② 舶来用品店「レックス」
「舶来洋品店レックスは、元町でも名高い老舗で、良人の死後は房子が取りしきつてゐる。その小体なスペイン風の二階建てはよく目立ち、厚い白壁には西洋花頭窓を穿つて、地味で趣味のいいディスプレイをしてゐる。」 (「全集9」p244)
「レックス」は、一応”聖地”ではあるものの、主に登の母=黒田房子の経済生活や世間一般との関わり、三島の言葉で言えば「ブウルジョアの醜悪さ」(「全集9」p632)を描くための舞台となっている。
「レックス」のモデルは、「ザ ポピー」(横浜市中区元町2丁目86番地)である。
1冊目の「創作ノート」では、三島が川島勝さんらと「ザ・ポピー」を取材した際のメモが結構な分量にのぼっており(「全集9」p638~643)、2冊目に入ると、「女は元町のpoppyの如き高級洋品店のマダム」(同p651)と明確に房子の人物像が出来上がっている。
この流れからすると、当初は房子=「母親」という漠然とした設定だったのが、取材を経て、「高級洋品店の女主人」へと具体化していったことが推測出来る。
もっとも、山手町に豪邸を持ち、かつ元町に立派な店舗を構える人物は、どう見ても大富豪である(地元民からすればちとリアリティに欠けるかもしれない。)。
どうりで、房子は、結婚式の媒酌人を横浜市長(昭和37年当時は半井清)に頼めるわけだ。
(ちなみに、房子は、テニス・スクールに通って熱心に練習しているのでプロポーションを保っていることになっているが、このテニス・スクールは、「横浜インターナショナルテニスコミュニティ」(YITC)らしい。)。
さて、昭和37年当時は二階建てだった「ザ ポピー」だが、現在はどうだろうか?
「安楽椅子」から調べた限りでは、「スパニッシュ様式の重厚な店構え 」らしいが、代表取締役によれば「実はこのお店は1980年代に立て替えたものなんですよ」とのこと(横浜元町商店街で“エモい”洋品店「ザ・ポピー」を探る【三島由紀夫、高倉健も御用達】)。
現在では五階建てのこの建物だが、昭和37年当時の店舗は二階建てであり、現在より小さめだったようだ。
ともあれ、「レックス」は、「黒田邸」に比べれば、当時の状態がまだ部分的には残っていると言えるだろう。