元航空幕僚長の田母神俊雄67歳が公職選挙法違反容疑で逮捕された。2014年東京都知事選後に運動員に法定外の報酬を支払った運動員買収の容疑だという。
要するに選挙中、運動員に選挙後の報酬を約束して選挙運動に当たらせた。政治資金から約450万円の私的流用も疑われているという。
航空幕僚長とは航空自衛隊のトップである。その職にあった間、約5万の全航空自衛隊員に対して指示・命令を出す。その責任と矜持と自尊心をいやが上にも植え付けられ、自らも育てていき、自らの血肉・精神の主たる一部としたはずだ。
でなければ、かつて航空幕僚長時代の制服の胸につけた夥しい勲章はその輝きと意味を失う。
特に田母神俊雄の責任と矜持・自尊心は彼が航空幕僚長時代に書いた論文「日本は侵略国家であったのか」が2008年10月31日に「真の近現代史観」懸賞論文第一回最優秀藤誠志賞の受賞作となり、マスコミに華々しく登場することになったことによって特段に強固な自負性を獲得し得たはずだ。
論文が日本の戦争は結果的に多くのアジア、アフリカ諸国が白人国家の支配から解放されることになり、人種平等の世界を到来させたもので、侵略戦争ではなかったとする歴史認識に貫かれていたとしても、その歴史認識が政府見解と異なることから更迭処分を受けたとしても、自らが信じる歴史認識である以上、一旦血肉・精神とし、勲章の輝きによって表されていた責任と矜持と自尊心は生き続けなければならないし、生かし続けなければならない。
いわばかつて手にした責任と矜持と自尊心に自らも応える生き方を求められることになる。求めに応じることも、責任と矜持と自尊心を裏打ちする行為となる。
このことは航空自衛隊を辞して以後、支援者の間で「閣下」と呼ばれるようになったということだが、そう呼ばせることを許していたからこその呼び名であって、あるいはそう呼ばせる自尊的な雰囲気を全身に自ずと発していたことからの呼び名であろうから、田母神俊雄の航空自衛隊時代に育み、自らの血肉・精神の主たる一部と化した責任と矜持・自尊心は「閣下」と言う呼び名に象徴されていることになり、そう呼ばれることによって責任と矜持と自尊心を強く実感していたはずだ。
2014年東京都知事選は16名が立候補し、舛添要一が約211万票、得票率43.40% で当選、宇都宮健児 約98万票、得票率20.18%、細川護煕約95万票、得票率19.64%、次いで田母神俊雄約61万票、得票率12.55%となっていて、主要候補最下位での落選となっている
もしマスコミの世論調査や報道で選挙を優位な立場で戦っていることを知らされていたなら、運動員に報酬を約束して選挙運動に当たらせることはなかったろう。
いわば当選が覚束ない余裕のない選挙を強いられていた。
だからと言って、当選に一歩でも近づくために社会的なルールに反して手段を選ばない方法で選挙を戦ったのでは自らが血肉・精神の一部とした責任と矜持と自尊心を自ら裏切ることになり、それらは何だったのかと言うことになる。
だが、現実には自ら裏切り、その意味を失わせた。
いわば航空自衛隊時代に育んだ田母神俊雄の責任と矜持と自尊心は彼自身を取り巻く情勢が自身が考えたとおりに思うように展開しない状況に立たされたとき、実物通りに発揮される精神性を保証するものではなく、自身が単にそうと思い込んでいるだけの見せかけの責任と矜持と自尊心の発揮となる危険性を自身の行動で証明したことになる。
このことを言い換えると、これと決めている自己同一性を守るために手段を選ばない人間性を見せた。
このような精神性と行動性が軍人の立場で発揮された場合、かつて戦前の日本軍で政府方針や軍中央の方針を無視して戦線を拡大したり、勝手に軍部隊を展開させたりした例に見るようにシビリアンコントロールを無視、あるいは脅かす存在と化す危険性も否定できないことになる。
少なくとも田母神俊雄がかつてはそういったタイプの軍人であり、そしてそういったタイプの軍人の精神を今なお持っていることを証明した公職選挙法違反だと指摘することができる。
4月14日の朝、自身のツイッターに「本日、田母神は逮捕されるようです。何とも理不尽さを感じますが、国家権力にはかないません」と投稿したということだが、逮捕を国家家力の理不尽さに転嫁する自己省察能力の欠如――潔さの欠如にも、責任と矜持と自尊心の発揮が間違えた姿を取る危険性の内包を窺わせる。
間違っている自己同一性を間違っていることに気づかずにムリに押し通そうとすれば、相手との力関係に応じてそれが暴力や強権といった理不尽となって現れかねない。
軍の場合に例を取るなら、反乱やクーデター、軍権力掌握ということになる。シビリアンコントロールの無視、あるいは奪取である。
参考までに2008年11月2日当ブログ記事――《日本民族優越意識が書かせた田母神「侵略否定」無誤謬説 - 『ニッポン情報解読』by手代木恕之》