電気の無い山林の中に小屋を作り、泊ってみると夜が恐ろしいのです。室内はローソクで少し明るいのですが、一歩外に出ると周りの雑木林は漆黒の闇です。風が木々の枝をゆすり不気味な音を立てています。時折、キキーと名も知らぬ鳥が鋭く鳴きます。懐中電灯を持って小屋から10mも離れると、理由も無く恐怖感が身を包みすぐに小屋へ逃げ帰ります。電燈のついている人家はそこから800mも向こうです。暗い林に遮られて燈火が見えません。そんな時にかぎって耳無し芳一の怪談を思い出したり、江戸の妖怪、ノッペラボウ、アズキババア、一つ目小僧の唐傘オバケなどを思い出します。彼等が突然生き返って、小屋の外を歩き回るのです。下の写真は小屋の窓から見た夕闇せまる雑木林の不気味な写真です。
電燈の無かった時代の夜の森の恐さは日本にかぎったことではありません。 堀田善衛著の「路上の人」を読むと中世のヨーロッパの夜の森の恐怖が書いてあります。森を抜けて旅をする貴人や僧侶の従者として旅案内をするヨナという男の苦労が書いてあります。旅の苦難は森の闇だけでは無いのです。森に紛れて住んでいる追い剥ぎ達もいます。中世のヨーロッパは夜の闇が支配する世界だったのです。ヨナは森に闇が迫る前に泊る旅籠へ着くための近道を知っています。追い剥ぎとキノコ採りの村人との見分け方を知っています。
電燈があり、新幹線や飛行機で旅をする我々がそれの無かった時代の人々の自然へ対する恐れや闇夜の不気味さをつい軽々しく考えてしまいます。それは大きな間違いと思います。漆黒の闇の山林の中の小屋では魑魅魍魎が窓から入らないように鉄製の鎧戸をしっかり締めます。なるべく多くのローソクを点けます。そして江戸時代の農村や山村の人々の夜の過ごしかたを想像しながら、故も無く、何故か豊かな気分になります。そんな山林では月明かりが嬉しいのです。15夜の月は本当に明るくて夜でも出歩けるのです。月光がこんなに助かるということを初めて知りました。
私自身が経験したことですが、ドイツのある町で年に一回だけ電燈を消す日があります。そして子供達が作った提灯にローソクを灯し、町を練り歩くお祭りをします。毎年一回くらい日本全国が電燈を消す夜を持つようにすれば良いと思います。そんな夢を持っています。
今日も皆様のご健康と平和をお祈り致します。藤山杜人