総武本線・上りの電車。
古い石塔。
旧道沿いの街並み。
「塙廣屋」。屋号?
「柴崎町」交差点。国道356号「利根水郷ライン」を横切る。
※利根水郷ライン=千葉県銚子市から、我孫子市に至る全線に渡って利根川右岸に沿う。
角に大きな記念碑。
「銚子市立海上幼稚園」。奥に「海上小学校」。
海上=うなかみ。
海上村(うなかみむら)は、千葉県海上郡に存在した村。現在の銚子市の、おおむね松岸駅と椎柴駅・猿田駅の間の沿線に位置していた。
海上は広域地名であり、1954年から2005年まで存在した海上町(現旭市)は本村と位置も異なる別の自治体である。銚子市立海上小学校などにその名をとどめている。
いよいよゴール地点へ。
正面は、「藤兵衛支店」。
来た道を振り返る。
「銚子信用金庫松岸支店」。
佐原方面から利根川沿いを進む「銚子街道」と出会う(追分)。ここから飯沼観音までが銚子街道とされる。
今回は、ここを大網からの歩いてきた「銚子往還」(従銚子港至千葉町道)のゴールにします。
この付近の今昔。
(現在)〇が追分(今回のゴール)。赤い線が「国道356号(利根水郷ライン)」。
(1880年代)当時、銚子往還(従銚子港至千葉町道)との追分だったことがわかります。
松岸駅に向かいます。
少し銚子方向に戻り、右折。
銚子市のマンホール。
中央に犬吠埼灯台と太平洋の波とカモメを描き、周囲に市の魚イワシをデザイン。
途中で見かけた「銚子ちヾみ」のお店(作業所)。
「無形文化財 本場銚子ちヾみ 千葉県伝統的工芸品」。
解説板。
銚子縮(ちぢみ)
銚子縮の特徴は、木綿糸をスカイ、普通系の何倍もの縒りをかけた左縒りと右縒りの二種類の横糸を交互に通して織り込む。織りあがった生地を湯に浸けて揉むと、縒りが戻る時に互いに反発する弾力で生地に細かな凹凸ができる。これをシボ出しといい、何回洗っても縮まない丈夫な織物が出来上がる。縮の生地は丈夫で染色もしっかりしており、快適な肌触りの良さから広く庶民に親しまれている。
銚子縮の発祥は定かではないが、江戸時代後期に産業化したといわれる。しかし、大正時代を境に銚子縮の生産は途絶え、戦後、常世田真次郎氏が銚子縮の復活を心がけ、苦心の末に銚子縮を再興した。現在、銚子縮の製作技術は息子の秀雄氏を経て、孫の眞壱郎氏が継承している。
JR「松岸駅」。
「成田線」で成田まで、そこから京成線に乗り換えて帰宅しました。
総武本線・成東経由千葉行き。
成田線・車窓から。
左手に東総台地。台地の南側から歩いてきたわけです。
小見川駅を過ぎると田んぼが広がります。
田植えも間近です。
「旭駅」からの「銚子往還」道は、今回の道だけではありませんでした。JR旭駅付近から東南に向かい、飯岡漁港を通り、東総台地の東の縁を歩き、国道126号に合流して銚子に達する道がありました。この道も旧「従銚子港 至千葉町道」。
次回、その付近を探ってみます。
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