スポーツの世界で経験的に感じていたことやメンタル面のことなどについて、認知科学の面からそうした現象について実験を交えながら解き明かしてくれるという興味深い講義だった。
北大の全学企画公開講座「いま感じる、生かす、スポーツの力」の第4回目が7月11日(木)夜開講された。第4回目は「観(み)る、視(み)られる、省(かえり)みる:認知科学から覧(み)るスポーツ」と題して、北大教育科学研究院の阿部匡樹准教授が講師を務めた。
※ 講義をされる阿部匡樹准教授です。
阿部氏はタイトルどおりに、①他者を「観る」、②他者に「視られる」、③自己を「省みる」の構成で講義された。
①の他者を「観る」ということに関しては、他者の運動を観察する際に、私たちは同じ運動を脳内でシュミレーションし、それを重ね合わせることでその運動を理解しようとしているとのことだ。そのことをミラーシステムと称しているそうだ。脳内でシュミレーションするには、私たちはその前に獲得したその運動のプログラムがあって初めてシュミレーションが可能になるとも言われた。
※ この図は、阿部氏が私たちに対して行われた実験の一つであるが、少し長くなるが説明すると・・・。阿部氏は「画面に出た絵と同じ手をできるだけ早く挙げほしい」と指示され、最初に右側の図を見せられた。全員素早く同じ方の手(右手)を挙げた。そのうえで次に左側の図を見せられたところ、私たちはかなりの時間を要して手を挙げた。このことは人がミラーシステムを活用しようとするとき、できるだけ早く自身の身体とイメージを重ね合わせる時に留意すべき点の一つということが言えそうである。
続いて②の他者に「視られる」に関しては、私たちは他者の視線に敏感であり、他者の視線が私たちの運動に影響を与えるということだ。このことは私も体験から理解できる分析である。試合本番で「アガル」という現象などはまさにこのことである。他者の視線によって注意の方向が変わったり、他者の存在によってパフォーマンスが変わったりすることはよくあることである。
最後の③の自己を「省みる」である。私たちは自分の能力を過大評価する傾向があるそうだ。このことを認知科学の世界では「平均以上効果」と称するという。こうした傾向は、能力の低い人ほど強く、反対に能力の高い人は自身を過小評価する傾向があるという。このことを「ダニング=クルーガー効果」と呼ぶそうである。
以上のようなことについて、私たちは経験的になんとなくそう感じていることも多いのではないだろうか?そうしたことを認知科学の世界では、さまざまな実験や、データの集積によって解明してきたという。
※ 年代別の「車の運転に自信があるか」を問うた時の割合である。想像以上の数字に驚いた。
阿部氏が提示されたたくさんのデータの中で非常に興味深いものがあった。それは③に関することであるが、運転技術に関して「自分は車の運転に自信がある」と答えた割合が60歳から80歳にかけて年齢と共に「自信がある」と答えた割合が増加しているという結果が出たということだ。このことなどは、自己の能力の低下を顧みず、自己を過大評価している典型のような気がする。阿部氏が講義の最後に指摘された「自身の能力を適切に見積もることは、思っているほど容易ではない」ということを心に深く受け止めたいと思った今回の講義だった。