Don't Kill the Earth

地球環境を愛する平凡な一市民が、つれづれなるままに環境問題や日常生活のあれやこれやを綴ったブログです

「別れの理由」の類型論

2023年02月02日 06時30分00秒 | Weblog
 蔦谷好位置さんの「歌詞以外(non-verbal)の要素から『別れの理由』を推理する」手法に感銘を覚え、私も、別れの曲だらけの昭和歌謡について「別れの理由」をあれこれ考えてみた。
 すると、うっすらとではあるが、いくつかの類型が存在するように思えてきた。
(1)疑似「別離ソング」
 まず、注意しないといけないのは、歌詞だけ読むと男女の別れを描いたように見えるが、実はそうでない曲がいくつかあることである。
 有名どころでは、キャンディーズ「微笑みがえし」や山口百恵「さよならの向う側」(奇しくも作詞はいずれも阿木燿子)がある。
 これらは引退ソングであり、歌詞はファンに向けられたメッセージである。
(2)題名に別れの理由が示されているもの
 次に、歌詞を読むまでもなく、題名だけで別れの理由が分かってしまう曲がある。
 代表的なのは、森雄二とサザンクロス「足手まとい」であるが、平浩二「バス・ストップ」などと同様、男性歌手が女性の心情を歌う曲はなぜか不倫の匂いがする。
(3)サビの歌詞に別れの理由が示されているもの
 歌詞を読むと別れの理由が分かるものは多いが、中でも、サビの部分にそれが端的に出て来る曲は親切である。
 テレサ・テン「別れの予感」はその典型と思われ、「あなたをこれ以上 愛するなんて 私には出来ない」とあるとおり、別れの理由は、「愛情過多(愛し過ぎ)」とみるのが素直だろう。
 これほど重たい愛は、普通の男にとっては息苦しいのではないだろうか。
 (「彼にほかの女性が出来たから」という説もあるようだが、歌詞からそのように推理するのは難しいだろう。)。
 H2O「想い出がいっぱい」(またしても阿木燿子!)もこの類型かと思われ、「少女だったと いつの日か 思う時がくるのさ」のくだりから、「女性の未熟さ」あるいは「それを許せない男性の不寛容」が別れの理由なのだろう。
(4)冒頭の歌詞に別れの理由が示されているもの
 (3)とは逆に、数は少ないが、初っ端から別れの理由が出て来る曲もある。
 古くは、水原弘「黒い花びら」が挙げられる。
 何しろ「黒い花びら 静かに散った あの人は帰らぬ・・・」なので、歌い出しから十秒前後で死別であることが判明する。
(5)歌詞全体を見ないと別れの理由が判然としないもの
 (3)や(4)とは異なり、歌詞全体を見ないと別れの理由が判然としない曲もけっこうある。
 その代表格が、かぐや姫・イルカ「なごり雪」と思われる。
 1970年代ころまでは、東京を離れて(実家のある)地方に帰郷することは、恋人との永遠の別れを意味していたのである(「なごり雪」歌詞の意味を考察!季節はずれの雪が意味するものとは?)。
 ちなみに、野口五郎「私鉄沿線」などは、三番まで聴かないと、「別れ話もなく突然彼女がこの街に来なくなった 」事実がよく分からない。
(6)歌詞をどう読んでも別れの理由が分からないもの
 最後に、歌詞をどう読んでも(あるいは、歌詞以外の要素を分析しても)別れの理由が全く分からない類型があって、結構大ヒット曲に多い。
 千昌夫「星影のワルツ」は、「好きなのに、理由もなく別れなければならない」理不尽な昭和歌謡の筆頭である。
 もっとひどいのは、尾崎紀世彦「また逢う日まで」である。
 「たがいに傷つき 全てをなくす」ような壮絶な離婚原因(普通に考えると双方の不倫など)がありながら、「別れの そのわけは 話したくない」という主人公の口から真相が語られることはついぞなかった。

・・・以上は私の全くの独断である。
 
 

 

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