明日できること今日はせず
人形作家・写真家 石塚公昭の身辺雑記
 



こうなると、江戸川乱歩とエドガー・アラン・ポーを対面させることもできるし、かつて撮影した旧乱歩邸書斎の椅子に、ポーを座らせることも可能になったわけだが、そんなことを考えるのは後にして。乾燥中のポーは、炎天下に2日さらしても、芯までは完全に乾かないが、猛暑の中、乾燥機を使う気になれないので、かまわず仕上げを始める。 このまま順調に進めば、ポーの第一作目は、“全裸のレスパネエ穣がベッドの上で、オランウータンに剃刀で切り刻まれようとしているのに、カーテンの陰でパイプをくゆらせながら、黙って立っている名探偵デュパン”の図が完成することであろう。 世界中のポー像が、“前年に最愛の妻を亡くし、返す刀で某婦人に求婚したら酒を止めるという条件で受諾。と思ったら飲酒がばれて破談になり、自分も翌年死んでしまう”頃の、こみ上げる胃液を我慢している調の例の写真を元にした怪人じみたものばかりである。 私のポーは、余計なゴミが入らないように上澄みを救い取り、ハンサムといえばいえなくもない。こうしておかないとどう撮っても怪人にしかならない。怪人にしたければ照明や演出でするべきである。これが立体像撮影の醍醐味であり、平板な顔の日本人と違い、色んな演出ができるはずである。

※世田谷文学館にて展示中

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