鮎と戯れて・・・魚族に感謝

東北地方を中心とした短い夏のあまり多くない鮎釣りの記録。家族に感謝して。近くの広瀬川の環境等にも拘るも、オフは時事問題も

東北地方太平洋沖地震から9ヶ月

2011-12-12 19:29:33 | お知らせ

 きのう11日で東日本大震災から9ヶ月が経ちました。 9ヶ月です。 なんと早いことか。

 きょう清水寺から今年の漢字一文字が発表されました。 大方の予想どおり、””””でした。 別に異議はありません。 ”絆”はいつまでも大切にしていきたいものです。 3月11日の記憶も薄れかけてきているから、当時のことを思い出すためにも、思い続けるためにも、”連帯という絆”を思い出し、少しでも強いものにしていきたいと思います。

 10日土曜日に国際センターでシンポジウムがあり参加してきました。『東アジアは3.11をどう論じたか~東北復興へのメッセージ』というシンポです。 個人的には、基調講演を聴きたいなと思ったわけです。

 基調講演は、『東北復興へのメッセージ』として、芥川賞作家であり、福聚寺住職である”玄侑 宗久”氏が話しをすることになっていました。

 そうそう、主催は、独立行政法人 国際交流基金(理事長は今年の4月か5月までイタリア大使だったとか)のアジア・大洋州チームで、地元の国際交流協会も主催者の一員です。

    

 左がPR用のチラシで、右側はシンポでの次第と資料、発言要旨が掲載されています。

      「次第」です。

 基調講演の内容要旨となるかどうか、以下にメモを見、思い出しながら書いてみます。 玄侑 宗久さんは僧侶の姿でやってきました。 見るのも聴くのも初めてです。

 世界各地で賞賛された、被災者である東北の人々の冷静さや忍耐強さ、先を争わない心は、一体何によって支えられているのか、そこから日本人の心を織りなす「秩序」と「連帯」の源流を探ってみたいと、話し始めました。

 福永光司氏の「タテとヨコの文化論」( タテの秩序としての『馬』文化、ヨコの連帯としての『船』文化 )を引き合いに出して、日本には朝鮮半島からタテの儒教文化が入りこむ前に、ヨコの道教文化が山東半島から船によってもたらされたらしい。

 船というのは、仲良く乗りあうもの、そこから男女が対等であり互いに独立自尊であるというヨコの文化そのものであり、道教の教えに通じる。 そして船の文化とは、乗っている人々は一心同体であり、先を争わないものである。

 ヨコの連帯が先にあって、その後にタテの連帯が生まれるのが望ましい。 今の市場経済というのはタテの社会であって、方って置いてもタテの関係は強まっていく。 だから意識してヨコの連帯を強めるようにしていかなければならない、といいます。

 アジアモンスーン地帯の人々を表して、「こつこつ努力するけれど、諦めがいい」と。 そして七福神の話しにつなげます。船に乗っています。 船に乗っている七福神は室町時代末期から江戸時代にかけて広がったようです。

 当時世界と言えば、インド・中国・日本の三国。7人の神様の母国を見ると、インドが3人、中国も3人、日本は1人となっている。恵比寿様だけが日本の神様で、大黒天や毘沙門天、弁財天はインド、福禄寿や寿老人、布袋は中国とのこと(お恥ずかしながらはじめて知りました。)。

 七人の共通点はない。 まとめ役的なのが布袋で高笑いが象徴的。 因みに「幸い」とは、”違ったものが先に賑わう”ということからきたとか。船に乗った七福神は「アジア全域の和合を象徴している」

 まずヨコの連帯を目指し、そこから発生してくるタテの力を! 心の中の””龍””を鍛え、育てよ! 人間の思うとおりにならない存在である””龍””を味方につけよ! そういう静かな決意がむかしから我々にはある。 

 ヨコに連帯することから、巨大な””龍””が生まれるかもしれない、ということばで50分弱の講演は終了しました。 ”ヨコに連帯せよ”とはすなわち”絆を深めよ”ということにほかなりません。

 

 「龍」といえば真っ先に思い出すのはブータン国王の言葉ですね。 福島県の被災地を訪れた国王は相馬市の小学校で話しました。

 『自分の体験の上に存在し、経験によって大きくなるという心の中の”龍”。自分の龍を鍛錬して、感情などをコントロールすることが大切』(ネットより引用)

 

 玄侑さんの話しとブータン国王の話し、両方をじっくりと考えてみる必要がありそうです。


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