8月の広島の土砂災害に続いて、御嶽山の火山噴火の被害である。
どちらもかなり大きな災害であり、ひょっとするとどちらの災害も防ぐことができたかもしれないが、残念ながら両方とも防ぐことができなかった。
広島の災害は確かに現地に住んでいる人にとっては今まであったとこのない土砂災害であったかもしれないが、もし行政が建物の建築許可を出さないでいたら、もめにもめたかもしれないが、災害はもっと小さかったかもしれない。
だが、それはなかなか行政としてはできなかったということだろう。だから、大きな犠牲がないと行政も社会も変わることができない。
今回の御嶽山の火山予知でも何らかの兆候を捉まえていたのだが、それが噴火につながるとは現在までの経験からは予想がつかなかったという。
だが、もし今回なような大災害につながるのなら、前もって警戒警報を出すようにすべきであろう。もうできてしまったことを取り戻すことはできない。精々今後の警報を出すときの参考にすべきであろう。
自然科学や技術はすべて経験科学と技術である。もちろん、その災害の想定を最悪にして被害を最小にとどめるのが正しい態度である。
しかし、そういう風に警報を出すということは今回のような大被害がなければ、社会のコンセンサスになかなかならない。そこが難しいところである。
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