『どついたるねん』『顔』『KT』など、大作ではないが名作を生みだしてきた
阪本順治が監督・脚本をつとめた新作。
モノクロでの時代劇。これだけでも気になるところだが、内容がかなり攻めて
いる。ただ、時代劇でも戦いはなく、幕末に生きる市井の人々、下々の人の話。
冒頭から「・・・」の描写で度肝を抜かれる。が、これは下々の生活のこと。
厳しい現実はある、だがその向こうに“せかい”が広がっているという物語である。
22歳のおきく(黒木華)は、寺で子どもに文字を教えることで生計を立てている。
武家の育ちでありながら父の源兵衛(佐藤浩市)が正義をとおしたことで没落し、
今は貧乏長屋で父と二人で暮らしている。その父、源兵衛は昔の因縁があるよう
で命を狙われている。
矢亮(池松壮亮)は、毎朝江戸に来て糞尿を買い取り、農村に売る仕事をしてい
る。その矢亮の弟分である中次(寛一郎)が便所の肥やしを汲んで運んでいるの
を、おきくは知っている。
ある時、喉を切られて声を失ったおきくは、長らく伏せっていたが、それでも子
どもたちに文字を教えることを決意する。そして、中次の体のことが心配なおき
くは雪の降りそうな寒い朝に中次のもとへ走り出す。やっとの思いで中次に会え
たおきくは、身振り手振りで自分の思いを伝える。
江戸の小さな片隅。日々の営みに精一杯のおきくや長屋の住人たち。貧しいなが
らもいきいきと生きる。矢亮と中次もまた、糞尿を売り買いし、くさい汚いと言
われながらも、世の中を変えたいという希望を捨てない。その先の“せかい”を見
たいと、前を向いて生きている。
ヒロインの黒木華は、もはや名女優の域。この人は、本当に時代劇が似合う。着
物姿に違和感がなく、所作にも無理がない。声が出なくなる役となるため、ほと
んどセリフがないのだが、その“口ほどに物を言う“演技に目がいく。
また、池松壮亮という芸達者な俳優と今回が初めて父である俳優、佐藤浩市との
共演となる寛一郎。そのシーンで漂う緊張感を映画ファンとしては体験したい。
佐藤浩市は『KT』の時には主演しており、阪本監督とは旧知の仲である。
何か大きいことが起こる映画ではない。ほのかな恋と、糞尿を運ぶ中に絡めた若
者たちの夢とその先の“せかい”の話。ただ、それだけ。
物語は、序章 江戸のーーーーーーはどこへ など章ごとに分けられて進む。
この章ごとのタイトルが秀逸である。ここも攻めている。
上演時間は90分、さっくりとしていて、現代に通じる物語でもあり観やすい。
出演は他に、眞木蔵人、石橋蓮司など。
そして、今作は気鋭の日本映画製作チームと世界の自然科学研究者が協力して、
様々な時代の「良い日」に生きる人々を描き「映画」で伝えていく「YOIHI
PROJECT」の第一弾作品である。