<ボードレール>
ドビュッシー:ボードレールの5つの詩
バルコニー
夕べの調べ
噴水
瞑想
恋人たちの死
ドビュッシー:ボードレールの5つの詩
バルコニー
夕べの調べ
噴水
瞑想
恋人たちの死
ドビュッシー:前奏曲集 第1巻より 第4曲「音と香りは夕暮れの大気に漂う(ピアノ・ソロ)
<ヴェルレーヌ>
フォーレ:優しき歌 Op.61
後光を背負った聖女様
朝焼けが広がるのだから
白い月
ぼくは正しくない道を歩いていた
ぼくはほとんど怯えていた、実のところ
お前が消えてしまう前に
さて、それはある晴れた夏の日のことだ
ね、そうでしょう?
冬は終わって
フォーレ:優しき歌 Op.61
後光を背負った聖女様
朝焼けが広がるのだから
白い月
ぼくは正しくない道を歩いていた
ぼくはほとんど怯えていた、実のところ
お前が消えてしまう前に
さて、それはある晴れた夏の日のことだ
ね、そうでしょう?
冬は終わって
ラヴェル:古風なメヌエット(ピアノ・ソロ)
<マラルメ>
ラヴェル:ステファーヌ・マラルメの3つの詩
ため息
ささやかな願い
臀部より出でて、ひと跳びで
ラヴェル:ステファーヌ・マラルメの3つの詩
ため息
ささやかな願い
臀部より出でて、ひと跳びで
なかなか良さげな選曲。
公演前にもらったパンフレットの原詩のところを一通り読んで、最初の曲が始まるのを待った。
すると・・・。
何と、殆ど一つも単語が聴き取れない。
しかも、事前に原詩を一読しているというのに、まるでリスニング不能である。
こういう状態が、前半の間じゅう続いたので、ちょっとした不安を感じてしまう。
ラストのマラルメの詩になって、ようやくほぼ単語が聴き取れるようになったが、何だかキツネにつままれたような気分である。
・夕暮れの諧調
・白い月
をCDで聴いてみた。
すると・・・。
実は、このCDも歌手は全員ノン・ネイティヴなのだが、単語が聴き取れないということはなかった。
もちろん、イヤフォンで聴くからということもあるが、発音がほぼネイティヴ並みに正確だからである。
あくまで私見だが、ポイントは、まずは子音の”r”、次いで鼻母音(on [ɔ̃] / an / en [ɑ̃] / in [ɛ̃])、そして母音の”œ ”だろう。
例えば、この歌手(Claude Debussy : Cinq Poèmes de Baudelaire - II. Harmonie du soir)はフランス系ドイツ人だが、口のかたちがネイティヴの発音法をよく示していると思う。
それと、「白い月」について言うと、声量に自身のある歌手が声を張り上げて歌うと、フランス語の美しさが減殺されてしまうと思う。
そういう意味では、(イギリス人、しかも男性ではあるが)イアン・ボストリッジの歌い方(Ian Bostridge - La lune blanche luit dans le bois (Faure))は素晴らしい。
・・・まあ、いずれにせよ、ドビュッシーとフォーレは、「ノン・ネイティヴ泣かせの付曲をしてくれたなあ」という印象である。