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南独旅窓⑤~きっと理由がある

2017年06月28日 | 雑記帳
 結局自分の一番の関心事は「人」だなと思う。だから、非日常ともいうべき旅でのウォッチングはとても楽しい。今回も出発時機内のやたらとフレンドリー(反面ずぼら)なCAに始まり、観光地で見かける人々の様子、さらにはツアーに参加した方々など観察対象がたくさんあり、実に興味深い日々を過ごした。




(リューデスハイムは、年に一度ハーレーライダーたちの集合する日だった)

 まず、完全な実感を得たこと…「白人は恰好いい(絵になる)」だ。映画などで観られるようなシーンが、バアーンと目前に広がっている。皮ジャンを来てカフェで煙草を吸う強面のライダーたちは、きっと我々を見て「また日本人の奴らが、カメラぶら下げて並んで歩いているぜ、ワッハッハー」と喋っていると妄想。




(船上の遊具順番争いで兄に負け、一人ラインの川面を見つめる弟)

 子どもも文句なく可愛い。兄弟げんかをして親に叱られ、泣いて慰められるところなどは全く日本と同様だが、それを外国の言葉で聴くと、また絵になると思うのは、きっと理解不完全な部分が想像力をかき立てるからだろう。廻った観光地の中に学校があり、休憩時の様子を覗いたら、声が日本より高い気がした。




(ハイデルベルグ城で、世界最大のワイン樽の説明をする現地ガイド女性)

 現地で働く日本人たちも印象的だ。現地ガイドや観光地の店などで働く人たちが、どんな願いを持ち、どんな流れでそこに居るのか、様々であろうとは思う。しかしいずれにしても、その仕事に対して「熱」を持っているかどうかは、その言葉や所作でわかるものだ。何かを吹っ切って異国に立つ人の表現は判りやすい。




(ミュンヘン聖霊教会の中を子どもたちが小走りする)

 撮りたかったが、一瞬ためらいシャッターを切れなかった絵がある。ヴィース教会前のバス停にいた一人の老人。両手に持つ杖で大きな身体を支え、にこやかに我々を見つめていた姿が今も瞼に残る。旅を終え、改めて考えている。何故、かの国では幸せそうに見える老人が多かったのだろうか。きっと理由がある。