明日できること今日はせず
人形作家・写真家 石塚公昭の身辺雑記
 

念写  


昨日の撮影で竹はなんとかなったものの、多少あしらいたいと思っていた葉っぱに元気がない。こうしてみるとタケノコも欲しくなる。よってもう少し完成を待ちたい。 洋画と日本画の違いは、日本画は岩絵の具を使う、という単に画材の違いだと聞いたことがある。写真と絵画の違いはそれ以上のはずだが、陰影を排したくらいでここまで日本画調になるとは思わなかった。陰影がない、もしくは少ないということは、それまで写真としては最も重要であった配慮が不要ということになる。シャッターを切る回数も極端に減った。被写体の横に何が置いてあっても、どうせ切り抜くのだから気にする必要もない。タケノコも八百屋の店先に並んでいる物で充分である。私のズボラな性格に実に合っている、というのはたまたまなのであろうか。オイルプリントの再興には私に酷い忍耐を強いたが、あれは他人が考えた手法だったことも原因の一つだったろう。 ズボラでも可能な手法を、と始めた訳ではないが不思議である。私の人形の作風に合っていたというのもたまたまなのだろうか。自分の中から出て来た物は自動的に私向きな手法になっている。そういうことなのか。 何も自分でズボラを喧伝することはないが、というのも、ここに至ったのが、熟練を要する技術や特殊な装置、道具など何も要らない手法だ、という点に、私は密かな満足を覚えているのである。結果的には、造形力、アイデアがより問われることになったが。 ということで、昔から“外側にレンズを向けず、眉間にレンズを向ける念写が理想だ”といってきたが、今が一番近い所にいるという気がしている



銀座青木画廊「ピクトリアリズム展Ⅲ』5月12日(土)〜5月25日(金)20日(日休)

2016年『深川の人形作家 石塚公昭の世界』 youtubeより

『タウン誌深川』“明日できること今日はせず”連載7回「“画狂老人葛飾北斎”」

HP

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