宮崎信行の国会傍聴記

政治ジャーナリスト宮崎信行、50代はドンドン書いていきます。

線路の置き石は困りもの しっかりと安全に前に進むためにはどうするか?

2010年10月31日 13時36分26秒 | 第176臨時国会(2010年10月)熟議
[写真]赤い中央線電車(JR東日本ホームページ)

 線路に置き石があるとやっかいです。電車が前に進めません。電車には置き石を弾き飛ばす装置が付いていますが、置き石をはねた際には緊急停車して安全確認することが義務づけられているため、遅れがでます。というよりも、脱線の可能性がありますから、置き石をした人間は大罪です。

 ところが、人間ではなくて、カラスが置き石をいているケースが相次いでいるようで、JR東日本の盛岡支社は、センサー、風車、鏡などをつかって岩手県内での置き石防止に懸命だという新聞記事が載っていました。

 心理学テストのような話ですが、仮に自分が、線路に置き石があって、電車が前に進もうとするのを妨げていたら、どうするだろうかと考えてみました。あなたならどうする?

①大きな手振りで電車の運転士に知らせて、電車を停める。
②置き石を足で蹴ったり、手で持ち上げて払いのける。
③ケータイを取り出し110番通報する。
④見て見ぬふりをする、ないしは足がすくんでなにもできない。
⑤その他。

 などなどいろいろと考えられると思います。状況にもよるでしょう。

 私は、前向きにどんどん、前に進むことが好きですが、停車したり、徐行するということは、必ずしも前に進むことを止めることではありません。安全を確保してから、また動き出せばいい。

 やはり私だったら、まず電車を徐行させて、場合によっては停止させる。そして置き石をていねいにしっかりと除去する。もちろんあんまり時間をかけすぎるのも、電車に乗っているお客さんにも、次の駅で待っているお客さんにも、後続電車のお客さんにも悪い。ものすごく大きな人に影響を与えます。しかし、しっかりと置き石を取り除くためには、多少の徐行運転や安全のための停止は必要なのではないかと思います。置き石が重ければ、ねばり強く、忍耐強く、確実に取り除くべきだと思います。

 みなさんだったら、どうしますか?

 ◇

 10月31日のNHK日曜討論で、自民党「影の内閣」財務相の林芳正さんは「与野党ねじれの中、『熟議でやる』と言っていながら、最初のスタートでこういうことが起こる」として、11月1日(月)午後3時の衆院本会議を議運委員長が職権で設定したことを批判しました。そのうえで、自民党らが補正予算審議入りの条件としている小沢一郎さんの証人喚問について、「それをギリギリまで努力して、例えば、岡田克也幹事長が小沢さんの(家の)門の前まで行って待っているというところまで行ったのならともかく」と述べ、「ゼロに戻して、最初から虚心坦懐にしてもらわないと議論できない」としました。公明党の石井啓一政調会長も「強行的に本会議を設定したのは暴挙であり、断じて容認できない。撤回して、野党に謝罪してほしい」と厳しく批判しました。

 補正審議入りをめぐって、厳しい言葉で民主党を批判した一方で、補正審議に関しては具体的な発言がありました。自民党の林さんは、「私たち自民党は、(補正予算の)組み替え動議を出そうとして、準備しています」として、地方交付税の増額と米価対策を挙げたうえで、「(政府案との)違いを出しながら、議論したい」としました。公明党の石井さんは「政府から、公明党が要望した24項目中23項目が入っている、と連絡を受けている」としながら、「ただ、(実現した)項目の中でも、観光対策を500億円と要望したのに、(政府案では)その3%の15億円しか計上していない項目もある」と指摘して、予定より印刷が遅れた補正予算書について、「今精査している」と述べました。石井さんは、政府案への賛否については、「ニュートラルだ」とし、現時点での回答を保留しました。

 これにより、審議入りに猛反発している自民党、公明党ら野党が、本会議→予算委員会での補正審議の内容については入念に準備していることが明白になりました。

 ◇

 ちなみに、小沢さんが線路の置き石として、小沢さんが置き石行為をしたと言っているのではなく、小沢さんが石だとしたら、置き石行為をしているのは、自民党の方ですから。念のため。

センサー・風車・鏡…カラスの置き石被害続発で“知恵比べ” - 47NEWS(よんななニュース)

 本県のJR東日本の線路で、カラスのいたずらによるとみられる置き石が相次ぎ、緊急停車するなど運行に支障を来したケースが約半年で18件あったと、JR東日本盛岡支社が17日、明らかにした。同支社は「例年を上回るペース」と指摘。線路に近づけない防止策は一定の成果を上げているが、別の区間で新たな置き石が見つかっており、JRとカラスの知恵比べが続きそうだ。

 置かれた石は多くが直径約3センチ。けが人が出るなどの事故には至っていないが、置き石をはねた際は緊急停車して安全確認することが義務付けられているため、18件では5~20分遅れ、最大で後続5本に影響が出たケースもあった。

 多く発生しているのは田園が広がる盛岡市以南の東北線の花巻空港-油島間。人が線路内に近づけない場所がほとんどで、運転士のカラス目撃情報や、現場に残された足跡・ふんなどから同支社と県警は「カラスの犯行」とほぼ断定した。

 同支社によると、コメの収穫時期を迎えた9月中旬以降に急増。18件のうち10件と集中しており、積雪が始まる12月中旬まで警戒が必要だ。

 防止策として同支社は10月26日にカラスのねぐらがある石鳥谷-花巻空港間にセンサー2台を導入。設置区間(100メートル)で侵入を感知すると、カラスが仲間に危険を知らせる鳴き声をスピーカーで流し追い払う仕組みだ。

 別の区間では①実物大のカラスの模型を5メートル間隔で逆さにつるす②光を反射する金属製風車や鏡を設置③黄色やオレンジ色のネットを張る-などの対策を実施している。

 同支社保線課の高瀬力男副課長は「手ごわい相手だが、線路は怖い場所だと学習させたい」と話した。

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松本龍・環境大臣、議長の木づち高々と 国連・名古屋議定書が午前1時29分の採択

2010年10月30日 23時59分07秒 | 第193回通常国会(2017年1月から6月まで)学校法人森友・加計学園国会

[画像]日本時刻2010年10月30日午前3時、国連COP10名古屋会議の閉会を宣言した松本龍・議長(環境大臣)=NHK映像からキャプチャ

 午前1時29分、8年越しの交渉の末、名古屋議定書(ナゴヤ・プロトコル)が採択されました。環境大臣の民主党衆院議員、松本龍さんは、多国間条約締結という唯一かつ最高の成果を上げて、国連COP10名古屋会議の閉幕を午前3時に宣言し、議長の木づちを高々と持ち上げました。世界各国の参加者は抱き合って喜び、そして別れを惜しんだと報じられています。国際会議や多国間(マルチ・ラテラル)交渉に弱いわが国。名古屋会議も「植民地時代」まで話が戻ったり、会期を延長したりということになりましたが、最後は議長案をわずかに修正した文書が採択されました。

 名古屋議定書は企業が遺伝資源を利用する場合に得られる利益を金銭の支払いや共同研究などを通じて、原産国と分け合う国際ルールで法定機構速力がある。今後、批准の意思を示す各国の署名を2011年2月から1年間、ニューヨークの国連本部で受け付け、50カ国目の批准が完了した90日後に発効する、ということだそうです。

 私はときどき、ダーウィンの発見って無かった方がよかったような気がするときもあります。でも人類は進歩、すなわち前に進まないと生きていけません。先進国・途上国の立場を尊重し合い、遺伝資源の利用によってもたらされる利益の配分をルール化したことで、食料品や医薬品の開発などがしやすくなるでしょう。山中伸弥教授のような基礎研究に限らず、応用分野、ローテクノロジー分野でも日本はバイオ研究・産業の米国に次ぐトップリーダーです。21世紀の数々のピンチをチャンスに変えて、地球上のすべての生き物の共生を実現していきたいものです。バイオ産業による日本の自立と、各国との共生、そして、すべての生き物との共生へとつなげていきたいものです。

 日本の都市名を冠した多国間条約は、1997年の「京都議定書(キョウト・プロトコル)」以来になるのではないでしょうか。気候変動(地球温暖化)の方の国連COP3京都会議では、議長は大木浩さんが務めました。大木さんは外務官僚(ホノルル総領事など)から自民党参議院議員になり、京都会議対策のために内閣改造で環境庁長官になったとされる人物です。戦後の日本を作った「サンフランシスコ講和条約」を太田一郎外務次官らとともに自ら書き、サンフランシスコ講和会議で日本の全権(大使)を務めた吉田茂首相も外交官でした。一方、松本龍さんは、3世議員で父(参院議員)の秘書から衆議院議員になりました。外交官や官僚などの経験のない「党人政治家」です。党人政治家が我が国で開かれた国際会議の議長として多国間条約を締結に導いたというのは、おそらく初めてなのではないか、と思います。

 
[画像]名古屋議定書を締結した上での会議閉会を喜ぶ参加者(NHK映像)

 松本さんは午前3時からの記者会見で「私の力はごくわずかだが、これまでのたくさんの人たちの思いが私に乗り移り、成功に導いてくれた」と述べました。『官僚たちの夏』さながらの「国益のために、いや人類益のために」という志を持った環境省官僚たちの努力を、松本大臣が信頼とテクニックでまとめ上げたのでしょう。これがホントウの「政治主導」です。これに先立ち松本さんは、会議のもう一つの主要議題となった2020年までの世界目標の名前を採択直前に「愛知ターゲット」と名付けました。名古屋会議の開催に協力してくれた愛知県、名古屋市の両自治体に敬意を表したのだと思います。

 京都会議に続き、我が国の外交史に残った名古屋会議。9月の代表選で松本さんは福岡県連の若手らをまとめて菅直人総理の続投に貢献しましたが、その菅さんは議長としてもうすぐAPEC横浜会議を迎えます。菅議長も張り切りすぎずに、官僚や仲間を信頼してください。参加国(地域)はわずか21カ国(地域)で、多国間条約を締結するわけでもありません。会議の参加者も大統領ないしは首相なのですから。まずは笑顔で出迎えるところからスタートです。

  
[画像]松本龍・環境大臣が高々と振り上げた議長の木槌(NHK映像)

「名古屋議定書」を採択=対立乗り越え利益配分ルール―COP10(時事通信) - goo ニュース

名古屋市で開催中の生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)は最終日の29日夜から30日未明にかけて全体会合を開き、途上国と先進国との対立が続いていた生物遺伝資源の利益配分ルール「名古屋議定書」を全会一致で採択した。議定書は、途上国、先進国双方の主張に配慮した「議長案」として松本龍環境相が同日朝に各国に提示したもので、最終的に193のすべての締約国・地域から支持を得た。同条約が1992年5月に採択されて以来の懸案だったルールづくりが実現した。

 18日開幕の同会議で最大の焦点となった議定書をめぐっては、生物遺伝資源による新薬開発などで得られた利益について、より多くの還元を求める途上国側と、先進国側とが対立。特に途上国側は、新ルールの適用を議定書発効前にさかのぼり、植民地時代に持ち出された資源で開発された新薬なども利益還元対象とすることなどを要求。交渉は難航を極め、議長の松本環境相が事務レベル交渉の期限とした28日中にも合意に至らなかった。

 このため、松本環境相は、ルール適用時期を議定書発効後に限定して先進国側に配慮する一方、途上国側の主張に沿って利益還元の対象を遺伝資源の「派生物」に拡大することなどを盛り込んだ議長案を作り、29日午前に各国に提示した。議長案は途上国側の譲歩を引き出すため、資金援助の必要性も言及。日本政府は議定書採択を前提に10億円の追加支援も表明した。

 しかし、議長案に対する支持が広がりつつも、全体会合は採決の方法などをめぐって紛糾。30日未明になって採択にこぎつけた。このほか、2020年までの生態系保全計画を定める「ポスト2010年目標」についても採択された。その内容は陸地の17%、海域の10%をそれぞれ保護区とすることなどで、「愛知ターゲット」と名付けられた。 

中日新聞:未来へ共生の種 「議定書実行が大切」:環境を考える(CHUNICHI Web) 約3週間の長丁場となったCOP10は30日未明、難産の末、開催地の名を冠した「名古屋議定書」と「愛知ターゲット」を採択。地球の生物多様性の未来に向けた新たな一歩を踏み出した。歴史的な瞬間に立ち会った各国の参加者は喜びを分かち合い、難交渉をまとめた議長国・日本の手腕を評価する声も。今後の実効性に努力する決意も会場にあふれた。=<1>面参照

 

 これが生みの苦しみなのか。日付は、すでに変わっていた。30日午前1時29分。「採択いたします」。異を唱える国がないことを確認し、松本龍環境相が木づちを鳴らす。名古屋議定書が生まれた瞬間だった。 右手で握りこぶしをつくる環境相。会場から割れんばかりの拍手が起き、歓声や口笛が鳴る。皆が立ち上がり、キスをしたり抱き合う姿も。続けて「愛知ターゲット」なども次々採択された。

 「緊張、怒り、ストレス…。そのすべてを感じる難交渉だった。生物多様性にとっての新しい幕開けに立ち会え、誇りに思う」。その瞬間、ブラジル政府のニコル・デ・パウラドミンゴスさん(27)は、ほおを紅潮させた。

 生物資源の効力を植民地時代にまでさかのぼるブラジルら途上国の主張は通らなかった。だが「スケールの大きい交渉は思い通りにはいかない。名古屋議定書が今後、しっかり実行に移されることが大切」と前向きに述べた。

 ドイツの非政府組織(NGO)メンバー、クリスチャン・シュボルザーさんは「70~80点の合格点。歓迎できる結末だった」と笑顔。「議定書の中身の分析が必要」としつつも「日本は非常に良いリーダーシップを見せた」と評価した。

 リベリア政府のヨハンセン・ボーガさん(52)は「各国の妥協の産物には違いないが、何年もかけて作り上げた歴史的な収穫。2週間の議論が無駄にならず、未来につながるよう、中身がもっと現実的になるよう努力したい」と先を見据えた。

 COP10支援実行委員会アドバイザーの香坂玲名古屋市立大准教授は「100点満点の90点を付けても良いのでは」と全体を振り返り、高く評価した。

 暗礁に乗り上げた名古屋議定書の交渉を打ち切らせ、松本環境相が29日朝、提示した議長案。香坂准教授は「日本の大胆な手法が功を奏し、最後に日本が示した10億円の途上国支援策も、議定書採択への誘い水となった」と分析した。

◆松本環境相「たくさんの思い乗り移った」
 「私の力はごくわずかだが、これまでのたくさんの人たちの思いが私に乗り移り、成功に導いてくれた」

 COP10が閉幕して30分後の30日午前3時半に、記者会見した松本龍環境相。議長の大役を終えた疲労感をにじませながらも、「名古屋議定書」の採択にこぎ着けた達成感が満ちあふれた。内閣改造で環境相に就いたのは、COP10目前の9月17日。「ものすごくきつい1カ月半だった。なかでも(閣僚級会合が始まった)27日からは本当にきつい3日間だった」と打ち明けた。

 29日朝、議長案を各国に示した席では「私は物言わぬ生きものたちや言葉をしゃべれない子ども、まだ生まれてきていない人たちの代表でもある」とそれぞれに歩み寄りを求めたという。

 「正直言うと、採択の確信はなかった」とも。「生物多様性を保全するんだという思いを持つ人たちが、あきらめなかった」と関係者への感謝を述べた。議定書が採択された瞬間、会場に拍手と口笛が鳴り響いた。「あの時は泣いた。一生忘れることはないだろう」

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ついに野党が審議拒否、“転倒問題”“仙谷問題”の衆・内閣委で 

2010年10月29日 15時17分01秒 | 第176臨時国会(2010年10月)熟議

[画像]自民党ら野党議員の出席を待つ荒井聰委員長=民主党ら、衆院内閣委員会、2010年10月29日(衆院インターネット審議中継からキャプチャ)

【衆議院内閣委員会 2010年10月29日(金)】

 今国会で初めての審議拒否となります。

 衆院内閣委員会は午前10時半開会予定。現時点で、自民党ら野党の議員が出席しておらず、荒井聰委員長=民主党が着席し、与党委員も着席している模様ですが、出席していません。ただ、質問時間は流れているようです、共産党の塩川鉄也議員が質問に立ちましたので、自民党と公明党が欠席。一方、民主党から出ている荒井委員長が質問者欠席のまま、時間を流したということになり、与野党激突の荒れ模様の、10月最後の審議となりました。いかんせん、来週は補正予算の審議がスタートするものと思っていますが、日本列島にやってきている秋の台風14号同様の荒天の気配をひしひしと感じます。

 確認しておりませんが、前回の同委員会で、仙谷由人・内閣官房長官の古賀さんという経産官僚に関する答弁に反発した自民党の平井卓也議員が退席し、自民党・公明党議員らが賛同して退席した影響だと思います。仙谷大臣の謝罪などを理事が協議しているのではないか、と推測しています。そもそも衆院内閣委員会は第174通常国会で、「強行採決転倒事件」が起きて以来、荒れる地合いとなっています。

 中盤を迎えた秋の臨時国会。大枠としては、自民党ら野党が小沢問題での証人喚問などを要求し、それを民主党が約束しなければ補正予算審議に入れないと主張、一方、民主党は「証人喚問何を聞くのかをあらかじめ明らかにせず、とにかく(小沢一郎氏を)呼べというのは、(刑事事件に関係する内容が含まれるので)乱暴な話だ。1ヶ月前からそれを主張しているのに、自民党はそれを検討した形跡がない」(28日の岡田克也さんの幹事長会見)という立場もあり、煮詰まった状況です。この地合の下に、衆参の予算委員会、参院決算委員会と参院議院運営委員会(ともに委員長は自民党)、衆院内閣委員会で「仙谷答弁」が問題となり、たびたび審議がストップしたり、仙谷さんが謝罪したり、また答弁でどやしつけたりという状況になっています。

【追記 2010-10-29 20:30】

 衆院内閣委員会の荒井聰委員長は、6時間半ほどをかけて、自民党・公明党などの一般質疑の質問時間を流したようです。これにより審議時間はつくされ、“欠席した野党が悪い”、という格好になります。とはいえ、これは「一般質疑」であり、「法案の審査」ではありません。今国会に共通しますが、法案が議題になっていないのに、野党の質問時間がたっぷりの10月でした。11月の民主党国対は、「法律を作る工場の管理者だ」という認識でやってほしいと思います。統一選からの逆算では、じつは法案審議の時間はもうほとんどないのです。【追記終わり】

 また、きょうは参院議院運営委員会がネット中継され、1時間あまりについて、「国会法第39条の解釈に関する件」という珍しい議題で議論がありました。参院自民党国対の切れ者中の切れ者で、小泉官邸→安倍官邸を官房副長官として引き継いだ鈴木政二・自民党参院議員が委員長として、「事業仕分けが国会法違反ではないか」との指摘について、古川元久・内閣官房副長官、伊藤誠・参議院法制局長らから意見聴取しました。また次の順に意見を述べました。

鈴木政二(議院運営委員長)
古川元久(内閣官房副長官)
伊藤誠(参議院法制局長)
川崎稔(民主党・新緑風会)
世耕弘成(自由民主党)
西田実仁(公明党)
水野賢一(みんなの党)
水岡俊一(民主党・新緑風会)
森まさこ(自由民主党)
竹谷とし子(公明党)
義家弘介(自由民主党)
紙智子(日本共産党)
中山恭子(たちあがれ日本・新党改革)

 国会法39条は、議員の兼職禁止(総理大臣など政務三役などをのぞく)を定めており、行政刷新会議の事業仕分け人は国会法違反ではないかとして、それに対する意見を聞きました。これは、審議と言うよりも、基本的には、自民党の委員長が、民主党の目玉である事業仕分けを牽制したものです。

 第21回参院選で民主党が参院第一党になり、最重要ポストの議院運営委員長は民主党、花形ポストの予算委員長は自民党と分け合いました。その後の第45回衆院選で衆院側でも第一党が逆転(政権交代)したこともあり、第22回参院選後、予算委員長が民主党、議運委員長は自民党とバーター取引で人事異動がありました。これは、憲法で予算案が内閣(民主党・国民新党)しか提出できないことになっているからだ、と説明していますが、参議院という世界は党派を超えた人間関係で動いており、よく分からないところもあります。

 なお、参院議院運営委員会は過去にも、日銀総裁などの国会同意人事で政府が提案した候補者について、所信聴取した際に録画中継しました。しかし、基本的には、衆議院でも参議院でも議院運営委員会は生中継することを要望します。実際には、議運は形式的なものですが、その日の本会議の日程などが分かる「予告編」です。せっかく国会ネット傍聴を楽しみにしている人が増えてきたのですから、ぜひ「予告編」もネット中継に踏みきってほしいと思います。

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衆院で、法案2本がようやく審議入り

2010年10月29日 12時23分13秒 | 第176臨時国会(2010年10月)熟議
 29日午前中の衆院の2つの委員会で内閣提出法案(閣法)2本について、大臣から趣旨説明がありました。一般法案が、衆院で審議入りしたのは、今国会29日目にして初めてです。

 衆院国土交通委員会(古賀一成委員長=民主党)では、馬淵澄夫国土交通大臣が「土砂災害警戒区域等における土砂災害防止対策の推進に関する法律の一部を改正する法律案(174国会閣37」について趣旨説明しました。これは第174通常国会に提出されていた積み残し法案です。政権交代後は、閣法の“宿題”が積み上がってきている状態になっています。召集日の10月1日付で、議院運営委員会が本会議を省略して、国交委に直に付託していました。

 衆院厚生労働委員会(牧義夫委員長=民主党)では、細川律夫厚生労働大臣が、「独立行政法人雇用・能力開発機構法廃止法案(176国会閣9)」を趣旨説明しました。これは今週火曜日(10月26日付)に議運が本会議を省略して、厚労委に付託していました。

 これにより、法案が審議できる状態になりました。しかし、補正予算案の審議がスタートすると、国交相、厚労相はまず衆参予算委員会に呼ばれますから、国交委、厚労委はやれません。衆院委員会可決→衆院本会議可決→参院送付→参院可決・成立となると長い道です。

 両委員会ともきょうは趣旨説明だけで、質疑や他の案件はなく、散会しました。とくに国交委は5分間で終わったので、古賀委員長が「本日の審議はこれまでとして、次回の開催日時は衆議院公報をもってお知らせします」と言うと、委員席から笑い声が上がりました。まさかまさか、笑い声の主は政権政党(民主党)の議員じゃないでしょうね。参院可決・成立までは長い道だと書きましたが、ましてや国交に限れば、参議院国土交通委員長は自民党(小泉昭男さん)が獲っています。そのことは衆院国交委のヒラ委員もよく意識すべきだと考えます。

 ちょうどきょうの8時57分に、参院国交委の民主党側筆頭理事の藤本祐司さんが「藤本祐司メールマガジンvol.130 ねじれの中での筆頭理事はつらい」を配信し、「この臨時国会から、私は参議院国土交通委員会の筆頭理事を務めている。やってみてよくわかったことだが、与党でありながら参院では過半数を持っていないことは想像以上に辛い」と書いています。全文をエントリー最後に載せさせてもらいますので、笑い声を上げた人が仮に民主党議員なら、よく読んでください。

 私は、民主党は政策前のめりで、まずはしっかりと仕組みをつくるべきだと考えています。とある与党議員が「この臨時国会で郵政、派遣法、温暖化の法案を成立させない方が、野党は(審議を拒否する無責任政党だとして)困るんじゃないの」という発言を真顔でしていてぼう然としました。

 412人内閣であると同時に、「412人国対」という心構えを持って欲しいと思います。

 それと、小沢問題について、岡田克也幹事長が判断を下す時期が、だんだん迫ってきてます。

[参考]

(以下、藤本祐司さんのメールマガジンから全文引用)

藤本祐司メールマガジン  vol.130 ねじれの中での筆頭理事はつらい

 この臨時国会から、私は参議院国土交通委員会の筆頭理事を務めている。やってみてよくわかったことだが、与党でありながら参院では過半数を持っていないことは想像以上に辛い。
 衆院の場合、与党でなければ野党である。「何を当たり前のことを言っているんだ」と思われる方もいらっしゃるだろう。しかし、参院は与党でありながらも与党ではないような状況が生まれている。衆院と参院とでは置かれている立場が全く異なる。これが、いわゆる“ねじれ”だ。
 政権は衆院での議席数で決まる。そのため、過半数を超えれば与党、超えなければ野党とわかりやすい。1党単独でなくても連立政権であっても、連立を組んだ結果において過半数を超えれば与党、超えなければ野党だ。一方、参院の場合、衆院で過半数を持って与党になっても、参院で過半数を取れなければ参院では野党みたいなものだ。
 つまり、衆院では与党であれば(いざとなれば、最後の手段として)数の力を借りることができる。野党であれば与党の要望を蹴飛ばしたければ難癖をつけていれば済む。衆院では与党であっても野党であっても結構強気で相手との交渉に臨むことが可能だ。
 一方、参院では与党であっても数が足りないので、いざという時でも数の力という手段は使えない。数の力を使える状況にあるのはむしろ過半数を持つ野党だ。また、与党は政府と一体で進むことが前提であるため、法案審査の際は野党に委員会開催や採決をお願いしなければならない立場にある。そのため、野党には懇切丁寧に臨むことになる。あまり強気で交渉はできない。
 少し複雑で分かりにくいかもしれないが、要するに衆院は与党であっても野党であっても相手との交渉は強気で臨めるが、参院では与党でありながらも参院で過半数を持っていないねじれでの与党は立場が弱い。今は、その弱い立場が民主党であり、特に直接の交渉窓口となる国対委員長や各委員会の筆頭理事は、結構時間も余計にとられるし、精神的にもストレスを抱える。
 例えば、自民党の筆頭理事から、委員会の開催についての交渉の際、「今すぐであれば時間が取れる。今を逃すと明日夕方までは時間が取れない」と言われれば、私たち民主党の筆頭理事は、何をおいても(自分の予定を変更してでも)先方の筆頭理事に会いに行かなければならない。さらに委員長が自民党の場合、「野党の意見をのんでもらえなければ、やりたくないけど委員長に決断してもらわなければならない」と野党の筆頭から言われれば、妥協しなければならなくなる。
 あと3年間、この状況が続く。(2010年10月28日)

□----------------------------------------------------------□
  参議院議員 藤本祐司
  http://www.fujimoto-yuji.org/
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統一地方選、県議・政令市議は4月10日(日)、市・町村・特別区議は4月24日(日) 参院本会議

2010年10月29日 10時28分02秒 | 第176臨時国会(2010年10月)熟議
[画像]10月29日の参院本会議、「統一地方選臨時特例法案」の採決結果、参議院インターネット審議中継

【参院本会議 2010年10月29日(金)】

 内閣提出法案(閣法)で、参院先議となった「統一地方選臨時特例法案(地方公共団体の議会の議員及び長の選挙期日等の臨時特例に関する法律案)」が採決されました。法案の全文はPDFファイルで、http://www.sangiin.go.jp/japanese/joho1/kousei/gian/176/pdf/t031760111760.pdfで読むことができます。

 参院本会議では、「選挙制度」に関する特別委員長の田中直紀さん(民主党)が報告。委員会では、「統一率」の低下や、障害者の期日前投票などが審議され、全会一致で可決し、付帯決議を付けたことを報告しました。そのうえで、参議院本会議場だけにある、「押しボタン式投票システム」で瞬時に採決。

 投票総数 235
 賛成    235
 反対      0

 の賛成多数(全会一致)で可決しました。衆議院に送られます。

 統一地方選臨時特例法案は、2011年3月~5月に任期満了となる首長・議員の選挙を、投票率向上などのためにまとめることができます。

 道府県議会議員選挙
 政令指定都市の市議会議員選挙
 知事選挙
 政令指定都市の市長選挙の「統一地方選前半戦」は、2011年4月10日(日曜日)に、

 市議会議員選挙(政令市をのぞく一般市)と、
 町村議会議員選挙、それと
 東京特別区議会議員選挙
 は4月24日(日曜日)となります。

 なお、選挙を実際に闘う人にとっては、告示日(選挙戦の本番のスタート日)がいつかということの方が大事ですが、

一 都道府県知事の選挙 3月24日(木曜日)
二 指定都市の長の選挙 3月27日(日曜日)
三 都道府県等の議会の議員の選挙 4月1日(金曜日)
四 指定都市以外の市及び特別区の議会の議員及び長の選挙 4月17日(日曜日)
五 町村の議会の議員及び長の選挙 4月19日(火曜日)

 最も多くの人生に関わる「市議会議員選挙」は2011年4月17日(日曜日)告示、出陣となります。いずれにしろ、もう半年切っているわけですね。というか、知事選は3月24日スタートですから、来年の前半国会も忙しい、早めに予算審議を仕上げたい、というところでしょう。

 これから衆議院に送られますが、法案を提出した内閣をつくる民主党、国民新党だけで衆院過半数を超えています。

 ただし、国会、とくに衆議院は、重要議案の審議が来週ストップする可能性があります。これは自民党らが小沢問題に関する証人喚問を確約しないかぎり、補正予算案(きょう提出)の審議に応じない意向を示しているためで、補正予算案、閣法、議員立法(公明党提出の政治資金規正法改正案など)が衆院で審議できない状態になる気配となっています。会期末の12月3日(金)まで、あと5週間ですから、衆院通過、参院で審議(自民党の委員長が多い)、参院で可決、成立となってくるとかなり窮屈になっています。ヒトコト言えば、やはり補正予算案は会期の冒頭に出すべきだったのですが、代表選などのスケジュールを考えればやむを得なかった面もあります。

 ご存じの通り、1月から始まる通常国会は、まずは予算案の審議から始まり、衆院では2月末、参院では3月末までかかりっきりになります。そうなると、統一選を前に、閣法を審議する時間はさほど長くはありません。例えば、労働者派遣法改正案、郵政改革法案、地球温暖化防止法案などを成立させないまま、民主党が統一選に突入するとなると、いくら国政と自治体、地方議会は別物とは言っても、ますます逆風となってきます。

 やはり来週あたりに、岡田克也幹事長が小沢問題で重大な判断をする必要がありそうです。昨日の記者会見では、「ねばり強く、忍耐強く対応する」と語りました。これは一見、のんびり構えているようですが、強い考えで臨む意欲を示したものです。

 なお、国民(有権者、主権者)各位におかれましては、今週から来週にかけて、国会への監視の目をいつもより高めていただきたく存じます。そして、自民党が衆議院で「審議に入らない」という態度を示した場合は、抗議していただきたいと思います。

 都道府県連による温度差はあるでしょうが、民主党では、候補者(予定者)の人数はかなり揃ってきているようです。地方選は、もちろん自分の足腰だけで当選ラインを越えないといけませんが、なるべく順風の中で迎えたいものです。
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「金で死なないでいいんだよ」 金融庁のメッセージ、森山浩行さんが引き出す 

2010年10月27日 21時25分42秒 | 森山浩行 大阪16区

[画像]衆院内閣委員会で質問する民主党衆院議員の森山浩行さん、2010年10月27日、衆議院インターネット審議中継からキャプチャ

【衆院内閣委員会 2010-10-27】

 二大政党の議員は、秋の臨時国会を前に委員会の配置換えがあり、慣らしておいて、翌年の通常国会を迎える、というパターンが定着しています。森山浩行さんは、これまでの衆院経済産業委員に加えて、内閣委員も兼ねるようになりました。内閣委員会というのはこれは、面白い委員会で、首相官邸・内閣府に属する、すべての大臣が登場しますので、質問者がテーマを持って、政務三役に質問をすると、いろいろと出てくるおでんのような委員会です。

 私なんかは、森山さんというと、強いリーダーシップでぐいぐい引っ張る明治大学弁論部長としての「バンカラ番長」「猛獣使い」というイメージが強烈で、私は今でも引きずっていますが、国会議員になってからは、民主党秘書会の女性も、新聞記者の男性も彼を「やさしい感じの人だ」と評すので、「ふーん、印象というのはいろいろなもんだな」と感じておりました。こうやって、イメージのギャップを把握し、それが生じた理由を研究することは、ケネディ登場後の政治を分析するうえで、もっとも重要なことだ、と私は考えています。

 内閣委員会での初質問となった森山さん。ことし改正貸金業法で、1人に対する融資総額がその人の年収の3分の1以内に総量規制されましたが、金融庁政務官(内閣府大臣政務官)の和田隆志さん(広島7区)から、「多重債務などの負債の問題で命を絶つということはぜひしないでいただいきたい」との政府のメッセージを引き出しました。

 森山さんは「私は経済産業委員会の兼務で、(内閣委員会にも)所属させていただいておりまして、(経産委では)昨年から中高年の男性50代、60代の自殺に関心を寄せてきました。『経済問題」が理由の第一です。もちろん生命保険を担保とした融資は当然許されていないわけですが、それでも何年か経ったら、『ええんやろ』と言って自殺して、お金を返す、と。こういうような意思を持つ方が多いのではないか、と実感をしております。相談窓口があるんですが、『相談窓口なんか行ったって金貸してくれるわけやなし。そんなもん、役立つか!』というのも風潮としてあるかと思います。金融庁の相談窓口の現状についてお聞かせください」と関西弁をまじえて質問しました。

 答弁に立った和田・金融庁政務官は「今、森山委員ご指摘の通り、自殺の実態をご説明しますと、昨年を通じて多重債務を抱えて、それを苦になくなった方が1630人ほどおられるという統計でございます。それに、連帯保証(人としての)債務など、負債全般にわたって苦しんで命を絶たれた方を数え上げますと、合計3000人を超えておりまして、つまりは(自殺者の)1割はこういった理由に基づくという深刻な事情でございます」との認識を示しました。

 和田政務官は答弁を続け、「ご存じのように、ことし、改正貸金業法が完全施行になりましたので、その関係で、いろいろとお悩みを抱えている方のフォローアップとして、(金融庁に)チームを設置しました。『キャンペーン2010』として、(金融業界、自治体など)関係機関にも働きかけているところでございます。 例えば、さきほど、『窓口に行っても・・・』という話がございましたが、そこは、(金融庁が)幅広く悩みをお聞きしまして、それが債務の悩みであろうが、他の人生の問題であろうが、お答えしていくという幅広い対策をとっています」と説明しました。

 お金というのは、仕事と生活を動かす“荷札”に過ぎません。ですから、のっけから「お金の相談だけしろ」というのは無理な話。その人の生活そのものの実態を把握した上で、生活の立て直しを考えていかなければ解決できません。

 和田隆志さんは、「東大法学部→大蔵省(財務省)官僚→衆議院議員」というまさにエリート経歴を歩いて生きた人です。それならば選挙は圧勝かというと、そうではなく、自民党の「東大法学部→大蔵省(財務省)官僚→衆議院議員」という全く同じ経歴の人と小選挙区で激突してきました。ましてや、その相手、宮沢洋一(宮澤洋一)さんには「元総理大臣の甥っ子」という肩書きも加わりますが、苦労の末、第45回衆院選でついに小選挙区で初めて勝ち上がり、衆院3期目を迎えています。政治家にしては珍しく、とてもハニカミ屋の和田さんですが、政府としての強いメッセージを打ち出すために、「ちなみに・・・」と業界団体が作ってくれたパンフレットを取り出し、ハニカミながらも、金融庁、業界が連携してのフォローアップ体制ができていることをアピールしました。

 
[画像]ハニカミながらパンフレットを紹介する和田隆志・金融庁担当政務官とそのハニカミぶりに苦笑する玄葉光一郎・国家戦略大臣、2010年10月27日衆院内閣委、(衆院インターネット審議中継からキャプチャ)

 日本社会を支える社長さんたちの99%は東大法学部なんか出ていませんから、和田さんはこうやって答弁席でパンフレットを紹介するという、分かりやすい格好で、「多重債務などの負債の問題で命を絶つということはぜひしないでいただいて、私たち社会全体で支援の手をさしのべていきたいと考えて行きます」との政府全体のメッセージを発信しました。

 一方、メッセージ発信はお手の物、フジテレビ系関西テレビ(関テレ)出身でハニカミ知らずの森山さん。「ドラマなんかでも『死んで返せや』というのが横行している」とかつての仲間たちに苦言を呈しました。

 そのうえで、「つまり、借金のこと、『金で死なんで、いいんだよ」というメッセージを(政府としても)しっかりと発信していくということだと思います。『お金の問題で死ななくていいんだ」ということを政府の方でもドーンと言って頂きたく思います。私の質問を終わらせて頂きます。ありがとうございました」と質問を締めました。

 あの夏から1年2ヶ月。143人の政権交代チルドレン(民主党1期生)の中で、森山さんは「仕分け人」だとか「幹事長補佐」だとか陽の当たるポストにはなかなかつけないのですが、言葉以上にドーンと伝わってくるメッセージを感じました。

金融庁の無料相談会など「キャンペーン2010」のホームページ↓
http://www.fsa.go.jp/policy/kashikin/20100930.html





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鉢呂さんが「新聞が書いてくれない」と言うのでブログに書く

2010年10月26日 15時20分25秒 | 第176臨時国会(2010年10月)熟議
[写真]民主党国会対策委員長の鉢呂吉雄さん(鉢呂さん公式ホームページ)

 民主党国会対策委員長の鉢呂吉雄さんが25日夜のTV出演で、「新聞は書いてくれないけど、(第176)国会は凪(なぎ)の状態」というので、新聞が書かないので、私が書こうと思います。第176臨時国会も5週目(実質4週目)に入りました。衆参本会議の代表質問、衆参予算委員会での総括的な質疑、参院決算委員会の総括質疑を経て、ようやく10月19日(火)からきょう26日(火)にかけて、菅改造内閣の政務三役のあいさつ、それに先立つ新任委員長のあいさつ、そして、大臣の所信表明→それへの質疑がようやく終了しようとしています。ところが、先週20日(水)の衆院の総務委員会と財務金融委員会で、「口蹄疫被害農家への手当金(補償)を非課税にする法案」を国税分は財金委員長、地方税分は総務委員長が議員立法しました。これは衆参両委員会、衆院本会議、衆参の財金・総務委員会を経て、22日(金)の参議院本会議で、民主党・公明党ら全会一致で可決、成立しました。

 ところが、すでに提出済みの一般法案、今国会では、「郵政改革法案」「労働者派遣法改正案」「地球温暖化対策基本法案」が閣法の重点3点セットになるかと思いますが、いまだに衆院本会議での趣旨説明(審議入り)がされていません。なお、きょう(26日)の参院経産委員会で、参院先議となった「北朝鮮の経済制裁(貿易)に関する延長の承認」について、大畠章宏経産相が趣旨説明をし、審議入りしています。

 ただ、衆参の総務・財金、参院の経産はすべて民主党が委員長職をとっています。一般法案が審議入りせず、なかなかねじれ国会が動いてきません。政府はきょう(26日)の閣議で、補正予算案を決定し、29日(金)に国会に提出します。そして、11月2日(火)に衆院本会議で野田佳彦財務相が経済演説をして、平成22年度予算(2010年度予算)の補正審議がスタートします。そうすると、一般法案の審議入りのメドが立たないことになります。

 これを持って、鉢呂さんは「凪の状態」としています。与党国対委員長は泰然自若としていていいのですが、「地球温暖化対策基本法案」がなかなか可決しないまま、京都議定書の単純延長の可能性も国際社会ではささやかれだし、情勢が変わってきました。仮に米中露が入っていない京都議定書が延長され、そこで日本が25%削減では本末転倒、一人損ですから、これは認められない。だから、第174通常国会で、もう少し審議を急ぐべきだったのではないでしょうか。

 自民党は、第174通常国会に林芳正参院議員が筆頭発議者となって提出し、審議入りせず廃案となった「財政健全化責任法案」を第176国会では、衆議院にきょう(26日)提出しました。これと、補正審議を並行してやれ、という面白い提案をしてきており、民主党国対の対応が注目されます。過去の実績はないですが、玄葉光一郎・国家戦略相の能力なら答弁できるのではないかな、という気がします。

 また、公明党の議員立法「公職選挙法改正案(政治団体の代表者たる国会議員の責任強化)」もぜひ、熟議の国会で審議してほしいです。総務省のホームページで政治資金収支報告書を見ていると、会計責任者(たいていは国会議員の公設秘書)のサインは毎年あるのに、代表者のサインは解散時だけでいいことになっています。毎年分の報告書に署名捺印して、責任を持たせるべきです。こんなの一般社会で通用しないですよね。

 野党にも発想を変えてほしい。野党国対は、審議日程を引き延ばして、会期末で閣法を廃案に追い込もうとする戦術・戦略をとってきます。しかし、今はねじれ国会です。むしろ、野党国対は、衆議院でドンドン審議入りさせて、民主党の賛成多数で可決し、参議院に送る。そこで豹変して、参議院で次から次へと法案を否決して、廃案に追い込む。菅政権はピンチですよ~~。野党国対は、どんどん衆議院で法案を審議入りさせるべきなのです!

 ところで、鉢呂さん。あの・・・。夕べのTVで、国対もオープンになってきたという話をしていてそれはとても良かったですが、「自民党のあいざわ委員長」と「あいざわ」「あいざわ」と連呼していましたが、「あいさわ一郎」さんですから。

 ◇

 さて。ここで私事で報告させて頂きたいことがございます。さる22日(金)、私の父が地元の法人会から表彰状をちょうだいしました。父は商業者でありながら、人に頭を下げるのが大嫌いなので、私の散々の説得にもかかわらず、地域を代表するホールで開かれた表彰式には出席しなかったのですが、月曜日の早朝に法人会事務局の方が表彰状と粗品などをお持ち下さいました。筒から、法人会の表彰状を取り出すと、そこには、「あなたは(略)納税理念の確立と税務知識の普及ならびに社会貢献に努められ(略)本会の発展に寄与された功績は誠に顕著であります(略)ここに創立60周年、社団化45周年記念式典にあたりその功績をたたえ表彰します」とのことで、こそばゆいかぎりでございます。零細企業主として、長野のリンゴ農家の次男坊が農地解放後に東京に飛び出し、独立開業40有余年。我が国は、1980年代後半、工作機械(マザーマシン)の製造品出荷額が米独を抜き世界トップとなりましたが、ちょうどそのころ、現時点でも日経平均225社の中で、株価トップ企業の新製品(NC旋盤)の将来性に気付き、株式会社に改組したばかりのひよこの商事会社ながら、国内でわずか数社の販売代理店の座をつかみました。私が小学生の頃は、毎年のように税務調査が入っていて、事務所から外に出られない母が用意してくれた冷たい夕餉に一人向かった経験もありましたが、表彰状の文面を読んで、辛い思い出が誇らしい思い出に変わりました。法人会の表彰状を見て、あることに気付きました。あて名が父の個人名義になっていて、法人名がどこにも書いていないんですね。事務局の方がお持ち下さった表彰式の式次第パンフレットには、他の表彰者と同じく、個人名の後に法人名、所属支部名が書いてありました。が、表彰状は個人名だけ。ここに、法人会といえども、納税というのは、一人一人の国民の責任なんだという“法治国家の思想”を感じます。例えば、同じブロガーのラターシュさんは長野県北佐久郡軽井沢町にも固定資産税を払っておられるでしょう。私は長野県が本籍地でありながら、なさけないことに、長野県北佐久郡軽井沢町に固定資産税を払う身分にはなれませんし、なりません。ただ、「納税理念の確立と税務知識の普及」については、このブログでも、国民として何らかのお手伝いができるかもしれません。そして、一人の国民として、「たくさん収められなくても、正しく適正にしっかり収める」。それがアジア最初の法治国家、一等国の、国家のメンバーすなわち国民としての矜持だと心得ております。「納税理念の確立と税務知識の普及ならびに社会貢献」の思いを、鳩山由紀夫さん、小澤一郎さんにも、共有していただきたく存じます。
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82歳最長老の草川昭三さんが菅総理を一喝

2010年10月25日 16時38分10秒 | 第176臨時国会(2010年10月)熟議
[写真]最長老国会議員で、公明党参院議員の草川昭三さん(公明党ホームページ)

【参院予算委員会 2010年10月25日(月)】

 民主党にとって敗色濃厚な補欠選挙の翌日に、NHK入りの集中審議を設定した民主党の参院国対幹部の政治センスには疑問を感じます。

 まあ、それはさておき、衆参あわせて現在最長老議員、82歳の公明党の草川昭三さんが質問に立ちました。私はてっきり久しぶりの登場かと国会議事録を調べたら、ことしの第174通常国会(150日間)では、参院予算委や国土交通委員会などで合計10回も質問に立っていました。バリバリ現役じゃん、失礼しました<(_ _)>

 草川さんは、秋の統一補欠選挙について、「民主党が敗れた原因は、政治家とカネの問題について、国民の厳しい目線があったから。菅さんは、民主党の政治とカネの問題に関して、率直に、非を認めた方が、政治家・菅直人としての成長があるんじゃないかな。総理に対して、こんな言い方は失礼だけどね」と最長老らしく質問をスタートしました。

 そして、「菅さんには、どうも反省をするという態度が見受けられない」とすると、菅総理は「謙虚でない、と言われればそういうところもあるのかな、と思いながら、反省を含めて(質問を)お聞きしておりました」と、これは菅直人さんにしては珍しい答弁。そして、55年体制の野党時代に社公民路線で協調したこともある草川さんに、「私も野党暮らしが長かったので、権力を持っている立場と権力を持っていない立場(の違い)は身を染みて感じております」と述べました。

 草川さんは、「40年前から、菅さんは市民運動で、私は労働運動でがんばってきました」と話しました。この発言にアレ?と思われる方も多いと思います。公明党の草川さんが労働運動とは、違和感があるでしょう。実は、草川さんは、1967年(昭和42年)の第31回衆院選の愛知6区に、今で言う「基幹労連」から日本社会党公認で出馬し、次点になりました。このとき、同じ選挙区で当選したのが、後に公明党委員長や新進党副党首を務めることになる故・石田幸四郎さんで、お互いにバーターの選挙協力をするために、草川さんは国替えし、無所属で第32回衆院選で当選しました。新進党結党前の公明党(Clean Government Party)では、統一会派「公明党・国民会議」のメンバーで、新進党解党後の公明党(New Komeito)では公明党入りし、国会対策委員長を務めました。草川さんは、創価学会員ではないと思われます。55年体制の野党時代は衆院予算委員会の常連で、政府委員(政府参考人)席に国税庁の幹部を控えさせ、自民党の閣僚のスキャンダルをコツコツと突くという実に野党らしい政治家でした。大臣の答弁に納得しないと、明るい声で「それでは国税(庁)に聞きましょう」と政府委員席を指さす草川さんに、自民党大臣はビビッたことでしょう。

 自公連立政権が10年続きましたが、非学会系の草川さんには、政務三役のイスは1度も回ってきませんでした。今年の終わりには衆参あわせて勤続32年になる草川さん。根っからの議会の子なんでしょうが、こういう傾聴に値する質疑をもっと参議院で聞きたいし、民主党政権が前に進むためのアドバイスを聞いてみたらいいのではないかと感じました。

 
[画像]同僚の岡田克也さんの意見に耳を傾ける草川昭三さん(黄丸)、1997年12月27日、新進党両院議員総会(テレ朝映像から拝借)

[関連エントリー]国会名物男、草川昭三さんが国政復帰 連立見直しの即戦力か?(2008年9月1日付)
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ありがとう羽田孜さん 千曲会総会で政界引退を表明

2010年10月25日 00時43分10秒 | 第46回衆院選(2012年12月)大惨敗

[画像]綏子夫人に促されて、千曲会総会で、政界引退表明の原稿を読む羽田孜さん=2010年10月24日、長野県(ANNニュースから)

【追記 2017年8月28日】

 羽田孜さんは、このページに書いてある記事の後、2012年11月16日の「近いうち解散」とともに、衆議院議員を引退されました。勲一等桐花大綬章を受けました。東京都内や長野県上田市の自宅などで、理学療法士などのリハビリで、脳こうそくからの回復などをはかってこられました。その後、けさ、平成29年2017年8月28日午前7時6分、老衰のため、自宅で亡くなりました。享年82。葬儀は9月8日(金)。

 私からご遺族に哀悼の意を表します。そのうえで、このページを見てくださる方に対して、私・宮崎信行から、羽田孜さんへのご関心に心より感謝します。

【追記おわり】


 ありがとうございました。

 羽田孜さんが「千曲会(ちくまかい)」の総会で、今期かぎりでの政界引退を表明しました。

 何度も書いていますが、私は早大1年生のとき、1992年の第16回参院選で、知己である長野選挙区の候補者(北澤俊美さん)の選挙運動を労務員として手伝ったのが選挙デビューです。このとき、遊説カーの助手席に「羽田大蔵大臣」が乗り込み、東信地方を「みなさんこんにちは羽田孜です。日ごろのごぶさた失礼します。北澤としみ君をよろしくお願いします」と一緒に遊説したのが、後に総理大臣になる政治家と会話をした初めての経験でした。

 私は、自民党学生部での活動を通して、政権交代可能なもう一つの自由主義政党が必要であることにすぐに気付きました。これは自民党本部というよりも、自民党東京都連に、何だか怪しげな取り巻きが多いことに不信感をいだいたのがきっかけでした。縁は不思議なもので、私が早大鵬志会の先輩から紹介され、都内で手伝っていた衆院選候補予定者も、当選した北澤議員も、みんな自民党経世会(竹下派)所属でした。大学1年生のころは、私は今よりも権力欲が強くて、「泣く子も黙る」と言われた与党最大派閥との縁を大事にしていたこともあるんですが、そのような奇妙な糸に引かれて、改革フォーラム21(自民党羽田派)旗揚げとなりました。そして、大学2年生の夏休みには、あの第40回衆院選があり、私のところの候補者は落選しましたが、「自立と共生」の新生党は再び与党となり、細川内閣・羽田内閣が誕生しました。

 そして、羽田内閣退陣の5日後、ホテル・ニューオータニ前にあった新生党本部。私の大学の授業で行けませんでしたが、新生党学生塾の会合にふらりと羽田前総理(党首)が顔を出してくれました。私たちは「次の総選挙(第41回衆院選)の後に、また総理大臣になる人が学生の会合にふらりと立ち寄ってくれるなんて日本は変わるんだね。良くなるんだね」と感想を述べました。甘かった。そして、それから15年間、野党暮らしが続きました。私が国政選挙やここぞというときの権力闘争に凄まじいまでの執念を持てるのは、この経験がすべてです。

 また、私が早稲田大学鵬志会幹事長の当時、大隈講堂で開いた講演会では、羽田さんの話を聞こうと千数百人もの聴衆が集まりました。このとき、実行委員長だった山下和成君、彼の支持政党は私とは違ったかも知れませんが、彼は今も日経新聞記者をしています。このとき、私は幹事長あいさつで「羽田孜さんは、近く発足する、新進党の初代党首にも名前が挙がっています」と壇上で話しましたが、これも、羽田さん、海部俊樹さんの両総理経験者と、民社党委員長だった米沢隆さんの三つ巴の中、小沢軍団の支持を受けた海部さんが党首になりました。つづく1995年の党首選は憲政史上に残る汚点となり、羽田さんは太陽党へと離党していきます。

 それから、私は第2次民主党を記者として取材するようになりました。総理経験者ながら羽田さんは幹事長になりました。2000年に、鳩山由紀夫代表、菅直人幹事長という体制になり、羽田さんは特別代表になりました。当時横浜支局に移っていた私は、「しまった。祭り上げられたな」と思いましたが、「それでも羽田さんの総理復帰を願おう」と考えました。しかし、やはり、羽田さんの再登板の可能性は厳しい状況となっていき、そのとき、「改革フォーラム21で最年少だった岡田克也さんに総理になってもらいたい」と思い、10年が経ちました。もちろん、政権交代可能な二大政党デモクラシーを日本に根付かせることが私の志であることに変わりはなく、岡田総理は副次的な願望です。

 人生のいろいろな節目に羽田孜という存在があったと思います。正直言って、「アレをアレして」が口癖の羽田さんの細かい政策に関し、「この人、分かっているのかな」と首をひねることもありましたが、それはどうでもいいのです。「政権交代可能な二大政党デモクラシーを日本に実現するんだ」という志が全くぶれず、そして、有言実行させたのは、まさに羽田孜です。志が全くぶれなかった人の中で、今も国会議員をしている人を強いて付け加えると、渡部恒三さんであり、石井一さんであり、北澤俊美さんであり、そして岡田克也さんです。

 羽田さんは昭和10年(1935年)生まれですから、私の父より1歳年下です。政界引退後も、かくしゃくとお元気でお過ごし頂きたいと存じます。また、私が言うのも口幅ったいのですが、奥さまの綏子さん。この方は素晴らしい。政治家の奥さんとしてこれほど素晴らしい方はいらっしゃらないと考えます。

 それと、野党暮らし15年で、公共事業を持ってこられなくなった羽田さんを、毎回立派な成績で国政に送り続けた千曲会のみなさんの功績は、我が国憲政史に銘記されるべきだ、と私は考えます。羽田さんや千曲会のみなさんが植えて育てた二大政党というリンゴの木をしっかりと手入れして後世に残していきたいものです。羽田孜(1935-)。

羽田元総理が引退表明 民主党は“世襲”認めず


 民主党最高顧問の羽田孜元総理大臣が、次の選挙には立候補せず、政界を引退する考えを正式に表明しました。

 民主党・羽田元総理大臣:「今期限りでの引退を表明致しました」
 羽田氏は1993年、政治改革をめぐって当選同期の小沢元代表らと自民党を離党し、政権交代のきっかけを作り、翌年の1994年には総理大臣に就任しました。しかし、在任わずか64日間で退陣し、自民党の政権復帰を許すことになりました。後継者について羽田氏は、参議院国対委員長を務める長男の雄一郎氏の名前を挙げていますが、民主党は去年の衆議院選挙でのマニフェストで世襲を認めない方針を示していて、今後、調整を急ぐことにしています。

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小沢問題くすぶり作戦で、北海道5区補選で町村信孝さん勝利

2010年10月24日 21時43分36秒 | 第176臨時国会(2010年10月)熟議
[写真]自民党の町村信孝さん(自民党ホームページ)

 2010年秋の国政統一補欠選挙は、衆議院の北海道5区だけで行われ、自民党の町村信孝さんが民主党新人を破り当選確実になりました。NHKは午後8時の時報と同時に当確を出しました。票差を見てみたいところですが、仮に町村候補の得票率が60%前後となると、政権にとっては反省が必要となるでしょう。

 町村さんは政権交代後の昨年秋の第173臨時国会から衆院予算委員会の野党筆頭理事を務めました。町村さんに限らず、執行部全体の意思統一があったのだと思いますが、野党自民党は予算委員会で、「鳩山故人献金問題」「小沢問題」を正面から徹底的に攻めずに、1年以上経った現在も燻らせ(くすぶらせ)続けるという作戦をとっています。すでに司法手続きが終わっている鳩山問題でも、帳簿のコピーがあるはずだ、という複数の弁護士出身議員の通常国会での指摘が正しかったという情報が燻っています。小沢問題では、証人喚問だ、政倫審(政治倫理審査会)だ、と言っていますが、なかなか、実力行使に出てきません。

 私の記憶では、与野党逆転後の本格的な秋の臨時国会での衆院予算委員会で、柴山昌彦さんが1時間の持ち時間をたっぷり、政治とカネに費やしたことがありましたが、その後は「燻り作戦」です。ことし1月の第174通常国会召集前は小沢問題で世の中がてんやわんや、私も友人2人が逮捕されて「パニック発作」というものを起こして、今も薬を処方されていますが、このときの自民党も、まずは世間が忘れていた鳩山問題を、答弁席にいる鳩山由紀夫首相(当時)に聞いてから、小沢問題を取り上げ、小沢さんは答弁席にいませんから、総務大臣らにちょっとだけ答弁してもらって、また次の質問へと行きました。

 野党・自民党は秋の臨時国会で、民主党の中小企業金融円滑化法案などの強行採決に反発して、審議拒否したまま年を越しました。しかし、年明けの通常国会では、理由を述べずに審議復帰し、長崎県知事選で自民党系候補が勝つと、2日間ほど審議拒否したのを除けば、「証人喚問しろ」「自浄作用がない」と言いながら、小鳩問題で審議拒否をしていないのではないでしょうか。つまり「燻り続ける作戦」をとっているのだと思われます。

 その結果が、7月の第22回参院選の自民党躍進、民主党敗北のボディーブローとなったのではないでしょうか。

 このようにみてくると、町村候補の勝利は、野党に転じて、元官房長官・元外相、最大派閥領袖のプライドをかなぐり捨てて、予算委筆頭理事として、東大ラグビー部仕込みの攻撃的性格で、「燻り作戦」を成功させた知略がもたらした勝利に思えます。ちなみにマッチーは、岡田克也青年22歳にとって、通産省石油部での最初の直属の上司でした。マッチーは先輩外相として、岡田外相に「岡田君も、しっかり勉強しなさいね」と質問していました。岡田さんがマッチーのことをどう思っているかは分かりませんが、与党幹事長として、民主党候補の当選に全力を尽くしましたが、黒星スタートとなりました。

 北海道5区は全国有数の一票が軽い(総票数が多い)選挙区で、毎回、次点候補も10万票台に乗せています。今回は補欠選挙ということで投票率が低いでしょうから、民主党候補が10万票に届かないかも知れません。町村さんの得票率が60%に手が届いてくると、かなり深刻な事態です。

 小鳩問題の火種を消火しないと、これからも30代・40代・50代の優秀な候補者が討ち死にしていくことになります。「推定無罪」という言葉を多くの人が知ってくれたのは、これはありがたいことですが、信頼がつくる政治の世界では、「推定有罪」です。少なくとも今の民主党政権に「増税」をする資格はありません。また、公明党もとてもじゃないけど、「小鳩付き民主党」とは手を組めないでしょう。僕自身も何人もの友人が来春の統一地方選で改選を迎えるし、半分以上が民主党籍です。ぜひ、民主党という山の初期消火をしっかりしてほしいと思います。

 ところで、土曜未明は取り乱して一部の方にご心配をおかけしました。どうも国政が上手くいかないことが私のストレスになり、それは昔からのことなので、むしろ誇りに思っていますが、ちゃんとコントロールできていません。こんな時代なのに、私はこのところ懐に余裕があるんですが、将来不安なのでしょう、バッと使うことをためらってしまってますますストレスが溜まります。スポーツクラブが平日会員なのを、土日も入れてくれと申し込んだら、割引キャンペーンを使っているので、来年1月からになってしまいました。ご多分に漏れず、昨今はどうも割引キャンペーンを使ってみたくなりますが、来年1月からと聞いてストレスが溜まりました。ブログを期間を区切って休むのは、以前に失敗したことがあり、やりません。昨年5月、「ラターシュ」という人物が私のことを「知人の知人だ」と言ってきて、彼から「今度会って注意する」というなんとも気味の悪い攻撃を受けて、「休み」を宣言したら、急きょ民主党代表選になってしまい、スタートダッシュが遅れました。これはとても悔しいことでした。ちなみに東京という社会では、「友人の友人は赤の他人」ですし、私の知人の知人の中には、恥ずかしいことに、強盗殺人で公判中の刑事被告人もいます。この年越し、冬は、変な人がもっと増えると思うので、戸締まりをしっかりして、家族や大切な友人とだけ過ごしたいものです。
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自民党幹事長が“官邸の機密”を暴露 その情報源は?

2010年10月19日 20時41分45秒 | 第176臨時国会(2010年10月)熟議
(このエントリーの初投稿日時は2010年10月19日、午後8時半)

 さて、10月1日の所信表明から、衆参代表質問、衆参予算委員会と議案なしの全閣僚出席質疑が続き、NHKでもこの2週間、連日の国会中継となりました。ねじれ国会の中、野党各党は久しぶりの大幅露出で、けっこう実があり、おもしろい質疑を繰り返したと思います。

 参院予算委員長の前田武志さん(民主党)がきょう19日、仙谷由人官房長官を呼び出し、答弁の一部を注意したそうです。ただ、私は前原誠司外相が答弁のはじめに、「その報道は違います~」、「私が主導したわけではありません~」、「あなたの論理の組み立て方はおかしい~」という趣旨の発言で、まず自分の重責をかわしたり、逃れたりするような言い回しで答弁を始めたことが気がかりでした。前原さんは国民の生命と財産を預かる外交・安全保障の重要閣僚として、口先でなく態度で、そして「すべては結果責任」だ、という心構えで取り組んでほしいと思います。

 さて、この議案がかからない自由な討論の場で、10月12日の自民党幹事長、石原伸晃さんの質問で、「政権交代ある二大政党デモクラシーが根付きつつある」ことをうかがわせる興味深い歴史の一場面がありました。

【衆院予算委員会 2010年(平成22年)10月12日】

 予算委の野党トップバッターは9月の役員改選で、自民党幹事長に就任した石原伸晃さん。石原さんはまず、小沢問題から質問。政権交代後、野党・自民党は、かならず小沢・鳩山問題を聞くのですが、あまり多くの時間は割きません。そうやって問題をくすぶりさせ続けて、徐々に民主党支持率を下げようとしているのはみえみえです。が、その作戦は7月の第22回参院選で大成功し、改選第1党になりました。

 さて、石原さんは小沢問題について、このようなパネルを使って、追及しました。

 
[画像]衆院インターネット審議中継から

 「自ら議員辞職の決断を」(朝日)
 「小沢氏は自ら身を引け」(毎日)
 「小沢政治に決別の時だ」(日経)
 
 などと、新聞各紙の見出しを使って与党を追及するという、朝ズバのみのもんたさん状態。野党転落から1年2ヶ月の自民党です。

 しかし、石原さんはテレビの使い方が上手いですから、「この番組を見ている有権者のために」と、オーバーアクションで、質問を繰り広げました。とくに右手を大きく広げて質問しました。なぜ右手かというと、衆院第1委員室では、石原さんの右手方向に、NHK・民放あわせて合計8台以上のテレビカメラがあるからです。

 石原さんは「ネットを見ると、ブレ菅と呼ばれている」とネット上の有権者の不満を、野党第1党幹事長として、総理につないでくれました。どこのネットでしょうか?「2ちゃんねる」でしょうか?

 そのうえで、「官邸の中には総理が2人いる」という驚くべき国家機密を暴露しました。なんでも石原質問によると、首相官邸の中では、菅直人さん以外に、もう一人、仙谷由人さんという首相もいるらしいのです。で、暴露の情報源として、石原さんは、「という噂が週刊誌に載っていた。今の(2人の)答弁を聞いていると、そんな気がしますね~」と週刊誌報道および答弁のようすだと明かしました。

 「自民党も墜ちたもんだね~」という感想もあるでしょうが、いやいや、それは違います。自民党が野党になった、それだけの話です。第46回衆院選や第47回衆院選で政権交代すれば、また元に戻ります。

 情報とは最大の権力源です。予算だって、情報がなければ付けられませんから、お金よりも情報が最大の権力源です。それを自民党が50年間独占し続けたから、日本航空は123便の事故原因がホントウに垂直尾翼なのかどうかの情報を隠蔽・破棄して倒産しました。

 2007年の第21回参院選では、安倍晋三首相(自民党総裁)はSPを引き連れ、街頭で「みなさん、野党は過去6年間何をやってきましたか?何もやっていません!」という謎の演説をしました。でも、うなづいていた聴衆もいたようです。国民の責任も重大です。第45回衆院選の投票行動で政権交代させたのはいいですが、その後に、「霞が関をぶっ壊せ」「自民党をぶっ潰せ」と言っている人は、主権者(有権者)として自民党に投票し続けたという自分の過去の過ちを自己正当化しているにすぎません。もっと素直になっていただきたい。

 さて、石原さんは今の政界で最も活躍している1990年第39回衆院選初当選組です。民主党・公明党・自民党3党の幹事長は同期の桜となりましたが、その岡田克也さんを「外交音痴!」とTV討論で罵るなど、同期に手心を加えない“心強い野党第1党(政権準備政党)幹事長”です。

 私は、高校が杉並区、中選挙区時代の旧東京4区にありましたので、JR荻窪駅南口のバスローターリーの不二家の前で、毎朝、「元日本テレビ記者の石原伸晃です」とハンドマイクを持って演説している青年を見ていました。公示後に、旧東京2区の石原慎太郎・元運輸大臣の息子、というか石原裕次郎の甥と知り驚きました。そして、初当選した石原さんがその日のうちに、自民党から追加公認されてまたビックリしました。「保守系無所属」という制度を初めて知りました。今は、二大政党とも、党本部・県連による候補者公募がありますから、この制度は廃止されました。

 同じ日に旧三重1区では、自民党公認の岡田克也さんが、開票速報で、5人区の「6位」なのに、当確が出て、バンザイで盛り上がりました。最終的には4位での初当選となりました。岡田さんの方がちょっとだけ自民党の先輩ですが、1993年6月18日にお先に自民党を離党しました。石原さんは、ずっと自民党にいて、あの小泉内閣の行政改革担当大臣、国土交通大臣として苦労して、政調会長を務めて、幹事長になりました。逆に、岡田さんは1日たりとも自民党に戻らず連立すら組んだことがありません。本格的な二大政党デモクラシーを迎えて、どちらも信頼できる幹事長だと思います。で、2人ともお坊ちゃんで選挙に強いので、岡田さんは初めて閣僚になったときに、「ややスケジュールが過密すぎるなという感想は、率直に(言って)ございます(略)慣れない生活でやや疲れておりますけれども、まあ元気に頑張っていきたいと思います」と正直にディスクロージャーしました。そして、石原さんは「という噂が週刊誌に載っていた。今の(2人の)答弁を聞いていると、そんな気がしますね~」。

 これが二大政党制です。

 石原さんら、自民党議員の質問のおかげで、民主党政権の問題点・課題がスッキリ整理されました。民主党の敵は自民党であり、自民党の敵は民主党です。しかしそれは合わせ鏡であり、どちらが与党でどちらが野党かは、そのときの国民の気分に過ぎません。そして、政権交代するかどうかは、国民が判断することですから、政務三役はとにかく好きなようにやればいいのです。与党になると各種団体なるものが、議員室に押し寄せますが、野党になれば、そんなの来ません。政府外議員は勉強していればいいのです。そして、国政の枢機にかかわる最も重大な判断、すなわち、総選挙でどちらに政権を委ねるか。これは100%私たち国民が判断しますから、衆院議員とその候補予定者は難しいことで悩む必要はまったくありません。

 なぜ組織のために人が自殺するのでしょう。それは情報を抱え込んでいるからです。しかし、自殺した人には申し訳ないが、その情報というのは、口には出さない者の、複数の関係者が知っている情報であり、一人だけで墓場に持っていく情報ではありません。組織のために自殺するのは不要です。情報をディスクロージャーすればいいのです。まずは情報の見える化です。

 シェークスピア劇のような石原さんの身振り手振りに、予算委理事の民主党の川内博史さんが「あんたの芝居はイチイチくさいんだよ」とヤジを飛ばしました。これは残念なヤジです。石原さんのオーバーアクションのくさい芝居のおかげで、民主党政権の課題をチェックして、国民にお見せする良質な「テレビ番組」のさいちゅうなのに。内閣改造が終わったある日の日暮れ時、川内さんは議員会館内を一人で歩いていました。向こうから同期の桜の親友が歩いてきました。川内さんは、親友に「あれ、副大臣になったのに、なんで秘書官が付いていないの?」と声をかけました。副大臣は「いや~、今は政務だから秘書官はいなんだよ。公務ならどこでも付いてくるけどね」と答えました。川内さんは「政務と公務は違うの?」と尋ねました。川内さんのメガネの奥の目は珍しく、少しさみしそうでした。安倍首相が「野党は過去6年間何にもしていない」と演説した9ヶ月後に、野党・民主党はガソリン1リットルあたり25円値下げ(予算関連法案の年度内不成立)を実現しました。野党としては憲政史上最大の功績です。ガソリン値下げ隊長だったのは今さら言うまでもありませんが、川内博史さんでした。隊長には、まずは、とにもかくにも、いの一番に、二大政党デモクラシーを根付かせるんだ、という心構えを持ってほしい。隊長の予算委での「一人親方」の質問も良かったですよ、弱い人に目が向く政治家です。ただ、川内さんは第1次民主党にいましたから、新進党解党のおかげで、野党第2党から野党第1党に昇格しました。しかし、民主党統一大会に参加した仲間の中には、新進党解党で一度は政治家をやめようとした岡田克也さんもいるんです。せひ、好き嫌いに関係なく、政界でイチバン大きい志に向かって歩きつづけている同僚議員の背中を押してやってほしいのです。川内隊長、ここでめげちゃいけないよ。

 「政権交代ある二大政党デモクラシー」を根付かせることは、子孫に美田を残すことにつながります。今ポケットに100円玉1個しかない人でも、子孫に美田を残すことができますよ、100年後の子孫から感謝されたいでしょ、あんたも人間なら。こう見えても、日本はきょうも一歩一歩前進しています。そのためには、各々の自由になる時間の範囲内で、しっかりチェックして、第46回衆院選の予習をしていきましょう。
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公明党参院幹事長、小沢問題について「補正予算案を提出する前に解決しておく問題だ」

2010年10月18日 15時49分25秒 | 第176臨時国会(2010年10月)熟議

【平成22年(2010年)10月18日(月)参院決算委員会】

 参院公明党幹事長の木庭健太郎(コバケン)さんが質問に立ちました。この中で、野党5党は、小沢一郎氏の国会への証人喚問を求めているとして、小沢問題について、「補正予算案を提出する前に解決しておく問題だと思います」と述べました。これは、小沢問題の進展がない場合は、公明党が平成22年度第1次補正予算案に賛成しないことを示唆した発言です。仮に参院で公明党が補正予算案に賛成しなかった場合は、補正予算は成立しません。ただし、30日後に衆院で再可決することは可能ですが、この場合、来年の通常国会での本予算案やその関連法案の成立に赤ランプがともります。

 木庭さんは質疑の中で、公明党が提出している政治資金規正法改正案(代表者の責任強化)に民主党が賛成して、年内成立を図るよう求めました。さらに、行政を対象とする「不正経理防止法案」という独自立法に関しても、与党が協力するよう、求めました。

 コバケンは1995年の第17回参院選で、新進党公認で2人区の福岡選挙区で断トツで当選しましたが、小沢一郎党首の新進党解党により比例に回った当選4回生。公明党らしい人柄の良い大ベテランです。

 同じく参院公明党のベテラン、荒木清寛さんは、岩手県の庶民から、「小沢氏の影響力のある民主党とは組まないで欲しい」と念を押されたとブログに書いています。また、公明党幹事長代行の斉藤鉄夫さんはBS11番組で、支持者から「(与党と部分連合をして)予算が付かないでもいいから、闘う野党をめざしてくれ、と最近よく言われます」と答えるなど、小沢付き民主党に距離を取るスタンスを先週から急激に取り始めています。

 10月24日(日)投開票の衆院北海道5区補欠選挙では、自民党候補(公明党が一部支援)が民主党候補をかなりリードしている模様で、民主党執行部は小沢問題に関する何らかの進展をしないと、ねじれ国会の参院で公明党の賛成を得られない可能性が出てきました。

参議院議員 荒木きよひろ [アラキジャーナル] | アラキの活動 | 荒木の活動
2日に公明党第8回全国大会が開かれ、明年の統一地方選の全員当選に向けて怒濤の前進を開始しました。その前哨戦が、公明新聞の講読推進です。

 徳島県と岩手県での推進大会、江南市、名古屋市の北区と西区の党支部会において、私は、この党勢拡大への取り組みをお願いしました。

 壁の厚かった農村地域での推進、「講読申し込み書」のコピーに漫画を付けた県独自の資料を使ってのアピール、「団結こそが第一」との活動報告など、党員の皆様の知恵を絞った戦いに頭が下がりました。

 智略の限りを尽くして、頑張ります。

 岩手県での会合では、「小沢氏の影響のある民主党とは組まないで欲しい。」と念を押されました。
 姿勢の曲がった政府・与党とは妥協しません。

 小沢一郎元民主党代表の政治資金規正法違反容疑について、東京第5検察審査会は「起訴相当」の議決を行いました。
 推定無罪の原則と政治責任は別問題です。小沢氏は国会での説明責任を果たしていませんし、なによりも民主党の自浄能力が問われます。

 「政治とカネ」の問題については、追及の手をゆるめることはありません。


 党大会で山口代表は、党のビジョンの一つとして「地方分権の推進、地域主権型道州制の導入」を示しました。

 地方分権を進めるためには、県の単位を超える「道州」という大きな受け皿が不可欠です。道州制の導入は民主党のマニフェストには掲げられていないものの、必ずしも否定をする趣旨ではないようです。

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片山総務大臣、「法務局」廃止を「私は考えている」

2010年10月18日 11時18分40秒 | 第176臨時国会(2010年10月)熟議
[写真]総務大臣の片山善博さん(総務省ホームページ)

【平成22年(2010年)10月18日(月) 参院決算委員会】

 総務大臣(民間人)の片山善博さんは18日午前の参院決算委員会で、「地籍調査は市町村がしている」「土地登記は市町村が法定受託事務としてすることも可能だと、私は考えている」と述べました。民主党・新緑風会の姫井由美子さんへの答弁。菅内閣は、各府省が地方にブロックごとに持っている出先機関の廃止・自治体移管について、年内に各府省へ再回答を迫っています。法務省の出先機関である「法務局」の廃止・市町村移管は私の持論ですし、法務局が基礎自治体とは別に庁舎を持っていることで、大変な不便を個人的に感じています。2つの法務局を地下鉄と自転車と歩きで回ったことがあり、1日潰れたこともあります。ついでにいうと、「登記印紙」という高い証紙を、箱男のようなおばちゃんが売っていて、これが法務省所管の特別会計に入っていて、腹が立ちます。今すぐ廃止して、基礎自治体に統合してほしい。

 法務局は土地登記、商業登記、会社登録印の証明をしています。一方、市町村は法務大臣から法定受託事務として、戸籍謄本・抄本を作製しているほか、固定資産の評価と課税をしていますし、個人の印鑑登録もしています。ですから、商業登記も、土地登記も、戸籍や住民票や印鑑登録に毛が生えたようなものですから、法務局の職員を数人受け入れて、しばらくすれば、十分に基礎自治体の職員の力でできるでしょう。

 さらに、法務局は自前の庁舎を持っていることが多い。なので、庁舎の売却や賃貸などで、若干の税外収入が期待できます。

 また、国民・市民にとっては、かなりの都市部でも「法務局前バス停」はありませんが、「市役所前バス停」はたいていありますから、バリアフリーです。

 出先機関の見直しは、1日の所信表明で菅直人総理も、各府省へ再回答させることを明言しています。2009マニフェストに盛り込まれていましたが、衆議院の4年間の任期中で完成させるには、時間的余裕がないにもかかわらず、原口一博・前総務大臣はこの問題を放置してきており、第46回衆院選までにマニフェストの具体化の道筋をつけるには、ギリギリの状態に民主党政権は追い込まれています。

 当ブログはこれまでに、総務省行政評価局の本省を含めた全廃、労働基準監督署の警察本部(都道府県)への移管を主張していきました。また要望の多い厚生労働省のハローワーク(公共職業安定所)の市町村移管、それに加えて、橋本行革でも俎上にのぼった厚労省麻薬取締部の警察本部(都道府県)への移管もやりやすいと考えています。
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岡田幹事長、党資金の現金渡しを廃止

2010年10月14日 17時22分56秒 | 岡田克也、旅の途中
 民主党幹事長の岡田克也さんは、14日、党本部で記者会見し、「変な話ですが・・・」とことわったうえで、議員や地方組織代表者などへの活動資金の決済について、「今後は(銀行)振り込みでやります。きちんと記録が残るように」と述べ、現金での手渡しを止めることを表明しました。第22回参院選の直前に、菅直人代表になってから、前執行部(小沢一郎幹事長)が止めていた7つほどの県連活動費を選挙間近ということで、緊急に手渡したことがありますが、岡田幹事長の下では現金手渡しはなくなることになります。

 現金手渡しに関しては、2009年7月21日の衆議院解散当日に、前職候補者に次ぎ、新人・元職候補者を東京に呼び寄せて公認証を渡した際、上階の会議室に上げ、選対職員が新人候補者に「太ったんじゃない?」「あれ、痩せた?」などとメンタルを刺激する発言をした上で、他の職員が500万円の現金を目の前で剥き出しにし、「入れときますよ」と言ってカバンに詰め、これから選挙を闘うのにストレスが溜まったとの苦情が出ていました。また受け取った時点で午後3時を過ぎており、東京に不慣れな新人候補者は銀行の場所も分からないし、ATMじゃいっぺんに入れられないし、かといって、500万円を持って新幹線や飛行機を使って数時間もかけて帰省するのは気が重い。党本部の隣の全国町村会館に郵便局があるので、ここを使えば良かったんですが、知っている人は霞が関・議員秘書出身者など一部でしょう。

 このときの経験が、小沢一郎氏のマインド・コントロールにつながっているとの指摘が出ていました。渡部恒三さんは代表選直前の2010年8月29日放送のTBS「時事放談」で、「新しく当選した人たちは純情で素晴らしいんですよ。(小沢)ガールズなんて言われているくらいなんだから。党からもらった公認料を小沢君からもらったと錯覚ししているかわいらしい人がいっぱいいるんですよ」と指摘し、司会の御厨貴・東大教授もどうやら何か訳知りのようで、苦笑いしながら大きく頷きました。ちなみにこの7月21日の党本部では、福田衣里子さんは代理の方が来ていて、これだけは妙にホッとしました。もうこういうことは止めましょう。仮に岡田さんが同じことをすれば、岡田さんの求心力が高まるわけですが、こういうことを断ち切れる幹事長として、菅さんが岡田さんを選んだのはベストの判断だったでしょう。岡田さんは先週、石川3区(総支部長・近藤和也衆院議員)を訪れた際に、「輪島塗のお椀を5万3000円で買う羽目になったのは誤算だった」と笑わせながらも、「一生使うと思えば、高くない」と述べ、育ちの良さを隠せませんでした。このほか、「一回生の先生に幹事長補佐という役職についてもらうことを検討している」と表明しました。

 また特定の人物に渡しきりで領収書がいらない「組織対策費」を廃止することや、決裁者を財務委員長(現在は長浜博行・参院議員)だけでなく、一定額を超えると幹事長代理(現在は枝野幸男さん)、さらに一定額を超えると幹事長が決済するシステムに改めることを検討していると表明しました。

 岡田幹事長が「ねじれ国会でのプライオリティ(優先順位)が低い」として、すぐに手を付ける必要がないとしている「党綱領の策定」に関して、前日、菅代表(総理)が野党の質問に答える格好で、前向きな姿勢を示したことについて、「(菅さんとの)世代の違いかな」とポツリと述べ、会場内の笑いを誘いました。

 人事院総裁の江利川毅さん(昭和45年厚生省入省)が「ごあいさつしたい」ということで、「知らない人ではないのでお会いしました」ものの、江利川総裁が分厚い資料を取り出し、説明しようとし出したので、「私はちょっと幹事長になってから(政策面の)細かいことを頭が受け付けない」として、「読んでおきますと言って、資料を受け取って、お引き取り頂きました」と、幹事長職のペースをつかみだしたことをうかがわせる答えを連発しました。今政治に求められていることは、なによりも安定です。 
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連合会長の古賀さん、公明党は「選挙を一緒にやってきた仲だ」「違和感はない」 新進党の原点に立ち返ろう

2010年10月14日 13時55分50秒 | 第176臨時国会(2010年10月)熟議
[画像]BSフジ「プライムニュース」に出演した連合会長の古賀伸明さん(これは3月に出演時のもの)

 BSフジ「プライムニュース」に3月の春闘に続き、連合会長の古賀伸明さんが登場しました。フジテレビの反町理政治部長、八木亜希子アナウンサーとみっちり2時間、雇用のあり方についてトークしました。途中、日経CNBCの桜井充・財務副大臣(民主党)、斉藤鉄夫・公明党幹事長代行、野上浩太郎・シャドウキャビネット財務副大臣(自民党)の討論を聞いていたのですが、新聞記事になった部分は、見ていました。ちなみに、拙宅では、ケーブルテレビは居間だけで見られて、書斎は、地上波アナログとスカパー!なので、来年7月24日までに、ケーブルテレビの工事(2万円ぐらい?)をして、その後は月会費が2台目ということで、2000円くらいプラスになっちゃいますね(>_<)。まあしょうがない。

 民主党最強応援団長の古賀さんは、公明党について、「野党時代に選挙を一緒にやってきた仲だ」と新進党時代を思い出しながら、「違和感はない。政策的にも過去から自民党より近い」と述べました。

 古賀さんは、電機連合・パナソニック労組の出身。電機連合は大阪が牙城です。第41回衆院選で、大阪府の全19小選挙区では、新進党は15勝、無所属の平野博文さんを含めると、16勝3敗でした。15議員のうち、旧公明党が5議員、民社協会が2議員(中野寛成さん、西村眞悟さん)、日本新党出身2議員(藤村修さん、樽床伸二さん)、旧新生党も2議員(左藤章さん、西野陽さん=現在は自民党)が当選しました。なかでも、大阪13区では自民党の塩川正十郎さんが総務会長でありながら、落選し、旧新生党出身の西野陽さん(現在は自民党)が勝ちました。新進党大阪府連は各党の相乗効果(シナジー)が最高の新進党王国となりました。あわてた与党は選挙後に、当時政界の最高実力者だった自民党最高顧問の竹下登元首相が大阪出張し、「大阪は日本じゃないという噂があるわな」と述べ、総理経験者自ら予算での締め付けを宣言した、とされています。

 で、なぜ新進党大阪府連がこれだけ強かったかというと、連合も創価学会も庶民の味方だからだと思うんですね。連合は、正社員クラブとも呼ばれますが、大企業本社正社員だって“奴隷”です。仮に年収が2倍なら、会社と自分との“奴隷度”も2倍ということです。連合も公明党もともに、弱い人の味方ですから庶民の街・大阪で新進党が受けたのでしょう。しかし、1997年12月、小沢一郎氏が突然、新進党を解党してしまい、大阪に長い冬がやってきてました。電機連合の三洋も、いや「世界のSANYO」も消えていこうとしています。大阪経済には、いまだ雪解けの兆しはありません。もしも、新進党が残っていれば・・・というのはもう止めておきましょう。

 古賀さんも民公連携の背中を押しています。もう流れは止められません。民主党は誘い上手の菅さんを筆頭に積極的に公明党さんをデートに誘いましょう。公明党さんがどこまで焦らすかという問題になりつつありますが、(笑)、ていねいに実績を積み重ねていけば、道は必ず拓けます。民主党も公明党も日本をよくするための一つの道具に過ぎないのですから。国民や庶民が今イチバン政治に望んでいることは何でしょう? それは政治と生活の安定です。

 さあ、政権交代可能な二大政党デモクラシー、そして、自民党よりは弱い方々の味方をめざした新進党の志の原点に立ち戻りましょう。

 団結、ガンバロー!

公明と連携「違和感ない」 連合会長  :日本経済新聞


 連合の古賀伸明会長は12日夜、BSフジ番組で、民主党と公明党との連携について「野党時代に選挙を一緒にやってきた仲だ。違和感はない。政策的にも過去から自民党より近い」と期待を示した。同時に「公明党は自公政権として10年間やってきた。そう簡単に組むことはないだろう」と、一気に連立政権に進むことはないとの見通しも示した。

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