鷲尾賢也氏が、装丁家・田村義也氏との接点を書いておりました。
「装丁家としての田村さんにはずいぶんお世話になった。
巷間の噂のとおり完全主義で凝るタイプなので・・・・
装丁をお願いしているのであるが、岩波書店のはなしが
よくでた。田村さんが在籍していたのは戦後黄金時代の
岩波書店である。・・・」
こうして、田村さんが担当した岩波新書を紹介しておられます。
「制作の仕事を五、六年経験してから岩波新書編集部に移る。
いわゆる青版。岩波新書の全盛時代である。
林屋辰三郎『京都』
坂口謹一郎『日本の酒』
梅棹忠夫『モゴール族探検記』
安岡章太郎『アメリカ感情旅行』
奈良本辰也『二宮尊徳』
丸山眞男『日本の思想』
清水幾太郎『論文の書き方』
岡村晴彦『南ヴェトナム戦争従軍記』
日高六郎編『1960年5月19日』
北山茂夫『大化の改新』
・・・・・・・
そのほか書名を挙げれば書ききれないほど担当している。
新書を経験した編集者ならこれらがどれほどすごい業績
であるかはすぐ分かるだろう。・・・・・
なかにはいまだに版を重ねている超ロングセラーもある。」
(「時代を創った編集者101」新書館・p184)
上記に取り上げられた岩波新書ですが、私は、
2冊しか読んでおりません。しかも読んだ本
もすっかり内容をわすれてしまってます(笑)。
もどって、鷲尾賢也『編集とはどのような仕事なのか』
に装丁に関する個所があります。そのはじまりは
「日本の書籍が世界に誇る長所のひとつに装丁がある。」(p140)
「装丁という装いには、一冊の幸せな旅立ちを願う気持ちが
こめられている。・・・
私自身は、杉浦康平、田村義也という二人の対照的な
装丁家とながく仕事をさせてもらった。というより
たくさんのことを教わった。お二人ともまことに鋭く、はげしい。」
「田村義也さんは・・編集装丁家と自称していたように、
装丁はあくまで編集者の仕事と考えていた。・・・・
安岡章太郎『僕の昭和史』(対談集まで入れると、全四巻。
ゴールデンバット、ピース、セブンスター、光という
日本の代表的なタバコのパッケージを背景にした装丁で、
田村義也の代表作のひとつである)・・・」(∼p143)
新書と装丁といえば、杉浦康平氏なのですが、
こちらは、つぎの機会に紹介したくなります。
ちなみに、鷲尾さんは、装丁に関して、こう指摘しておりました。
「欧米の書籍ではあまり行われない、カバー、表紙、オビ
それぞれに工夫をこらす。そういった細かな神経の遣い方は、
日本独特の文化意識のあらわれだろう。」(p140)
それはそうと、読んでもらった絵本を読み直す子供のように、
気軽に持ち歩きぞんざいに扱った新書を、もう一度手に取る。
はい。私はそんなに読んでいないけれども、新書の世代です。