フロイト先生が指摘した「「原父」の殺害」というのは、こんなお話である。
「私が物語ろうとする歴史は、あたかも一気に一回限り起こったかのように大変圧縮されて論じられるが、現実には幾千年にも及び、この長い時間のなかで数えきれないほど何度も繰り返されたのである。力の強い男性原人は群れ全体の主人であり父親であった。彼の力は無制約であって、彼はその力を暴力的に行使した。すべての女性原人は彼の所有物であり、自分の群れの妻たちも娘たちも、おそらくは他の群れから略奪されてきた女性原人たちも、ことごとく彼の所有物であった。息子たちの運命はひどいものであった。彼らが父親の嫉妬心を刺激してしまうと、彼らは打ち殺され、去勢され、あるいは追放された。息子たちは小さな共同体のなかで生活し、略奪によって自分の女性原人を手に入れるしかなかったが、そのなかの誰かが、もともとの群れのなかの父親が占めていたのと似た地位にまでのしあがることができた。・・・
この最初期の「社会的」組織を変革するつぎの決定的な歩みは、追放されて集まって生活していた兄弟たちが皆で結託して父親を圧倒し打ち殺し、当時の習慣に従って父親を生のままで喰い尽くしてしまったという事実であったに相違あるまい。・・・むしろ本質的なのは、これら原人たちと同じ感情の動きかたを現代の未開人たち、すなわちわれわれの子供たちのなかに、分析的研究によって確認できるという事実である。つまり、子供たちは父親をただ単に憎んだり恐れたりしただけでなく、父親を理想的な模範として尊敬していたという事実。そして、どの子供も実際に父親の地位を占めようと欲していたという事実。このことから考えるならば、食人行為は、父親の一部を体内化することによって父親との同一化を確実なものにする試みとして理解されるだろう。」(p139~140)
実は、これとほぼ同じ現象は、チンパンジーの世界でも見ることが出来る。
「殺されたのは「フォウドウコ」と呼ばれる、ニシチンパンジー(Pan troglodytes verus)の雄だ。セネガル南東部のサバンナに位置する25平方キロほどのフォンゴリという地域で、2007年には30頭以上のの群れを率いていた。
しかし、群れの中で反乱が起こり、フォウドウコはフォンゴリの外れに追いやられてしまった。そして、それから5年の後、かつての子分たちの手によって殺されてしまうのだ。原因は、交尾相手をめぐる争いと考えられている。」
フロイト先生の洞察には驚嘆するしかないが、チンパンジーの場合、殺害行為を行った雄たちだけではなく、雌たちもボスを食べる行為に参加するところが違っているかもしれない。
ちなみに、私見では、漫画(アニメ)の「暗殺教室」も、「「原父」の殺害」がテーマだと考える。