦場においては多大なリスクを冒し、単なる僥倖にすぎなかったような局面もあったにせよ、アジアにおける対日戦指導も含めて、第二次大戦(太平洋戦争をふくむ)は、チャーチルの戦争であったかに見える。
本書は、このチャーチルの戦争を彼の視点で描いているという点で誠に興味深い。さらには、スターリン、ルーズベルト、トルーマン、アイゼンハワー、アトリーなどの彼と同時代を生きて歴史を動かした人物に対する評価やその関係維持についてのチャーチルの努力も描かれていてこれまた興味深い。もちろん、本人の記述であるのでどこまで正確かと疑うこともできようが、しかし、かれは、歴史を動かした「公人」として、自分自身の言動も含めて公的文書を利用して記述していて、おそらく、信憑性は極めて高い資料なのではないか。震災に直面した某国にあっては、重要な決断にあたって議事録を残すこともせずに、自分自身が歴史を作るという意識もなくただただ右往左往していること、はなはだ残念である。これまた、宿痾のひとつと言わねばなるまい。
最後に、チャーチルとは比べるべくもないにせよ、某国の歴代の首班はいかほどの歴史意識をもって現在を生きているのであろうか。いや、じつは一人一人の市民もまた同様であると言いたいところであるが、それは、天に唾するものであるので、ほどほどにしておこうか。しかし、本書を「じっくりと」読み通してみて感じたことは、ある種対照的な某国のことばかりであった。欧米ばりの歴史意識を持つことを称揚するものでは決してないが、すくなくとも、国際関係において様々なタフネゴシエーションを前提とする中で、否が応でもその意識を持たざるを得ない現在、決してさけて通ることはできまい。
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