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祈りは最高の補償!こころを健やかにする (大人になって知る防衛機制⑤ 9/10)

2019-01-14 | 第九章「愛」

  富士山は自分の家からは見えないと思っていたが、あるとき向かいの冬の落葉樹の山頂付近に富士山の影が見えていたことに気づいた。それまで随分長い年月が経っていたが。

 さて、フロイトの14の防衛機制をこの3ヶ月くらい思索してきたが、いよいよ最後の補償について考える時が来た。心の防衛機制は人生を狂わすものもある反面、健やかに人生を送るための宝とも言えるようだ。日常の中で自分のこころの底から滲みでるようなモヤモヤ。それには身体(医学の対象)が原因となるもの、生育史が原因となるもの、魂(宗教の対象)が原因となるものがあるという。自分の大きな人生のイベント(就学、就職、結婚、子育て・・・)を考えると、何か孫悟空がお釈迦様の手のひらの中を駆け回っているに過ぎないように、両親や家族の影響、友達の影響、さまざまな影響の中で自ら選び取ってきた人生とは言えないようなイメージをふと持ったりする。身体の影響、生育史の影響はなんとも嫌らしいぐらいに自分を縛り付けているのではと、過剰に不安になったりもした。

 しかし、魂からのモヤモヤというのはどうだろうか?「私は何の為に生きているのか」そんな自問自答と魂からの不安は深い関係があるとU先生のブログで拝見したことがあるが、確かにそうかもしれない。キリスト教では聖パウロの言葉「人の身体は神の神殿」が良く言われる。魂か聖霊かはよく分からないが愛そのものが自分の中にあると仮定すると、そのモヤモヤは神聖なものと言えるのだろう。

 昨年は、身体の変化(老化?)や仕事の変化がとても気になった年であった。そして、それに挑戦するように、祈りということを真面目に考えた年であった。まあ、若い頃は祈りの効用など少しは考えたかもしれないが、真剣に祈りの時間を日常の中にキープしようなんて考えてもみなかった。しかし、今は真剣に祈りを考え、そのための時間をとろうとしている。よく誤解されるが、祈りは「お願い」モードだけではない。「私は何の為に生きているのか」を自分を越えて考え・感じる時間が祈りとも言えるのではないだろうか。

 祈りに関しては、私もいろいろなところで試した。これは個人的なことで人それぞれだとも思うが、自分の部屋で祈るのも良いが、やはり聖所で祈るのが上のように感じる。延暦寺根本中堂での早朝の座禅、伊勢神宮の参拝など機会を頂き感動したこともあるが、今の私はなんと言っても2000年の年月から生み出されたキリスト教のミサが最高だと思っている。それは、フロイトの理論から言えば一つの補償という防衛機制なのだろうが、自分を健全にしてくれる本当に創造的なプロセスのように感じてならない。残念ながら日本では殆ど知られていないのが現状であるが。

 見えなかった富士が、おぼろげながら見えてくる・・・

大人になって知る防衛機制⑤ 9/10

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