■大空に織りなす異機種大編隊
岐阜基地航空祭最大の目玉、異機種大編隊は次々編隊を組みかえて航過します。
戦闘機開発、航空自衛隊が主力として運用するF-15開発の前に、相当な苦労がありました。当初は、アメリカが空軍と海軍が共通する戦闘機を採用したならば、量産効果が上がり運用費用も安価に抑え、国防費を最大限有効活用できるという視点から行われました。
しかし、この種の開発は用途の違う航空部隊の需要に合致させる事は難しく、海軍航空隊と空軍ではどちらか一方に主導権を付与させるわけにもいかない、都合開発を複雑化させてしまい、これは今日の多国間共同開発F-35等の開発よりも難しい条件があったのです。
とにかく海軍が空母艦載機として艦隊防空に必要な性能を全部盛り込もうとしましたし、空軍は戦闘爆撃機として必要な性能を盛り込みましたので、どんどん機体が期待とともに大型化しまして、身軽さは失われ、とても格闘戦を実施できる期待とはなりませんでした。
F111は戦闘爆撃機として敵基地破壊や指揮中枢への攻撃には最適の航空機、戦略空軍が長距離打撃戦闘にも用いる事が出来、F-111を戦闘機ではなく設計が想定している戦闘爆撃機として運用する限りでは、非常に優れた航空機なのですが、戦闘機としては向いていない。
統合戦闘機として鳴り物入りで開発されたF111,海軍は大型すぎて航空母艦に充分搭載できないとして拒否しますし、空軍も戦闘機としては性能が不十分、としました。もちろん、それだけで大量の開発費を投じたものを廃棄にはできませんので、用途を考える事に。
F-111は結果、海空軍の主力戦闘機として当初想定された数千機単位の量産は行われず、少数が戦闘爆撃機、そして電子戦航空機に転用されました。この中で、F15は誕生しました、同時にF14も誕生している。空軍がほしい航空機は自前で開発、海軍も同じように行う。
F15とF14の誕生ですね。F15は技術的に開発し得る最高出力のエンジンを二つ搭載し、レーダーにより大型化する機体を高出力のエンジンで遮二無二機動力を確保する、機体に掛かる強烈な重力負荷はチタン合金はじめ機体構造をとにかく頑丈無比なものとしました。
F15はこうして開発されています。結果、とにかく機体は頑丈で多くが積めますし、新しいレーダーもコンピュータも追加搭載することができた、多くを積める能力は偉大です。そして機体構造が頑丈ですので、老朽化まで時間があります、これも長く使える理由です。
そして鈍重になることなく、機体を機動性とともに戦闘機として成り立たせる、強力なエンジンを搭載していた。こうして何度も近代化を重ね現代でも通用する航空機が完成しました。新しい情報処理装置や新型レーダーを搭載し、ミサイルも大量に搭載できるゆえ。
この戦闘機は戦闘機のロールスロイスと呼ばれ、ロールスロイスというよりも個人的にはアメリカの戦闘機ですので戦闘機のキャデラックというべきだともおもうのですが、調達費用も維持費も高価な戦闘機として完成、この航空機を自衛隊は多数を導入したわけです。
経済大国と呼ばれるようになった当時の日本でも、自衛隊にとってF15は高かった、防衛費が二兆円以下の時代に為替レートの関係から一機180億円といわれた航空機です。例えれば2000年代に自衛隊がF-22を導入するような、それ程の経済的負担と云えましょう。
安い戦闘機が欲しければF16という機種もありました、中距離空対空ミサイルの運用能力が初期型にはなく、それこそ開発当時はF104をそのまま置き換えるような性能にとどまっています、順次改良されまして、もっともその分相応にF-16でも高価になるのですがね。
F-15戦闘機は航空自衛隊が導入した当時、二兆円程度の防衛予算で当時為替レートの関係で一機180億円という極めて高い戦闘機でした。経済大国と呼ばれるようになった日本でも、この費用は、特に防衛費にはGNP、今のGNIで1%の枠があり高いものでした。
F-16,中距離空対空ミサイルの運用能力はもちろん、対地攻撃にも威力を発揮するようになります。しかし当時はそれほどではなかったし、もともとF16は何十年も運用するような頑丈な設計ではなかった、そこで航空自衛隊がF15を導入したのは正解であったといえる。
三菱重工によりライセンス生産が実施されたF15は、当初96機程度の調達に止める計画でしたが、F104戦闘機を置き換えた後にF4戦闘機の後継としても調達されることとなり、毎年15機程度が生産されることとなりました。これはほぼ一個飛行隊に相当する規模だ。
F-4戦闘機では調達費用の90%がライセンス生産されていましたが、F-15は70%と国産率が低くなったとされ、部品の一部はアメリカからの直接供与に依存しましたが、飛行基幹部品などは日本国内に生産基盤を構築し、日本国内で整備と補給と維持できるようなった。
これにより飛行に必要な支援体制はすべて三菱重工により実施できる体制が整いました。その上で、構造寿命の計算や近代化改修などの基盤も構築されることとなります。すると、レーダーの改良や新型空対空ミサイルへのソフトウェア適合も日本国内で実施出来ます。
戦闘機のキャデラック、いやロールスロイスは単に高級志向ということで導入されたのではなく、必要であるために導入されたのですが、基本性能は高いまま、長大な戦闘行動半径と国内の運用基盤と総合し、日本防空に欠かせない基幹装備となっていったわけです。
F-15は古い戦闘機という印象ですが、近代化改修も重ねて実施されていまして、このF15近代化改修にはロシア製Su27戦闘機に匹敵する費用を要しますが、敢えて新しい戦闘機を調達するのではなく改修予算へ投じ、今尚第一線で通用する高性能を維持できています。
岐阜基地飛行開発実験団と防衛装備庁では現在、将来の日本の防空を担う二つの将来戦闘機計画が進展中です。一つはアメリカから導入した国際共同開発の統合打撃戦闘機F35,そしてもう一つは防衛装備庁が開発を続けている国産戦闘機開発へ技術を強化すること。
先端技術実証機X2を基本とする将来戦闘機開発です。F35については防衛省が導入を進めていますが、岐阜基地飛行開発実験団では今年の三菱FACO最終組立機初飛行に先んじ、防衛省が次期戦闘機としてF35を導入し早々にF35準備隊を設置し、導入準備にあたった。
X2は先端技術実証機であり、これまでに開発した様々な技術を航空機の形状として実際に進空を行った上で検証する実験機材です。このため、独自のエンジンと飛行性能を有していますが、このX2にミサイルを搭載し、次に実用航空機、とできるわけではありません。
ただ、防衛装備庁は技術研究本部の時代から様々な航空技術を分散し研究しています、機体構成素材や制御技術、レーダーから操縦装置、小さなものでは安定翼付け根の素材研究、操縦席の配置研究なども行われています。この中から勿論、日の目を直ぐ見るものもある。
しかし、技術研究は諸外国から見れば簡易な裾野研究を積み重ねており、その裾野研究が次世代まで持ち越して部分的に応用されるものもあります。即座に使えるものではない分、汎用性ある技術をそのまま培ってゆくだけというものもあり、気の長い開発なのです。
北大路機関:はるな くらま ひゅうが いせ
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岐阜基地航空祭最大の目玉、異機種大編隊は次々編隊を組みかえて航過します。
戦闘機開発、航空自衛隊が主力として運用するF-15開発の前に、相当な苦労がありました。当初は、アメリカが空軍と海軍が共通する戦闘機を採用したならば、量産効果が上がり運用費用も安価に抑え、国防費を最大限有効活用できるという視点から行われました。
しかし、この種の開発は用途の違う航空部隊の需要に合致させる事は難しく、海軍航空隊と空軍ではどちらか一方に主導権を付与させるわけにもいかない、都合開発を複雑化させてしまい、これは今日の多国間共同開発F-35等の開発よりも難しい条件があったのです。
とにかく海軍が空母艦載機として艦隊防空に必要な性能を全部盛り込もうとしましたし、空軍は戦闘爆撃機として必要な性能を盛り込みましたので、どんどん機体が期待とともに大型化しまして、身軽さは失われ、とても格闘戦を実施できる期待とはなりませんでした。
F111は戦闘爆撃機として敵基地破壊や指揮中枢への攻撃には最適の航空機、戦略空軍が長距離打撃戦闘にも用いる事が出来、F-111を戦闘機ではなく設計が想定している戦闘爆撃機として運用する限りでは、非常に優れた航空機なのですが、戦闘機としては向いていない。
統合戦闘機として鳴り物入りで開発されたF111,海軍は大型すぎて航空母艦に充分搭載できないとして拒否しますし、空軍も戦闘機としては性能が不十分、としました。もちろん、それだけで大量の開発費を投じたものを廃棄にはできませんので、用途を考える事に。
F-111は結果、海空軍の主力戦闘機として当初想定された数千機単位の量産は行われず、少数が戦闘爆撃機、そして電子戦航空機に転用されました。この中で、F15は誕生しました、同時にF14も誕生している。空軍がほしい航空機は自前で開発、海軍も同じように行う。
F15とF14の誕生ですね。F15は技術的に開発し得る最高出力のエンジンを二つ搭載し、レーダーにより大型化する機体を高出力のエンジンで遮二無二機動力を確保する、機体に掛かる強烈な重力負荷はチタン合金はじめ機体構造をとにかく頑丈無比なものとしました。
F15はこうして開発されています。結果、とにかく機体は頑丈で多くが積めますし、新しいレーダーもコンピュータも追加搭載することができた、多くを積める能力は偉大です。そして機体構造が頑丈ですので、老朽化まで時間があります、これも長く使える理由です。
そして鈍重になることなく、機体を機動性とともに戦闘機として成り立たせる、強力なエンジンを搭載していた。こうして何度も近代化を重ね現代でも通用する航空機が完成しました。新しい情報処理装置や新型レーダーを搭載し、ミサイルも大量に搭載できるゆえ。
この戦闘機は戦闘機のロールスロイスと呼ばれ、ロールスロイスというよりも個人的にはアメリカの戦闘機ですので戦闘機のキャデラックというべきだともおもうのですが、調達費用も維持費も高価な戦闘機として完成、この航空機を自衛隊は多数を導入したわけです。
経済大国と呼ばれるようになった当時の日本でも、自衛隊にとってF15は高かった、防衛費が二兆円以下の時代に為替レートの関係から一機180億円といわれた航空機です。例えれば2000年代に自衛隊がF-22を導入するような、それ程の経済的負担と云えましょう。
安い戦闘機が欲しければF16という機種もありました、中距離空対空ミサイルの運用能力が初期型にはなく、それこそ開発当時はF104をそのまま置き換えるような性能にとどまっています、順次改良されまして、もっともその分相応にF-16でも高価になるのですがね。
F-15戦闘機は航空自衛隊が導入した当時、二兆円程度の防衛予算で当時為替レートの関係で一機180億円という極めて高い戦闘機でした。経済大国と呼ばれるようになった日本でも、この費用は、特に防衛費にはGNP、今のGNIで1%の枠があり高いものでした。
F-16,中距離空対空ミサイルの運用能力はもちろん、対地攻撃にも威力を発揮するようになります。しかし当時はそれほどではなかったし、もともとF16は何十年も運用するような頑丈な設計ではなかった、そこで航空自衛隊がF15を導入したのは正解であったといえる。
三菱重工によりライセンス生産が実施されたF15は、当初96機程度の調達に止める計画でしたが、F104戦闘機を置き換えた後にF4戦闘機の後継としても調達されることとなり、毎年15機程度が生産されることとなりました。これはほぼ一個飛行隊に相当する規模だ。
F-4戦闘機では調達費用の90%がライセンス生産されていましたが、F-15は70%と国産率が低くなったとされ、部品の一部はアメリカからの直接供与に依存しましたが、飛行基幹部品などは日本国内に生産基盤を構築し、日本国内で整備と補給と維持できるようなった。
これにより飛行に必要な支援体制はすべて三菱重工により実施できる体制が整いました。その上で、構造寿命の計算や近代化改修などの基盤も構築されることとなります。すると、レーダーの改良や新型空対空ミサイルへのソフトウェア適合も日本国内で実施出来ます。
戦闘機のキャデラック、いやロールスロイスは単に高級志向ということで導入されたのではなく、必要であるために導入されたのですが、基本性能は高いまま、長大な戦闘行動半径と国内の運用基盤と総合し、日本防空に欠かせない基幹装備となっていったわけです。
F-15は古い戦闘機という印象ですが、近代化改修も重ねて実施されていまして、このF15近代化改修にはロシア製Su27戦闘機に匹敵する費用を要しますが、敢えて新しい戦闘機を調達するのではなく改修予算へ投じ、今尚第一線で通用する高性能を維持できています。
岐阜基地飛行開発実験団と防衛装備庁では現在、将来の日本の防空を担う二つの将来戦闘機計画が進展中です。一つはアメリカから導入した国際共同開発の統合打撃戦闘機F35,そしてもう一つは防衛装備庁が開発を続けている国産戦闘機開発へ技術を強化すること。
先端技術実証機X2を基本とする将来戦闘機開発です。F35については防衛省が導入を進めていますが、岐阜基地飛行開発実験団では今年の三菱FACO最終組立機初飛行に先んじ、防衛省が次期戦闘機としてF35を導入し早々にF35準備隊を設置し、導入準備にあたった。
X2は先端技術実証機であり、これまでに開発した様々な技術を航空機の形状として実際に進空を行った上で検証する実験機材です。このため、独自のエンジンと飛行性能を有していますが、このX2にミサイルを搭載し、次に実用航空機、とできるわけではありません。
ただ、防衛装備庁は技術研究本部の時代から様々な航空技術を分散し研究しています、機体構成素材や制御技術、レーダーから操縦装置、小さなものでは安定翼付け根の素材研究、操縦席の配置研究なども行われています。この中から勿論、日の目を直ぐ見るものもある。
しかし、技術研究は諸外国から見れば簡易な裾野研究を積み重ねており、その裾野研究が次世代まで持ち越して部分的に応用されるものもあります。即座に使えるものではない分、汎用性ある技術をそのまま培ってゆくだけというものもあり、気の長い開発なのです。
北大路機関:はるな くらま ひゅうが いせ
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