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田舎おじさん 札幌を見る!観る!視る!

私の札幌生活も17年目を迎えました。これまでのスタイルを維持しつつ原点回帰も試み、さらなるバージョンアップを目ざします。

奄美群島巡りを終えて 12

2014-03-16 22:26:21 | 道外の旅

Photo at 与論島 

 与論島でのハイライトは何といっても幻の白い砂浜「百合が浜」に自分の足で立てたことだろう。そして印象的だったのは島中を囲む南国特有の白い砂浜が広がった青い海岸線だった。 

 3月1日(土)沖永良部島からのフェリーの遅れもあり、与論島のホテルにチェックインしたときには午後3時近かった。その日は島を一周するバスで島の概観を把握するのが精一杯だった。

 翌2日(日)、当初はレンタサイクルを予定していたのだが、雨模様ということもあり急遽レンタカーに替えて島内を巡った。
 最初目ざしたのは、島内ではちょっとだけ小高いところにある「サザンクロスセンター」といういかにも南国を感じさせる名前の施設を目ざした。ここは島の博物館的施設であるが、5階建ての建物の展望室からは島内が展望でき、しかもその名のとおり南十字星を観測できる北限の施設ということだ。

          

          

 その隣には「与論城跡」があった。実際に城が完成することはなかったと伝えられているが、城の石垣など一部が残っていた。

          

 その後は、できるだけ海岸線を走った。最初に立ち寄ったのは、赤崎海岸というところだった。通称「サンライズビーチ」と称されているようだ。海岸の砂を見ると、サンゴ礁が砕けたものが一面に広がっていた。

          

          
 
 続いて、「クリスタルビーチ」と称される大金久海岸に寄った。

          

 この海岸に寄ったときは午前10時過ぎだった。前日、観光協会の事務所に立ち寄り大潮の時間を問うたところ、13時30分頃と伺っていたので幻の砂浜「百合が浜は見るのも難しいかな?」と思っていた。
 ここで幸運に巡り会った。海岸に着いて車を降りたときに、ちょうど傍を通りかかった初老の方が「これからお客さんを百合が浜に案内するが、一緒に行かないか?」と誘われた。「えーっ?浜に上陸できるんですか?」と私が問うと、「まだ広くはないが、浜には上がることができる」と言いますので、同行することにした。
 浜から離れること1,500~600メートルと意外に遠かったが、確かに洋上に白い砂浜が現れ、そこへ上陸することができた。長さ7~80メートル、幅2~30メートルの何もない白い砂浜だった。潮の満ち引きによって浜が現れたり、海面下に没したりするという幻の浜に立てたことは本当に幸運だった。

          

          

          

 クリスタルビーチの北端に船倉という集落に小さな海岸がある。そこは「鳩の湖」と呼ばれる水たまりがある。そこは鳩が水を飲んだり、水遊びに来ることからそう呼ばれるようになったということだ。

          

 船倉の近くには与論島をこよなく愛したという作家・故森瑤子の墓碑が立っていた。

          

 さらに海岸沿いを行くと、映画「めがね」のロケ地になったという「寺崎海岸」に出た。映画は見ていないが、ロケ地に相応しい光景だと思われた。

          

 まだ海岸沿いの道は1/4ほど残してはいたが、ここから私は島の中心地「茶花地区」へ戻った。
 そこの茶花海岸には海に向かって真っ白なモニュメントが立っていた。それは白一色の島として有名なエーゲ海のミコノス島と与論島が姉妹提携していることによるもののようだ。
 モニュメントの近くにはミコノス島を代表する光景の白い風車の複製も建っていた。

          

          

 与論島だけでなく、奄美の島々は観光的にはシーズンオフだったようだ。島は閑散とした印象を私に与えた。
 ただ、一週間後には参加者が1,300人にも達するという「ヨロンマラソン」が開催されるとあって街の中には期待感のようなものが漂っていた。何せ、ホテルなどの宿舎のキャパ一杯の選手が訪れるらしい。もし私の旅が一週間遅れた旅程であったらホテルの予約は難しかったかもしれない。

 実質およそ半日の滞在だった。島の人たちの島の生活に対する思いなども聞いてみたいと思ったが、、それも適わなく私は午後発の那覇行きフェリーの乗客となったのだった。