復刻版が出ました。
1956年1月9日第1刷発行。2017年12月15日改版第1刷発行。
という奥書になっています。
アベ一強体制の下、森友問題での改ざんなど政府を筆頭に行政組織の腐敗・堕落が衆目にさらされ、さらに自衛隊においても隠蔽工作(意図的な資料隠し)が明らかになりつつあります。とくに最大・唯一の実力組織(暴力装置)における文民統制が危うくなっているのには背筋が寒くなります。
強行採決によって成立した新安保体制の下、まして憲法第9条を改悪しようとするアベ内閣。いよいよ「依らしむべし、知らしむべからず」体制が、現実的で深刻な事態となっていくようです。
こうしてさまざまな歪みが露呈する今日。久々に読み応えのある小説が復刻(といってもいいでしょう)され、戦前の(戦争末期の)軍隊組織の非人間的暴力的退廃(それは、個々の意思を越えた、戦争末期の組織ぐるみの退廃といってもいいでしょう)を目の当たりにしました。
物語は敗色が濃厚になりつつある昭和19年(1944)冬、木谷一等兵が陸軍刑務所から仮釈放され、大阪にある連隊に復帰するところから始まります。前年の秋には学徒動員が決定し、この部隊にもその初年兵たちが配属されています。隊に残っているのは、後方待機になっている古参兵ばかり。同年兵はすでに(おそらくは死地となる)戦場へ派兵され、4年兵の木谷を知る者は誰もいません。
なぜ、自分は軍法会議にかけられ、陸軍刑務所へ送られたのか?
木谷はある日、部隊視察に訪れた林中尉が落とした財布を草むらに発見し、中身を抜いて財布を隠してしまいます。その行為が露呈して起訴され、2年間という懲役刑に。しかし、窃盗事件にしてはあまりにも罪が重すぎないか?
林中尉の服から抜き取ったと決めつける検察官に対して、木谷は事実を訴えますが、検察官は、その証言を認めず、かえって朝6時から夜9時まで正座で壁と対峙するという過酷な拘束を強いられ、結局、彼は、嘘の自白を強要され、認めてしまいます。
刑務所に入って2年。ようやく仮釈放になり、原隊に復帰した木谷。
刑務所帰りだという噂が広がる中、彼の話相手として登場するのは、曽田上等兵のみ。二人のやりとりを通じてことの真相に迫ります。
世間から隔絶された兵舎の中で入隊前の大学生、工員、サラリーマンなど、世間でのそれぞれの生き方、信条などが全く捨て去られ、兵舎暮らしの中で次第に「兵隊」となっていく。
・・・曽田は軍隊内務書を次のようにおきかえている。
兵営ハ条文ト柵ニトリマカレタ一丁四方ノ空間ニシテ、強力ナ圧力ニヨリツクラレタ抽象的社会デアル。人間ハコノナカニアッテ人間ノ要素ヲ取リ去ラレテ兵隊ニナル
たしかに兵営には空気がないのだ、それは強力な力によってとりさられている。いやそれは真空管というよりも、むしろ真空管をこさえあげるところだ。真空地帯だ。ひとはそのなかで、ある一定の自然と社会とをうばいとられて、ついには兵隊になる。・・・(P284)
起床から就寝までの部隊内の日常が細かく描写され、まさに人間一人ひとりの心身にとどまらず、組織も「真空地帯」になっていく様が描かれます。
木谷は外出時に出入りした遊郭の女性への手紙の内容が反軍的であるということも罪とされます。しかしそれは木谷を重い罪に陥れるひとつの根拠にすぎません。
小説の終盤。南方送りとなった木谷の前に、除隊間近な林中尉が現れ、真実が明かされます。
軍隊内部の強力な上意外達のピラミッドの構造。特に戦争末期、枢軸の一角が崩れ、次第に追い詰められてきた日本。その中にあって、激しくなる上官、古参兵によるいじめ・パワハラ。日常的に行われる理不尽な暴力行為。その一方で、指揮官である中尉や大尉クラスの腐敗ぶり。軍隊物資の横流し、金品の横領、出入り商人との収賄などが日常化している現実。
凄惨な軍隊経験をした作者の実体験に基づく小説。「木谷」、「曽田」、「安西」(学徒出陣兵)という登場人物が作者の分身として、軍隊の反人間的な実態を語らせていきます。時にユーモアを交えて(語り口としての関西弁が効果的です)、「真空地帯」となっている兵営生活を。
長編(文庫本)ですが、一気に読ませる厚みのある小説でした。
1956年1月9日第1刷発行。2017年12月15日改版第1刷発行。
という奥書になっています。
アベ一強体制の下、森友問題での改ざんなど政府を筆頭に行政組織の腐敗・堕落が衆目にさらされ、さらに自衛隊においても隠蔽工作(意図的な資料隠し)が明らかになりつつあります。とくに最大・唯一の実力組織(暴力装置)における文民統制が危うくなっているのには背筋が寒くなります。
強行採決によって成立した新安保体制の下、まして憲法第9条を改悪しようとするアベ内閣。いよいよ「依らしむべし、知らしむべからず」体制が、現実的で深刻な事態となっていくようです。
こうしてさまざまな歪みが露呈する今日。久々に読み応えのある小説が復刻(といってもいいでしょう)され、戦前の(戦争末期の)軍隊組織の非人間的暴力的退廃(それは、個々の意思を越えた、戦争末期の組織ぐるみの退廃といってもいいでしょう)を目の当たりにしました。
物語は敗色が濃厚になりつつある昭和19年(1944)冬、木谷一等兵が陸軍刑務所から仮釈放され、大阪にある連隊に復帰するところから始まります。前年の秋には学徒動員が決定し、この部隊にもその初年兵たちが配属されています。隊に残っているのは、後方待機になっている古参兵ばかり。同年兵はすでに(おそらくは死地となる)戦場へ派兵され、4年兵の木谷を知る者は誰もいません。
なぜ、自分は軍法会議にかけられ、陸軍刑務所へ送られたのか?
木谷はある日、部隊視察に訪れた林中尉が落とした財布を草むらに発見し、中身を抜いて財布を隠してしまいます。その行為が露呈して起訴され、2年間という懲役刑に。しかし、窃盗事件にしてはあまりにも罪が重すぎないか?
林中尉の服から抜き取ったと決めつける検察官に対して、木谷は事実を訴えますが、検察官は、その証言を認めず、かえって朝6時から夜9時まで正座で壁と対峙するという過酷な拘束を強いられ、結局、彼は、嘘の自白を強要され、認めてしまいます。
刑務所に入って2年。ようやく仮釈放になり、原隊に復帰した木谷。
刑務所帰りだという噂が広がる中、彼の話相手として登場するのは、曽田上等兵のみ。二人のやりとりを通じてことの真相に迫ります。
世間から隔絶された兵舎の中で入隊前の大学生、工員、サラリーマンなど、世間でのそれぞれの生き方、信条などが全く捨て去られ、兵舎暮らしの中で次第に「兵隊」となっていく。
・・・曽田は軍隊内務書を次のようにおきかえている。
兵営ハ条文ト柵ニトリマカレタ一丁四方ノ空間ニシテ、強力ナ圧力ニヨリツクラレタ抽象的社会デアル。人間ハコノナカニアッテ人間ノ要素ヲ取リ去ラレテ兵隊ニナル
たしかに兵営には空気がないのだ、それは強力な力によってとりさられている。いやそれは真空管というよりも、むしろ真空管をこさえあげるところだ。真空地帯だ。ひとはそのなかで、ある一定の自然と社会とをうばいとられて、ついには兵隊になる。・・・(P284)
起床から就寝までの部隊内の日常が細かく描写され、まさに人間一人ひとりの心身にとどまらず、組織も「真空地帯」になっていく様が描かれます。
木谷は外出時に出入りした遊郭の女性への手紙の内容が反軍的であるということも罪とされます。しかしそれは木谷を重い罪に陥れるひとつの根拠にすぎません。
小説の終盤。南方送りとなった木谷の前に、除隊間近な林中尉が現れ、真実が明かされます。
軍隊内部の強力な上意外達のピラミッドの構造。特に戦争末期、枢軸の一角が崩れ、次第に追い詰められてきた日本。その中にあって、激しくなる上官、古参兵によるいじめ・パワハラ。日常的に行われる理不尽な暴力行為。その一方で、指揮官である中尉や大尉クラスの腐敗ぶり。軍隊物資の横流し、金品の横領、出入り商人との収賄などが日常化している現実。
凄惨な軍隊経験をした作者の実体験に基づく小説。「木谷」、「曽田」、「安西」(学徒出陣兵)という登場人物が作者の分身として、軍隊の反人間的な実態を語らせていきます。時にユーモアを交えて(語り口としての関西弁が効果的です)、「真空地帯」となっている兵営生活を。
長編(文庫本)ですが、一気に読ませる厚みのある小説でした。