教育に多大な関心を持ち、教育行政に独裁的意志を以って介入を試みる橋下徹大阪市長が2月15日市議会に学校でイジメや体罰などの問題が起こった際、市長自らが市教育委員会に介入して調査を指揮できるようにする条例案を提出したという。
教育委員会委員は首長がその任命権を持ち、議会の承認を経て任命される。なお教育委員会委員長は首長が任命した教育委員の互選によって選出される。
要するに教育委員会が教師の教育的資質に基づいた適格性を基準に任命・異動の人事や、あるいは教師の生徒指導及び学習指導等に関して学校を管理する役割を担っているが、その教育委員会の委員の任命権は首長が持ち、教育委員の互選によって教育委員会委員長が選出され、教育委員会を運営、各学校を管理する仕組みとなっている以上、教育委員会の学校管理能力・教育行政能力は、どれ程に優秀な委員を任命するか、あくまでも首長のガバナンス(統治)の問題である。
首長が任命権を持ち、議会承認を経て任命する教育委員構成の教育委員会がイジメや体罰の問題に適切に対処し得ないからといって、市長が介入、調査を指揮するといったことは自身の任命を否定する矛盾そのものである。
その矛盾を解くには先ず自身の委員任命が間違っていたとしなければならない。人物を見る目がなかったと。
もし大阪市教育委員会委員長及び委員長が橋下徹が市長に当選する前の任命で、自身が関与していないというなら、自身の任命とするために首長の交代ごとに教育委員会の委員長および委員を交代させることができるよう、条例なり、法律なりを改正すべきであろう。
国の法律であるために改正に自治体が関与できないというなら、国に働きかける以外に方法はない。政治の介入は教育委員会がその教育行政上の要件としている政治的な独立性を侵すことになりかねない。
教育委員会委員は非常勤、その任期は、首長・議員の任期が4年であるため、委員の任命を通じて教育行政の安定性、中立性が脅かされることを防ぐ目的で、定数5人の場合、4年任期が2人、3年任期が1人、2年任期が1人、1年任期が1人。以降、原則毎年1人ずつが交代、再任も可能、途中辞職の場合、前任者の残任期間等々、首長・議員の任期に影響を受けないよう、定数に応じて異なる仕組みとなっているということだが、逆に公選首長の教育観を反映させ、責任主体を明確にするために任命権は閣僚人事のように議会の承認を経ることなく首長に固定、委員の任期は首長の任期に合わせて、常勤とすべきではないだろうか。
公選首長の教育観を反映させるとはその首長を首長として選挙で選択した大多数の市民・県民の意思の反映となって、市民・県民もその政治・行政に連帯責任を負うことになる。
要するに地域の各学校に対する教育行政の責任は教育委員会全体で負い、その最終責任者は教育委員長とし、教育委員会の仕事内容に関しては首長が第一義的に責任を負い、その責任に市民・県民も関わるという責任体制の確立である。
しかしこのような体制を確立したとしても、すべてうまくいくとは限らない、橋下徹に関した教育委員会人事のガバナンスの例を一つ挙げてみる。
橋下徹が大阪府知事時代の2008年10月、「百ます」計算で有名な陰山英男(当時立命館小副校長)を大阪府教育委員会委員に任命、議会の承認を経て就任した。
その陰山英男が2012年4月20日、辞任前委員長の後任に委員互選によって委員長に選出された。前任者が途中辞任であったから、途中辞職の場合、前任者の残任期間が就任期間となる規定から、2012年9月末までの約5カ月間だったが、再任されて現在も委員長を務めている。
委員長就任が橋下府知事2011年10月31日辞任後の動きであったとしても、橋下徹が陰山英男を教育者としての人物を見込んで委員に任命したはずで、委員長に就任しても、見込んだ教育者としての人物像に変りはないはずだ。
大阪市立桜宮高校でバスケットボール部顧問教師から体罰を受けて男子生徒が自殺した問題を受けて、大阪府教育委員会は1月16日(2013年)の会議で2月5日までの回答期限付きで187の府立高校に対して体罰を巡る緊急の調査を行うことにした。
陰山英男大阪府教育委員会教育委員長「府立学校ではこれまでも体罰防止の指導を徹底してきたが、今後はさらに児童や生徒の自殺を防ぐ対策を考えていきたい」(NHK NEWS WEB)
前段の趣旨は府立高校は「体罰防止の指導を徹底してきた」から、体罰は存在しないということになるが、後段の趣旨は、体罰が原因となる「自殺を防ぐ対策を考えていきたい」という意味となって、前後矛盾することになる。
もし陰山が府立高校で体罰の存在を把握していたなら、あるいは府立学校でも調査すれば体罰は出てくるだろうなと予想していたなら、「体罰防止の指導を徹底してきた」と言った場合は徹底の無力化を意味することになるために言えないはずだ。「体罰防止の指導を徹底してきた」と言う以上、体罰は存在してはならない。
その調査結果が2月15日開催の大阪府教育委員会で報告された。《大阪府立学校 教師72人が体罰》(NHK NEWS WEB/2013年2月15日 13時7分)
33校72人の教師、事例115件の体罰の報告。授業中40件、部活動中35件、その他。
大阪府教育委員会は体罰を理由に5人の教師を2月15日付けで処分。
記事は処分の内容について触れていない。生徒への聞き取り調査をしたのかしなかったのかも触れていない。聞き取り調査をせずに自己申告のみだとしたら、過少申告も考えなければならない。
陰山英男大阪府教育委員会教育委員長「体罰を見逃してきたことは反省しないといけない」――
何とまあ、軽い言葉なのか。単なる反省で済ますことはできない府教育委員会の管理責任・管理能力の問題である。しかも調査通知のとき、「府立学校ではこれまでも体罰防止の指導を徹底してきた」と、さも体罰が存在しないかのような発言をしているのである。
大阪府教育委員会の指導の徹底が無力であった。
これが橋下徹がその人物を見込んで大阪府教育委員会の委員に任命し、後に教育委員長になった教育者の管理能力・管理責任が伴わない姿である。
要は首長が如何に適任者を教育委員会の委員に据えることができるか、その中から委員たちが如何に最適任者を委員長に互選できるかにかかっているのであって、学校でイジメや体罰などの問題が起こった際、市長自らが市教育委員会に介入して調査を指揮できるような制度に変えるといったことではなく、それ以前の首長の教育委員会に対する人事に関わるガバナンスの問題であるはずだ。
次の記事によると、府立高校の体罰調査は生徒に対する聞き取りを省いていることが分かる。《体罰:33校教職員72人が計115件 大阪府教委調査》(毎日jp/2013年02月15日 13時11分)
記事――〈今回体罰が判明した学校と、調査以前から体罰が確認されていた学校の計40校の生徒約3万人を対象に詳細を把握するためのアンケートも始めた。〉
生徒に対する聞きとりアンケートを同時併行で行わない、教育委員会のこの如何ともし難い不徹底さは陰山英男の教育委員長としての能力にも関係するはずだ。
また、記事は〈調査以前から体罰が確認されていた学校〉7校の存在に触れているが、陰山英男の「府立学校ではこれまでも体罰防止の指導を徹底してきた」という発言からすると、学校は体罰を確認していながら、府教育委員会に報告していなかったことになる。
まさか報告を受けていながら、「体罰防止の指導を徹底してきた」などとは言えまい。
だが、例え報告を受けていなくても、体罰が存在したこと自体、報告をしないことを含めて府教育委員会の各府立学校に対する管理能力・管理責任の問題であることに変りはない。
体罰の内訳。
高校32校69人97件、支援学校1校3人18件。
授業中40件、部活動中35件、生徒指導中14件
〈体育系学科の入試が中止となった桜宮高の「受け皿」として募集定員が増員された大塚高(松原市)では生徒指導中の体罰があった。〉・・・・
以上見てきた通り、橋下徹が人物を見込んで教育委員に任命し、教育委員長となった陰山英男の能力如何に関係することになる首長の教育委員会人事に対するガバナンスの問題である以上、橋下市長が市教育委員会への介入に成功したとしても、教育委員会の資質・能力を脇に置いた場合、何か問題が起きるたびに介入を繰返すことになって、抜本的な解決は望めないことになるだろう。