「代表選に参加できますよ、と言って、必死にサポーター集めをしていたので、今度の代表選は複数立候補してくれないと困る。あるある詐欺になっちゃいますよ」。
若手の衆参議員にこのような声が多いのは事実です。
私は8年前は新聞社在職中で、党員・サポーター籍がありませんでした。これまで、代表選で投票した経験がありません。ですから、サポーターとして投票に加わりたいし、権利を行使したいという気持ちを、つい先週までは持っていました。
私は、一人の、民主党サポーターとして、他の党員・サポーターのみなさんに提案します。
私たちは、党所属議員や、総支部に声を届けることができます。
9月1日、立候補者を菅直人総理一人に絞るよう、働きかけようではありませんか。
私たちが、「総理を選ぶ一票を投票する」。それは私たちの周りにいるみなさんから羨望のまなざしをもらえるかもしれない。だったら、国難(デフレ不況など)の今こそ、私たちが先頭に立って、権利を留保しなければいけない。
私たちは民主党員・サポーター以前に、日本国民であり、日本を愛する人です。
あす(8月25日)午後1時から、立候補予定者の説明会がありますので、代理人も含めて、いくつかの陣営が参加し、立候補予定者が見えてきます。
しかし、9月1日(水)の告示日に立候補者が一人立った場合には、選挙はありません。ただし当選日は9月14日(火)の臨時党大会(代表選出集会)になります。ただ、菅直人さん一人の立候補なら、追加景気対策、概算要求の査定スタート、再仕分け・特別会計仕分けの下準備、国連総会(9月)APEC横浜(11月)の予習、そして秋のねじれ臨時国会の法案準備と作戦立てに、14日間という時間を使えます。党人事・内閣改造へのさや当てもあるでしょうが、この辺は老獪な当選10回生、菅さんにとっては、時間があった方がむしろ「党の力を最大限に引き出す布陣」をつくることができます。
猛暑と不況でストレスがたまっています。代表選投票でストレスを発散したい人は、日曜日に「ウインズ」に行って、勝ち馬投票券すなわち「馬券」を購入することでも、ストレス発散はできます。
ですから、党員・サポーターは「菅政権無投票続投」で9月1日~14日間の安定した時間を作って、追加経済対策と秋の臨時国会への対応をとる時間を与えましょう。
単に「菅直人」という属人的な問題ではありません。
あの政権交代の夏に配った「09マニフェスト(政権公約)」を、ねじれ国会で、他党さんの声と懐具合(財源)を見すえて、考えを曲げながら前に進む「マニフェスト修正路線」を向こう3年間粘り腰でやっていく。日本は間接デモクラシーなので、いちいち私たちの判断を仰ぐ必要はありません。が、私たちは、しっかりと説明を聞く権利があります。まずは菅総理から消費税発言に関する説明、というか謝罪かもしれませんが、説明をしっかり聞きたいところです。
権利と義務は表裏一体です。「総理を選べる」という権利のために、多くの人は野党時代から党員(年6000円)、サポーター(年2000円)として民主党を支えてきました。その権利の行使を見送る以上は、見返りを求めましょう。「マニフェストの修正」には、党員・サポーター集会での十分な説明と若干の意見聴取が必要だと、内閣・党に義務づけちゃいましょう。
「党員・サポーター集会」の開催を要求します。
ある民主党王国の県連では、県都の会場を借りて、「党員・サポーター集会」を開く予定です。これは党員・サポーターは無料ですが、一般の有権者も有料で入場できますが、会場での発言権は党員・サポーターに限られます。前々から、「仮に代表選がまた無投票になった場合の、県連登録の党員・サポーターの怒りを抑える」のが目的で、集会を構想したそうです。さすが王国です。
このような党員・サポーター集会を県連、総支部が開き、「マニフェスト修正の説明と説得、質疑応答、意見聴取」をやる。あるいは、当日かけつけた人には新しくサポーター登録をしてもらうことで、参加できることにしたらいかがでしょうか。
総理の菅さんにも、都市部・地方部のいくつかの会場に来てもらいましょう。数千人と面会しなくてもいいのです。数十人の会合を数カ所でいいんです。そういう姿勢を示すことが大事なんです。
インターネット、例えば衆院議員の石井登志郎さんがやっている「スタジオ民主なう」への出演もいいでしょう。
09マニフェストについて、暫定税率撤廃のマニフェストを破った、との誤解がありますが、暫定税率は撤廃されています。その分、本則税率が引き上げられたので、ガソリンの値段は高いままですが。私は、これについての民主党財務大臣(藤井裕久さん、菅直人さん)の答弁に不満を持ってきました。
3日の衆院予算委員会で、財務大臣の野田佳彦さんは次のように答弁しました。「暫定税率については、(略)現行の十年間の暫定税率は廃止をする、ただし、税率水準は維持することとなりました。これは、地球温暖化防止の観点であるとか、原油価格が現在安定している、そういうことを勘案しながらの判断でございます」と分かりやすく、マニフェスト修正を答弁しました。
これに先立つ公明党幹事長の井上義久さんの質問は「暫定税率については、22年度から全廃というふうに(09マニフェストでは)なっています。ところが、鳩山総理も最後までこだわっていらっしゃったようですけれども、小沢前幹事長の(昨年12月の)ツルの一声で存続が決まった。これが今度は、参議院マニフェストでは、ガソリン税についての廃止には、もう記述がないんですね。(略)これは、ガソリン税の暫定税率の廃止はもうあきらめたというふうに理解してよろしいんでしょうか」というものでしたが、これは井上さんの認識が間違っています。しかし、多くの国民は井上質問の方が正しいと思っているでしょう、だって、ガソリン高いままなんですから。
この野田答弁のように、マニフェスト修正に必要なのは、説得力です。時間がかかります。代表選の14日間はもったいない。しっかりこの14日間で、秋から3年間、じっくりと腰を落ち着けて、マニフェスト修正とねじれ国会での法案を成立させていく。それは。党員・サポーターとして、サポートしていきましょう。まだまだ大丈夫です。
【上記の国会議事録】
第175臨時会 衆院予算委員会 第2号 平成22年8月3日(火曜日)
(前略)
○井上義久(公明党幹事長)
では次に、暫定税率の廃止について。
暫定税率については、22年度から全廃というふうに(09マニフェストでは)なっています。ところが、鳩山総理も最後までこだわっていらっしゃったようですけれども、小沢前幹事長の(昨年12月の)ツルの一声で存続が決まった。これが今度は、参議院マニフェストでは、ガソリン税についての廃止には、もう記述がないんですね。(略)これは、ガソリン税の暫定税率の廃止はもうあきらめたというふうに理解してよろしいんでしょうか。総理、これは重要な課題ですから。
○野田佳彦財務大臣 政府税調の会長でもありますので、私の方からお答えをさせていただきたいというふうに思います。
委員御指摘のように、暫定税率については、熟慮を重ねた結果でありますけれども、現行の十年間の暫定税率は廃止をする、ただし、税率水準は維持することとなりました。これは、地球温暖化防止の観点であるとか、原油価格が現在安定している、そういうことを勘案しながらの判断でございます。
平成二十二年度の税制改正大綱では、地球温暖化対策の税については、今回、当分の間として措置される税率の見直しも含め、平成二十三年度実施に向けた成案を得るべくさらに検討を進める、この方針に基づいて政府税調の中で議論をしていきたいと思います。
○井上(義)委員 これは全くのごまかしです。国民は、ガソリンの暫定税率が下がる、ガソリンの値段が下がる、こういうふうにマニフェストを理解して皆さん投票したわけですよ。それは国民に対する裏切りですよ。明確ですよ。結局、これも工程どおりにいかないということがはっきりしたというふうに私は申し上げておきたいと思います。(後略)
[画像]連合会長の古賀伸明さん(BSフジ)
僕は政局は好きではありません。が、今週25日(水)午後1時の「代表選立候補者説明会」を分水嶺に、民主党内政局が慌ただしくなりそうです。代表選告示は9月1日(来週水曜日)ですが、何とか今週半ばには、「菅・仙谷・岡田政権」続投の流れをつくってしまいたい、というのが僕の考えです。
6月4日の両院議員総会で、民主党は「脱小沢」すなわち、①政治とカネの問題がないクリーンな政治、②党と内閣の一元化、政調復活、という「民主党らしさ」路線へと舵を取りました。そして、7月11日の第22回参院選(反省の夏)で、比例第一党となり、44議席という首の皮一枚で、「国民から最後のチャンス」をもらいました。
9月13日党員・サポーター郵便投票締め切り、14日(火)代表選出集会(臨時党大会)を経て、代表・総理は向こう2年間の任期を得て、2013年夏の衆院議員・参院議員の任期満了まで、フリーハンドを握ります。
これが最後の政局だ、と思って、2009年8月30日の「政権交代の夏」のキツイ反動を乗り切らねばなりません。名指ししますが、山岡賢次さん、小平忠正さんが入閣したいようで、こういったベテランの入閣待望組への対応がカギになります。新進党時代は、当選回数と年齢、すわわちあるいは想定される引退までの残り年数に対応して、野党・新進党を去り、与党・自民党に復党・入党していきました。
「国民の生活が第一。」という名の下に、党内非主流派となった小鳩連合が軽井沢の別荘でバーベキューに興じる「軽井沢事件」を引き起こしました。私は最終的な菅続投に楽観的な見通しをもっていますが、概算要求などに取り組む政務三役ら主流派にも不安が広がっており、仕事に影響が出ているような感じがしています。
「前に進むために、考えを曲げる」--政権の重荷を背負って、初めて分かった財源問題とねじれ国会への対応から、菅直人内閣は「マニフェスト修正路線」をとっています。もちろん菅総理の消費税増税発言は、謝罪しても謝罪しても謝罪しきれません。これからのマニフェスト修正には、ある程度の党内合意と、支持者・有権者への十分な説明が必要です。しかしそれを反省したうえで、マニフェスト修正路線を突き進むのが、菅内閣と民主党主流派の考えです。
これに対して、2009マニフェストを一字一句変えずに予算化すべきだ、という対立軸を掲げているのが、非主流派・小鳩連合による、いわば“マニフェスト原理主義”です。
代表的な政策では、子ども手当を今年の1・3万円から、来年は例えば2万円とかにして、残りは現物(保育サービス)給付にしようというのが、「マニフェスト修正路線」で、何が何でも2万6000円出せ、と迫るのが「マニフェスト原理主義」です。
この中道をいくように、会員数が5000人を超える「民社協会」は「党綱領の策定」を掲げており、民社協会が代表選のカギを握ろうとしているし、実際にカギを握るでしょう。
前置きが長くなりました。
連合会長の古賀伸明さんが20日付日経新聞1面のインタビューに答え、民主党はマニフェストを「見直してしかるべきだ」、09マニフェストは「一部の人がつくった印象もある」と述べ、マニフェスト修正路線を支持しました。
古賀さんは代表選で特定の候補者を支援しないことにしていますが、事実上、菅続投を支持した発言と思われます。
[画像]2010年8月20日付日経新聞1面
[画像]2010年8月20日付日経新聞1面
古賀さんは、
「与党と野党では情報量が違う。見直してしかるべきだ。『この政策はどうだ』と国民的な議論をしながら見直す。それが民主党らしさではないか。昨年の衆院選マニフェストは一部の人がつくった印象もある」
「基本的な考え方が変わってはならない。たとえば社会全体で子育てを支えるという子ども手当の思想は変えるべきではない。ただ支給方法はいろいろある。今年の参院選マニフェストは、子ども手当の上乗せ分を現物で支給してもいいという考え方を示した。これは適切な変更だと思う」
と語りました。
連合は野党・民主党の応援団長の時代から、日本唯一のナショナルセンターとして、自民党政府と「政労会見」などで直接やりとりしてきました。「サラリーマンの確定申告選択制」を含む政策要望も直接、官邸に提出してきました。
ですから、政権運営の厳しさは、民主党国会議員よりも連合の方がずっとよく知っているのです。
古賀さんのインタビューにあたった日経記者は次のような感想を記しています。
「連合会長に就任したのは昨年10月。支持政党である民主党の政権が誕生した直後だ。『昔は連合の提言が実現しなくても、政府・与党が悪いといえばよかったが、いまはそうはいかない』。言いっ放しではすまないという責任感を感じると話す。連合の提言が現実の政策に反映される機会は増えた。それだけに新成長戦略の前倒しを求める古賀氏の発言は重い。今回のインタビューで訴えた若年層の雇用対策などは、経済対策の柱になる可能性もある」
政権を担う責任。
マスコミでは、東京新聞が7月12日付1面トップで「政策が前進するなら考えを曲げろ」とする「高田論文」が発表されており、一つの指針となります。
マニフェスト修正路線とマニフェスト原理主義。
「国民の生活が第一。」とホントウに考えているのはどっちの陣営でしょうか?
それが2010年9月の民主党代表(総理)選挙の選択肢です。
1991年秋の自民党総裁選。泣く子も黙る、超最大派閥、経世会こと竹下派(金丸信会長)。
この総裁選に、竹下派は消費税法と予算を成立させたうえでリクルート事件の責任をとる格好で、平成元年参院選の直前に総辞職した竹下登元首相の再登板か、それとも平成元年参院選後に発足した海部俊樹内閣で党幹事長を務めた小沢一郎さんの出馬か、で揺れていました。
しかし、小沢さんは1991年6月、狭心症で6週間(42日間)入院し、その後の静養を含めて8週間政界の表舞台から不在となります。そして、秋の総裁選で、経世会の支援も受けた、宏池会会長で元蔵相の宮澤喜一さんが総理大臣になります。
①小沢一郎さんが自民党総裁選に出た経験がない。
②小沢さんが経世会支援候補を選ぶ上で、年長の宮澤喜一、渡辺美智雄、三塚博氏の3候補の事務所に出向かずに、逆に経世会事務所に来てもらい、“面接”したことで、傲慢のイメージがついた。
この2つはすべて、1991年夏の入院が最大の要因です。
小沢さんが心臓を患ったことは、まさに全国民が知るところなのに、その経緯を知らない人が多いことに、私は国政の枢機に関する判断がゆがむのではないかと、かねがね危惧していました。
ここまで書いたことに初めて知る(ないしは忘れていた)事実が含まれていた、と感じた方は、これは小沢一郎さんの熱烈な支持者(いわゆる小沢信者)の方も含めて、このエントリーはニュートラル(中立)な立場で読んでいただきたいと思います。別段、何らかの政治的な意図でこのエントリーを書くわけではありません。
まず、1991年6月30日朝刊で、小沢さんが前日(1991年6月29日)に東京・千駄木の日本医科大学付属病院(日医)に入院したことを1面で報じています。
(毎日新聞より全文引用はじめ)
小沢一郎氏が入院、軽い狭心症
1991.06.30 大阪朝刊 1頁 1面 写図有 (全235字)
二十九日午前九時五十分ごろ、東京都世田谷区深沢六の自民党前幹事長、小沢一郎氏(49)宅から、小沢氏が胸の痛みを訴えていると一一九番通報があった。
駆けつけた東京消防庁救急隊が東京都文京区の日本医大付属病院に運び、そのまま入院した。
小沢一郎事務所は二十九日夕、「今朝、急に胸が苦しくなり、救急車で都内の病院に入院しました。診断によると、軽い狭心症で、大事をとって二週間程度静養することになりました」と公表した。このため三十日、新潟県長岡市で予定されていた講演は中止となった。
(毎日新聞から全文引用おわり)
政治家の入院は情報を隠蔽することが多いのですが、かなり詳しく載っています。小沢事務所が「軽い狭心症で大事をとった」「2週間程度静養することになった」と公表したのは、結果として6週間(42日間)の入院になったとはいえ、良心的な情報開示だったと、私は評価したいです。
そして、同じ新聞の社会面では、より詳しく載っており、当時、自民党経世会に所属しており、入院先が当時の選挙区内だった鳩山邦夫議員のコメントも載っているのが次の記事です。
(毎日新聞より全文引用はじめ)
小沢一郎自民党前幹事長、軽い狭心症で緊急入院 面会は家族だけ
1991.06.30 東京朝刊 31頁 社会 写図有 (全982字)
「剛腕」でならした自民党前幹事長、小沢一郎氏(49)が二十九日、緊急入院した。「軽い狭心症で、入院は二週間程度の見込み」と、病状の軽さを強調する小沢氏周辺や病院関係者。だが、「将来の宰相有力候補」と言われる若き実力者の入院に、永田町にさざ波が立った。
小沢氏が入院した東京都文京区千駄木の日本医科大付属病院には同日夕から親しい国会議員らが次々と見舞いに訪れた。しかし、病院側は家族以外の面会を断ったため、議員らは病棟の廊下で家族から説明を聞き、ヒソヒソ話。周囲に緊張した雰囲気が漂った。
病院を出た鳩山邦夫議員は「何も心配いらないよ。(本人は)お酒を飲みたいと言っていたそうだ」。しかし「直接会えたのか」と聞かれると「いや」と言葉を濁し、足早に車に乗り込んだ。
病院内で会見した主治医の平川恒久・第三内科助教授によると、午前九時ごろ小沢氏から「胸が痛い」と電話があった。救急車で来てもらい、心電図をとったところ狭心症とわかった。症状が強いため、ICU(集中治療室)でニトログリセリンをなめさせ、点滴などを行ったところ、まもなく回復、心電図も安定したという。また、「コレステロールがややたまったり、一九八〇年ごろからストレスがたまった際などに食道炎などがあったものの心臓の病気は初めて」という。
家族以外を面会謝絶にしたことについては「ストレスがたまると、症状の出る病気なので、議員さんが大勢来るのを断った。容体が悪いからというわけではない」と説明した。
自民党竹下派の関係者によると、小沢氏は、四、五日前から頭痛を訴え、「腕や肩がだるい」「握力が落ちた」と漏らしていた。二十九日朝も本人が「体調が悪い」と言い出し、救急車を呼んだ、という。
小沢氏が入院した二十九日午後、東京・永田町の自民党本部では、政治改革法案を審議する総務会が開かれていた。衆院への小選挙区比例代表並立制導入をめぐるギリギリの党内協議。出席したある中堅議員は「幹事長時代の小沢さんは、口をすっぱくして政治改革の必要性を訴えてきた。関連法案を総務会で党議決定したこの日に入院したことは、何か因縁めいたものを感じる」と話した。
側近の一人は「海部さんに代わって国会運営を引き受け、身をすり減らしていた幹事長時代に比べ、最近は心身ともにリラックスしていた。入院した、と言われ驚いている」と動揺を隠せない様子だった。
(全文引用おわり)
記事を読むと、19年前の新聞は小沢さ
[写真]民社協会の「6つの基本姿勢」について記者会見する(左から)衆院議員の田中慶秋さん、中野寛成さん、吉田治さん、2010年8月18日、衆院議員会館内の田中議員室の会議室、宮崎信行撮影
私は24歳の若き新聞記者として、「新党友愛」というわずか4ヶ月だけ日本憲政史に存在した政党のメーン担当をしたことがあります。今で言う「民社協会」です。
新聞などで、民社協会を「川端グループ」と標記しているところがありますが、この呼び名はおかしい。民主党内の他のグループと民社協会はシステムが異質であり、同列に論じると本質を見誤ります。
ちなみに2008年度政治資金収支報告書では、「一新会」の会員は35人ですが、「民社協会」の会員は5000人を超えており、その中の30人が国会議員団ということになるわけです。
民社協会にはいくつか特徴があり、
①大事なことを決めるときは、国会議員、地方民社協会代表(地方議員ら)、旧同盟系の産別(自動車総連、電力総連、UIゼンセン同盟など)など支持団体の代表者の三者が話し合って決める。
②談論風発で政策談義が好きである。
③物事を決めるまで、とても時間がかかる。
ということです。
とくに、「○○県民社協会」といった地方組織を持つ“グループ”というのは、民社協会だけですから、ここからして、「川端グループ」と呼んで論じることに無理が生じます。
新党友愛時代の経験では、県連代表者会議をホテルで8時間ぐらい続けたり、国会議員団が雑居ビルに持っていた部屋で午前2時まで打ち合わせたり、とかザラでした。
今はこういう時代ですから、国会内の共用会議室を使っています。きょうは、午前11時から会議が始まり、ぶら下がりの記者に、「徹夜になるかもよ」(中野寛成さん)との発言もありましたが、午後4時半にきょう時点での状況について、記者会見(ブリーフィング)がありました。これが開かれたのが、衆院議員会館の田中慶秋議員の事務所内の会議室で、3議員が出席して開かれました。これは広い新議員会館のおかげですね、狭い旧議員会館ではとてもできませんでした。
この辺の取材感覚を早くつかまないといけないので、このところは新議員会館に通うようにしています。が、民社協会の仲良しでまったりしながらも、非国会議員にも発言権があり、徹底的に議論する民社協会のムードは12年前と変わらず、きょうは取材していて楽しかったです。
きょうは、民社協会の国会議員のベテラン秘書が「民社系のセンセイにあんなにたくさんの記者がぶら下がっているのを初めて見た」ということで、細川・羽田内閣以来、15年ぶりに与党になったことを実感したようです。
◇
民社協会は18日午前から午後にかけて、理事会や幹部による協議を断続的に開き、9月の民主党代表選への民社協会の対応を協議しました。その結果、6つの「基本姿勢」を決定し、この政策をうったえる候補者を支持することにしました。25日の候補者説明会の前をめどに、協会内からの独自候補擁立を探りますが、それがムリなら、他の候補者に「6つの基本姿勢」に関する政策協定を結びます。いずれにしろ支援候補者を機関決定することになり、「自主投票はありません」と田中慶秋会長が断言しました。
民社協会がかならず支援候補者を機関決定することにしたことには、背景があります。民社協会は、支持母体である旧同盟系産別や民社党結党以来の財産が安定しています。とはいえ、そのパイは限られています。これまでは、政権交代をめざす段階で、とくに国会議員空白県の民社協会地方組織が民主党議員を積極的に会員に迎え入れてきました。
しかし、政権交代後は国会議員として他のグループとかけもちする会員が増え、「自由主義」「友愛」の基本理念のもとに“働く仲間”の生活を向上させる「友愛会」や「民社党」結成以来の民社協会の理念とズレがでてきていると指摘が一部にありました。今回の代表選では、その軌道修正を図っているもようで、民社協会の機関決定とは違う候補を推薦・支援した会員には、ひょっとすると、退会処分、ということになるかも。そもそも、民社協会というのは、メンバーを増やして、総理・代表を出すという考え方はもっていません。
まあ、それはいいとして、民社協会のまったり、仲良し、政策好き、熟議の政治というのはなかなか面白いですので、これからも、国会閉会中には、民社協会の取材ルポもお伝えしたいと思います。
民社協会は24日までをメドとする機関決定に向けて、今後も理事会などを開いていく方針です。
◇
民社協会が18日決定した「基本姿勢」は以下の通り。
(全文書き写しはじめ)
民主党代表選挙に臨むにあたって
私たちは自由、公正、友愛を基本理念に、国民主権、基本的人権、平和主義が貫かれた、真に元気な日本を、国民のために、国民の力で創る。
そのための民主党代表選挙において以下の基本姿勢で臨む。
平成22年8月18日
民社協会
基本姿勢
1 個人の人格の自由な発展を尊重する党の性格、及び「自由・公正・友愛」を基本とする国家観・世界観を明確にした「民主党綱領」を制定すること。
2 激動する国際情勢にも対応するハイレベルの国家戦略局を設置すること。
3 国際連合と日米関係の深化を基軸とする安全保障体制を確立すること。また、平和外交の推進に資する新たなインテリジェンスシステムを構築すること。
4 社会保障の充実と、雇用の確保のためにも、新経済成長戦略を推進し、抜本的税制改革を断行して財政危機を克服すること。
5 憲法審査会を衆参両院に早期に設置し、日本の新しい仕組みを構築すること。
6 エネルギー・環境政策については、原子力の平和的有効活用と、地球益と国益の両立を図ること。
この記事の本文は以上です、宮崎信行、2010年。
[写真]沖縄・与那国島でカメラをかまえる公明党代表の山口那津男さん、2010年8月11日、公明党議員の遠山清彦さんのツイッターから
【参院予算委員会 2010年8月5日(木)】
政権の枠組みは、日本の今後3~6~9年間の最大のパラダイム。今大事なのは、「創価学会が好きか嫌いか」ではなくて、「国政と国民生活の安定」です。公明党と民主党の2つの政党の参院での議席数は125となり、過半数を3~4議席上回ります。
市民の王者、菅直人。
庶民の王者、公明党。
お互いの家族(支持者)にさまざまな意見がありますから、すぐに「結婚しよう」とは言い出せない。しかし、国政選挙がないこの3年間のうちに、民主党は公明党に連立を申し込むべきでしょう。
そのカギになるのは、かつてともに新進党議員として同じ釜の飯を食った公明、民主両党の議員です。例えば、民主党で言えば、原口一博総務相、北澤俊美防衛相、直嶋正行経産相、川端達夫文科相、野田佳彦財務相らです。
1996年の第41回衆院選のときは、直前に民主党(鳩山由紀夫・菅直人共同代表)を結成されてしまい、非自民票を二分する格好となり、政権交代を逃しました。、
雨降って地固まるで、菅首相らオリジナル民主党メンバーも含めた大人の協力関係、たとえば自公のような「融合政権」ではなく、互いの支持層を尊重し合う格好での非自民政権作りが必要だと考えます。
例えば、300選挙区のうち、270は民主党、30は公明党が出る。そして、「民主党公認」候補には、あえて公明党推薦は付けない。でも、公明党公認には民主党推薦を付けて、小選挙区で得票率51%をめざす、という大人の連立・政党連合ができないかなと、僕は模索しています。
それが、余計なお世話かもしれませんが、自公政権で、公明党・創価学会の発言力が増したのに、逆に国政議席は減り続けた「公明党(New Komeitou)」が前に進むチャンスだと思うのです。
前置きが長くなりました。
公明党代表の山口那津男さんが、彼は参院議員ですから、参院予算委に登場しましたが、さながら、公明党がねじれ国会で民主党に協力できるかどうか、菅さんに“口頭試問”しているように、僕には感じられました。菅さんの答弁は満足のいく出来だったと、感じました。
山口代表は、冒頭、「本来は、参院選前の臨時国会で予算委員会をすべきだった」とし、9月の民主党代表選を控えて「(菅政権に対して公明党が)これからどうするかは、ある種のモラトリアムの状態だ」と一発ぶちかましてから質問に入りました。けんかや商談の常套手段ですね。
山口さんは、第22回参院選を「二大政党の票は減った」と総括し、「公明党の票も減った」としながらも、みんなの党など第3局の票は伸びているとして、「歴史ある第3局である公明党」と強調し、「二大政党に飽き足らない民意を謙虚に率直にとらえるべきだ」と菅総理に促しました。
山口代表は、参院選では、与党・民主党に「3つの迷走」があったとして、①消費税増税発言②政治とカネの問題③普天間問題--を挙げました。
この3つの迷走に「公明党はレッドカードを突き付けた」と勇ましく宣言しました。
[画像]レッドカードを突き付ける山口那津男さん=NHKから
①消費税は「庶民の生活を守る公明党」
②政治とカネは「クリーンな公明党」
③普天間問題は「沖縄に強い公明党」
という、公明党の3つの特徴の裏打ちに基づくアピールでしょう。
山口さんは、消費税をめぐる低所得者の還付金を参院選の途中から、菅さんが言及したことについて、年400万円以下世帯は、全体の46・6%だ、とデータを挙げ、「よく考えないで、還付の話をしたのではないか」と批判し、「もっとしっかりと言葉に責任を持って発言してほしい」とたしなめました。
政治とカネ。公明党は「リクルート事件」や「明電工事件」を起こしたとはいっても、新進党を経て、新しくなった公明党(New Komeito)がもっとも実績がある分野の一つですし、信頼できます。山口さんは「菅さんは民主党の代表なんだから、小沢一郎さん・鳩山由紀夫さん(小鳩)の2人の代表経験者を辞めさせるべきだ」と迫りました。
そして、公明党が用意している「政治資金規正法改正案」の手持ちの案を紹介しました。これは同法25条の2をいじくって、代表者(国会議員および候補予定者)が会計責任者(おもに秘書)を選んだ責任を明確化して、秘書が刑事罰の“防波堤”にならずに、政治家に及ぶようにするという案です。私も賛成です。とくに2010年のことしは個人的体験からも、ぜひとも成立させてほしい、つくづく賛成です。山口さんは菅さんに「公明党案を丸飲みしたらどうですか?」と交渉しました。12年前の臨時国会の「小渕首相・菅代表」のように、ぜひ丸飲みで共同提出して、倫選特委理事にエース議員を起用して、“最初のデート”をしたらどうでしょうか。
普天間問題。山口さんは、第22回参院選で落選した民主党鳩山グループの喜納昌吉さんの著作の中に、「菅さんに『沖縄の問題はタイヘンだ』、『沖縄はもう独立した方がいいよ』と言われた」という趣旨のことを書いている、と質問しました。菅さんは、すでに喜納前議員に抗議していることを明らかにし、事実無根であると答弁しました。
山口さんは、最後に「3つのレッドカ
[画像]元JA専務理事で自民党参院議員の山田俊男さん
(このエントリーの初投稿日時は2010年8月8日)
【2010年8月4日 参院予算委員会】
8月6日(金)に閉会した第175回臨時国会。2009年8月の第45回衆院選(政権交代の夏)により実現した政権交代可能な二大政党デモクラシーは、2010年7月の第22回参院選(反省の夏)で、より成熟してきました。
農業者戸別所得保障では、2007年7月の第21回参院選「逆転の夏」から二大政党で大バトルが繰り広げられましたが、与野党逆転し、JA専務理事である自民党議員が予算委で「白旗」を挙げました。
ついにやりました。
JA専務理事で自民党参院議員の山田俊男さんが質問者として、登場。
「農業者戸別所得保障(のモデル事業)」を「加入率が高く、良い方向に進んでいる」と発言し、JA全農・農協が民主党農政に白旗を上げた格好となりました。
「私は農相がおっしゃる戸別所得補償が必要だということには、異議を挟みませんが・・・私も必要だと思います」と述べました。
2010年産米は猛暑のおかげもあってか、2%増しの豊作になりそう。しかし、喜んでいられません。米価が下がっており、在庫が積み上がっています。収入が減少して赤字になった農家には、赤字分が補償されます。しかし、米価下落には、消費者の米離れという問題もあります。
山田専務理事は、米価底上げのために政府がコメを買い入れるよう、山田農相に迫ります。
[画像]山田農相=参議院インターネット審議中継からキャプチャー
答弁に立った山田正彦農相は「JAさんなどの集荷業者から買い上げて、(政府が)備蓄してくれという要望があがってきています。しかし、政府が不当に介入して、米価を引き上げてしまう」と答弁。独禁法違反の可能性も示唆しました。
そして、「また、買い上げると、2010年度のモデル事業に参加しなかった農家も得をしてしまう」と理解を求めました。もちろん、8月4日時点での答弁であり、緊急買い入れによる備蓄を民主党農政が完全に否定しているわけではありません。
コメの場合は、10アール辺り1万5000円が定額部分として補償されており、売り上げが少ない場合は、その部分が変動額として補償されます。ですから全国的に米価が低迷すると、政府の財政負担が増すことになります。
「米価」と聞くだけで、「インチキ」という印象が自民党農政で定着してしまいましたが、米価は大事です。野田佳彦財務大臣は、よりいっそうの米価下落があったら、「5614億5830万円」を超える額になるのではないか?との山田議員の質問に、「まずは農水省で努力してほしい」として、現時点では、増額補正や予備費支出の考えはないとの見解を示しました。
[画像]農水副大臣記者会見にのぞむ篠原孝さん=YouTube農林水産省チャンネルからキャプチャー
菅直人首相は、内閣改造で、農業者戸別所得補償の日本での生みの親であり、理論的支柱である篠原孝さん(長野1区)を農林水産副大臣に起用しました。
コメに限らず、飼料用米、大豆、麦も含めて、農業を強くする。田んぼの多面的機能、つまり水資源の涵養だとか、CO2の吸収、多様な生き物のすみかになったりして、日本の自然を守ります。
[画像]戸別所得補償(モデル実験)の参加申込書=農水省ホームページから。
戸別所得補償モデル実験のパンフレット(PDF)はこちら↓(農林水産省HP)
http://www.maff.go.jp/j/seisaku/kobetu_hosyo/pdf/pamph06-set-02.pdf
戸別所得保障は、生産数量目標、すなわち昔で言う、「減反」ですが、生産数量目標に参加する意思を表明したうえで、申込書を市町村に、あるいはJA窓口に提出します。生産数量目標は、主食用のおコメだけでなく、飼料用のおコメ、米粉用のおコメなども含めて、日本の食糧の供給体制を強くします。
そして、農業者は、転作、二毛作にどんどんチャレンジしてください。例えば、ベトナムでは一つの田んぼで7品種のイネを栽培している農業者もいます。仮にいもち病が発生しても、全滅の可能性は低くなります。この件に関しては、青森県田舎館村が研究しています。
あるいは、大豆も始めたらいかがでしょうか。国が補償するのですから、何も恐れることはありません。農政を信用できない農業者もいるでしょうが、山田農相や篠原孝農林副大臣は、選挙のために農家を騙すような人ではありません。山田さん、篠原さんを信用、信頼してください。
宮崎安貞は『農業全書』に、イネの栽培は「まず水を専ら(もっぱら)にすること」と書いています。耕すことを放置した田んぼは荒れ果てて、やがて使い物にならなくなり、社会的にも、環境的にも悪影響になります。農業者が高齢化して、足腰が衰えている。でも、兼業農家、というか生活のために東京でタクシードライバーをしている息子たちが帰農するには、2010年、もうラストチャンスかもしれません。
まずは、みんなでおコメを食べましょう。そして、畜産農家のみなさんには飼料用米、調理師のみなさんには米粉用米を試すことをおすすめしたいと考えます。
篠原農政をJAが支援し、そして消費者もバックアップして、食料の安定供給体制を作り直していきましょう。
篠原農政で、日本農業にまた日が昇ります。
[画像]衆院厚生労働委員長の鉢呂吉雄さん、衆院TVからキャプチャ
【2010-8-3 衆院厚生労働委員会】
午前中は、TVで衆院予算委を見て、午後から新しい議員会館に行ってみました。
衆院厚労委はたまたま友人・知人が多いのですが、今回は静岡8区の斉藤進さんの事務所に傍聴券の手配の労をいただきました。ありがとうございました。新しい衆院議員会館は快適ですね~。たまたまなんですが、傍聴券をもらった後に談笑した代表経験者周辺が、召集前日の両院議員総会で、特定のグループと関係なく持論を述べたと思われる、近藤和也さんと斉藤進さんの2人の新人議員を評価していて、たまたまとは言えうれしく感じました。スタンディングオベーション事件に続いて、斉藤さんのまっすぐであり、また、ひたむきに政治に打ち込む姿勢が必ず日本を前に進めると信じています。
衆議院分館の第16委員室で、午後3時半ごろから審議スタート。
きょうの質問のトップバッターは福田衣里子さん。彼女は第174通常国会の衆院本会議で、「子ども手当法案」の賛成討論に登壇しましたが、質問はきょうがはじめてとか。
[画像]福田衣里子さん、衆院TVからキャプチャ
「本日が人生で初めての質問です」と切り出した福田さん。
私が衆院厚労委に直接出向いたのは、2007年12月12日の第168臨時国会以来です。そのとき、野党・民主党の山井和則さんの質問を聞きに、薬害肝炎原告団のみなさんが一般傍聴席に詰めかけていました。私はこの時点では、福田衣里子さんだけTVで名前を知っていたのですが、
私の真横に黒縁メガネの福田衣里子さんが座っておられました。背筋をピンと伸ばし、膝を直角に折り、当時の舛添要一厚労相(自民党)と山井さんの激しいバトルを食い入るように見つめる姿が大変印象に残りました。
福田委員は、同じ第16委員室で、「人生のふしぎさと感動を覚えております」と述べ、私も同じことを感しました。
[関連エントリー]
2007年12月12日の衆院厚労委傍聴記。(長妻昭さんの「消えた年金」追及の部分だけ記事にしており、福田衣里子さんの記述ありません。
【長妻質問】国税庁、社保庁に職員派遣 「消えた年金」照合作業
さて。
このところ、ご無沙汰だった厚労委になぜやってきたか。それは今日の審議で、ねじれ国会の一つの手本になるかもしれない議員立法があると聞きつけてきたからです。
にわか勉強なのですが、社会保険病院、厚生年金病院、船員保険病院というのがあって、全国で60カ所以上あるそうです。これらは保険料を集めた特別会計から作ったんですが、特別会計から切り離して、独立行政法人の「年金・健康保険福祉施設整理機構」が持っています。以後、「RFO」と呼びますが、「RFO法」は、この9月末で期限切れを迎えます。
で、昨年秋の第173臨時国会に、厚労大臣の長妻昭さんら内閣が、「地域医療機能推進機構法案」を出しました。「第173臨時国会閣法第8号」です。以後、「閣法」と呼びます。「閣法」は、新しい独法をつくって、それを60病院の新しい受け皿にするというもの。「事業仕分けの例外」です。私も、ちょっとこれはどうかな、と思う法案でした。
これまでの審議の経過。
2009年10月27日に内閣が衆議院に提出し、11月20日、厚労委に付託されましたが、第173国会は12月4日に閉会し、審議未了で廃案。
仕切り直して、第174通常国会の2010年1月18日に再び委員会で審議入り。5月28日に、公明党の修正が入り、民主党・公明党・共産党・社民党の賛成多数で可決しました。5月31日の衆院本会議を経て、参院に。6月1日に参院厚労委で審議入りしましたが、6月16日に第174国会は閉幕しましたので、審議未了で廃案となりました。
そして、期限切れの9月30日を間近に控えて、第175臨時国会は、わずか8日間の予定で、8月6日(金)が会期末です。
そこで、
「閣法」 ではなく、
「RFO延長法案」=RFO法を2年間延長する
このRFO延長法案で、とりあえず2年間は病院が存続できるという議員立法をする運びになりました。
質疑を聞いていて、「ねじれ国会のお手本になる法案」だと思っていたのですが、各党毎に言っていることが違って、なんだか「藪の中」になりそうでした。
同委員会の野党側筆頭理事の自民党の大村秀章は、
「RFOは2002年ごろから自民党で議論してきた。健康保健・厚生年金の保険料でつくったもの(病院・ホール)は一定の役割を果たしたので、地域に移管していこうというのがRFOです。この考え方は残っているので、閣法ではなく、RFO延長法案に賛成します」
自民党の加藤勝信さんは、
「民主党(の厚労委理事)が『9月末の設置期限がきてしまう』というので、『たしかにそうだな』と思い、鉢呂委員長のおまとめをいただいて、委員長発案の議員立法となりました。が、本来は閣法でやるべきでした。民主党厚労委員と長妻大臣の方向性が違うのはおかしい」
公明党の古屋範子さんは、
「第174通常国会が突然閉会されるという前代未聞の事態で、(衆院を通過した)閣法が(参院で)廃案となり、参院選に突入してしまった。しびれを切らして、公明党は自民党に相談した。RFO延長法案はあくまでも緊急的な法案であり、暫定的な措置である。閣法が廃案になった時点で、政府与党が動くべきだったと思います。無責任だ」
共産党の高橋千鶴子さんは、
「第174通常国会で閣法が参院で審議未了で成立せず残念だ。RFO延長法案には本来反対なのだが、期限切れが迫っているので、やむを得ず、賛成します。ただ、RFOは元々整理・売却が目的で(賛同できず)、そこにもう2年(延長するだけ)だから、閣法を早く出し直して欲しい」
社民党の阿部知子さんは、
「私としては、2年延長のRFO法案には賛同しますけど、内閣はどうしたいのか、みえてこない。RFOのように経営者が変わるか分からないようでは、人材が流出してしまう。特に(病院の将来性を担保にしている)看護師の研修ができなくなる。
みんなの党の柿沢未途さんは、
「法案に反対する。RFOをこのまま存続しても、2年間単純延長で、今後の展望は何も示されず、今より2年後にはもっと劣化する。せっかくの委員長提案だが、反対することを宣言します」
また、各党が、公務員労組、各種団体、支持の厚い地域の事情を抱えているんだろう、ということが垣間見えた気がしました。
さて、最後に鉢呂委員長が発言します。
これに先立ち、衆院事務局職員が全委員の机上にA4判の5枚のペーパーを配りました。採決の前に、政務三役席から衆院議員の細川律夫・厚労副大臣、山井和則厚労政務官が、厚労委員としての自席にあわてて向かいます。
「独立行政法人年金・健康保健福祉施設整理機構法の一部を改正する法律案起草の件について、おはかりします」。
「本案は」RFOの「存続期間を2年間延長し、平成24年9月30日までとしようとするものであります」。
として、鉢呂さんが委員長提案として「RFO延長法案」を起草し、すみやかに採決されました。
民主党、自民党、公明党、共産党、社民党が賛成し、みんなの党が反対しました。
国民新党は厚労委に議席がありません。
「賛成44対反対1」の起立多数で、可決されました。
鉢呂さんは審議中、1回も席を外さず、質問者・答弁者双方に顔を向けてていねいに話を聞いていました。女性も男性も「さん」付け。さらに質問が終わっているのに、大臣の長妻さんが挙手をして発言を求めたことが2回あったのですが、これは時間切れと言うことで、指名しませんでした。
全般的に、重厚で、信頼感が持て、理事会は非公開で分かりませんが、自民党・加藤さんの発言からすると、リーダシップを持った名裁きで、懸案を処理したようです。鉢呂さんは野党時代から「宰相の器」を見抜く力があるとされ、卓越したリーダーから国会対策委員長に抜擢された経験もあります。鉢呂さんは怪しげな会合の呼び掛け人になったりせずに、もう少しだけ我慢して実績を高めて欲しいです。
◇
しかし、長妻さんの答弁には苦言を呈したい。
加藤勝信さんが、「前国会で廃案になったあと、長妻大臣はどう対応しようとしたのか」と質問したところ、長妻さんは「参院選の後に臨時国会で再度閣法として出そうとしていたが、非常に会期が(6日間と)短いということで、各議員がご議論いただいて、これは宙に浮きかねない事態でしたが、議員立法になって、これは大変ありがたい」。
加藤さんは「だったら閣法を再提出すればよかったのではないか」と畳みかけると、「ねじれ国会になって参院選の前とは違った風景になってしまった」と語りました。
すなわち、長妻さんは、
①参院選後にねじれ国会になると思わなかった。
②参院選後の臨時国会が8日間という短い会期になると思わなかった。
という2つの見通しの甘さがあったことにあります。これはちょっと、ひどすぎやしないか。
この法案は翌日であるきょう4日の衆院本会議で可決され、参院に送られ、5日の参院厚労委で可決、6日の参院本会議で成立する見通しです。
ねじれ国会の一つのお手本となる法案だと思いますが、各党の賛成理由はそれぞれ違い、共産党、社民党、みんなの党は1人ずつしか委員がいないので、党よりも議員個人のキャラクターが審議に影響しているように感じました。
ですから、「ねじれ国会を仕切れる人物はだれか?」という議題がマスコミでなされますが、衆参の常任・特別で、合計47委員会もあるのですから、それは「いない」というのが答えでしょう。それぞれの現場での信頼関係がイチバンです。
提案としては、共産党のように議員の所属委員会を固定してしまう。通例なら、民主党も自民党も、秋の第176臨時国会で委員会メンバーの配置換えがあると思われますが、党役員・内閣改造での入れ替えや、なんらかの特別な事情がない限りは入れ替えない。
そうやって、現場に思いきっり任せてみて、みっちり法案をこねることで、良い法律をつくる。その作業から、未来のリーダーも出てくるから、一石二鳥なのではないでしょうか。とにかく衆参とも3年間選挙がないのは、これは日本の政治にとって、チャンスです。
2日目のきょうは、午前中に、公明党幹事長の井上義久さん、政調会長の斉藤鉄夫さんが登場しました。公明党代表の山口那津男さんは参院議員ですので、衆院予算委には立てません。ちなみに、各党幹部は、ふだんは予算委員ではありませんが、質問に立つ時だけ、委員をさしかえて登板するのがフツーです。
ねじれ国会で、私は民主党は公明党に協力を要請すべきだと考えています。今すぐというわけには行きませんが、参院議長選挙では、自民党が白票を投じる中、公明党は西岡武夫さん(民主党)に投票しています。
で、きょうの公明党の質問はどうなるのかな、と思いましたが、公明党の十八番といえる「クリーン攻め」という印象でした。
井上さんは、まずは、
①第22回参院選で落選しながら法相を続けている千葉景子さんんに関する人事の正統性について
②小鳩(鳩山由紀夫さん、小沢一郎さん)らの「政治とカネ」の問題についての国会での説明
③政治資金規正法を改正して、代表者(国会議員)と会計責任者(秘書など)の連帯責任を持たせるべきだ。
斉藤さんは、
①国会議員の歳費日割り法案
②天下りについて、「菅内閣の退職に関する基本方針」
とまさに「クリーン公明党」をアピール。
しかし、菅首相の答弁は納得できるものではなく、「菅さんが代表になってクリーン民主党になったんでしょう」、「総理のそのような答弁なら、民主党は自浄能力がないと言わざるを得ない」と井上さんは厳しく指摘しました。
また温厚な斉藤さんも、声を荒げることが見られ、公明党と菅内閣の蜜月関係が始まるのかと思いきや、
「斉藤さんともあろう方がお調べもしないで質問して、ビックリしています」との答弁が防災担当相の中井洽さんや、総務相の原口一博さんから出ました。
なんで、こんなに雰囲気が悪かったんでしょうか。参院公明党は違うのでしょうか。
ひょっとすると、10年間政権を担った、井上さんと斉藤さん(前環境相)、なにか呆れているのでしょうか。
民公連携は、基本的に現時点では、私が勝手に主張している状態ですが、まだまだ時間がかかりそうです。
◇
これに先立ち、自民党の質問では、国会運営の2番打者ともいえる、田村憲久さんが質問。
田村さんの質問には、「健全野党・自民党」「二大政党デモクラシーの確立」の兆しを感じられ、うれしく思いました。
田村さんは、「参院選の(民主党の)敗因は、消費税でなく、鳩山さんと小沢さんの問題もありますよ」として、民主党執行部の総括案は間違っていると主張しました。これを「余計なお世話」と受け取ってはいけませんよね。おそらく3年間解散がないんですから、健全野党・自民党が、今まさに政権を担っている民主党を批判してくれることはありがたいことと受け止めましょう。
そして、「菅さん大丈夫ですよ。あなたは9月の代表選で(総理の座から)引きずり降ろすことはないんですから。あなたを引きずり降ろすのは私たち(自民党)です」として、周りの民主党の予算委員を見渡しながら、「だって、この間(2ヶ月前)に選んだ総理なんでしょう」と述べました。
自民党が引きずり降ろすというのは、第46回衆院選で自民党が政権交代するという意味もあるでしょうし、自民党の支持率が上がれば菅総理は任期満了まで解散できない状態になりますから、2012年9月の代表選で、「選挙に勝てる代表」を民主党が選ばざるを得なくなるという意味合いもあるかもしれません。
そして、田村さんは「かなり余裕のない状態で、(菅内閣は2011年度当初)予算案を組まなければならない」、「予算が組めないんじゃないかと私は心配している」と述べました。
①衆参ねじれ
②衆参とも次の選挙は3年後
この2つを与野党とも、衆参とも、共通の認識にしてしまうと、これからの3年間、味わいのある国会が楽しめるかもしれません。
[画像]自民党の谷垣総裁(左)と民主党代表の菅直人首相、2010年8月2日の衆院予算委員会=衆議院TVからキャプチャー
最近インターネット上で、私の悪口を書く人が増えていますが、止めなさい!
悪口を通り越して、私が、「民主党本部出入り禁止になっている」とか、「2007年の訪中団で周りに迷惑をかけた」という事実にないことを書く人います。
「マスコミ不信日記」というブログでは、
http://blog.livedoor.jp/saihan/archives/51766250.html
(引用はじめ)
振り返るとこのときから頭がおかしいとしか…マスコミは賞賛ばかりでしたけどね。
宮崎信行とかいう日経出身の民主党工作員(自称ジャーナリスト)とか。
平成の赤ヒゲ・原中先生に「除名」を突きつけた自民党を日本から除名しよう!(2009-05-02)
一年後、有権者が原中医師会に日本からの除名を突きつけたわけだがwww
(引用おわり)
と書いている。こういう記述は、私はgooブログの「アクセス解析」というサービスを使っているので、すぐに察知できます。
「マスコミ不信日記」殿は、私を、「民主党工作員」と断定しています。私は民主党支持を明言しているし、民主党サポーター(年2000円)登録をしています。しかし、「工作員」という言葉が何を意味するか明確ではないが、仮に民主党から私に何らかの便宜が図られているというようなことを示唆する記述であれば、こちらとしても何らかのアクションを検討する余地がなくもありません。8月6日に国会が閉じたら、1ヶ月ほどブランクがありますので、その期間にある程度、アクションをとるかもしれません。
そもそも有権者は国会議員よりも上の立場にあります。民主党本部出入り禁止としても、同党本部は借家住まいだから、エレベーターホールなり、本部前路上まで出入り禁止にすることはできません。というより、そもそも私、出入り禁止になんかなってませんから!
私はおこがましくも、有権者の代表者として、このブログをやっている。そのくらいの志がなきゃ、無料でこんな手間がかかるブログ、3年も続けませんよ。8月4日で3周年です。
特に、匿名とはいえ、おそらく年長者と思われる人間が、私の恵まれた環境をひがんで書いているな、と思う時は本当に精神的に疲れます。ブログを書くうえで、すべての前提となる「自由な環境」を作る上で、私が十数年間、どれだけの努力を積み重ねてきたのか、思いもよらないのでしょう。そういう人間は「乞食」と言うのですよ。
今後は、このブログを許可なく、引用したり、リンクを貼り付ける行為はご遠慮いただきたく存じます。
【衆議院予算委員会 2010-8-2】
菅直人さんが首相になって、初めての予算委員会が開かれました。この国会では、補正予算案などの具体的な議案の審議は、予算委ではありません。仮に閣僚に失言があっても、議案成立のスケジュールのために、辞任などに追い込まれる可能性はほとんどないでしょう。
予算案がないのに、予算委員会が開かれる理由は、予算委は「予算の実施・執行に関する調査」をすることができるからです。3月24日に成立し、4月1日からスタートしている2010年度予算をしっかりと執行されているかについて、この8月というタイミングで国会が内閣に質すという前提です。
8月2日の予算委員会ですが、私は暑いので、現地には赴かず、TV・ネットで傍聴しました。
第22回参院選(反省の夏)で、改選第1党になり、衆院全選挙区の支部長公募を指示してノリノリの自民党総裁の谷垣禎一さんが野党のトップバッターとして、質問しました。野党第1党党首が予算委のトップバッターになるというのは、民主党結党直後の代表、菅直人さんがとっていた戦術です。
菅さんは0回。それに対して谷垣さんは3回です。
これは財務大臣として当初予算案を組んだ回数です。谷垣さんは、2004~2006年度の当初予算案を財務大臣として組んでいます。菅さんはことし1月に財務大臣になったので、「国会答弁をして、成立にこぎつけた」という実績しかありません。
これはもう、谷垣さんは3回オリンピックに出場していて、菅さんはオリンピックの解説者として少し関わったことがある。そのくらいの差があります。
谷垣さんは菅さんに国家戦略室、政調会、内閣官房などの関係を質問しました。菅さんはいろいろ答弁しましたが、要するに、「2011年度予算編成は、閣内は仙谷由人官房長官、党内は玄葉光一郎政調会長でやります」ということでまとめちゃっていいでしょう。
谷垣さんは「いろいろ地方を歩いていても、『与党(民主党)はこういうことを考えているようなんだろうけど、それに対する意見をどこにどう言ってのか分からない』と言われる」として、システムの明確化を要求しました。
これまでの野党第1党の国会質問では感じられない建設的提案で、二大政党デモクラシーが前に進んでいる、もう匍匐前進するようなきつさの中でも、とりあえず前に進んでいることを確認できました。
谷垣さんは「私たちが政権をやっているときは、『官邸病』といって、首相官邸にいると耳当たりのよい情報しか入ってこないと言われた」と忠告しました。菅さんは真摯に受け止めるべきでしょう。
民主党政調会は、連立うんぬん一切抜きに、みんなの党幹事長の江田憲司さんの講演会を開催すべきだ、と私は提案したい。あるいは、平野博文さん、松野頼久さん、松井孝治さんの正副官房長官経験者も「私の失
外相の岡田克也さんが、7月29日収録・30日放送のCS番組「国会トークフロントライン」に出演しました。
TBS元アナウンサーで元政治部記者の川戸恵子さんが司会で、400回記念として、現役外務大臣の出演をお願いしたとのこと。岡田さんは野党時代から、この番組によく出ていて、他の番組に比べて話しやすそうにしています。私は参議院議員会館で川戸さんにお会いした時に、「岡田さんは川戸さんの番組だと、いつも話しやすそうにしていますね」と聞いたら、「理由は分からないんですけど、そうみたいですね」とのことでした。ただ、与党になり、外務大臣になったことから、今回の岡田さんさんは慎重でした。
さて、この番組で、川戸さんは岡田さんに、ねじれ国会について、特定の政党名は挙げずに連立の可能性を聞きました。
これについて、岡田さんは、連立の可能性を否定せず、新しい連立の可能性があることを示唆しました。
岡田さんの発言は「選挙が終わったばかりですから、数あわせで済む話ではありません。野党の方もそのように考えていると思います」としたうえで、
「(これからねじれ国会の状況下で)国会をやっていく中で、ある程度の信頼感のあるパートナーとして組めるところ(政党)ができてくれば、
連立を組むということはあるかもしれません。
ただし、選挙が終わってすぐ(連立)というのは、(党の支持者らにとって)分かりにくい。
少し時間がかかる と思います」と述べました。
ところで、参院選公示日の6月24日に発売された岡田克也さんの2冊目の著書「岡田語り。」というブログ本のなかで、新規に語り下ろした部分があります。この本の最後の一文ということになりますが、「日本の政治のこれから」と題した一文に次のような重要な考え方を示しています。299頁です。
(『岡田語り。』299頁から引用はじめ、色づけ部分は当ブログの自主判断)
私が目指してきた政権交代がしっかりと行われる政治というのは、必ずしも単独政権である必要はありません。常に単独政権であり、主要政党は2つしかないということは、(中略)柔軟性を欠くわけです。二大政党が自己革新を怠れば、常に第三政党がそれに取って代わるという仕組みを用意しておく必要があります。それには、小選挙区300、比例100くらいの制度にすれば必ず第三党が存在する(中略)完全小選挙区制は、やはり問題があるということを改めて感じた次第です。
基本的にはきちんと政権交代ができる大きな2つの政党が競い合うということであり、それにプラスしていつでも取って代わる勢力が出てくるし、時には連立政権があるという柔軟さが必要だと思っています。(中略)
民主党も自民党も、現状では期待はずれで、低レベルの競争に甘んじています。お互いがより良い政治を目指して競い合っていくという、本当の民主主義を作り出したいというのが私の切なる希望です。
もう1、2回政権交代が行われる中で、徐々にその体制ができあがっていくと思います。これからあと10年近く必要かもしれません。政治家としては、できればそこまで見届けたいと思っています。
(引用おわり)
というわけで、「第3党」「第3極」の必要性に触れています。またそのためには、衆院に比例代表を残すことが必要だとしています。初当選以来の岡田ウォッチャーである私としても、岡田さんが野党時代(政権交代前)にこのような発言をした記憶はなく、政権交代後に、実際に政権を担いながら、考え方を修正したものだと思われます。
この収録日と同じ、7月29日の民主党両院議員総会で、1年生議員の藤田憲彦さんが連立に関して発言しました。代表(総理)の菅直人さんと藤田憲彦さんは、東京都連代表-東京4区総支部長という関係で第45回衆院選で当選しました。藤田さんは、菅首相と近いとみられます。

[画像]藤田憲彦さん、民主党両院議員総会(2010年7月29日)ネット中継からキャプチャ。
藤田さんは、「安易な連立理論が、政策の合意無しに数あわせのように行われたら、マニフェストが骨抜きになります。我々(民主党)は、これだけは主張を曲げないんだという強い姿勢を示して欲しい」として、
「その政策に合わせて、合致して、応援して、合意してくれるというところ(政党)としか組まない」という姿勢(パラダイム)を持った上でないと、「民主党に投票してくれた人に失礼になってしまう」と強調しました。
東京4区は、公明党立党者で創価学会名誉会長の池田大作さんの出生地であり、創価学会内では「聖地」とも呼ばれています。地方議会では公明党が全国有数の強さを示していますが、とはいえ、衆院小選挙区では、公明党公認候補が立候補したことはありますが、勝ったことはありません。
公募新人の落下傘候補ながら初出馬で東京4区を勝ち上がった藤田さんの「発言の意図」は分かりませんが、その「現状認識と民主党に求められる姿勢への主張」は正しいと思います。
民主党政策調査会は、09マニフェストの中で「曲げられる部分」と「曲げられない部分」を仕分けるべきでしょう。
しかし、それにとどまってはいけません。
公明党のマニフェストや議員立法などについても、「受け容れられる部分」と「受け容れられない部分」を仕分けるべきではないでしょうか。各委員会の理事が現場で肌で感じる部分があるでしょうから、これを政調部門会議に吸い上げる。それを政調役員会が全体のマニフェストと調整し、党役員会が最終的に党の方針を決定し、国会対策委員会が理事に指示するということができればいいと思います。
政調部門会議の座長は、衆参常任委員会の筆頭理事らが務めますから、政府と党の一元化だけでなく、国会と党の一元化を図る。
そして、時間をかけて、来年の通常国会の2月の衆院予算通過~4月の統一地方選~後半国会での個別法案の審査のプロセスで、徐々に民主党と公明党の信頼感を作っていき、閣外協力の要請、連立樹立の要請、そして、最終的には総務省への政治団体登録を通した政党連合へと、じっくり時間をかけながら、話し合っていってほしいと、私は思います。
その中で、民主党議員を個別に支持している、立正佼成会、天理教、浄土真宗などとの意見交換もていねいにしっかりとやっていく必要があるのは言うまでもありませんが、とにもかくにも、話してみないことには、国政が前に進めません。
そのプロセスの国民への公開は不可欠。衆参の議院運営委員会や、各委員会の理事会のネット中継などに、衆参とも踏み出して欲しいです。
[写真]参議院議長選挙で、いの一番に投票する公明党の竹谷とし子議員(壇上の淡いブルーのスーツ姿)、登壇前に一礼する公明党の石川博崇議員(右下の紺のスーツ姿)。議長席は、山東昭子さん。
【2010年7月30日 参院本会議】
第175回臨時国会が30日召集されました。第22回参議院通常選挙の当選者の任期が7月26日から始まったことにより国会法2条の3により、政府は臨時国会の召集が義務づけられています。
このブログは3年前の臨時国会の召集日からスタートし、ねじれ国会をウォッチしてきました。ここ10ヶ月間はねじれが解消されていましたが、再びねじれ国会をウォッチすることになりました。きょうは国会議事堂には出向かずに、ネット中継で傍聴しました。
本会議ではまず、山東昭子副議長が議長席に登壇し、参議院名物のギャベル(木槌)を叩き、「第175臨時会の召集」と「会議を始めます」と宣言。江田五月さんからの辞表提出に伴い、参議院議長の選挙を取り仕切りました。
議席は仮指定されており、この議席番号順に参議院事務局参事が点呼します。
まず読み上げられた名前は、「竹谷とし子さん、石川博崇さん・・・」。竹谷さんと石川さんは真っ先に登壇し、投票しました。ともに公明党新人で、それぞれ東京選挙区、大阪選挙区で上位当選しました。
堂々巡りが終わり、集計の結果を、山東副議長が結果を読み上げました。
投票総数 239(過半数は120)
「西岡武夫」さんが139票
「江口克彦」さんが 11票
「尾辻秀久」さんが 1票
「白票」 が 88票
で、民主党の西岡武夫さんが参議院議長に選ばれました。
◇
さて、ここでこの選挙結果を分析する重要性は極めて高いと思いますが、現時点ではTVや新聞夕刊ではまったく報じられていないようです。
西岡さんには民主党(106議席)と国民新党(3)に加えて、公明党(19)、共産党(6)、社民党(4)と無所属のうち1人が投票したと思われます。これを足すと139票になります。
みんなの党(11議席)は同党の新人で党最高顧問の江口克彦さんに投票したのでしょう、これはピッタリ符合しています。
自民党(84議席)は「白票」を投じたと思われます。
また、「白票」プラス「尾辻」が89票となりますが、自民党(84)、たちあがれ日本(3)、新党改革(2)が統一行動をとったら、89票にピッタリ符合します。尾辻さんに1人入れたのは、うっかりミスかもしれませんし、確信犯的な政治行動かもしれません。
この投票結果はまさに「ねじれ国会」の荒波とその党派別の方向性を予見させる結果となりました。
第一党から議長、第二党から副議長は、あくまでも「慣例」であって、法律でも規則でもありません。
まず民主党は、薄氷の勝利に襟を正すべきです。
みんなの党が11人一致して、独自候補に入れた理由が、「みんなの党の躍進を印象付けて、影響力を誇示するため」だと思いますが、説明して欲しい。そういう理由なら、それでよしと私は思いますから、正直に説明して欲しい。
そして、自民党は、たち日、新党改革と、どのような関係なのか説明してほしい。第174通常国会召集日には、この3党の議員は、ほとんどが自民党だったわけです。比例代表で注目を集めるために、分党した、自民党の衛星政党なのではないかと疑いたくもなりますから、ぜひこれも説明が欲しいですね。
さて、私のブログを、参院選後読んで頂いてくださる方はご理解いただけると思いますが、私がイチバン申し上げたいことは次のことです。
公明党(19)が仮に西岡さんに投票しなかったとしたら、過半数(120票)ギリギリでの当選となっていたことになります。ただ、この後の副議長選挙は1人投票者が多いので、議長選挙では棄権者がいた可能性が高いと思います。この棄権者が白票などを投じていたら、西岡さんは当選せず、決選投票が必要となっていました。
つまり、公明党が「西岡」と書いてくれたから、議長人事がすんなり一発で決まったのです。
すなわち、ねじれ国会初日は、公明党が民主党を助けてくれたという図式になります。
この辺のことは、私は持論に確信を持ちつつありますので、エントリーを改めて、また何度でも書いていきます。民主党はまずは公明党に協力を要請し、そして、互いの支持者を説得できたら、閣外協力か、連立樹立。また自公連立で、公明党および創価学会は影響力を高めながら、公明党の議席は減らすというジレンマを経験しました。これをふまえると、民主党と公明党が、例えば「民主・公明会議」というような政治団体を総務省に届け出て、「政党連合」という方向性に向かっていくべきだと思います。公明党という単体だと、やはり創価学会の下部組織という印象がぬぐい去れず、政党としては長期低落傾向を脱せないと思います。エントリーを改めると書きながら、やはり長くなってしまいました。とにかくまた改めて書きますので、参議院本会議に戻ります。
◇
西岡さんが議長席に座ると、仮議席をそのまま正式なものとして議席の指定をしました。
山東昭子副議長から辞表が提出され、副議長選挙になりました。
ですから、副議長選挙は再び、竹谷さん、石川さんと堂々巡りになりました。
投票総数 240(過半数は121)
「尾辻秀久」さんが235票
「白票」 が 5票
で、自民党の尾辻秀久さんが参議院副議長に選ばれました。
この後、西岡議長が常任委員長を指名しました。
常任委員長15人のうち、民主党8人、自民党6人、公明党1人が選ばれました。前国会では、公明党は2つ委員長ポストを持っていましたが、第22回参院選の結果を反映して、行政監視委員長を自民党(伊達忠一さん)に譲り、法務委員長(浜田昌良さん)1ポストに転落しました。
そのうち、最重要ポストである議院運営委員長には自民党の鈴木政二さんが選ばれました。予算委員長には、民主党の平野達男さんが筆頭理事から昇格しました。民主党から37歳の林久美子さんが総務委員長になりました。同期で隣席の蓮舫さんもにっこり。
江田五月さん、3年間の議長職、お疲れ様でした。
天皇陛下は、7月27日、詔書を発せられ、7月30日に臨時国会を召集しました。
日本国憲法第7条(国事行為「2国会を召集すること」)と国会法第1条(召集詔書の公布)および、その第2条の3(参院通常選挙のあと、その任期が始まる日から30日以内に臨時会を召集しなければならない)に基づきます。
天皇の国事行為は内閣の助言と承認が必要なので、「内閣総理大臣 菅直人」と添え書きがあります。
総務相の原口一博さんが、26日、防衛政務官の長島昭久さんのセミナーで講演し、「政権交代すると言いながら、新進党をぶっつぶした。許し難し、とずっと思っていた」などと、小沢一郎氏を批判したそうです。
朝日新聞、時事通信、共同通信などの報道によると、原口さんは、
「時々、自分のチームが信じられなくなることがある。1年半に1回くらいある」
「心理学的に言うとトラウマか何かを持っている」
「改革は自分のチームを信じられる人間にしか(できない)」
「もしそれ(人間不信)が出なければ、こんなにすごい人物はいない」
「政権交代すると言いながら、新進党をぶっつぶした。許し難し、とずっと思っていた。だから、今、親小沢と言われるのは何でかなと思っている」
「大なたがときどき間違って僕らの仲間にも来るから、ちゃんとブロックしておこうかなと思う」
などと発言したそうです。
この原口発言は9月の代表選と絡めて解釈しようとする人が多いと思いますが、私は公明党の協力に向けて秋波を送っているといううがった見方もある、とあくまでも私は推測します。
9月の臨時国会のエントリーでより詳しくご紹介したいと思いますが、書き出して、計算したら、公明党に関して興味深いデータが出ました。だいたい合っていると思いますが、改めて調べてみたいと思いますが、私の計算では次のようになりました。
公明党の国会議員は40人(衆院21人、参院19人)です。
そのうち新進党を経験している議員は、25人ですから、62%に上ります。
このうち「新進党」と、その友好政党であるローカルパーティ「公明」の結党メンバーは18人ということになると思います。公明党現職議員の45%を占めます。衆院公明党では、61%が結党メンバー。山口那津男代表のほか、幹事長の井上義久さん、おなじみの坂口力元厚労相、政調会長である斉藤鉄夫・元環境相、幹事長代理の高木陽介さんのほか、参院のベテランの白浜一良、草川昭三両参院議員らです。
さらに興味深いのは、「新進党公認の新人」として初当選した新進党1期生(95年参院選、96年衆院選)が7人に上り、党全体の17%を占めます。国対委員長の漆原良夫さん、参院では、魚住裕一郎、松あきら両参院議員らです。
そして、新進党解党後のこの12年間に初当選した議員は15人。これは昨日(7月26日)から参院議員になった人も含めてですけど、全体の37%にとどまります。少ないですよね?
衆院公明党では、42%が「新進党結党メンバー」、33%が「新進党一期生」で、76%が新進党から、新党平和を経て、現在の公明党議員になっています。つまり、それから12年間に5人しか初当選していません。
これは、公明党が新進党合流により、すそ野を増やして、議員を増やしたが、2000年代の自公連立で、長期低落傾向に陥っているといえるでしょう。
私は創価学会員ではありません。が、新進党学生部の活動をしていたなかで、公明党の現職国会議員や地方議員には、様々な思い出があります。公明党議員の顔というのは目に見えにくい所がありますから、そういったことも、いずれ、ご紹介したいと思います。公明党も創価学会を基軸に新しい支持層を開拓していくことで、長期低落傾向を払拭したらいいのに、と思います。
私は、新進党の旗の下に、政権交代ある二大政党デモクラシーをめざした、「新進党の立党の精神」に帰って、民主党と公明党が連立政権に踏み出すべきだと考えています。
民主党と公明党が連立すると、衆院(過半数240)で「328」、参院(過半数121)で「125」となります。
「チーム3000」のポスターにあるように、公明党には地方議員が3000人います。立党の精神に帰った「平和と福祉の公明党」の訴えは、チーム3000人によって、説得力を増し、また、足腰の強い選挙活動につながったのでしょう。公明党は、東京、大阪、埼玉の3選挙区で、上位で候補者を当選させました。とくに埼玉選挙区では、これまで相対的に支持が薄かった県北の農村部を回るという、3年前の民主党を彷彿とさせる川上戦術に成功したようです。
一方、民主党幹事長の枝野幸男さんは26日の記者会見で、「統一地方選の公認候補300人を8月中に決めたい」としながらも、記者からの「公認候補の人数の最終目標は?」との質問に言葉を濁しました。
このwikipediaにある写真のように、原口一博さんは昨年5月の民主党代表選における有楽町マリオン前の街頭演説会で、私が支持しなかった候補者の応援演説に立ちながら、その夜の日テレ「太田総理」の中で、支持候補をたずねられたのに、全国放送では答えないというふるまいをしました。政権交代後の総務大臣就任後も、「出先機関の統廃合」「ひも付き補助金の廃止と地方一括交付金の創設」「基礎自治体の再編と強化」といったマニフェストの実行が遅いどころか、それとは矛盾した方向性の発言を繰り返し、マスコミをひきつける。「痩せたソクラテス」のような岡田さんとは対極的な、彼のふるまいは初心を忘れており、初めて与党を味わった議員の醜い姿を見てしまった感じがして、失望していました。
しかし、ことし6月の代表選では、私が支持した候補者に投票したと思われ、また多くの国民に新進党の原点を惹起する発言をしました。新進党の原点を共有してくれていることが確認できたので、きょうからは、もう一度、原口さんの挑戦を見つめていきたいと感じました。
私はなんとなくですが、世論は「霞が関をぶっ潰す」ことよりも、「安定政権による景気回復」に移りつつある、と感じています。
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「時々、身内が信じられなくなる」原口大臣の小沢氏評
朝日新聞電子版http://www.asahi.com/politics/update/0726/TKY201007260378.html
「大きなパラダイムを変えることができる、すごい人物」――。原口一博総務相は26日、都内で講演し、民主党の小沢一郎前幹事長についてこう語った。一方で原口氏は「時々、自分のチームが信じられなくなることがある。1年半に1回くらいある」とも評した。
原口氏は1996年、小沢氏が党首だった旧新進党から衆院議員に初当選し、同党の解党で民主党に合流した。初当選当時の状況を「生みの親が小沢さんなんです」と振り返ったが、解党については「政権交代すると言いながら、新進党をぶっつぶした。許し難し、とずっと思っていた」と批判した。
小沢氏が民主党代表に就いてから再び関係は近くなったとされており、9月の党代表選では小沢系候補としての原口氏擁立論もある。
tag 新進党を解党した小沢一郎を歴史法廷の断頭台に送ろう。
[画像]Youtubuの「irukaclub」さんの映像(http://www.youtube.com/watch?v=9m3pqKjEeuA)の6分59秒から、キャプチャ・トリミングさせていただきました。
大阪10区(高槻など)選出の衆院議員、辻元清美さんが、社民党を離党することになりました。かなり悩んだ末での決断のようですが、私は辻元さんの決断を支持したいと思います。
辻元さんは第45回衆院選で、民主党の推薦を得て、50・5%の得票率で当選しています。当選4回、鳩山内閣で前原誠司国交相の下、国土交通副大臣を務めました。
辻元さんは選挙に出る前から、市民団体「ピースボート」の活動で有名でしたから、社会部の記者とすでに知己が多かったようです。辻元さんが1年生議員になったとき、その記者が政治部に異動して総理番をしていました。当時は・自社さ連立で、社民党は与党でしたから、大きな会合で、辻元さんがその記者と再会を喜び、「久しぶりやね」「私、『政治家に向いていないって』って言われて、悩んでいるんや」という会話をされていました。それが現在当選4回の中堅代議士になっているわけですから、精神力が強く、ねばり強い人なのでしょう。
また、政治とカネの問題で国会を去っていた時期もありましたが、ダンマリを決め込む政治家よりもマシです。
社民党政審会長時代、民主党政調会長だった岡田克也さんと二人三脚。関西弁で冗談を言い合い、互いに「きょうだい」と呼び合うほどの仲になったそうです。僕は正直、辻元さんという人は、あまりよく知らないのですが、岡田さんが「いもうと」と呼び、選挙区のみなさんが過半数の得票率で国会に送り込んでいるのだから、確かな人材なのだろうと思います。
辻元さんは昨年5月26日付の自身のブログ(http://www.kiyomi.gr.jp/blog/2009/05/26-1841.html)で次のように書いています。
(引用はじめ)
強くなったボンボン・鳩山代表に庶民の厳しい現実をインプット
(中略) さて、一方の岡田さんは小泉郵政選挙敗北の責任を取って第一線から引かれて以来、コツコツと日本国内だけではなく海外特に途上国にも足を運び、活動されていた。私が前回の選挙で復帰した直後、予算委員会室で立ち話した時、「復帰おめでとう」と声をかけてくれた岡田さんに「どれくらい充電するの?」と問うと「三年くらいかな...」という天井を見つめながら呟いた姿を思い出した。
(中略)小泉政権の初期、岡田さんが民主党政調会長、私が社民党政審会長時代、隔週金曜日の朝八時から野党政策調整の議論をしていた。当時自由党や共産党も含めて野党四党で予算の組み替えまで手がけた。岡田さんは「原理主義者」と言われるが、私は粘り強く政策合意にむけてお互い議論してきたので親近感があった。野党共闘での政策論議の活性化を期待したい。
(引用おわり)
つまり、辻元さんは、岡田さん同様、他党とねばり強く政策にすりあわせをするプロなのです。これは、「ねじれ国会」になくてはならない能力です。「右だ、左だ」と柔軟性のない輩は弾き飛ばされるでしょう。でも、政治家としての志がない輩も、その柔軟さに対する納得ある説明ができないから、これも消えていくでしょう。
辻元さんのように、柔軟かつ、志があり、かつ小選挙区で50%を超える得票率を持った人が、その任にふさわしい。
例えば、衆院民主党と参院社民党の両方と会話できるというのは、辻元さんしかいないでしょう。
「ねじれ国会」というのは、いつどこでだれの人脈が生きるか分からない。辻元さんは、早大同窓生では、二世の田中眞紀子さんに次ぐ女性国会議員の代表格となっているから、例えば、自民党元総裁の森喜朗さんともサシで会えるはずです。
辻元さんはまたしても罵詈雑言言われることがあるだろうが、僕は辻元さんの英断に拍手を贈り、その背中を押したいと思います。
そして、できることならば、いつの日か、辻元さんには民主党に入党して欲しい。民主党サポーター登録者の私は、諸手を挙げて、辻元さんを歓迎したいと思います。
【共有動画】「irukaclub」さんという方が撮ってくださった、岡田克也民主党幹事長による、辻元清美候補予定者(社民党公認、民主党推薦)の応援演説。2009年7月の衆院解散後→衆院選公示前のタイミングです。
http://www.youtube.com/watch?v=ibYj_2pOBEg
http://www.youtube.com/watch?v=9m3pqKjEeuA