[写真]礒崎陽輔さん、きょねん2018年10月のおそらく19日、参議院議院運営委員長室で、宮崎信行撮影。
先月の第25回参議院議員通常選挙では、2014年7月1日の解釈改憲「国の存立を全うし切れ目のない安全保障法制のための憲法解釈の再整理」を主導した総理補佐官だった、磯崎陽輔さんが落選しました。
安倍晋三衆議院議員らによる安倍自民党内閣は続投したわけですから、磯崎さんの落選で溜飲を下げることはありませんが、天の戒めだと考えます。
1972年の田中角栄内閣の法制局がとりまとめた政府統一見解「集団的自衛権は、憲法13条幸福追求の権利により日本国は持っているが、行使しない」を、羊頭狗肉に破壊した、7月1日の閣議決定。
私はどうしても許せなかっただけに、自由民権運動の経緯などから反権力的な大分県で、磯崎さんが落選したことは、自分の主張に関して、ある一定の自信を持てました。
同時に、国際法の大家で戦犯亡くなった、大沼・元東大教授の娘でもある、大沼みずほ参議院議員も山形県で落選しました。
[写真]大沼みずほさん、2013年8月2日、国会正門前で、宮崎信行撮影。
大沼みずほさんは、平成27年2015年8月25日(火)の参議院平和安全法制特別委員会で、
「もしこの法案が戦争法案であるなら、世界こぞって反対すると思うんです。日本と第二次世界大戦で争った、戦った国々は猛烈に反対するはずです。でも、米国以外でもこのように多くの国々が賛意を示し、中国や韓国も公式には反対しておりません」
と語りました。これは相当な詭弁だと思います。仮に安倍晋三首相の言う通り、抑止力が高まるんだったら、中国が反対しないことの方がおかしいはずです。おそらくこのあたりで、自民党・公明党支持者も何かおかしいと感づいた人もいるでしょうが、あまり大きな声になりませんでした。
「国会は税金の使い道を話し合うところ」。先の参院選でも聞いたフレーズです。しかし、設備投資拡大、高齢者や子育て世代、新卒を含めた雇用の拡大において、国・自治体の歳出よりも、日本銀行の量的金融緩和の方が効果絶大なのは、この6年間で明らかになりました。
量的緩和については、アメリカが緩和を止めるにあたって、日本に「バトンリレー」を求めたとの説が有力です。黒田東彦総裁1期目の5年間つとめた副総裁は、アメリカから直接圧力を受けたことはないと国会で答弁しており、たしかにそうでしょう。
しかし、量的金融緩和と「有事と平時の切れ目のない」集団的自衛権体制において、アメリカからの圧力は日本政府の決定を凌駕します。参議院や、各県議会などの複雑な選挙制度、経済的余裕の無さに基づく野党の宣伝不足の前に、私は、日本の議会制民主主義は、グローバルマネー資本主義に根こそぎ倒されたと考えています。
◎第2次安倍自公内閣、集団的自衛権の行使可能な憲法解釈を閣議決定 自衛隊法改正案など提出へ【追記有】
(このエントリーの初投稿日時は、2014年7月1日午前9時で、閣議決定後の夜に仕立て直し)
国立国会図書館のデータベースに週刊金曜日6月13日号にこのブログの筆者である私、宮崎信行が書いた「民主党の岡田克也元外相が激白 外相時代、米国に集団的自衛権を求められたことは一度もない」が登録されました。
朱に交われば公明党。
自民党と公明党が連立する第2次安倍晋三内閣は2014年7月1日(火)、集団的自衛権の行使解禁をNSC国家安全保障会議の(4大臣会合より重要な)9大臣会合で決定。続いて、臨時閣議で決定しました。
NSCおよび閣議決定文のタイトルは、「国の存立を全うし、国民を守るための切れ目のない安全保障法制の整備について」
アドレスは、http://www.kantei.go.jp/jp/96_abe/statement/2014/0701kaiken.html
なお、この記事エントリーの末尾にも全文つけておきます。
交戦中に、同盟国アメリカの艦船を日本の自衛隊が援護したり、アメリカに向かう弾道ミサイルを日本が迎撃できるとする内容になるようです。
これらは、すべて自衛隊法改正法案や周辺事態法改正法案などに書き込んで、国会に提出する必要があり、成立し、施行するとしても、早くても2016年夏前後になる見通し。
ただ、法案執筆のプログラムとなるので、歴史的転換点になります。
【追記 2014年7月2日(水)午前6時】
閣議決定文には、「自衛権発動の新3要件」が書き込まれました。
「我が国に対する武力攻撃が発生した場合のみならず、我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある場合において、これを排除し、我が国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がないときに、必要最小限度の実力を行使する」ことが憲法上できるとなりました。
まず、この文章は自公協議のために分かりにくくなっています。自衛権発動はおそらく改正法案でも「国会の承認」が必要となるでしょう。この場合、私たち日本国民の有権者が、国会を通して、自衛官に「命を懸けて行ってもらう」ことになりますが、分かりにくいと、国民の少なくとも過半数のコンセンサスを得るプロセスが不透明になります。
【追記おわり】
日本国憲法第9条には「国の交戦権はこれを認めない」との規定があります。自民党憲法改正草案でもこれは削除することになっています。
しかし、憲法を改正しないと、朝鮮半島から出てすぐのところで、中国や北朝鮮、あるいは国に準じるテロ組織から攻撃された場合、交戦できないと考えられます。アメリカに向かう弾道ミサイル、北朝鮮のテポドンだとしても、法律を動かすためには、「アメリカに向かっている」と情報を確定する必要があり、仮にノドンで、日本列島に落ちてくればこれは、個別的自衛権での対応になります。ホルムズ海峡で機雷除去中に攻撃を受けても「交戦」できません。グレーゾーン事態とされる尖閣諸島沖のわが国領海内を中国艦船がうろうろしていても、武力で領海外に出せば国際問題になります。停戦後の国連平和維持活動PKOについても、かけつけ警護ができても1993年になくなった国連ボランティア・中田厚仁さんは守れないし、独立前ならば警察権を使えず、独立宣言後でも停戦が崩れて交戦状態になったら慌てて帰らなければなりません。
日米安全保障条約第3条の「締約国は(略)武力攻撃に抵抗するそれぞれの能力を、憲法上の規定に従うことを条件として、維持し発展させる」。きょうは自衛隊が創設60周年、還暦だそうですが、「自衛隊の練度を挙げ、装備を備え、育て、防衛力を涵養する」私の観点から、第3条が気になります。
まあいずれにせよ、法案が国会に出てくるのは、秋の臨時国会以降。施行は2016年夏前後以降。出てきてから、十分に吟味すべきでしょう。
ところで、日本を独立させ、自衛隊を発足させた、吉田茂が国会で「集団的自衛権」という言葉を使ったことがあるか、調べてみました。 第7回通常国会の衆議院予算委員会で1度だけ使ったことがあります。このときの衆議院は吉田率いる民主自由党が270議席を持ち、最大野党の民主党はわずか70議席。そして、民主党は連立派20人が分離して政権に参加しました。このため、芦田均内閣などで与党を経験しながら、下野した当選2回生、31歳に出番が回ってきたようで、その質問に吉田茂は答えています。次のやりとりです。
「総理大臣は外交の堪能者でありまして、私はしろうとでありますから、総理大臣の御意見をお教え願いたいと思うのでありますが、日本に自衛権がありと総理大臣は演説でおつしやいました。われわれも同感であります。あなたが御存じのように、国際連合憲章によると、51条に集団的自衛権ということが認められている。これは第二次世界大戦後初めて認められた言葉であります。かくのごとき集団的自衛権というものを総理大臣はお認めになりますか」
「当局者としては、集団的自衛権の実際的な形を見た上でなければお答えができません」
「国際連合に表明されているような、つまり連合憲章51条が示しているような集団的自衛権を認めるか、こういう意味であります」
「これは現にこういう自衛権を認めるか認めないかと言つて、連合国政府から交渉を受けたときには、政府としては見解を発表しますが、お話のような問題に対しては、すなわち仮設の問題に対してはお答えいたしません」
「仮設の問題とおつしやいますけれども、私は外交界の先輩に対して、国際法上の解釈を教えていただきたいと申し上げているのであります。先ほども申したように、国際連合憲章51条には集団的自衛権というものがちやんと書いてある。われわれも独立国になれば当然こういう問題の渦中に入る。従つて講和條約に専心してもつぱら御研究なさつている総理大臣のことでございますから、私は当然御研究もあるだろうし、御見解もあるだろうと思います。この集団的自衛権という問題は、日本の独立後私はおそらく一番重大な問題になつて来る問題だろう。そういうところから私はお尋ねしているのであります」
この「集団的自衛権は、日本の独立後一番重大な問題になってくるだろう」と質疑した野党・民主党の2期生は、中曽根康弘衆議院議員です。彼はこの32年後に総理大臣になります。国会議事録でも、中曽根さんが次に「集団的自衛権」というキーワードを残すのは、首相になる32年後までブランクがあきます。
議事録は、1950年昭和25年2月3日(金)第7回国会衆議院予算委員会、本予算審議、第7号。
そして吉田茂が語った「実際的な形」は、ベトナム戦争として現実化しました。アメリカ大統領、ジョン・ケネディによる、「ベトナムが社会主義化(赤化)すると、ドミノ倒しののようにアジア各国が赤化するという」ドミノ理論。しかし、西洋文明と違い、東洋文明とくにアジアは、統一的な宗教基盤もなく、文化も民族もモザイクであり、ベトナムが赤化しても、タイ王国が社会主義化するとはとうてい思えません。もちろん日本国、日本列島も。
この我々アジアの民族、国民事情のパラダイムを間違えたドミノ理論は、やがて、ベトナム民主主義共和国(ベトナム社会主義共和国に改称)のホーチミン国家主席により、「インドシナ支配をしたフランス人と同じ瞳同じ肌をもつ兄弟のアメリカ人が、傀儡国家「南ベトナム共和国(1975年、地上から消滅)」を使ってベトナム全土を侵略しようとしている」として「資本主義を守る戦争」から「ベトナム民族解放および南北ベトナム統一戦争」へと画期的パラダイムチェンジをしました。さらに、南ベトナム共和国内で活動する民族解放組織について、アメリカは「北ベトナム・ホーチミンに指導された国に殉じる組織」との決定的情報をつかめず情報戦で敗北。かつてベトナム王国が衛星国支配した隣国に兵站補給路(ホーチミンルート)があることに、(おそらく)半年前後気づかず『孫子の兵法」にも失敗。アメリカ軍兵士は、「What for? 何のために?」という自問自答の中で、狂っていきました。
このような戦争に日本が参加することになる。例えば、爆弾テロで夫を失い、子どもとともに組織に衣食住を提供され生活しながら洗脳教育と爆弾テロ訓練を受けてきた、女性の自爆テロ犯を鉄砲で殺さなければならないことになります。自衛官は、その自爆テロ女性の最期の表情を一生脳裏から離れないまま生き続けなければならず、酒でなぐさめても、忘れらず、狂って自殺するでしょう。
集団的自衛権の行使には反対です。
たびたび引用されるところですが、吉田茂が防衛大学校第1回卒業式で語ったとされる言葉。実際には卒業記念の冊子に寄せた言葉だそうですが、どうしても引用したくなります。至言です。
「君達は自衛隊在職中、決して国民から感謝されたり、歓迎されることなく自衛隊を終わるかもしれない。きっと非難とか誹謗ばかりの一生かもしれない。御苦労だと思う。
しかし、自衛隊が国民から歓迎されちやほやされる事態とは、外国から攻撃されて国家存亡の時とか、災害派遣の時とか、国民が困窮し国家が混乱に直面している時だけなのだ。言葉を換えれば、君達が日陰者である時のほうが、国民や日本は幸せなのだ。どうか、耐えてもらいたい。しっかり頼むよ」