和田浦海岸

家からは海は見えませんが、波が荒いときなどは、打ち寄せる波の音がきこえます。夏は潮風と蝉の声。

飛びて空に昇り。

2024-12-25 | 古典
鶴見俊輔著「文章心得帖」(潮出版社)で文間文法を語っております。

「 一つの文と文との間をどういうふうにして飛ぶか、
  その筆勢は教えにくいもので、会得するほかはない。  」


さて、『飛ぶ』ということで、久米仙人の話が思い浮かびます。

『 今昔物語集 本朝部(上) 』(池上洵一編・岩波文庫)に、
「 第24 久米の仙人、始めて久米寺を造れる語(こと) 」がある。

はい。出だしだけでも引用しておきます。

「 今昔、大和国、吉野の郡(こおり)、竜門寺と云(いう)寺有り。
  寺に二の人籠り居り仙の法を行ひけり。
  其仙人の名をば、一人をあづみと云ふ、一人をば久米と云ふ。
  然るに、あづみは前に行ひ得て、既に仙に成て、飛て空に昇りけり。 」
                       ( p90~91 )

 このあとに、久米仙人が寺を造る話までが語られてゆくのでした。
 それはそうと、ここで、徒然草に登場していただきます。

「庄野潤三の本 山の上の家」(夏葉社)に岡崎武志の文があり、
そのはじまりを引用。

「 大阪出身の作家・藤沢桓夫(たけお)は、
  庄野潤三と親交があり、よき理解者であったが、
  その文学の特徴についてこう書いている。

 『 彼の作品を読みはじめると、自分の家の畳の上に
   やっと横になれたような、ふるさとの草っ原に
   仰向けにねて空の青さと再び対面したような、
   不思議な心の安らぎがみよがえって来る・・  』

 ・・先へ先へ急ぐ現代文学の中にあって、庄野潤三の作品は、まさしく
 藤沢が言うような『自分の家の畳の上』に寝転ぶ親しさと安らぎがある。
 『 徒然草 』が七百年を経て読み継がれているなら、私も本気で、
 庄野作品も五百年後、千年後に読まれているはずだと思っている。 」
                          ( p107 )

ここで、岡崎氏は『 徒然草 』を対比の形で出しております。たしかに、
『徒然草』は、短文と短文との章を、縦横に飛びかうようにして読める。
その徒然草の第八段に 『 久米の仙人 』が登場しております。
会得して空を飛べた久米仙人の直後のことが語られておりました。

うん。ここまで、ひっぱったので、庄野潤三の作品から脱線しますが、
徒然草を島内裕子訳で久米仙人の箇所を引用してみます。

「 世間の人々の心を惑わすものの中で、色欲くらい大きな存在はない。
  人間の心というものは、本当に愚かであることだ。

  ・・・・久米の仙人が、
  水辺で裾をたくし上げて洗濯する女の脛(すね)が色白なのを見て、
  神通力を失って空から落ちたという話がある。女の手足や肌などが
  つやつやして、ふくよかであるならば、その美しさも魅力も、
  持って生まれた生得のもので、薫物とは違って、
  取って付けたものではないから、
  仙人だって神通力を失うほどのことはあろう。   」
             ( p31~32 「徒然草」ちくま学芸文庫 )


はい。『徒然草』ではここまでしか書かれていないのですが、
『今昔物語』の方は、

 「 ・・久米心穢れて、其女の前に落ぬ。
    其後、其女を妻(め)として有り。 」

 とあり、久米寺を建立するまでが続けて記述されてゆくのでした。
 久米仙人に関しては、徒然草より今昔物語の方が、物語性があり、
 いろいろと考えさせられます。

 けれども、徒然草によって、久米仙人の話は歴史を通じて語り継がれ、
 徳川時代に、海北友雪筆になる「徒然草絵巻」にも描かれております。

 庄野潤三から、徒然草・今昔物語へと、
 古典の時空へ、下手なりの試し飛行でした。


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