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私の札幌生活も17年目を迎えました。これまでのスタイルを維持しつつ原点回帰も試み、さらなるバージョンアップを目ざします。

冬の石狩川河岸を遡る 5 前編

2015-02-06 21:09:31 | 冬の石狩川河岸遡行スノーシュートレッキング

美原大橋 ~ 川下集落 トレッキング月日 ’15/02/05

 空は晴天、風はなし、この日寒気が入り込んで頬は冷たかったが、右手に石狩川を眺めながら快適なスノーシューイングを楽しんだ。石狩川には薄く氷が張りつめ、静かに雄大に横たわっていた…。 

 2月5日(木)、朝4時30分に起床し、桑園発6時12分発のJRで江別に向かった。
 6時45分、江別駅に降り立った私は寒気が頬を刺す中、シリーズ4でスノーシューを終えた〔美原大橋〕のたもとに向かった。

          
          ※ 間もなく日の出を迎えようとしている江別駅です。

 朝陽が昇るのを眺めながら、「いい歳をして、なぁ~んでこんなバカげたことをしているんだろう?」と思わないわけではなかった。しかし、乗りかかった舟である。行けるところまで行ってみよう!そんな思いが私を突き動かしている。
 また、人がどう思おうとも、残り少ない我が人生を、自分の思うように生きていこう、という一種の開き直りのような気持ちがあるのは事実だ。
 さらには、こうしてブログで発信することで僅か数百人ではあるが(いやたいへんの数の数百人だ)私のバカげたことを見守っていてくれているということが、私を突き動かすモチベーションにもなっている。

          
          ※ 駅を発って間もなく、住宅街の向こうに朝陽が昇ってきました。

 江別駅から歩くこと45分、〔美原大橋〕のたもと着いた。ところがここで躓いた。私はどこかに歩道があるはずだ、と思いながら歩き回った。〔美原大橋〕は複雑に交叉した立体的な橋である。30分あちこちと探したが、歩道を見つけることができなく、シリーズ4で帰ってきたときと同じように、車道の横に大きく積み上げられた雪の上を、スノーシューを付けて渡ることにした。(私は見つけることができなかったのだが、渡り終えたときに歩道が確かに存在することを確認できた)

          
          ※ 道路は岩見沢に向かう国道12号線です。向こうに見える陸橋のはるか左手に〔美原大橋〕が架かっています。

          
          ※ 歩道を見つけられなかった私は、道路の端に積み上げられた雪の上を進みました。

 〔美原大橋〕から見た石狩川の川面からは水温と気温の逆転現象によって発生する川霧が立ち昇っていた。この日の朝は相当に冷え込んだようだ。(この日、石狩川に近い岩見沢の最低気温はマイナス15度を記録したという)

          
          ※ 〔美原大橋〕の上から見た石狩川です。川面から霧が立ち上っているのを確認できるでしょうか?

 結局、今回のスタート地点の〔美原大橋〕のたもとの石狩川右岸からスタートしたのは午前8時30分だった。(江別駅を発ってからすでに1時間15分が経過していた)
 スタート地点は広い雪原が広がっていた。
 橋のたもとから、石狩川の川面に向かって進んだ。
 ここ数日、降雪はなく強風が吹き荒れたのか、雪面は固く締まっていた。前回のようにスノーシューを踏み込んでも沈まず、快適なスノーシューイングが予想された。
 雪面には強風が吹いた後に出来る風紋のような模様が一面に付けられていた。
 堅く締まった雪に気を良くした私は、宮沢賢治の「雪渡り」の中に出てくる「堅雪(かたゆき)かんこ、凍み雪(しみゆき)しんこ」の一説を思い出し、思わず口にしていた。

          
          ※ スノーシューの跡が前回の時とは違って浅いのがお分かりいただけると思います。

          
          ※ 強風によって雪面にできた風紋(?)です。

 石狩川の川岸に至り、石狩川を眺めると全体に薄く氷が張っていて、川全体はまだ眠っているように静かだった。

          
          ※ 水面が薄っすらと凍った石狩川です、渡ってきた〔美原大橋〕が見えます。

 前回のように雪原が続くのかと思っていたが、そうは甘くなかった。スタートしてそれほど立たないうちに川沿いには灌木が立ち込めるようになった。だからといって、川沿いら離れてしまったら、今回のスノーシューイングの趣旨から外れてしまう。私は灌木を縫うようにして進んだ。
          
 遠くに、樋門(水門)のようなものが見えてきた。それは石狩川に流れ込む用水路があることを示している。小さな用水路であれば雪に覆われているので、そこをそのまま通過することができる。
 しかし、傍に寄ってみると意外に大きな樋門で、水路の幅も広かった。
 私は堤防近くにある樋門のところまで戻り、水路を回避した。この時スタートしてからまだ30分が経過しただけだった。この樋門には〔美原三十六線樋門〕という名称が付けられていた。

          
          ※ 〔美原三十六線樋門〕の前の水路は凍っていましたが、薄そうなので回避しました。

          
          ※ 〔美原三十六線樋門〕から石狩川の方を見たところです。

 灌木の間を縫うように進んだ。どこの間を通るのがスムーズなのかを進みながら判断し、左右にジグザクと進む。それはまるで、登山の時にどこに足をかけて登るのかを一瞬のうちに判断しながら登るのととても似ているような気がした。

          
          ※ 本日のコースは写真のような灌木地帯がずーっと続いていました。

 川面に目をやると、相変わらず一面に薄く氷が張り、鏡のように見える。
 灌木地帯に入ると、やはり野生生物が多く棲息しているようだ。あちこちに足跡がたくさん見えるようになった。

          
          ※ 石狩川は相変わらず薄く氷が張っています。しかし、今にも解けそうな様子です。

          
          ※ 灌木地帯に入り、にわかに生物たちの足跡が目立つようになりました。

 この日はやはりかなり気温が低かったようだ。
 前回はスタートして直ぐに、アウターとインナーの間に着用していた羽毛のベストを脱いだのに、この日は一日中着用したままでも汗一つかくことがなかった。

 灌木地帯と格闘すること1時間半、石狩川を跨ぐように送電線が走っていた。
 私はこの日、このシリーズを始めてから初めて国土地理院発行の5万分の1の地図を携行していた。それで確認すると、まだまだこの日の行程の1/3程度進んだところだった。

          
          ※ 灌木地帯の中に忽然と赤と白に塗り分けられた鉄塔が現れました。

          
          ※ 電線は石狩川を跨いで伸びていました。

                                                 (続きは後編に)