■メイ首相交渉二年半成果瓦解
イギリスは日本にとっても長くからの友好国であり包括安全保障協力協定を結んだ国際関係がありますが、そのイギリスが危機的状況に在る。
ブレクジット、イギリスのEU離脱はいよいよ3月29日に迫っています。欧州連合という歴史的地域連合の枠組からのイギリス離脱は、しかし、これにより確実にイギリス経済は短期的に悪化し、その悪化からの回復がどの程度時間を要するかという問題となります。併せて、この悪化による傷が大きければ大きいほど、長ければ長い程、別分野へ波及する。
イギリス下院は一昨日15日、テリーザ-メイ首相がまとめたEU離脱案を賛成202票-反対432票という歴史的大差で否決しました。イギリスが国民投票によりEU欧州連合離脱を決定したのは2016年6月23日、この責任を受け当時のキャメロン首相はEU残留を実現できず、又EUとの離脱交渉をイギリスへ有利にまとめる事は出来ないとして辞職しました。
ハードブレクジット、2007年の世界金融危機よりもイギリス国内へ及ぼす影響は大きくなる、と考えられています。しかし、その結果をイギリス国民が納得できなければ、NATO北大西洋条約機構のような別の分野における安全保障協力へもイギリスと欧州の分断への歪みを醸成する可能性があります。これは自由主義圏の防衛協力上非常に懸念する問題だ。
EU離脱案は、キャメロン首相辞職を受けて後任となったメイ首相が実に二年半を掛けてEUと交渉した離脱案です。離脱交渉の主眼は、第一に移行期間を設け影響を抑える事、第二に通関手続きの維持と限定的に関税同盟に残る為にEUへ譲歩する事、第三にイギリスが離脱後のEUとの投資サービス等の良好な関係の維持、厳しい交渉を二年間要しました。
野党労働党はEU再交渉を求めていますが、離脱までの期限は限られている。二年半を要した交渉を上回る成果を二ヶ月半の離脱までの時間で達成し議会を通過させる事は不可能です。これは一例で高校入学後に職人を志し主要科目を全く勉強しなかった若者が今日この時点で最難関の大学入試を決断し、センター試験や二次試験の準備を始めるのに等しい。
メイ首相は今回の離脱交渉成果が議会を通るかについて、当初から難しい見通しではありました。与党保守党は2017年6月の下院選挙にて大敗し、650の下院議席の内317議席を有するのみです。この為、スコットランド地域政党との閣外協力により与党が辛うじて過半数を確保していましたが、EU離脱論はむしろ与党に多く、今回の大敗となったかたち。
EU離脱からEU除名へ。今回の離脱案否決は与党保守党内での多すぎる造反により実現しなかった構図ですが、影響は非常に大きい。実質、EU離脱が秩序ある離脱から無秩序な離脱となった旨の説明が為されますが、分りやすく言えばイギリスがEUを出るのではなくEUがイギリスを出す構図となります。つまり離脱ではなく除名、という構図が成り立つ。
英国危機、2018年に中央銀行であるイングランド銀行は、無秩序離脱となった場合にイギリス経済は2019年の国内総生産が3%減退するとの試算を示しています。なにしろイギリスの運転免許証は欧州で無効となり、各種産業や専門分野での資格も欧州では無効となりますし、欧州からイギリスへの電話通話も無秩序離脱の翌日から国際電話料金が掛かる。
無秩序離脱の影響は非常に大きく、まず現在の工業生産は多国間国際分業に依拠し多くの国々で部品を分散生産し、最終組立を行います。関税とともに通関手続きの復活は、最終組立に関する様々な部品の停滞を意味し、これは不要な在庫を抱えないジャストインタイム方式の製造業にとり致命的だ。伝統的手工業を例外として、この影響からは免れません。
多国間国際分業の枠組み瓦解の懸念は少なくともイギリスはEC欧州共同体参加以降、欧州諸国と実に1981年以来通関手続きを廃止しており、これがメイ首相の離脱案では移行期間をもうけ順次離脱し一部の関税同盟には残留する方針でしたが、一挙に欧州からの物流に通関の手続きが障壁となるわけです、当然イギリスからEUへの輸出も同じ事が言えます。
EU市民とイギリス国民との間での同床異夢、イギリスは円満退社のようにEU離脱を実現するとの解釈がEU離脱派にあり、これはEUへ逆に信頼しているといえる。しかし、EUからは連合の秩序を乱したイギリスへの厳しい視線が多く、イギリスのEU残留派は逆にEUがイギリスへの厳しい措置と相応の結果を見通しているとの、EUへの逆の見解がある。
イギリス政府は空軍のC-17輸送機とC-130輸送機全てを動員し、医薬品など生存物資は優先輸入する方針を示し、また先月にはフェリー2隻を傭船契約し輸送に当てるため、安心を国民へ呼びかけ、また商店や薬局へは通関手続き停止に備え六週間分の備蓄を求めていますが、これでは逆に不安を煽る事でもあり、物流維持の根本的な課題は解決していません。
物流は交通への影響はさらに深刻で、なにしろ通関総量が爆発的に増えるため、隣国フランスは通関要員数百名を新たに準備していますが、通関チェックにトラック一台2分を要した場合に南部のドーバー地域ではM20高速道路やA20幹線道路が46km渋滞が常時発生すると算定されています。ポンドは2016年以来13%下落しましたが、次の暴落要素だ。
EU離脱がNATOへ影響する、とは考え過ぎと思われるかもしれません。しかし、実際にイギリスは欧州次期戦闘機計画から参画を認めないとの指針をフランスのマクロン大統領より突き付けられ、これをうけドイツのメルケル首相もイギリスが大きく関与したF-35戦闘機の空軍採用検討を撤回しました。離脱前に防衛協力枠組に既に歪みが生じた構図です。
スコットランド等EU経済との依存度の高い地域や、北アイルランドというアイルランドとの陸上国境を抱える地域からは、イギリスから独立の機運も生じ、イギリス政府は大量の補助金により独立要求を抑える方針を示していますが、この大量補助金が逆に看過できない経済負担となれば、イギリス他地域からイギリス国家の清算を求める声も出かねない。
EU離脱期限の延長は不可能か、EUのイギリス離脱交渉担当のトゥスク代表は離脱期限の延長は無い、としたうえで現在合意に至った内容以上にイギリスへ有利な交渉成果は有り得ない、としています。しかし、無秩序離脱に伴う膨大な経済損失を受け入れたうえで、移行期間に代えて離脱を一年程度延長できるか、このまま成り行きに任せるか、難しい。
北大路機関:はるな くらま ひゅうが いせ
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イギリスは日本にとっても長くからの友好国であり包括安全保障協力協定を結んだ国際関係がありますが、そのイギリスが危機的状況に在る。
ブレクジット、イギリスのEU離脱はいよいよ3月29日に迫っています。欧州連合という歴史的地域連合の枠組からのイギリス離脱は、しかし、これにより確実にイギリス経済は短期的に悪化し、その悪化からの回復がどの程度時間を要するかという問題となります。併せて、この悪化による傷が大きければ大きいほど、長ければ長い程、別分野へ波及する。
イギリス下院は一昨日15日、テリーザ-メイ首相がまとめたEU離脱案を賛成202票-反対432票という歴史的大差で否決しました。イギリスが国民投票によりEU欧州連合離脱を決定したのは2016年6月23日、この責任を受け当時のキャメロン首相はEU残留を実現できず、又EUとの離脱交渉をイギリスへ有利にまとめる事は出来ないとして辞職しました。
ハードブレクジット、2007年の世界金融危機よりもイギリス国内へ及ぼす影響は大きくなる、と考えられています。しかし、その結果をイギリス国民が納得できなければ、NATO北大西洋条約機構のような別の分野における安全保障協力へもイギリスと欧州の分断への歪みを醸成する可能性があります。これは自由主義圏の防衛協力上非常に懸念する問題だ。
EU離脱案は、キャメロン首相辞職を受けて後任となったメイ首相が実に二年半を掛けてEUと交渉した離脱案です。離脱交渉の主眼は、第一に移行期間を設け影響を抑える事、第二に通関手続きの維持と限定的に関税同盟に残る為にEUへ譲歩する事、第三にイギリスが離脱後のEUとの投資サービス等の良好な関係の維持、厳しい交渉を二年間要しました。
野党労働党はEU再交渉を求めていますが、離脱までの期限は限られている。二年半を要した交渉を上回る成果を二ヶ月半の離脱までの時間で達成し議会を通過させる事は不可能です。これは一例で高校入学後に職人を志し主要科目を全く勉強しなかった若者が今日この時点で最難関の大学入試を決断し、センター試験や二次試験の準備を始めるのに等しい。
メイ首相は今回の離脱交渉成果が議会を通るかについて、当初から難しい見通しではありました。与党保守党は2017年6月の下院選挙にて大敗し、650の下院議席の内317議席を有するのみです。この為、スコットランド地域政党との閣外協力により与党が辛うじて過半数を確保していましたが、EU離脱論はむしろ与党に多く、今回の大敗となったかたち。
EU離脱からEU除名へ。今回の離脱案否決は与党保守党内での多すぎる造反により実現しなかった構図ですが、影響は非常に大きい。実質、EU離脱が秩序ある離脱から無秩序な離脱となった旨の説明が為されますが、分りやすく言えばイギリスがEUを出るのではなくEUがイギリスを出す構図となります。つまり離脱ではなく除名、という構図が成り立つ。
英国危機、2018年に中央銀行であるイングランド銀行は、無秩序離脱となった場合にイギリス経済は2019年の国内総生産が3%減退するとの試算を示しています。なにしろイギリスの運転免許証は欧州で無効となり、各種産業や専門分野での資格も欧州では無効となりますし、欧州からイギリスへの電話通話も無秩序離脱の翌日から国際電話料金が掛かる。
無秩序離脱の影響は非常に大きく、まず現在の工業生産は多国間国際分業に依拠し多くの国々で部品を分散生産し、最終組立を行います。関税とともに通関手続きの復活は、最終組立に関する様々な部品の停滞を意味し、これは不要な在庫を抱えないジャストインタイム方式の製造業にとり致命的だ。伝統的手工業を例外として、この影響からは免れません。
多国間国際分業の枠組み瓦解の懸念は少なくともイギリスはEC欧州共同体参加以降、欧州諸国と実に1981年以来通関手続きを廃止しており、これがメイ首相の離脱案では移行期間をもうけ順次離脱し一部の関税同盟には残留する方針でしたが、一挙に欧州からの物流に通関の手続きが障壁となるわけです、当然イギリスからEUへの輸出も同じ事が言えます。
EU市民とイギリス国民との間での同床異夢、イギリスは円満退社のようにEU離脱を実現するとの解釈がEU離脱派にあり、これはEUへ逆に信頼しているといえる。しかし、EUからは連合の秩序を乱したイギリスへの厳しい視線が多く、イギリスのEU残留派は逆にEUがイギリスへの厳しい措置と相応の結果を見通しているとの、EUへの逆の見解がある。
イギリス政府は空軍のC-17輸送機とC-130輸送機全てを動員し、医薬品など生存物資は優先輸入する方針を示し、また先月にはフェリー2隻を傭船契約し輸送に当てるため、安心を国民へ呼びかけ、また商店や薬局へは通関手続き停止に備え六週間分の備蓄を求めていますが、これでは逆に不安を煽る事でもあり、物流維持の根本的な課題は解決していません。
物流は交通への影響はさらに深刻で、なにしろ通関総量が爆発的に増えるため、隣国フランスは通関要員数百名を新たに準備していますが、通関チェックにトラック一台2分を要した場合に南部のドーバー地域ではM20高速道路やA20幹線道路が46km渋滞が常時発生すると算定されています。ポンドは2016年以来13%下落しましたが、次の暴落要素だ。
EU離脱がNATOへ影響する、とは考え過ぎと思われるかもしれません。しかし、実際にイギリスは欧州次期戦闘機計画から参画を認めないとの指針をフランスのマクロン大統領より突き付けられ、これをうけドイツのメルケル首相もイギリスが大きく関与したF-35戦闘機の空軍採用検討を撤回しました。離脱前に防衛協力枠組に既に歪みが生じた構図です。
スコットランド等EU経済との依存度の高い地域や、北アイルランドというアイルランドとの陸上国境を抱える地域からは、イギリスから独立の機運も生じ、イギリス政府は大量の補助金により独立要求を抑える方針を示していますが、この大量補助金が逆に看過できない経済負担となれば、イギリス他地域からイギリス国家の清算を求める声も出かねない。
EU離脱期限の延長は不可能か、EUのイギリス離脱交渉担当のトゥスク代表は離脱期限の延長は無い、としたうえで現在合意に至った内容以上にイギリスへ有利な交渉成果は有り得ない、としています。しかし、無秩序離脱に伴う膨大な経済損失を受け入れたうえで、移行期間に代えて離脱を一年程度延長できるか、このまま成り行きに任せるか、難しい。
北大路機関:はるな くらま ひゅうが いせ
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