喉元すぎればすぐに忘れるはずが、余にも目にあまる、
新聞・雑誌の見出しの作為に、嫌気のさす御時世です。
ということで、タイトル・小見出しの楽しみを
鷲尾賢也著「編集とはどのような仕事なのか」(トランスビュー)に
拾ってみたいと思います。
「タイトルはその本の生命であり、中心である。
柳田国男はつねづね編集者に、
『よいタイトルをもってきてくれればいくらでも書くよ』
といっていたそうである。タイトルによって
著者のイメージが膨らむのであろう。そういえば
『雪国の春』とか『海上の道』『先祖の話』『遠野物語』
など、印象深いタイトルが多い。・・・・」(p147)
さて、鷲尾さんの本では『小見出し』を教えてくれております。
「新書・選書などは小見出しを頻繁につける。おそらく
見開きにひとつぐらいを原則にしているのではないか。」(p130)
「・・小見出しは、著者が考えるのではない。
編集者が読者のために挿入するものである。
・・人間の思考能力は高いものがあるが、
じつは2、3ページ以上、誌面を眺めつづけていると、
誰しもが少し飽きてしまうところがある。
書く方も同様である。せいぜい4、5枚(400字詰め)ほどで、
ひとまとまりのはなしになる。それを越すと、またべつの
素材が必要になってくるのではないか。・・・・
読み手、書き手の意向が合致して、
書き手は思考を転換するところ、
読み手は少し眼が疲れ、読むのに飽きる地点に区切りをいれる。
これが小見出しということになる。
眼を休ませると同時に、いままでとちがうはなしが
再びはじまりますよ、という予告といってもよい。
編集者が入れるのは、読者のための配慮からスタート
しているからであろう。」(p129)
さて、この本で印象深いのは、講談社現代新書のカバー
の話しでした。今の新書カバーではありません。
以前の黄色い講談社現代新書のカバーを思い浮かべられる
方にとっては、なるほどと合点がいく記述でした。
「当時現代新書は、岩波新書、中公新書に大きく遅れをとっていた。
あまりにも売れないので、やめようという社内の意見も多かったそうである。
デザイナーの杉浦康平さんに依頼し、装丁をモデルチェンジして、
起死回生の生き残り作戦の最中だった。・・・・
装丁を切り替える(たぶん200冊以上変えただろう)。
そのために編集部全員、毎日毎日、夜になるとネーム
(新書のなかで現代新書だけに入っているカバーの惹句)
書きに精を出す。当該の本を読み、いわゆる帯のような文章を
一日に何本も書くのである。
それを机に置いておくと、出社の早い編集長の赤字が入り、戻される。
写植化し、資料とともに杉浦事務所に持参する、というシステムであった。
ずいぶんそれは勉強になった。
先輩のネームに感心することも多かった。
また編集長の赤字になるほどと思わせられた。
センスは先天的なものかもしれないが、
磨くことは可能である。そういう
気持が生まれたのはそのころであろう。・・」(p22~23)
このネームや、小見出しや、タイトルなどを思うにつけ。
言葉の触手がひろがって、鷲尾氏は小高賢という歌人になったり、
俳句の会をひらいたりと、その守備範囲の裾野のひろがりに注目します。
はい。講談社現代新書の黄色いカバーだった頃の本は、
もう、古本でしか探せませんが、これも貴重な楽しみ。