鮎と戯れて・・・魚族に感謝

東北地方を中心とした短い夏のあまり多くない鮎釣りの記録。家族に感謝して。近くの広瀬川の環境等にも拘るも、オフは時事問題も

寒いです、初積雪!

2011-12-16 13:08:46 | お知らせ

 寒いです。 最高気温が上がりません。 予報では3度くらいとか。 いやいや嫌な天気です。

 朝方まとまって雪が降りました。 その後は降ったり止んだりの繰り返しですが。 

 愛車もご覧のように雪をいただきました。 朝8時前です。

       

 河原はどうか? お昼頃一杯着込んで行って見ました。

             

 サケはいましたが、数は少なくなっていました。 ジックリ見てみましたが、分かったのは5匹のみです。 きのうアップしたサケは、12日の撮影です。 きょうが16日ですから、5日経ったのですが数は半減した感じです。 でもサケの死骸は見つかりません。 

 

  今年のミステリー?はサケの死骸がほとんど見つからないことです。 去年までならもっとたくさんの死骸がありました。 そして私も敢えてサケの死骸をこのブログでお見せしました。 不思議です。 死期を悟ってどこか別の場所に移動したのでしょうか。

          

 写真で白く見えるのは降っている雪です。 本当に空気が冷たい。 水中のサケの方が暖かいのでは? いよいよ広瀬川分流のサケもいなくなる時期が近付いてきたようです。 さびしいけど自然の理ゆえ、仕方のないことです。

 上の写真のサケ以外は、何故かとっても敏感になっていました。そう感じました。

 これはおまけです。鴨が泳いでいました。

 

 これからますます寒い日が続きます。 風を引かないようにお気をつけください。


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広瀬川分流のサケ

2011-12-15 22:10:21 | 広瀬川

 またまたまた広瀬川分流のサケです。 しつこいかもしれませんが、お付き合いください。 見てやってください。

 撮影は12日(月)です。 まだまだサケたちは元気でした。

 仲のよいつがいのサケです。

 

 どうです?とっても仲睦まじい感じでしょう。

 

 寄り添っています。

 

 2匹の子どものサケが一杯生まれればいいのですが、・・・。

 

 強い”絆”によって結ばれているのでしょうか?!

 

 でも、もしかしてメス同士だったりして、・・・。 まあ、何にしても仲がいいことはよきことかな!です。

 明日の分流はどうなっているのか??また報告します。

 

 


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赤穂浪士と奇跡の松と、

2011-12-14 22:14:34 | お知らせ

 きょうは朝方は冷え込みましたが、日中は陽射しも出て、気温も上がり暖かかったので、行くことにしました、床屋に。 来週20日、21日の第九の公演、いくらアマとはいえ、お客様は5,000円のお金を支払って見に、聴きに来てくれるわけで、出演する方としてもきちんとした容姿でお迎えし、歌を聴いてほしいと思うわけです。 自分のような者が歌う歌を聴きに来てくれるなんて、しかも安くはない料金を支払って来てくれる訳ですから、緊張します、身が引き締まる思いがします。 残っている練習日は、16日と19日の二日間のみです。 完璧な歌を目指して精一杯努力します。 ≪苦悩を突き抜けて歓喜へ≫ みなさんと前へ進みたいと思っています。 両日はよろしくお願いします。 心からご来場をお待ち申し上げております。 去年のようにボカシは止めました。 白髪でいきます。

 

 きょう12月14日は赤穂浪士が吉良邸へ討ち入りを敢行した日です。 1年10ヶ月の苦難を乗り越えて、仇討ちを達成したわけで、これもベートーベンの精神と相通じるものがあるのではないでしょうか。 苦しみ、苦悩が深ければ深いほど、達成した暁には喜びは何倍にもなって跳ね返ってくる。 46人は翌年には全員切腹ということになりました。 磔ではなかったということは、幕府も武士として扱わなければならなっかたということの現われでしょうか。 

 切腹とはいっても、腹を十文字にかっ切り、激痛をこらえて首を差し出し、首を刎ねてもらうというのではなく、短刀を腹に突き刺した時には、苦しみを与えることなく、首を刎ねたようにきいています。 それが武士の情けというものなのでしょうか。

 三島由紀夫の「憂国」ご覧になりましたか? 読んだことがありますか? ひとりでの切腹のため、腹を切ってから、首の頚動脈をかき切らなければなりません。 これは「最後の忠臣蔵」でもそうでした。 瀬尾孫左衛門が最後の場面で割腹するわけですが、割腹のあと頚動脈を切るわけで、割腹した部屋はもう血の海というか血が飛び散っている全く悲惨極まる状態になっていました。 「一命」はご覧になりましたか。 かなり前に中村錦之助(萬屋錦之助)たちが映画に出ていた記憶がありますが、瑛太の演技、凄かったですね。 迫力満点というか、これぞまさに鬼気迫る迫真の演技というのでしょうか。 何しろ竹光の脇差で切腹するのですから。 でも竹光では腕の力だけでは腹に刺さりません。 全体重を掛けて腹に刺そうとしても刺さらず、とうとう竹光は折れてしまいます。 幸いにも?、不幸にも?折れ方がとんがっていて、これなら刺さりそうになります。 今思い出しても身の毛がよだつ感じがします。 残酷にも介錯人は、何とか竹光を腹に刺して苦しんでいるのに、首を刎ねてくれません。 苦しむだけ苦しませて、とうとう見るに見かねて家老が介錯してしまいます。

 

 年末というのに話しがいやな方に進んでしまいました。

 嫌なことというと、嫌なことというか残念なことは、陸前高田市の奇跡の松です。3月11日の巨大津波で7万本もあった高田松原の松、たった1本だけが残りました。 奇跡の松として、被災者の心の支えとなっていましたが、蘇生は絶望ということで、これまで取り組んできた保護活動を断念したという新聞記事を読みました。 やはり塩分に負けてしまったようです。 それにしてもまっすぐに立っている奇跡の松の凛とした存在はどれだけ被災者に勇気を与えたことか。 感謝、感謝です。

           

 夕方のニュースによると、まつぼっくりから種子が出ているそうで、この奇跡の松の子孫を残すことができそうとか言っていましたが、そうできるのであればそうなって欲しいものです。

    


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公開シンポ 「東アジアは3.11をどう論じたか」

2011-12-13 20:37:26 | お知らせ

 きのうは、「東アジアは3.11をどう論じたか~東北復興へのメッセージ」という公開シンポジウムでの、玄侑 宗久さんの基調講演の要旨をお知らせしました。

 きょうはその後のパネルディスカッションの様子をお伝えしたいと思っています。 でも、どこのシンポジウムでもそうですが、スピーカーが発表したあと、それを基にして活発に?討論するはずが時間がなくなり、一方的に話しをしてお仕舞というケースがほとんどで、今回もそのような状態だったのが非常に残念でした。

 今回のシンポは午後1時から3時30分の2時間30分という長さです。でも、挨拶が3人もいて、それぞれが短くはなかったものだし、スピーカー4人の事例発表(問題提起)が予定よりも長かったこともあり、議論がほとんど行われなかった次第です。 そういうときには30分くらい延長してもいいのになあ(もちろん後が痞(つか)えていなければの話しですが)と思うのは私だけでしょうか。

 今回のシンポではじめて聞いたのですが、横文字ばかりです。 モデレーター、スピーカー、ディスカッサント、という言葉が出てきます。 司会進行者、事例発表者、討論参加者とかいうことはできなかったのでしょうか。

 

 「東アジア」ということで、スピーカー(事例発表)は中国・台湾・韓国・日本の四ヶ国、ディスカッサント(討論参加者)は何と18人も揃えているのです。 内訳は、中国5人、台湾2人、韓国6人、日本5人という陣容で、ほとんどが大学の教授クラスです。 本当にもったいないことです。

 

 モデレーターは東日本大震災復興構想会議委員で学習院大学教授の赤坂憲雄氏です。 3月11日の震災では、日本人だけではなくアジアの人々もたくさん被災している。 日本人だけではないということ、このことを忘れるべきではないと強調していました。関東大震災の記憶があるが、今回の震災は東アジアで共有されるべき災害であると。 確かにそういう観点がぬけていたなあと反省させられました。

 

 4人のスピーカーの中からひとり、韓国の新聞の編集委員である趙 容來(CHO,Yongrea) さんの話しを紹介します。

 ”韓国にとって東日本大震災とは”と題して、次のように言っています。

 ≪ ””韓国では地震がほとんど起きないため、今回の地震と津波は非常に衝撃的で、12日の9社の新聞朝刊の見出しは、『最悪の地震、気を失う日本列島』(1社)、 『最悪の強震と津波、日本列島を飲み込む』 (4社)、 『日本列島、驚愕・混沌・悲嘆』(1社)、 『日本最悪の日』(1社)、 『日本沈没』(2社) というもので、日本列島全域で起きた問題であるかのように捉えた。

 放送も、津波の凄まじい情況を伝え、恐怖と不安感を刺激しているようで、日本全体がそのような被害を被っていると思わせぶりな報道だった。

 日本のメディアの報道ぶりは、非常に落ち着いて淡々としていて、国家の利益と社会の安定のためなら刺激的で扇動的な報道を最大限自制するという日本のメディアの特徴を改めて認識した。 それと比べて、韓国のメディアは過剰報道、扇動的報道という問題がある。

 原発事故については、日本の政府や報道機関は正確な情報を伝えなかったのではないか、海外の専門家たちは事態の深刻さを指摘したにもかかわらず、日本政府は正確な事実を言わなかったようだ。 日本の報道機関は驚くほど冷静さと落ち着きを維持したが、政府が真実を言わなければ、日本のメディアは政府に対してもっと突っ込んだ取材を行うべきだった。 政府が発表した内容だけを伝えているような日本のメディアの姿勢は問題である。

 韓国の報道機関は「放射能雨」という刺激的な言葉を使って、危険性を大々的に報道したが、これも韓国メディアの扇情的な報道と関係深い。

 そういう中でも重要なのは、日本の原発事故は海の向こうの情況としてではなく、韓国人の日常生活と密着しているということ。

 大震災の時に被災者たちが秩序正しく、極限状況の中でも冷静さを失わず、整然として耐えていたことは韓国では大変高く評価された。””  ≫

 

 3枚の写真は、浄土真宗本願寺派の寺院が経営していた幼稚園(今は廃園)でのボランティア活動の様子です。(うちのお寺は浄土真宗ではありますが、東本願寺派です。) 「きぼう」と「きずな」という大きな縦看板が歩道に面して立てかけられています。 園庭にはいろんな車が駐車しています。 地道に活動しています。 頭が下がります。


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東北地方太平洋沖地震から9ヶ月

2011-12-12 19:29:33 | お知らせ

 きのう11日で東日本大震災から9ヶ月が経ちました。 9ヶ月です。 なんと早いことか。

 きょう清水寺から今年の漢字一文字が発表されました。 大方の予想どおり、””””でした。 別に異議はありません。 ”絆”はいつまでも大切にしていきたいものです。 3月11日の記憶も薄れかけてきているから、当時のことを思い出すためにも、思い続けるためにも、”連帯という絆”を思い出し、少しでも強いものにしていきたいと思います。

 10日土曜日に国際センターでシンポジウムがあり参加してきました。『東アジアは3.11をどう論じたか~東北復興へのメッセージ』というシンポです。 個人的には、基調講演を聴きたいなと思ったわけです。

 基調講演は、『東北復興へのメッセージ』として、芥川賞作家であり、福聚寺住職である”玄侑 宗久”氏が話しをすることになっていました。

 そうそう、主催は、独立行政法人 国際交流基金(理事長は今年の4月か5月までイタリア大使だったとか)のアジア・大洋州チームで、地元の国際交流協会も主催者の一員です。

    

 左がPR用のチラシで、右側はシンポでの次第と資料、発言要旨が掲載されています。

      「次第」です。

 基調講演の内容要旨となるかどうか、以下にメモを見、思い出しながら書いてみます。 玄侑 宗久さんは僧侶の姿でやってきました。 見るのも聴くのも初めてです。

 世界各地で賞賛された、被災者である東北の人々の冷静さや忍耐強さ、先を争わない心は、一体何によって支えられているのか、そこから日本人の心を織りなす「秩序」と「連帯」の源流を探ってみたいと、話し始めました。

 福永光司氏の「タテとヨコの文化論」( タテの秩序としての『馬』文化、ヨコの連帯としての『船』文化 )を引き合いに出して、日本には朝鮮半島からタテの儒教文化が入りこむ前に、ヨコの道教文化が山東半島から船によってもたらされたらしい。

 船というのは、仲良く乗りあうもの、そこから男女が対等であり互いに独立自尊であるというヨコの文化そのものであり、道教の教えに通じる。 そして船の文化とは、乗っている人々は一心同体であり、先を争わないものである。

 ヨコの連帯が先にあって、その後にタテの連帯が生まれるのが望ましい。 今の市場経済というのはタテの社会であって、方って置いてもタテの関係は強まっていく。 だから意識してヨコの連帯を強めるようにしていかなければならない、といいます。

 アジアモンスーン地帯の人々を表して、「こつこつ努力するけれど、諦めがいい」と。 そして七福神の話しにつなげます。船に乗っています。 船に乗っている七福神は室町時代末期から江戸時代にかけて広がったようです。

 当時世界と言えば、インド・中国・日本の三国。7人の神様の母国を見ると、インドが3人、中国も3人、日本は1人となっている。恵比寿様だけが日本の神様で、大黒天や毘沙門天、弁財天はインド、福禄寿や寿老人、布袋は中国とのこと(お恥ずかしながらはじめて知りました。)。

 七人の共通点はない。 まとめ役的なのが布袋で高笑いが象徴的。 因みに「幸い」とは、”違ったものが先に賑わう”ということからきたとか。船に乗った七福神は「アジア全域の和合を象徴している」

 まずヨコの連帯を目指し、そこから発生してくるタテの力を! 心の中の””龍””を鍛え、育てよ! 人間の思うとおりにならない存在である””龍””を味方につけよ! そういう静かな決意がむかしから我々にはある。 

 ヨコに連帯することから、巨大な””龍””が生まれるかもしれない、ということばで50分弱の講演は終了しました。 ”ヨコに連帯せよ”とはすなわち”絆を深めよ”ということにほかなりません。

 

 「龍」といえば真っ先に思い出すのはブータン国王の言葉ですね。 福島県の被災地を訪れた国王は相馬市の小学校で話しました。

 『自分の体験の上に存在し、経験によって大きくなるという心の中の”龍”。自分の龍を鍛錬して、感情などをコントロールすることが大切』(ネットより引用)

 

 玄侑さんの話しとブータン国王の話し、両方をじっくりと考えてみる必要がありそうです。


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アブラハヤ

2011-12-11 15:38:48 | 広瀬川

 きのうから今朝方にかけての皆既月食、ご覧になりましたか。 私も11時30分頃ですか、寒くないようにして外に出て双眼鏡でお月様を見ました。 見上げました。 ほとんど垂直といっていい感じの上空にお月様はいました。 あと10分かそこらすれば完全に消えてしまうだろうとは思ったのですが、途中で諦めました。

 なぜか? 首が痛くなったからです。 あの忌まわしい9月6日の最上川での出来事がなければこうはならなかったと思うのですが、いまだ完全には首筋周辺の筋肉は元に戻ってはいません。 すぐ疲れます。 地面にブルーシートを敷いて、寝転んで見上げるのが一番いいのでしょうが。 でも。ほとんど消えかかっているお月様は見ることができましたので、それで満足です。

 

 きょうは午前中風がありましたが、その割にはあまり寒くはなかった。 河原を歩いても、もちろんコートを着ているし、マフラーもしているからでしょうか、寒さは感じませんでした。

 いつものように広瀬川の分流のサケを見ていました。 上流側に人がいてなんか竿を振っているように見えたので、近寄っていきました。 あの様子ではサケを掛けようとしているのではないようです。 丁度下水・汚水・雨水が流れ込むところで竿を出しているようです。

 このブログでも何度か紹介しましたが、排水口の下の溜まり場には小魚が一杯いるのです。 アブラハヤです。 それを浮き釣りしていました。

       

 いつもならここの水であっても透明にちかいのですが、この頃は汚水が流れ込んでいるようで底が見えません。魚が見えません。 でも釣っていました。 釣れていました。

 型は、5センチから大きくて10センチ近くでしょうか。

 

             

 餌は何でもいいとのこと。 フライにして食べるのかなと思ったのですが、いくらなんでもこんな汚いところで釣った魚(魚は何も悪いことはないのですが)を食べはしないだろうとなと思いつつ話しをしていくと、水槽で飼うのだそうです。 

 何でも水槽は5つもあり、大きさで分けているとか。 餌をやると寄ってきて可愛いものだといっていました。 ハヤは丈夫な魚ですから、水槽の中でも元気に泳いでいるそうです。

 家でも金魚がいなければ、アブラハヤでも飼おうかなと思った次第です。

コメント (2)
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佐渡裕先生

2011-12-10 21:20:47 | お知らせ

 見ましたか? 今朝のテレビ。 何とあの佐渡裕先生が出ているではありませんか!! グッさんと。 佐渡先生が一年の三分の一を過ごす東京の好きな店を紹介していました。 

 まったくリラックスした佐渡先生の表情がありました。 11月23日は先生の指揮で第九の練習をし、 # Laufet~♭ の部分では何となんとナント先生と型を組んで歌ったのです。 信じられないくらいです。

 そして12月4日、1週間前には ”サントリー 10000人の第九 with TOHOKU” に出演し、仙台から大阪とともに第九第4楽章を歌いました。 あれからもう1週間も経ってしまいました。 早いものです。

 グッさんと気楽におしゃべりをし、店を訪ね歩く佐渡先生はもちろん普段着で随分とリラックスしていました。 話しの中で、佐渡先生の身長と体重を知りました。

 慎重=186センチ、体重=83キロ です。

 私は165センチと言いたいところですが、小さくなって164センチ、体重は9月頃は減ってきて53キロ台でしたが、今は56キロ近くになり太りはじめています。55キロ台が自分にとって標準体重です。 これ以上太らないように注意しないと。

 こんなに身長や体重に差があれば、普通に肩を組むことは難しいでしょう。 23日、私も佐渡先生の右肩に右手を回そうとしたのですが、できませんでした。 だから先生の右脇腹というか右腕の下に手を回すのが精一杯でした。

 そのときの写真が新聞に掲載されたし、テレビでも撮影されたので、今となっては大変貴重なこととなっています。

 佐渡先生はステーキが好きなようで、過去に3キロも食べたことがあるそうな。 鉄板焼き屋でステーキやハンバーグをおいしそうに食べていました。

 その店ではオリジナルの指揮棒を見せてくれました。 一杯持っているのですね、当たり前ですが。 冗談でしょうが、グッさんがこの指揮棒でカップめんを食べたり、鉄板の上のステーキを刺したりもできますね、というようなことを言ったりしても、先生はニコニコしていました。

 ライブハウスではリコーダーを吹いてくれました。 リコーダーといえば、第九の練習のとき、このフレーズはリコーダーの片手だけで吹ける旋律であるということを言っていましたね。 確かに ミミファソソファミレという旋律は片手で引けます。 それを取り入れて作曲したベートーベンは偉い!と思わざるをえません。

 そして圧巻?は””タイガーマスク””の演奏とグッさんの歌でした。 何でも佐渡先生が音楽家となった原点がタイガーマスクのテーマソングだったとは!?小学5年生の時、タイガーマスクを演奏して、クラスが一つにまとまったことが契機となったようです。

 

 仙台での第九の本番まであと10日余となりました。 練習は、あす11日と16日、19日(オケ合わせ)の三日あります。 そして本番の20日と21日を迎えることになります。 

 

 きょうは皆既月食とか。 外はかなり寒いでしょうが、お月様を見るつもりです。

 


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上流域の広瀬川河川工事・護岸工事

2011-12-09 21:42:12 | 広瀬川

 今までとは異なった上流域の広瀬川河川工事について、12月2日にはじめてお知らせしていますが、きょうは7日時点での工事の状況です。写真が中心となります。

     

 7日はこんなにたくさんの車が駐車していて、簡易トイレまで持ち込まれています。 この付近は鮎釣りの好ポイントなのです。 ここで何回竿を出していることやら。 もうメチャクチャです。

 まず下流域の方から。

 

 上下の写真はショベルカー等が活動しているところの下流域の様子です。 このような大きな土嚢?が積み上げられています。

 

 その上部では浅くなったために作業員が色々と動き回っていました。 このショベルカーはブルドーザーも兼ねているようです。 はしごが見えますが、今年の夏までですとこの部分は深くなっていて、とても人が歩きまわれるような状態ではなかったですし、はしごを掛けることなんて不可能なところでした。

 

 拡大すると下の写真のようになります。

 

 今回の工事の主眼は下の2枚の写真のところの護岸のようです。 もともとこの部分は地震や大雨で脆くなっていたところで、いつかは何とかしなければならないところでした。

 

 大雨になるとここに滝ができます。 山からの水は常に流れていますが、大雨になると三居沢の滝よりもはるかに豪快な滝が出現するところです。 崖の上にある建物は今にも崩れそうです。 多分人は住んではいないと思います。

 

 上の写真のすぐ上流側の様子です。水量が少なくなっているのは、流れが堰き止められているからです。

  

 下の写真のように、上流側にも大きな土嚢?が斜めに詰まれています。 土嚢の上流側は浅いトロに成り果てています。 工事が終われば流れは回復するのでしょうが、果たしてどういう流れに戻すのか? まったく平坦に近い、変わり映えのしない、何の変哲もない、つまらない浅瀬にしてしまうのでしょうか。

 

 なんにしても川の主人公”魚”にとって受難の日々が当分続きますし、工事が終わっても安心して憩える川の流れとなることはないように感じてしまいます。 ペシミストの本領発揮です。 よくないことですが。

 今後も工事の様子は詳しくお知らせします。


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12月8日

2011-12-08 23:03:48 | 思いつくまま

 きょうはきのうとは異なり、肌寒い一日でした。

 午後1時から同じ町内の1年先輩の葬儀告別式があり、夫婦で出席してきました。 大腸がんだったそうで、8月から体調を崩し、あっという間に亡くなってしましました。 笑顔の写真がとっても素敵で、それだけに何と早い死であることか、悔やまれます。

 そしてきょう12月8日はジョンレノンの命日です。 1980年のきょう、狂信的なファンに射殺されてしまいました。 きょう一日だけで何回レノンの歌を聞いたことでしょうか。 どれもいい歌ですが、やはり”イマジン”ですか、想像力により創造力を逞しくしていかないと、世界に平和はやって来ないのではないでしょうか。

 

 そしてまた、きょうは日本軍による真珠湾攻撃の日でもあります。1941年12月8日(アメリカでは7日)から70年も経っています。 日本とアメリカが戦争をしたということを知らない人がいてもおかしくないですか。

 ハワイの真珠湾と言えば私たち夫婦の新婚旅行ではじめての外国となりました。1975年の12月8日に日本を発ったのですが、着いたのは7日となり、この日はアメリカにとって日本軍の真珠湾攻撃を受けた日となっています。

 

 きのうの朝日新聞に、「真珠湾攻撃兵と助けた日系人 命落とす」 「美談か裏切りか 島の悲劇」 「愛媛の高校教師 授業での議論 本に」 という見出しでの記事が掲載されていました。 これはニイハウ島事件といわれ、日系人迫害の引き金になったとも言われているとか。

 きょうの朝日新聞は、「真珠湾 私の70年」 「死んだ仲間 忘れない」 「故郷の沖縄戦参加 投降を呼びかけた」 「「天皇に弓」問いに「NO」」 という見出しで、米戦艦元乗組員、日系の元米軍人、日系の元収容者のことを取り上げています。

 朝日新聞は、オピニオンで大きく『真珠湾が教えるもの』と題して、東大教授の加藤陽子さんのインタビューを掲載しています。この記事は大変に考えさせられるものを含んでいます。 はじめて知ることもありますし。 やっぱり知らないことが多いのですね。 もっともっと広範囲に知的好奇心を広げないといけません。

 またまた朝日新聞ですが、天声人語でも日米戦争について書いています。日米開戦と終戦の時に外務大臣だった東郷茂徳について、戦後にA級戦犯として禁固刑を受けたが、獄中で詠んだ歌を紹介しています。『此人等国を指導せしかと思ふ時型の小きに驚き果てぬ』 『此人等信念もなく理想なし唯熱に附するの徒輩なるのみ』 軍人の「小物ぶり」を憤っていますが、そりゃそうでしょう、拳銃で自決しようとしてもできなかったような奴を陸軍大臣や首相に任命し、戦争を始めたのですから。 でも絶対に東條英機は許されません、絞首刑になっても許されるべきではありません。 戦陣訓なるものを制定し、軍人のみならず軍属や住民をも巻き込み自決させておきながら、自分は拳銃でさえ自決、自殺さえできなかった。多分死ぬ気などなかったのでしょう。 恥さらしもいいところです。

 

 夜サークルの練習があり、帰宅が遅くなってしまったのですが、途中からNHKのBSプレミアムを見ました。 みなさんはご覧になりましたか。 午後8時からの「真珠湾への7日間」は見られなかったのですが、9時からの「運命の22日間」は1時間ほど見ました。 8月15日で戦争は終わったと言われていますが、北方領土ではその後もソ連との間で戦闘が行われていたのです。 占守島の戦闘は浅田次郎の「終わらざ夏」に詳しく書かれています。 この本を読んではじめて戦後にアリューシャンでこのような戦闘があり、しかも被害の上では日本が勝った、唯一ソ連を相手にして日本の方が損害が少なかった島ということを知りました。 でも停戦後はシベリヤに抑留されて悲惨なめにあっています。

 もっと書きたかったのですが、きょうが終わってしまいます。

 いかに自分で知ること、記憶することが大切か、考えさせられます。

 


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元気です、広瀬川分流のサケ

2011-12-07 21:30:40 | 広瀬川

 きょうは大雪とか。 でも割と暖かい一日でした。 風がなかったのが幸いです。

 午前中、妻が友達から借りてきたというDVDの映画を見ました。 韓国映画 『LOVE STORY』 です。 この映画は私の大好きな映画で、このブログでも結構長く書いたことがあります。

 母と娘、それぞれの恋人との物語ですが、何ともほろ苦くしみじみとさせるものがあり、見終わったあとは心が洗われる映画です。

 結構な数の韓国映画を見ていますが、この映画が一番好きで、お勧めです。 ジュヒ役のソン・イエジンがいいです、たまりません。 現代的な顔ではなく(褒めているのですが)、清純そのものの顔付、そうそう若かりし頃の吉永小百合に近いと言ったらいいかな。

 川や雨が効果的に使われています。 雨降りの場面の何と多いこと!!

 そして、現在と過去が目まぐるしく交差するというのは、韓国映画によく取り入れられている手法ですね。 一人二役ですので、注意して服装や背景を見ていかないと、現在なのか過去なのか一瞬分からなくなりかねませんので、ご覧になる方は心してご覧ください。

 Son ye・jin(ソン イエジン)素晴らしい俳優です。 

 

 この前雨が降ったお陰で広瀬川は少し増水しています。 分流を見たらいました、サケが、元気にゆったりと上流をむいて群で泳いでいます。

 

 雨による増水効果なのでしょうか、かえってサケの数は増えています。 嬉しい誤算です。

 

 私としては少しでも多く、少しでもきれいに、広瀬川の分流まで遡上してきてくれたサケたちの様子を記録しておきたいと思ってバカチョンカメラ(とは言わないか、デジカメ)で写真を撮っています。 

 

 それで少しでも分流のサケに興味を持ってもらい、温かく見守っていただきたいと勝手に思っています。

    

 

    

 間もなくサケたちはいなくなってしまうことでしょう。 それまでは撮り続けます。

 


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サントリー 10000人の第九 with TOHOKU 仙台会場 続き

2011-12-06 20:05:18 | お知らせ

 きのうの続きです。 できればきのうのブログから見てください。

 きのうは、第一部の最初、和合亮一さんの『高台へ』という詩の朗読と、バックに流れるスーパーキッズ・オーケストラの『G線上のアリア』、そしてそれを見て慟哭している仲間のことを書きました。

 その後スーパーキッズ・オーケストラの”パッサカリア”の演奏があり、そして平原綾香さんの登場となります。 去年に続いて2回目の「10000人の第九」参加ということ、それも総指揮者の佐渡裕先生に請われての参加ということです。

 1万人の第九オーケストラの演奏で、3曲歌いました。

  

 『おひさま~大切なあなたへ』

 『LOVE  STORY 交響曲第九番 第3楽章』

 『Jupiter』  の3曲です。

 彼女の名前は知ってはいましたし、Jupiter は私でも聞いたことがあります。でも彼女の歌唱力といいますか、音域にはただただ圧倒されてしまいました。 軽く3オクターブはでます。 それも苦しそうな表情で歌うのではなく、情感を込めて丁寧にクリアに歌い上げるのです。 低音部は何と深みのある声でしょう。 こういう若手の歌手がいるのですね。 

 オーケストラをバックに堂々と歌い上げる。プロだから当たり前といってしまえばそのとおりですが、それでも凄い、凄すぎます。

 第九の第3楽章の旋律に歌詞をつけて歌うなんて、考えてもみませんでした。でもできるのですね。 しかも旋律と歌詞が一体となって、LOVEをしみじみと歌います。 全く違和感がない、第3楽章のあの部分だ!と分かりました(そのつもりです)。 (今CDで第3楽章を聴いています。)

 このあと休憩が入り、仙台会場では ~Rake ライブ~の演奏となりました。 Rakeは仙台出身のシンガーソングライターで、FMやUSENでかなり活躍しているアコースティックソウルマンとか。

 

 東北合唱団の出番も近くなってきましたが、こんなことをいってはなんですが、正直のところその時点ではもうとても歌う気持ちではありませんでした。 悪く言えば落ち込んでいる、少し言い換えると、打ちひしがれている、悲しみの底から立ち直れないでいる、ということになるのでしょうか。

 和合亮一さんの詩の朗読が、余りに強烈過ぎました。 何と脆い心臓なのでしょうか。 石巻の大川小学校のことが思い出されたりして、とても ”Freude 歓喜の歌”を歌う気分ではありませんでした。

 そういう気持ちのままステージに入りました。 カーテン幕で会場とは仕切られています。 目の前の大きなモニターテレビを見ます。 4時30分過ぎくらいですか、いよいよ第九の演奏が始まります。 我々の後ろの大型スクリーンにも大阪会場の様子が映し出されます。

   

 第1楽章から精力的に指揮をする佐渡裕先生を見ているうちに、何というか内部にやる気というか、元気の基が出てきました。 ここに来て落ち込んではいられないという気になったのでしょうか。 よかったです、ホッとしました。 これなら何とか歌える、そう思えるようになりました。

 1万人の第九オーケストラには仙台フィルハーモニー管弦楽団も参加しています。 我々の仲間です(といっては失礼かな?)。 佐渡総指揮者の演台には色とりどりの千羽鶴が飾られています。 

 音楽に集中します。 誰も私語はしません。 咳払いさえほとんどありません。 

 Seid umschlungen , Millionen ! 

                     抱きあえ、幾百万の人々よ!

 alle  Menschen  werden  Bruder

                     すべての人々は兄弟となる

      関西と東北が歌でひとつになる♭

 少しずつ緊張感が漂ってきます。 周りからも伝わってきます。 佐渡先生がいうように、明るく、楽しく歌ってやろう!という気持ちになってきました。 Freude です、 Freudig なのです。

 第4楽章に入りました。いよいよです、間もなくです。 ティンパニーが激しく鳴り響きます、幕が上がります、立ち上がります。

 バリトンのソロ(216小節から)が始まります。 238小節バリトンのFreude に続いて男性が Freude と歌い上げます。 あとは歌うだけです、指揮者を見て歌い続けるだけです。 指揮者の矢沢先生も必死です。目の前の小さいモニターを見ながらそれにあわせるように、我々の合唱の指揮をとるのですから。

 329小節と330小節の vor  Gott (神の御前)はフェルマータ記号がついていて長く伸ばすところなのですが、指揮者によって長さは異なります。 我々が普段練習している長さよりもかなり長いGo~ttとなりました。 指揮者の手をよく見ていないと、短目となってしまいます。

 そして最終章へ。

 Tochter aus Elysium ! Freude , schoner Gotterfunken ! Gotterfunken !   楽園の乙女!歓喜、美しき神々の火花!

               

 仙台会場の様子です。バックは大型スクリーンに映し出されている大阪会場の様子です。

 特別な、あまりに特別な、忘れようにも忘れられない年の”第九”の合唱はこうして終わりました。  岩手県・宮城県・福島県民200名による「1万人の第九東北合唱団」の第九の合唱は、”歓喜”のなか無事終了しました。

 その後は、「故郷」と「蛍の光」を歌いました。 「故郷」は、2番を東北合唱団だけで歌いました。 1番と3番は大阪と一緒に歌いました。 この歌を泣かないで歌うことは大変なことです、辛いです。

 そして「蛍の光」は、ペンライト(みたいなもので、折って発光させるもの)を振っての合唱となりました。 

 終了午後6時頃

 

 その後、青年文化センターに移っての第九の練習が午後9時まで続きました。

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サントリー 10000人の第九 with TOHOKU 仙台会場

2011-12-05 21:43:32 | お知らせ

 やはり、その前に;

 ベガルタ仙台 J1 第4位、おめでとう!!鹿島や磐田、浦和等名だたるチームをものともせず、蹴散らして、堂々の第4位。 これを”天晴れ!”と言わずして何と言う?! 去年は最後まで降格するかしないかやきもきさせたのに、今年は最初からの好成績。 被災者の、東北の絆、力強い支援、声援、熱い協力関係と信頼、そして何よりも『ともに、前へ』の復興の精神のもとに一致団結した結果といえるでしょう。 我々の期待に十分すぎるくらい応えてくれた”ベガルタ仙台”、よくやってくれた、あんたは偉い!! でも、まだ天皇杯が残っています。 この調子で勝ち進んでほしい!!! 何といってもJ2から昇格した柏と仙台、だれがここまで活躍すると予想したでしょうか? 見事に期待を裏切ってくれました。 ありがとう!の一言です。

 きのう、強風の吹き荒れる中、仙台市の宮城学院女子大学講堂において「サントリー 10000人の第九 with TOHOKU」が開催されました。 そして参加しました。 歌ってきました。

   

 上の写真の左側がプログラムの表紙、右側が裏表紙、下はその中味です。 これは仙台会場用でしょう。

    

 極力自宅で本番用の衣装で来てくれというので、黒の上下のスーツに白のYシャツ、黒の蝶ネクタイ、黒の靴下、黒の革靴という出で立ちで車で早めに出かけました。 予め駐車許可証をもらっていましたので、すんなり学内駐車場へ。

 練習と同じ小ホールに集合(と同時に鼻水用の薬を飲みました)し、発声練習を軽く行い、矢沢先生(指揮者)の指揮の下、最初から一通り歌いました。 先生は軽く、70%くらいでいいからといいながら指導します。 昼からのゲネプロがあり、その後の本番という流れですので、最初から飛ばすわけには行かないわけです。

 大阪の方は全体的にゆっくりした流れになっているとか。 考えてみれば仙台会場での副指揮は大変ですよね。 佐渡裕総指揮者の映像を見ながら、その流れにあうように指揮をして、われわれ東北合唱団を導かなければなりません。 矢沢先生の気苦労はいかばかりか、・・・。

 時間はゆっくり、しかし確実に進んでいきます。

 12時頃講堂のステージに上がりました。 丸椅子が用意されています。 私の位置はファーストテノールということで、ソプラノ(下手側)の隣、男性陣の前から3列目、ソプラノから3番目でした。 指揮者のほぼ正面近くです。 

 我々200名の東北合唱団の一番後ろには巨大なスクリーンが用意されている他、前面に大きなモニターテレビ、指揮者用の小さなモニターテレビ?がセットされています。 ゲネプロの開始です。 佐渡先生の指揮の下、第1楽章から演奏がスタートしました。 全員が注視します。

 そして第4楽章へ。佐渡先生の指揮を見ながら指揮をする矢沢先生、その矢沢先生の指揮の下、238小節へ、Freude! 男声合唱から歌います。 最初の歌が上手く歌えれば、あとはもう自分たちの練習の成果を信じて歌い続けていくのみです。 Deine Zauber binden wieder(257小節以下)と続きます。

 そして約20分後、Freude, schoner Gotterfunken! Gotterfunken! (918小節から920小節)で終わりました。

 その後昼食としました。 太っ腹のサントリーです。 量の多い定食弁当を用意してくれました。 500ccのペットボトルもつきました。 そうそう弁当は石巻の会社がつくったものでした。 果物として柿とブドウがついていました。 全部食べました。 量が多く感じたので残そうかなとも思ったのですが、石巻からの弁当と思うと残すわけにはいかないと思いました。

 食堂は女子大学の食堂です。 明るく、きれいでさっぱりした食堂で、内部が2階になっています。さすが女子大!?という感じ。

 この頃になると、会場周辺は混雑してきました。講堂への入場者の列ができています。 そんな中客席の一番奥に用意されている出演者用の椅子に向かいました。 1000人が入る会場ということですが、正直言って椅子は狭く、かつ前の椅子との間隔が狭く、足の短い私としても窮屈に感じるような椅子の配置でした。

 14時30分から開演ですが、仙台会場の最初は~Le Velvets~のライブでした。 私ははじめて聴く、かつ見るグループですが、その歌唱力には脱帽です。 しかも5人全員細身で長身、かっこいい、そうなのですイケメンなのです。(後で聞こえてきたところによると、180センチ以上でイケメンであることがグループの条件だったとか) 5人とも音楽専門の大学(学部)を出ているのです。 音楽の基礎がしっかり確立されている、テノール3人、バリトン2人のグループで、現代音楽からクラシックまで幅広く歌いこなすことができます。 第九の第4楽章を彼等なりにアレンジした歌をうたったのですが、第九がこうなるのかと驚きでした。 言葉で表現できないのが、お知らせできないのが残念です。

 そしていよいよ第一部の開始です。 司会者は朝8時からの顔、小倉智昭さんです。 今回の地震と津波で亡くなった方々に全員で黙祷しました。 それからです、演出に脱帽です。 第一部の最初は、ビックリしました、まさかと思いました、福島県の先生でもあり詩人でもある『和合亮一』さんが、南三陸町の大津波で無残にも骨組みだけになってしまった3階建ての防災庁舎の前で、強風の吹きすさぶなか自作の詩を朗読したのです。

 ””高台へ””という詩です。 大阪城ホールではバッハの”G線上のアリア”が流れています。演奏は子どもたち、とはいってもスーパーキッズ・オーケストラなのです。こんな小さい子どもまで!と驚くような子どももバイオリンなりチェロを見事に弾くのです。 (”G線上のアリア”は4月11日でしたか、NHKホールでズービンメータ指揮で演奏されたのを何度も聴いていますが、本当に心に染み入る曲だと思います。満開の桜をバックに流れてくるアリアを聴くのはたまらなかった、あまりに切なすぎて、心に染み入ってきて。)

 そして和合さんです、町民に高台への避難を叫び続けながら津波に飲まれてしまった24歳の若い女性職員のことを書いた詩を朗読します。最初はゆっくり、穏やかに、徐々に力強く、持って行きようのない憤り、悔しさ、悲しさ、そして素晴らしさを心からの叫びとして読んでいきます。 音楽と詩の朗読がこれほど一体となった場面、朗読は宮城県の南三陸町、演奏は大阪、800キロ以上も離れている二つの場所がこれほど見事に一体となった空間、それが見ている、聴いているみんなを、みんなの心を一つにしました。

 この空間を共有して、心を満たされて泣かない人がいるでしょうか。涙を流さない人がいるでしょうか。 私の隣には50代くらいの男性が座っていたのですが、よほど悲しく辛い、苦しいことがあったのでしょうか、慟哭といっていいくらいに泣いていました。こみ上げてくるものを必死になってこらえるのですが、体の方がどうしようもなく反応し、しゃくりあげて泣いていました。

 今晩はここまでにさせてください。


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サントリー 10000人の第九 with TOHOKU

2011-12-04 23:38:38 | お知らせ

 強い風の中、「サントリー 10000人の第九 with  TOHOKU 」に参加してきました。 とっても感動的な第九となりました。

 でも夕方終わったあと、いつもの合唱団の方の練習がみっちりあり、もうくたくたです。

 12時間外で音楽漬けでした。

 おまけにパソコンのインターネットの接続が不調で、ここまで来るのに何回おかしくなったことか!!

 というわけで、おかしくなる前にきょうはこれにて失礼させていただきます。

 すみません。 ご了解ください。

 せめて、クリスマスツリー?イルミネーションを見てください。 きょうの第九の会場となった女子大学のイルミネーションです。

 みなさまに幸せが訪れますように・・・。

        


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『高濃度セシウム 川底に』

2011-12-03 15:58:50 | お知らせ

 冷たい雨が降っています。 雪にならなければいいのですが。 最後まで残った3個の渋柿は、ほとんどの葉が落ちてもしぶとく生き抜いています。ぶら下がっています。

           

 地元でベガルタ仙台の最後の試合が始まっています。 VS神戸です。 神戸は17年前の阪神淡路大震災のときにできたチームのようです。 くしくもJ1の最後の試合が、過去と現在の被災地同士ということになってしまいました。 どちらにも勝ってほしいと思いますが、仙台が勝てば4位になるかもしれないので、今回はやはり仙台にしぶとく勝ってほしいところです。

 

 12月1日の朝日新聞の記事です。 見出しは、

 『高濃度セシウム 川底に』     『土砂に吸着、風雨が運ぶ』

 『水は汚染レベル低く』  『エサに付着、魚に蓄積』 となっています。

 さすが新聞社の記事です。 この見出しだけ読んでも、見出しだけ読めば、何を言わんとしているか分かるじゃないですか。 結論が出ています。 こうして書いているだけで思わず感心してしまいます。 もうこれで終わっていいのではないかと思ってしまいます。

 福島県内の河川や湖沼では、東京電力福島第一原子力発電所の事故の影響により、川底に高濃度のセシウムが蓄積されているということです。 河川のせき止めや地形により、地上と同じく川底にもホッとスポットができる可能性があるとか。 しかもそれは大雨で場所が変わることもありそうで、本当に困ったものです。

 鮎釣り師にとっても他人事ではなく、アユが食べる餌はいうまでもなく川底にある石に着いた苔です。 福島県内の川のアユは、セシウムが付着した苔を食べている、食べなければならなかったわけです。 その結果アユの体内にセシウムが取り込まれたということ、内部被爆したということになります。

 今年はだめでも、来年は大丈夫かと思いたいのですが、海と違って川の魚のセシウムの半減期は50から340日かかるというのです。(海の魚は19から84日とのこと) 浸透圧の関係で川の方が海よりも体内に入り込みやすいから、セシウムの濃度が高くなってしまう。

 

 来年の夏は福島県でも夏の風物詩”アユ釣り”ができる環境になっていることを祈ります。

 

 あしたは何度もこのブログでお知らせしていますが、「サントリー10000人の第九 with  TOHOKU」が大阪城ホールを会場として盛大に開催されます。 仙台も大阪のブランチ?という形で参加します。

 岩手県、福島県のみなさんと一緒に””歓喜の歌””を歌ってきます。明日の様子は23日夕方、毎日放送系列(TBS系列)で放送されます。 

 

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広瀬川護岸工事

2011-12-02 21:06:23 | 広瀬川

 きょうの最低気温は0.8度Cとか。 最高気温は6.7度Cですか。 かなり冷え込みました。 まあ、冬ですから。

 冬、12月といえば仙台光のページェントがきょうから点灯開始となりました。 保管していた60万個近くのLEDが3月の津波で全滅全損してしまいましたが、暖かい寄付金や義援金、東京等からの現物の貸与等により開催にこげつきました。 実行委員会の人たちは大変だったでしょうが、みんなの力により開催できて、本当によかったです。

 それにしてもケヤキにはまだかなり葉っぱが着いているように感じました。

 

 本題です。

 今までですと澱橋下流の左岸を中心とした護岸工事や、仲の瀬橋下流の地下鉄東西線橋梁工事をお知らせしてきましたが、これからは澱橋の上流域(牛越橋下流域)右岸側の工事を中心にお知らせしていくことになりそうです。 末永くお付き合いください。

 きのう濁っている分流とそこを終の棲家とするサケの様子をアップしました。 その濁りの原因は、上流域の河川工事でした。 西道路のトンネルが途切れるところのほぼ真下に、一台のショベルカーが、鎌首を前後左右に振り回していました。

 

 いやはやビックリです。 川の中央に入って川底の石を移動させています。

 

 もうすっかり流れが変わっています。 ここの急瀬は岩盤底でしたが、アユ釣りのいいポイントでした。 下流に深いトロがあって(今はもうなくされましたが)。

 

 もうやり放題??このパワーをもってすれば川底をほじくるのは簡単です。 無敵です。

 

 ショベルカーの少し上流には、下のように土砂が積み上げられています。

 

 下の写真のようなところ、何度か危険なところと個人的にも言って来ましたが、いよいよこの部分に工事が入るのでしょうか。

 

 なんにしてもこの付近は大きく変わってしまうことでしょう。 見る影もなく変わっていると思います。 平坦なつまらない流れとなっているのではないかと心配ですが、これから毎週1回以上、この部分の工事の現状について報告していきたいと思っています。

 過去に何度もこの付近の川の様子はアップしていますので、それらと比べていただければその変化の早さ、凄さに驚くことでしょう。

 


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