すぷりんぐぶろぐ

桜と絵本と豆乳と

いつの間にか貧弱になり

2017年06月09日 | 教育ノート
 地元紙の「月曜論壇」というコーナーで、今週は小松守大森山動物園長が「子どもの成長と動物体験」と題して書かれていた。誰しも総論では有益だと言うだろうが、現実は小松園長も書くように、現状は「衛生観念の変化などもあってか学校からも飼育動物が消え、動物体験を通じた教育機能が貧弱になりつつある



 生活科が創設された平成初期は、流れとして一時動物飼育が活発化する兆しを見せていたはずだ。公開授業を参観したこともある。総合的な学習の時間も出来たし、実践する環境は整備されつつあったのではないか。ただ実際に携わる教員の意識、意欲が高まる方向へ動いたかと言えば、現実はなかなか難しかった。


 一つには言うまでもなく「世話」に関わる大きな負担だ。それに伴った事件(職員が動物を処分した等々)もセンセーショナルに報道された。また鳥インフルエンザの発生ものしかかった。さらに、教育実践としての困難さも見えてきた。典型的なのは、本県で起きた「鶏を育てて食べる授業」の中止に関わる問題だった。


 どの事件、どの問題も深い議論に値するテーマだ。しかし学校現場はそれを受け止める環境にはない。もちろん、それ以降も全国の中には組織的また個別に実践を進めた方々もいるはずだ。ただそれが波及する気配は薄い。その一因として、国全体の学力向上への動きや総合学習の取組みの変化が挙げられるだろう。


 英語の教科化へ向けて「総合」の時間に振替可とする旨が、文科省から出されると先月報道された。予想通りであるし、判断は現場に任せられるが、おそらく右倣えとなる…そうして動物体験も含めた自然活動時間はやせ細っていく…。今、だからこそ危機意識を持ち、したたかな工夫が強く求められているのだと思う。