
2023年の『正欲』で第36回東京国際最優秀監督賞と観客賞を受賞した岸善幸
監督が、宮藤官九郎を脚本に迎えたのが本作。東北出身の二人がタッグを組
み、楡周平の同名小説を映像化した。
近年、様々なメディアで取り上げられる“移住”をテーマに、都会からお試し移
住したサラリーマンと宮城県・南三陸で生きる住民との交流をユーモアたっぷ
りに描くヒューマン・コメディ。
新型コロナウイルスのパンデミックで世界中がロックダウンとなる中、リモー
トワークを機に東京の大手企業に勤務する釣り好きの晋作(菅田将暉)は、4
LDK6万円の物件に一目惚れ。だが、そこは三陸の町でコロナウイルス感染者
はまだ出ていない。内見に行っただけで、二週間の自主隔離を大家であり、宇
田濱町役場職員の百香(井上真央)に告げられる。空き家問題担当となった百
香が、手始めに自分の自宅のはなれを貸し出したのだが、普段は利用されてい
ない家に電気がついていたことで怪しむ近所の住人たち。人に会ってはいけな
いが、魚には会ってもいいだろうと、釣りに出かけてしまう晋作。あらぬ噂も
出始める。東京からきた晋作に、地元民はあの手この手で距離をつめてこよう
とする。持ち前のポジティブさと行動力で町に溶け込んでいく晋作だったが、
思ってもいなかった方向に人生が向かっていく。
せつない。釣りが好きで、移住しようと軽く思っただけなのに、確かにせつな
い。その場面のセリフのとおり。
そして、地方の伝達の速さ、しかも尾ひれがついてとんでもない情報になって
いく様子が半端がなく。その描き方が絶妙で笑ってしまう。田舎のいいところ
と悪いところと、繊細で触れがたい話題に対して、きれいごとだけの言葉は並
べていない。そこは、宮藤官九郎の原作らしい表現となっている。
災害に対する都会と田舎の温度さ。何かはしたいけれども、身近には感じない
土地柄に特に親しみは感じられないという本音もある。
個人的に、この手の映画がとても好き。大きく心は揺さぶれられないけれど
も、続く日常。仲間と世間の大きなお世話がセット。だが、きちんと前を向い
て進んでいく日々。その繰り返しを、どう自分らしく生きていくのか。正解は
ないが、どうする??
南三陸のメンバーに、中村雅俊(宮城出身)、竹原ピストル、三宅健、山本浩
司、好井まさお、池脇千鶴、白川和子。晋作の会社の社長を小日向文世、同僚
を藤間爽子、茅島みずきなど多彩なキャストが揃う。
大作ではなく、宣伝もほとんどしていないけれども、秀作にして良作。観てほ
しいなあああ😜 、というしかない。“おいしいのハラスメント”が待ち受ける
東北の食材を本当においしそうに食べる菅田将暉の自然な演技もいい。ストイ
ックなボクサー役もいいが、がっしりとした体格が似合う。きっと釣りと三陸
の食材に既にハマっているに違いない。
そして井上真央は、あるシーンでマスクを取る時に“そこはスローモーション
になります”と監督に言われ意識してしまい、普通の早さでマスクを外せばいい
のに自分でスローにしようとしてしまいそうになったとインタビューに答えて
いた。そのシーンは本当にスローモーションになっていて、ここか!とクスっ
としてしまったことをお伝えしておく。