後藤和弘のブログ

写真付きで趣味の話や国際関係や日本の社会時評を毎日書いています。
中央が甲斐駒岳で山麓に私の小屋があります。

悲劇の国、ポーランド(6)1939年の亡国前の状態とピウスツキの活躍

2010年02月17日 | うんちく・小ネタ

複雑な事実を一切省略して書いてしまえば、ポーランドという国家は123年の空白の後、第一次世界大戦のお陰で1918年にユゼフ・ピウスツキによって再び蘇ったのです。ポーランド国立銀行は、2008年に、1918年のポーランド独立90周年を記念して、記念銀行券10ズウォティ券を発行しましたた。ドイツとロシアという強国にはさまれたポーランドは、1795年の第3次ポーランド分割により、他国に支配され国家が消滅していたのです。そして第1次世界大戦後のベルサイユ体制の下で独立を回復し、ポーランド共和国となったのです。 10ズロティ券の表面右側には、独立に大きな貢献をしたユゼフ・ピウツスキ(Jozef Pilsudski 18671935)の横顔が描かれ、中央には再生ポーランドの最初の中央政府があったヴェルベデール宮殿の玄関が描かれていいます。

世界の通貨ニュース題6号:http://www23.ocn.ne.jp/~uemura/090401.htm から彼の肖像画のある紙幣の写真をお借りして示します。

09040111

1918年の国家再生から1939年の独ソによる併呑までの21年間のポーランドはピウスツキ大将を首班とする軍事独裁国家だったのです。兵力は1939年には120万人も居ましたがその装備は前時代的なお粗末なものでした。工業の近代化も遅れた農業国でした。ドイツの機械化師団の突入には全く無力でアッという間にワルシャワまで占領されたのです。当時のポーランド人が産業革命や軍事産業の進歩に熱心でなかったのです。それが独ソによる併呑という悲劇を生んだのです。

このピウスツキは1904年に日露戦争が始まると遠路はるばる日本へやって来ます。日本の陸軍幹部と相談し、ポーランド義勇兵を組織し日本軍とともにロシアと戦うという提案をします。日本の陸軍はこの提案を始めは大歓迎したのですが、結局は見送られました。しかし彼の帰国後、日本の陸軍は彼に多小の資金と武器を送ったのです。ポーランド人が現在でも親日的な理由はこの日本陸軍の支援を恩義に思っているのかも知れません。(続く)


今日、私は灰になる、そして復活祭の為の四旬節が始まる

2010年02月17日 | インポート

Mary01 左の挿絵は札幌のあるカトリック信者の方の、「聖母マリアのサイト」からお借りしました。http://salveregina.dyndns.org/avemaria/index.html」 

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今日は灰の水曜日なので教会に行き、神父様から頭に灰を頂きました。私はチリから生まれチリに還るという意味です。本当に体が灰になったような気分です。そして今日から復活祭の為の四旬節が始まります。禁欲と節制に心がける40日です。そして貧困に苦しむ人々のために四旬節愛の献金をする期間です。

日本のカトリック信者は、愛の献金を「カリタス ジャパン」を通して、世界中の貧困な人々を支援しています。その国々の数例だけを示します。インド、インドネシア、バングラデシュ、フィリピン、ミャンマー、ソロモン諸島、ウガンダ、シンバブエ、ルワンダ、ハイチ、イラク、パレスチナ、ヨルダン、ウクライナ、グルジア、ルーマニア。

灰の水曜日は何故か神秘的な儀式で印象深いものです。初めて経験したのはドイツのシュツットガルトのある教会でした。1970年の2月の事です。暖房のない暗い石造りの教会で神父様から額に灰をつけて貰いました。仏教には密教があり神秘的な祈りをします。それを連想し、不思議な気持ちになりました。自分が暗い黄泉の国へ下りて行くような感じです。今日もそのような気分になりました。最近、ポーランドの悲劇を色々書いています。ついそれを思い出して人間の罪の深さに暗い気持ちになり、祈っていました。ヨーロッパ人が何故ユダヤ人を迫害するのか理解に苦しみます。イエス様はユダヤ人を迫害せよと決して言わなかったのです。キリスト教を広めるために他の宗教の人々を殺せと言わなかったのです。汝の敵を愛せと教えたのです。

私も含めて人間の罪深さを反省し、神に素直に祈ります。今日は灰の水曜日です。現役の間は平日なので参加出来ませんでした。引退したので灰の儀式に出ることが出来て感謝しています。戦争の無い世界が来ますようにお祈り致します。(終り)


貴方は Sea Shepherd という団体をご存知でしょうか?

2010年02月17日 | 日記・エッセイ・コラム

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(上の写真は南氷洋における日本の捕鯨船、キャッチャーボーチの静かで美しい姿:撮影者、松本浩文氏、http://wadaphoto.jp/kikou/hogei3.htm

始めから個人的な体験で恐縮です。仙台で1936年に生まれ24歳まで住んでいました。漁港の塩釜が近いのすが当時は輸送・冷凍手段が発達していなかったので塩漬けのタラ、ニシン、イワシを食べて育ちました。たまにクジラ肉にありついて、その美味に驚いた体験があります。特にクジラのベーコンが感動的でした。

ところがシーシェパードという団体が日本の捕鯨船を体当たりで邪魔しているのです。美味しいものを日本人が食べるのを邪魔しているのです。怒りました。

昨日、スーパーへ行ったら、懐かしい鯨の刺身3点盛りが売っています。赤い尾身のサシミに真白い脂身のサシミに紅色に染めた鯨のベーコンの薄切りが綺麗に盛り付けてあります。

夕食にビールの肴として食べました。アッと驚く程の不味さです。堅くて、なま臭くて。活きの悪い鰯のサシミのような味まで混じっています。歯ごたえだけは肉ですが、味は活きの悪い魚を生で食べているようです。鯨の種類が違うのでしょうか、解凍方法がいけなかったのでしょうか。

一瞬にして、「日本人はもう鯨を食べない方が良い!」と感じました。こんな不味いものを食べなくても他に美味しい物が沢山あります。他国の人々が嫌がる食生活は止めるほうが良いのです。食生活は文化の一部と反対する人が多いのですが。不味い物は文化の一部ではありません。私の食べた鯨の活きが悪かったからとも思いますが、庶民が入手出来る価格で不味い物は食べるのは止めましょう!

一瞬にして捕鯨反対派になりました。私はそんな軽薄な男です。

そこでSea ShepherdについてWikidedia で調べましたら、以下のような文章がありました。この団体についてはもっと批判すべきことが有りますが、それは続編へ譲ります。

今日も皆様のご健康と平和をお祈り申しあげます。藤山杜人

環境保護団体・シーシェパードは、人種、肌の色、宗教や信仰の違いに偏見なく、公平な立場で、絶滅の危機に瀕した海洋生物・海洋エコシステム保全を目的に制定された国際自然保護法を駆使して、国際的に活動しています。

我々、シーシェパードが違法に取引される海洋生物を保護する目的で継続的に行っている活動は、捕鯨やイルカの大量虐殺を阻止する立場をとっている為、「アンチ・日本」、「アンチ・ネイティブアメリカン」、または「アンチ・北欧人」等と非難されています。又、シーシェパードは毛皮目的で行われるアザラシ猟に抗議している為、「アンチ・カナダ人」や「アンチ・アフリカ人」とも呼ばれました。南アメリカで行われる違法なサメのフカヒレ猟では「アンチ・ラテン系民族」と非難されました。

しかし、真実はこれらの非難とは全く異なります。
我々は、日本やノルウェーの捕鯨に抗議しているわけではないのです。
シーシェパードは、国際自然保護法で定義された「違法な捕鯨活動」に反対しています。
カナダやナミビアで行われるアザラシ猟に反対をしているわけではなく、アザラシを殺すことに抗議しているのです。我々は「人間の欲望を満たし、更なる豊かさを追求する」行為自体に疑問を抱いています。以下省略。(続く)

写真の出典:http://www.whale-watching.jp/whale/

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