「―『椿姫』の中で、ご自身にとって一番大事な場面はありますか?
中村 第2幕のヴィオレッタとジェルモンの二重唱の中で、ジェルモンに向かって「若いお嬢さんにお伝えください」と歌う直前の、「神が彼女を許してくれても、人は許してくれない」というところです。「若いお嬢さんにお伝えください」は、みんなの心に残るじゃないですか。」
ヴィンセント・ブサール演出の「椿姫」。
舞台上に置かれる19世紀半ばに使われていたというピアノが印象的だが、これを1幕ではテーブル、3幕ではベッドとして用いる。
1幕はまだしも、3幕は歌手がやりづらそうで、やはりベッドの方が良いだろう。
とはいえ、3幕でヴィオレッタと他の登場人物との間を薄いヴェールで隔てる演出はなかなか良く、これによって半狂乱に陥った後息絶えるヴィオレッタの姿が浮き彫りとなる。
「椿姫」については、私見では、ジェルモンの存在感が大きくなればなるほど、ストーリーの欠点が目立ってしまうという問題があると思う(傑作の欠点(9))。
ちなみに、原作者(デュマ・フィス)の父親は当時45歳だったということなので、ジェルモンのイメージとしては、「壮年期の父親」というのが妥当なようである(公演パンフレットp15)。
だが、そうすると、「プロヴァンスの海と陸」で切々と「帰ってきておくれ」と訴えかけるのは、リアルティーに欠けると言わざるを得ない。
例えば、白髪の老人が、「老い先短い私のために、プロヴァンスに帰って来て『イエ』を継いでおくれ!」という設定に対しては、到底勝てないだろう。
また、中村さんが強調したシーンなども、これだけ悪役として振舞っていたジェルモンが、3幕ではアッサリ改悛して(しかもその経過は必ずしも明確ではない)、ヴィオレッタに謝罪するというのだから、相当違和感を生じさせることとなる。
こういう問題が出て来るのは、ヴィオレッタとアルフレードがよりを戻す重要なくだりを、台本作家(ピアーヴェ)が改変(改悪)してしまったからなのである(傑作の欠点)。