数日前のニュース。
電子楽器大手ローランド(浜松市)の創業者で、米グラミー賞の技術賞を受けた梯郁太郎(かけはしいくたろう)さんが一日死去した。八十七歳。大阪府出身。通夜、告別式は近親者のみで行う。
年代がバレますが、大阪梅田、第三ビルの二階にかつてあったローランドのショールームは、われわれ金もない中高生の溜まり場でした。土曜日の午後に決まって出かけて行っては、まだ導線で繋ぐ式のシンセサイザーをいじって遊び、そこの従業員とムダ話をして、同じビルのジャズ喫茶によってから帰るという生活をしていました。高校を出てからもしばらく良く遊びに行ったもので、そのショールームの隣にローランドが併設したコンピューターを売る小さな店には、浪人した同級生がそのまま店員となって就職しました。そんなこんなで、不思議な電子楽器を作るローランドという会社の、(当時はインターネットもない時代ですから)顔も見たこともない「カケハシ イクタロウ」といういう芸名のような名前を持つ社長は、われわれの間ではちょっとしたアイドルだったのです。店員になった友人が、「この間、カケハシ イクタロウが店にやってきた」と興奮して喋っていたのを思い出します。
そのショールームには有名ミュージシャンが時折に訪れることもあって、直接相手をした従業員の人からそんな話を聞くのも楽しいものでした。覚えているのはドウビーブラザーズとオスカーピーターソン。今は亡きオスカー ピーターソンは当時、ローランドのコマーシャルでキーボードを弾いていた関係でショールームにやっていたようですが、その時は、本当に学校をサボって行こうかと思いました。
オスカー ピーターソンは中学生の頃にたまたま読んだリーダーズダイジェスト日本語版での伝記の記事がきっかけで知りました。私にとっては、ジャズの主流から外れた人で、ブルーノートをあまり使わず、ダイアトニックスケールをひたすら早く弾きまくる人(というと異論を持つ人もあるでしょうが)という認識で、好きなスタイルではないものの純粋に早弾きすごいなと感動するピアニストでした。そういえば、上原ひろみさんは、オスカーピータソンがアイドルだと言っていたのを聞きました。意外だな、と思いましたが、上原さんの「トムとジェリー」とかを聞くと、なるほど、と思います。
ローランドやヤマハやパール、外国のプロのミュージシャンがこれらの楽器をコンサートなどで弾いているのを見ると、なんとなく誇らしげな気持ちになる日本人は少なくないでしょう。青は藍より出でて藍より青し、ではないですが、西洋音楽のために外国で生まれた楽器を日本の誇るべき会社が、その信頼の技術を磨いて世界に広めたのだなあ、愛国主義者でなくても感動はします。
顔も知らぬ「カケハシ イクタロウ」という名前の才気あふれる日本人が、世界に橋をかけ、日本発のシンセサイザーを広めた、当時の中高生の単純なわれわれにとって、その名前は、夢と希望を掻き立てる一つのシンボルでした。
関係ないですけど、オスカーピーターソンのCakewalk。Cakewalkは奴隷時代のアメリカ黒人の風習に由来するダンスです。
電子楽器大手ローランド(浜松市)の創業者で、米グラミー賞の技術賞を受けた梯郁太郎(かけはしいくたろう)さんが一日死去した。八十七歳。大阪府出身。通夜、告別式は近親者のみで行う。
年代がバレますが、大阪梅田、第三ビルの二階にかつてあったローランドのショールームは、われわれ金もない中高生の溜まり場でした。土曜日の午後に決まって出かけて行っては、まだ導線で繋ぐ式のシンセサイザーをいじって遊び、そこの従業員とムダ話をして、同じビルのジャズ喫茶によってから帰るという生活をしていました。高校を出てからもしばらく良く遊びに行ったもので、そのショールームの隣にローランドが併設したコンピューターを売る小さな店には、浪人した同級生がそのまま店員となって就職しました。そんなこんなで、不思議な電子楽器を作るローランドという会社の、(当時はインターネットもない時代ですから)顔も見たこともない「カケハシ イクタロウ」といういう芸名のような名前を持つ社長は、われわれの間ではちょっとしたアイドルだったのです。店員になった友人が、「この間、カケハシ イクタロウが店にやってきた」と興奮して喋っていたのを思い出します。
そのショールームには有名ミュージシャンが時折に訪れることもあって、直接相手をした従業員の人からそんな話を聞くのも楽しいものでした。覚えているのはドウビーブラザーズとオスカーピーターソン。今は亡きオスカー ピーターソンは当時、ローランドのコマーシャルでキーボードを弾いていた関係でショールームにやっていたようですが、その時は、本当に学校をサボって行こうかと思いました。
オスカー ピーターソンは中学生の頃にたまたま読んだリーダーズダイジェスト日本語版での伝記の記事がきっかけで知りました。私にとっては、ジャズの主流から外れた人で、ブルーノートをあまり使わず、ダイアトニックスケールをひたすら早く弾きまくる人(というと異論を持つ人もあるでしょうが)という認識で、好きなスタイルではないものの純粋に早弾きすごいなと感動するピアニストでした。そういえば、上原ひろみさんは、オスカーピータソンがアイドルだと言っていたのを聞きました。意外だな、と思いましたが、上原さんの「トムとジェリー」とかを聞くと、なるほど、と思います。
ローランドやヤマハやパール、外国のプロのミュージシャンがこれらの楽器をコンサートなどで弾いているのを見ると、なんとなく誇らしげな気持ちになる日本人は少なくないでしょう。青は藍より出でて藍より青し、ではないですが、西洋音楽のために外国で生まれた楽器を日本の誇るべき会社が、その信頼の技術を磨いて世界に広めたのだなあ、愛国主義者でなくても感動はします。
顔も知らぬ「カケハシ イクタロウ」という名前の才気あふれる日本人が、世界に橋をかけ、日本発のシンセサイザーを広めた、当時の中高生の単純なわれわれにとって、その名前は、夢と希望を掻き立てる一つのシンボルでした。
関係ないですけど、オスカーピーターソンのCakewalk。Cakewalkは奴隷時代のアメリカ黒人の風習に由来するダンスです。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます