ちくま学芸文庫の『徒然草』(島内裕子校訂・訳。2010年)を
読んでいたせいか、島内裕子監修の「絵巻で見る・読む徒然草」
(朝日新聞出版・2016年)が気になっておりました(これ古本で高価)。
それはそれとして、その関連で手頃で楽しかった図録カタログがありました。
「美術として楽しむ古典文学 徒然草」(サントリー美術館図録・2014年)。
この「ごあいさつ」から引用してみます。
「・・『徒然草』は、成立後100年あまりも
その鑑賞の歴史をたどることができません。
慶長年間(1596~1615)になってようやく幅広い読者層を獲得し、
江戸時代になると、鑑賞、研究、そして創作への応用など、
さまざまな分野で多様な展開を示すようになりました。
そうして『徒然草』流布の過程で、≪ 徒然絵(つれづれえ)≫
とも呼ぶべき絵画作品が登場するようになります。
近年サントリー美術館の収蔵品に加わった
海北友雪(はいほうゆうせつ)筆『徒然草絵巻』20巻もその一つです。
・・・・『徒然草』といえば無常観の文学といわれますが、むしろ兼好は、
現世をいかに生きるべきか、いかに楽しむべきかを探求した現実主義の人
でした。鋭い観察力で人間性の真髄を描いた、いわば兼好のつぶやきを
美術作品とともにお楽しみいただければ幸いです。 ・・ 」
この次のページは、島内裕子氏が書いております。
うん。こちらからも引用しておかなきゃね。
「・・兼好が生きた鎌倉時代末期から南北朝時代初期にかけては、
政治・社会の混乱期であった。人々の価値観や美意識も、大きく変化した。
そのような新時代の息吹をいち早く伝えると同時に、
いつの世も変わらない人間のあり方や伝統的な文化への共感も、
『徒然草』には書かれている。
ひとことで言えば、『徒然草』は多彩な内容がぎっしりと詰まった、
稀に見る豊穣な文学なのである。
しかもその密度の濃さは、不思議と重苦しくならず、
簡潔・明晰な文体の余白に、王朝文学の余香も漂わせつつ、
内容展開はスピード感に溢れている。
『徒然草』を読んでいると、まるで初夏の青葉風が吹き渡るような、
爽快な気分に満たされて、心の中が広々としてくる。
ものの見方や考え方が柔軟になり、新しい目で
自分の周りの世界を捉え直すことができる。・・・ 」(p8)
うん。この図録カタログの徒然草絵の、楽しみを紹介するのには
私の手には負えないのでした、それでも
『 ものの見方や考え方が柔軟になり、新しい目で
自分の周りの世界を捉え直すことができる 』
この指摘は、ひょっとすると漫画を語ってもよさそうな気分になります。
ということで長谷川法世著「マンガ古典文学徒然草」(小学館文庫・2019年)
徒然草という素材にむかって、妙なはぐらかしなどせずに第243段を通して
漫画の柔軟性を発揮して描いており、徒然草読みならば、きっと楽しめる。
などと思っていると、徒然草から、徒然草絵巻、徒然草マンガへと、
学校で習う徒然草が、彩り豊かに染み込むような年齢となりました。
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