注文してあった
田畑ヨシ著「つなみ」(産経新聞出版)が届く。
田畑ヨシさんは1925(大正14)年1月生まれ。
1933(昭和8)年の三陸大津波を田老町で被災しておられました。
その体験をもとに、ご自身で絵を描いて、
地域の小中学校などで紙芝居「つなみ」を読み聞かせていらっしゃったのでした。
それが絵本として一冊(平成23年7月第1刷発行)になっておりました。
そこに、一度避難して、また家にもどる場面が
かたられております。
貴重な体験なので、
そこを引用しておきます。
「三月三日のおひなまつりの夜でした。
よっちゃんがおばあさんとねていると
ガタガタと大きな地震がゆれました。
よっちゃんはとびおきて、おばあさんと
はだしのまま赤沼山の下まで走っていって
ぶるぶるふるえていると
お母さんが妹をおぶって
『おばあさん、よしこー』と大きな声でよぶ声がして
『電気もついたし家にかえっておいで』と
むかえにきたので、おうちにかえった・・・・
・ ・・・・・・
よっちゃんがこわくてぶるぶるふるえていると
おばあさんが『寒いならこの袖なしでも着て』といって
長い毛皮の袖なしを着せてくれました。
おじいさんは『津波がくるかもしれないから
にげるじゅんびをするように』といって
お父さんはたい松をたばねておき
わらぞうりをみんなのぶん、げんかんにそろえて
大切なものをカバンに入れて
持ってにげるばかりに、じゅんびをしておりました。
・ ・・・・・・
すると、まもなくまた地震がゆれ
お父さんが『津波だ、にげろ』と大きな声でさけびました。
海の方からドーンと大きな音がしました。
よっちゃんは、むちゅうになって
げんかんのぞうりをつかんで、はだしのまま走ったが
長い袖なしが足にからまって、
なんかいもなんかいもころびながら
赤沼山ににげました。・・・・」
私の気になった箇所だけを引用しました。
機会があれば、全文読むことをおすすめしたいと思います。
最後に10ページほどの解説がついております。
田畑ヨシ著「つなみ」(産経新聞出版)が届く。
田畑ヨシさんは1925(大正14)年1月生まれ。
1933(昭和8)年の三陸大津波を田老町で被災しておられました。
その体験をもとに、ご自身で絵を描いて、
地域の小中学校などで紙芝居「つなみ」を読み聞かせていらっしゃったのでした。
それが絵本として一冊(平成23年7月第1刷発行)になっておりました。
そこに、一度避難して、また家にもどる場面が
かたられております。
貴重な体験なので、
そこを引用しておきます。
「三月三日のおひなまつりの夜でした。
よっちゃんがおばあさんとねていると
ガタガタと大きな地震がゆれました。
よっちゃんはとびおきて、おばあさんと
はだしのまま赤沼山の下まで走っていって
ぶるぶるふるえていると
お母さんが妹をおぶって
『おばあさん、よしこー』と大きな声でよぶ声がして
『電気もついたし家にかえっておいで』と
むかえにきたので、おうちにかえった・・・・
・ ・・・・・・
よっちゃんがこわくてぶるぶるふるえていると
おばあさんが『寒いならこの袖なしでも着て』といって
長い毛皮の袖なしを着せてくれました。
おじいさんは『津波がくるかもしれないから
にげるじゅんびをするように』といって
お父さんはたい松をたばねておき
わらぞうりをみんなのぶん、げんかんにそろえて
大切なものをカバンに入れて
持ってにげるばかりに、じゅんびをしておりました。
・ ・・・・・・
すると、まもなくまた地震がゆれ
お父さんが『津波だ、にげろ』と大きな声でさけびました。
海の方からドーンと大きな音がしました。
よっちゃんは、むちゅうになって
げんかんのぞうりをつかんで、はだしのまま走ったが
長い袖なしが足にからまって、
なんかいもなんかいもころびながら
赤沼山ににげました。・・・・」
私の気になった箇所だけを引用しました。
機会があれば、全文読むことをおすすめしたいと思います。
最後に10ページほどの解説がついております。