後藤和弘のブログ

写真付きで趣味の話や国際関係や日本の社会時評を毎日書いています。
中央が甲斐駒岳で山麓に私の小屋があります。

今日の散歩・・・藤の花を撮りに行く

2011年04月27日 | 写真

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近所の金蔵院というお寺の藤棚が咲く頃と思い、出かけました。

藤棚の下に僧形の西洋人が坐っていました。挨拶をして話を聞きました。聞いたことを書き留めておきます。

「輪廻転生を信じていないお坊さんは仏教徒ではありません」

「私はイギリス人です。ですから私の仏教はキリスト教の影響を受けています」

「中世は狂信の時代でカトリック派が何百人も火あぶりにしたのです。怖いです」

「イエス様と御釈迦様がお会いになれば話が合ったと思います」

「キリスト教には哲学がありません。ただ信じるだけです。仏教には哲学があります」

「キリスト教とイスラム教と佛教の3つが世界の争いの原因になっています。イエス様はそんな事を教えてはいないのに人々は争っています」

「日本にはいろいろな宗教が存在していて、まるで「宗教の博物館」のようですね」

「5月15日午前8時30分からこのお寺の住職さんのお話が聞けます。いらっしゃいませんか?」(そのつもりになりましたが、15日は日曜日なのでミサがあります。行けないと思います)

春風の中でそんな話をしてから、彼は自転車に乗って、瓢々と消えて行きました。(終り)


原発反対のいろいろなご意見を紹介します

2011年04月27日 | 日記・エッセイ・コラム

4月24日に、

原発は絶対に無くならない・・・原発地元民の投票結果は原発支持なのです!

 という記事を掲載しました。それに対して趣味人倶楽部で以下のようなご意見を頂きましたので、ここにご紹介致します。

リタさん

原発に対する地元の思いは複雑でしょう。
今回の福島においても導入の経緯はいろいろあったでしょうが、導入によって地元で原発の恩恵を受けてきた人も大勢いることでしょう。
まさかこんな事態になるとは思わなかったという前提はあったとしても、そのリスクは0ではない。
一旦得た既得権を手放すことの難しさです。
いままでの原子力政策を見直すことは、結局は日本の経済構造、社会構造を見直すことで、原発のみの議論では解決しないということです。
果たしてこの命題にどう取り組むか政治家にとって今後重要な争点になるでしょう。
つまり国民の決断がこの国の命運を決めるのです

賛成派と反対派のしのぎ合いは原発に限らず、存在しますが、沖縄の基地問題でも、相反する二つの選択で別れているのです。
しかし、原子力利用に限り、それが一地方問題とできるものではありません。TVで、新聞でこの賛成派が多くを占める現象はショックでした。
金のないのは首のないのに・・・と昔から言われる戯言とだけ意識してきましたが、金銭至上主義が益々日本を支配する時代になったことに驚きと危惧を覚えました。
原発は地方、国の問題ではなく地球上の問題です。日本ではなく世界に反対運動が起きているのに、目の前で被害の日本でこの現象は、世界に驚きを与えるこでしょう。
民主政権を国民が選択したとき、これで良いのかと疑った時と同じ気持が今の私の心境です。

「金で買えないものは無い」。
正に日本国民の本質を語る代表的な名言ではないですか。
借金に借金を重ね箱物を造る政治を何十年も容認支持してきた性は変わりようもないということですね。

私に出てくるのは皮肉だけで知恵も提言もございません。

原発は麻薬と一緒です。幸せなのは今だけ。
そして出来上がるのは廃人です。
原発地元の方たちはだまされて、中毒させられたに過ぎません。
目をしっかり、中毒患者にした人たちに向けなければおかしいです。
結果と原因を見誤っています。
麻薬中毒患者は「麻薬廃絶!!」などと叫びません。麻薬に触れることのなかったラッキーな人々は、ちゃんとその悪を正していけるチャンスも持っていることを自覚しなければなりません。
「地方に押し付けて、都会で電気を使いまくっていた」から、「地方が原発から利益を得ることを非難できない」ことにはなりません。知らなかったなら、知った以上、これ以上迷惑をかけないようにすればよいのです。
そして、誤った道を正しい道に正すために、たくさんの汗をかくべきです。
放射性廃棄物の処理能力ももう、いっぱいいいっぱいです。
パラダイスは消えうせたのを認めなければいけないと思います。
高速増殖炉も×、プルサーマルの3号機も爆発、原発開発は完全に袋小路です。断末魔の原子村の住民と無理心中することはありません。

原発容認・推進派という言い方は妥当ではないと思います。敢えて言うなら原発依存派ではないでしょうか。日本政府はこれまで、原発にしろ米軍基地にしろ財政の厳しい自治体を狙い撃ちしてきました。そういう国策によって潤ってきた自治体は、依存体質に染まっています。どなたかも仰っていましたが麻薬のようなものです。麻薬は、それを商売としている人でない限り反対の立場をとるでしょう。原発も同じことです。麻薬と違う点はそれを利用する人と、それを作る場所が異なる点です。
人は危機に瀕すれば知恵を出します。今回の福島原発の教訓を得て必ずや安心できるエネルギーを生み出してくれるものと思います。

 

大地震・大津波、原発事故以来毎日流れる涙の原因はいろいろ

2011年04月27日 | 日記・エッセイ・コラム

3月11日以来、毎日、胸がせつなくなって自然に涙がながれます。テレビや新聞の報道によって感動します。悲しみます。怒ります。

原発はいけないと信じていても、50基の発電所は存続します。地元民がそれを支持しているのですから、どうしようもありません。悲しい現実です。

しかし目を転じて、被災地を支援するボランティアの多彩な活動ぶりを見ると感動します。胸が熱くなります。特に学生や若者の活動に心強さを感じ、日本の将来に安堵します。心が明るくなりました。

ボランティアの活動は組織だっていて被災者のニーズに合わせてタイムリーに助けているのです。ボランティアが行っても被災者へ絶対に迷惑をかけないように細心の注意をしています。

大学生はお金が無くて交通費や現地での宿泊費がありません。しかし労働力はあります。そこでお金のある社会人のボランティア組織と共同して労働力だけをニーズに合わせて提供しています。そのチームワークに感動しています。

ある学生ボランティアグループは被災地で家族のアルバムや故人の遺影を探し、持ち主へ手渡す作業だけをしています。あるいは行方不明になったペットだけを専門に探すグループもいます。

石原軍団が大掛かりな炊き出しをしました。東京のラーメン屋さん達が結集して温かいラーメンを現地で作り、何千食も提供しました。

このような感動的な支援の話を書いて居たら何枚もの原稿用紙が必要になります。しかしもっと感動した事はボランティアへ行った若者が言っていたことです。「助けに行った我々がいつの間にか逆に励まされていた」という言葉です。苦しい重労働に負けて暗い顔をしていたら、被災者に温かい飲みものを貰って涙が流れたという体験を語っていました。家族を失った被災者でも他人を思いやる優しさを持っているのです。底知れぬ勇気を持っているのです。人間の凄さ、良い意味での凄さに感動します。

そして世界中の人々からの支援で私の心を熱くなります。一つだけ書いて終わりにします。宮城県の女川町のある工場で働いていた20名の中国人をその会社の常務だった佐藤 充さんが高台へ誘導して助けたのです。そしてもっと多くの人々を助けようとして低い町へ降りていって津波に流され死んでしまったのです。女川町では合計9つの会社で54名の中国人が働いていました。しかし全員が無事に、帰国したのです。

佐藤 充さんは中国の新聞に大きく「英雄」として報道されたそうです。

そして54人の中国人を派遣した大連の中国の会社の代表者、王 軍さんら5人が昨日女川町を訪問したのです。感謝の言葉を話し、54名の中国人の働いていた9つの会社全てに義捐金を渡したのです。

それはそれとして、

今日は東日本の被災地で多彩なボランティア活動をしている全ての人々のご健康をお祈り申し上げます。藤山杜人

下の写真は被災地の現状と、ボランティア活動をしている人々の写真です。

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