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縷述「つながる授業」その2

2006年07月10日 | 教育ノート
「では具体的な場面ではどうか」「指導はどうする」といった視点を
常に考えていくことが現場主義であり
そのことだけは念頭において書いていきたいと思うが…



 学習形態をいくら使いこなしたとしても、それだけで「つながる授業」であったかを評価することはできません。肝心なことは、やはり内面だからです。では、内面がつながるとはどういう状態を指しているのでしょうか。

 日常的に行われる「音読」を取り上げてみましょう。二人以上の複数が行っている活動(一斉読みや交互読みなど)と仮定して、「つながる」とはどういう状態か、思いつくまま挙げてみます。


 (1)声量が増えることで、声や言葉のダイナミズムを感じる
 (2)文字と音の連動を、他の子の声によって誘導されている(読み慣れる)
 (3)他の子の読み方を真似する
 (4)他の子の読み方を受けて、変化させる
 (5)聞かせることによって、留意すべき箇所を強調したり工夫したりする
 (6)聞くことによって、留意すべき箇所がわかる


 ざっとこんなところでしょうか。別に特別なことではないと思います。ただ具体的な指導場面で、教師が何のためにその指示をだすのか意識的になることが必要だということです。

  A 「1の場面を、自由に読む練習しましょう」
  B 「1の場面を、声を揃えて読みましょう」

 この二つの指示でBが有効であるのは、学習のどの段階かという見極めが必要です。また追加して指示するべき事柄(読む速さ、グルーピングなど)によっても、活動は大きく変化します。(7/10)

縷述「つながる授業」その1

2006年07月05日 | 教育ノート
「縷述」と称して、授業のことを中心に少しずつ提示していくことにした。
ネーミングはなかなかいいと思うが、中身はどんなことになるやら…



本年度の研究主題「かかわり合いながら課題解決していく子どもを育てる学習指導の工夫」と、学校経営のキーワードとして掲げた「つながる」は共通していると見ていいかと思います。
 『類語大辞典』によると、「係わる」の意味は「なんらかの、または、密接なつながりをもつ」ということになり、語意の点においても整合性はありますし、ひとまず同義ととらえ話を進めます。

 今月行われた二つの研究授業は、指導主事からいくつかの指摘があったにしろ、ねらいが明確であり、主題にそった工夫が講じられた授業だったと総括できると思います。今後も頑張りましょう。
 研究授業のような場は一つの集約ですし、学級の力もある意味そこに象徴されるのですが、もっと日常的に「かかわり合い」、「つながる」といったことを意識するためには、どんなことを考えたらいいのでしょうか。

 毎時間の各教科等で「つながる授業」ができているか…子どもと子どもがつながる活動をきわめて表面的にみれば、次のようなことが一つのポイントになるかと思います。

  学習形態がいくつ準備されているか ⇒ 様々な形態を使いこなしているか

 「個人」「ペア」「グループ」「全体」という区分、ペア、グループの組み合わせ、そしてそれに伴う活動場所のバリェーションということです。小規模学級の場合、担任の掌握のしやすさがかえって形態の工夫を阻害している場合もあるのではないでしょうか。また、子ども同士が密接であるがゆえに逆に固定化した見方に陥りがちです。パターン化していないか要チェックです。(6/30)

それでもなお、伝えようとする

2006年07月02日 | 読書
かつて、地域の文集審査会の折に
詩人でもあった先輩教師よりこんなことを言われたことがある。

「詩は、対象をいかにホメルかだよ。」

子供たちの書く詩を審査する一本の軸のようなものを感じた。
しかし、大人の書く詩についてはそっくり当てはまるかという疑問もあった。
特に難解な現代詩にはどうもなじめない自分ではなおさらだ。

さて、ここに生きとし生けるものすべて、いやこの世に存在するすべてのものを
どう誉めようかと心を砕いている人がいる。

まど・みちお


あまりに有名なその詩人が出した文庫本
「いわずにおれない」(集英社be文庫)を読んだ。
編集者が、まどさんに繰り返しインタビューし書き起こした文章と
まどさんのいくつかの詩で構成されている。

「肩から力の抜けた」とか「達観した」とかいう形容では
表現しきれないひょうひょうとした語り口は
読み進むにつれて、「存在」ということの重さであり
同時に、軽さであることにも気づいた。

 どんな存在も見かけだけのものじゃないのに
 人間はその名前を読むことしかしたがらないですよね。
 本当に見ようとは、感じようとはしない。
 それは、じつにもったいないことだと思います。(P41)


その存在にしっかり向き合おうとして、
けれどなかなかそれができなくて、
受け止める自分の小ささに目がいく。 
結局は、わからない、理解しあえないけれど
それでもなお、わかり伝えようとする気持ちを正直に伝えようとしている。
そんな気持ちに正直に暮らしている。
まどさんの心底からの言葉にあふれている本だった