鮎と戯れて・・・魚族に感謝

東北地方を中心とした短い夏のあまり多くない鮎釣りの記録。家族に感謝して。近くの広瀬川の環境等にも拘るも、オフは時事問題も

寒すぎる、

2024-01-16 13:45:53 | 思いつくまま


なんですか、この寒さは。能登半島も雪が降ったり、とても寒そうな一日となっています。能登半島地震で亡くなった人も222人とかで、まだ行方が分からない人もいます。被災地では発災時から手つかずのままのところがあるようです、2週間以上がっ経ったというのに。

                 



今朝の新聞の経済面にGDPの記事が載っていました。昨年の名目国内総生産GDPが、ドイツに抜かれることがはっきりしました。日本は世界での3位からドイツに抜かれ第4位になるということです。
              


1位のアメリカが26.95兆ドル、2位の中国が17.70兆ドルで、この2か国が突出していますが、ドイツ4.43兆ドル、日本は4.23兆ドルで、円に換算するとどのくらいのゼロがつくのかパッとはとても分かりません。
  


4位としてもものすごい金額だし、凄いことではないですか。それなのに、一方では能登半島地震は2週間以上も経過しているというのに、被災した人たちの支援は依然としてお寒い状態が続いています。国民の生活が極めて不安定な状態のまま放置されているということが今回の地震で露呈されたとはいえませんか。テレビでニュースを見るたびにとても歯がゆく感じています。



これはどういうことなのでしょうか、うまく説明はできませんが、これは国内において富の偏在が起きているからではないのでしょうか。金持ち層にだけ益々富が偏在し、圧倒的多数の国民層には恩恵がないのでは?
数年前には長期独裁政権のトップがトリクルダウンでしたっけ、金持ちがいっぱい儲ければそのうち否応でも富があふれ出して、下層の国民にも恩恵が巡っていくからそれを待て、なんてまるで国民がポチのように扱われましたよね。
まとまりはないですが、これが私の勘違い、見当違いも甚だしい結果ならばいいのですが・・・。



いやあ、寒いのです。今冬一番の冷え込みかなあ~。午前3時の気温はマイナス(△)2.8℃、6時でマイナス3.0℃、9時はマイナス1.8℃、そして何となんとナント正午でもマイナス0.7℃なのです。きょうの最低気温はマイナス(△)3.2℃です。



そして、外は雪が舞っています。時折止んだことがあるので、このまま止んでくれるのかなと期待するとまた降り続きます。憎たらしい!いい加減陽が差してほしい!と願うのですが叶いません。気分まで落ち込んできます。



そうそう、悲しいことがあるのです。十数年にわたって利用してきた地域の本屋さんがなくなるのです。ほぼ1月いっぱいで閉店となります。生協の隣に位置していて、とってもいいところにあってくれたのです。奥さんが生協で買い物中に私は本屋で時間をつぶすということができました。
        
1階部分が本屋で、2階は古本とDVD、ゲームコーナーを経営しています。私はもっぱら1階の新刊書、雑誌、新書や文庫コーナー、ときに漫画本コーナーも、を利用していました。そうですね、児童向けの本もたくさんありましたし、中学・高校・大学の入試関係、参考書の本もそれなりに充実していたと思います。
         
これは大事なことですが、鮎釣り関係の雑誌もそれなりに充実していましたね。この頃は鮎釣りもブームが過ぎて、もうお目にかかれなくなりました。                                             
折角近くにそれなりに大きい本屋さんが出店してくれて助かったし嬉しかったのですがそれがあと2週間くらいでなくなってしまいます。さみしいですねえ。もうすっかり馴染んでいたのに・・・。あとに何がはいるのかは分かりません。
        
仙台市の中心部からも地元の本屋さんがつぶれたりしてなくなってしまいました。今残ってるのは大きな書店ばかりと言ってもいいくらいです。ジュンク堂書店も撤退しましたし、駅東の丸善や太白区役所前の紀伊国屋書店、すそう泉区には八文字屋書店があったかな。

悲しいことに、私も目が悪くなって本を読みたくてもなかなか読めなくなってしまいました。大きい拡大鏡(これがガラス製なので重いのです)で新聞なども読んでいます。この拡大鏡は便利なのですが、如何せん重いんですねえ~。





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どんと祭が終わって、

2024-01-15 14:17:40 | 思いつくまま
 その前に。
お昼のワイドショーでMCかコメンテーターが言っていました。外国人から見た能登半島地震の被災者たちはまるで”難民”だと。”地震難民”ではないかと、外国人のTV記者たちには見えるそうです。なぜか?避難所では全くプライバシーがないからだそうです。
それを聞いて少々ショックでしたね。そうか、外国人の目にはそう映るのかと。言われてみればそのとおりかもしれません。
誇れることではありませんが、地震大国・津波大国・火山大国である日本でなぜプライバシー保護を備えた(指定)避難所を全国津々浦々に整備しないのか、考えてみればおかしなことではないですか。
少なくとも、固定されて避難所はなくても、学校等の施設に避難した住民が最低限の衣食住を保障されるようなトイレ・水・食べ物・段ボールベッド・毛布等を保管してく設備を整えておくということは日本という国に住むものとして当然の予防措置ではないですか。
そう考えていくと、軍事大国ように43兆円もかけるとか、意味のない大阪万博を開催するとか、キリがない辺野古の軍事滑走路を建設するとか、・・・、無駄なことに貴重な財源を浪費、消費しすぎているとは考えられませんか?


2枚はきのうの再掲です。 

 

きょうは朝から風が強い一日となっています。きのうの夕方から夜にかけて強風とならなくてよかったですね。大崎八幡宮のどんと祭では大量の正月飾りがうず高く積み上げられて点火されます。

 今から約100段に挑戦

 登り切って振り返り 

  夜店はなくなりました。

轟々と燃えているときに強風が吹き荒れたりしたら大変なことになります。以前に周囲の杉の大木に燃え移ったことがありましたね。時間によるのでしょうか、点火される頃には消防車も近くに待機するはずです。

   御神火の北側

何にしても万全な体制で御神火が燃え、時間とともにその場で静かに燃え尽きてしまうこと、そして御神火を体に十分浴びて今年一年無病息災・家内安全で過ごせますように及ばずながら祈っています。

きのうも午前中に夫婦で大崎八幡宮にお参りしてきましたが、きょうも午前10時前後にお参りしてきました。その時に撮った写真をアップしておきます。
火の番をする人々がいて、十分に管理してくれているから市民も安心してお参りができるというわけです。全員がかなりのベテランに見受けられます。




        


これがここでは一番活躍しましたね。

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国宝大崎八幡宮どんと祭

2024-01-14 15:36:51 | 思いつくまま
いつもなら、とはいっても数年前までは大崎八幡宮のどんと祭と言えば14日の夕方以降、夜等に家族で出かけてものですが、この頃は同じ14日ではあってもまだ点火される前に、混まないうちに出かけて行くというやり方に代わっていきました。そして、翌日の午前中に再度出かけてまだ燃えている御神火に当たってくるというやりかたが定着してしまったようです。
その方がまだしも混まないし、ゆったりとマイペースでお参りができます。年寄り向けと言えばそうですかね。若い人たちの迷惑にならないようにという気遣いもあります。裸参りを見てみたいという気持ちはありますが、こちらも寒さに武者震いするようではあまり意味がないかなとも思います。でも、男女の裸参りの伝統は絶やさないでほしいと切に思います。

これが裸参りの正装です。

 

ということで、今年も午前10時過ぎに夫婦でゆっくりゆったりと歩いて行ってきました。とはいっても、奥様が正月飾りを持ち、常に先を歩き、時々立ち止まって私を待つということの繰り返しで行ってきました。約100段の石段は、今年初めて鉄製の赤い手すりを握りながら登り、かつ降りてきました。(笑)


さすがにお昼前です。本殿は混んではいませんでした。

またしても数年前の話になりますが、どんと祭のお参りのあとは仙台名物の『仙台駄菓子』を3種類買ってくるのが恒例でした。しかしばがらコロナ禍のためか、仙台駄菓子を扱うお店が出店しなくなりました。飴とかいろんなおこしがあり、3袋で1000円だったものです。我が家の年寄り連中が(今は我々が年寄りになってしまいましたが)好きだったもので、何をおいても買ったものでした。

でも、こういうものは数店でていました。ほっとしました。我が家では買うことはないですが、やはりこの時期に見ないとさみしいものですから。こういう店です。





最後になりましたが、仙台市民が持ち寄りました正月飾りの山です。





プラスティックや燃えないものは別に回収されています。この正月飾りが轟々と燃えだすとこの御神火の回りは猛烈な熱さとなります。裸参りの人たちが御神火の回りを歩く分にはちょうどいいかも・・・。
何にしても、これも昔々のことになるのかなあ~、大崎八幡宮(以前は神社)のどんと祭の頃は冬の中でも一段と寒い時期にあたっていましたし、雪が降ったりもざらでした。
この頃ではそれさえも信じられないくらいの暖冬といっていいのかな。

もっともっとさかのぼると、私が小学校の低学年んころまでかなあ、大崎八幡神社のお祭りの時にはよく見かけました、””白衣を着た傷痍軍人””たちを。戦闘帽をかぶり、アコーディオンを弾いていたり、片腕や片足がなかったり、何とも哀愁を漂わせていましたが、それ以上に子ども心に怖さを感じたものでした。

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漸くか?メジロ

2024-01-13 14:37:51 | 提案・要望
 これなんだと思いますか?霜柱です



もうお正月も中旬です。元旦夕方の能登半島地震には驚きました。そして、次の2日の羽田空港での海保機とJALの衝突炎上事件。何とも荒れに荒れた2024年令和6年の幕開きでしたが、何にしても日本列島は地震と火山の国であるということを忘れるな!という天の戒め、警告なのかなあと改めて気を引き締めているところです。
 
               

 

個人的なことでは、3日の朝に起こっためまいには参りました。今までにもめまいはありましたものの、1時間も経てば元に戻っていたのですが今回はなぜか元に戻らず、おまけに目の方も見えにくくなったりして、もう踏んだり蹴ったりのお正月でした。まさに悪い意味での寝正月と言っていいかも。でも、それもようやくいい方向に向かいつつあるように感じられるようになりました。

            

 

あしたは大崎八幡宮でのどんと祭です。お正月もお終いです。その時に明るい兆しがみられて正直ほっとしております。今年の喜寿は無事に迎えられるのかどうか、極めて難しい感じにはなってきました。このように弱気になってはダメなのだなあ~。



常に前向きに積極的に残りの人生を生きていくという姿勢が大切なのにねえ。どっちみち人間は死ぬのですから、この現実にはどしても逆らえないのですから、であればそれを受け入れて前に向かって進むというよりほかはないでしょうに。

              



きょうと明日の二日間、大学入試共通テストが行われています。受験生のみなさん、体調を維持して少しでも万全な体調でテストに臨んでもらいたいものです。テストの日程を改めてみてみました。
きょうは文科系の試験で、地理歴史公民・国語・外国語、あしたは理科系で、理科(1)(2)・数学(1)(2)のようです。

 

                
 

私の受験した約60年前とは、もう比べられないくらい変わっているようですので何とも言えませんが、受験生各人いままで勉強してきた力を発揮できればいいなあと切に思います。

 

             

とくに、能登半島地震で被害にあわれた受験生や、直接の被害はなくても間接的に追い込まれた受験生たちには、何とかして平常心でテストに向かってほしいと願うばかりです。
むかし昔は、国立大学は一期校、二期校と分かれていましたねえ。おかげで、国立大学は2回受験することができましたが、今思えば露骨な大学差別といわれるでしょうね。大雑把に言えば、旧帝国大学を中心とした一期校、地方の旧制の高等学校を核とした二期校ですか。

 

                

今朝は体調がよかった時と同様の午前9時頃に河原への散歩に行くことができました。嬉しいことに広瀬川の分流ではたくさんの鳥たちが出迎えてくれました(そう思うことにしています)。



シラサギに数種類のカモたち、そして最後にはまったく期待はしていなかったのですがメジロまでが歓迎してくれました。それも、一か所だけではなく、徐々に近寄って来て、よく撮ってくれと言わんばかりのポーズをしてくれました。感謝です。非常感謝!!

               


                

 

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よく冷えました、

2024-01-11 16:01:12 | 思いつくまま
  
  

いやあ、よく冷えた朝方でした。もう布団から出たくなくなります。事実長いこと布団にはいっています。こんなはずではなかったのに・・・、悔しいです。

               

 

今日の最低気温はマイナス(△)2.4℃と良く冷え込みました。朝6時でマイナス2.1℃、9時でもマイナス0.6℃でした。正午には4.4℃まで上がりました。

              

      

でも、幸い風がなかったし、日差しもあったので午後からちょっとだけ川へ行ってきました。やっぱり、広瀬川を見ないと心が、体が落ち着きません。広瀬川があっての自分です。


しかしながら、小魚の数が圧倒的に少なく、居なくなったと言ってもいいくらいに見られなくなってきました。


今日の午後の広瀬川分流には鳥類がたくさんいました。シラサギ1羽にカモ類多数、そしてカワウも1羽いました。カワウは一日にどのくらいの小魚を捕食しているのでしょうか?


分流の鳥類は、もしかして私の来ることを歓迎してくれるのではないかなんて勝手に馬鹿なことを考えたのですが、そんなことはないですよね。すべての鳥類は私を察知すると飛び立っていきました。

薄情な鳥類め!!

9日の写真です。

 一番好きな場所のようです。

                
 

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きょうから後期の授業再開

2024-01-09 20:22:37 | 提案・要望
 

きのうは失礼しました。冷えて寒いし、体調もいまいちでしたのでほぼ一日中布団の中で生活しました。NHKFM放送はそういうときの心の友ですね、本当にありがたいことです。時々は民法ならぬ民放のFmを聞いたり、いつしか眠っていたり、日中から湯たんぽを使用するというのもいいかもしれませんね。

               

 


そんなわけで、きょうから学校の授業再開なのに、また新年の始まりというのに子どもたちと朝のあいさつができず残念でした、悔しかったですね。たくさんの子どもたちのなかで、朝の交差点で私の姿が見えなかったので”どうしたのだろう”と心配してくれた子どもがいるかなあ、どのくらいいるかなあ、まさか””いない””ということはなかろうと思うのですがどうだったのでしょうか?


きょうは給食なしの午前授業でしたから、午後から河原へ行ってみたら、子どもたちは河川敷の上流と下流のほうで元気よく遊んでいました、いいですね、元気な子どもたちの声を聴くのは、聴けるのは。こっちまで元気をもらえます。早くすっきりと健康な体に戻りたいです。

               


         
また、何年も聞いている、聞きっぱなしにしているNHKのラジオの語学講座、こちらもきのうから1月分のテキストに移ったのです(それまでは12月の再放送でした。月末の週なんか時々あります、再放送が。)が、きちんと聞くことができませんでした。
 


2024年・令和6年の1月1日と2日は絶好調だったのですがねえ~。うまくいかないものです。人生、本当に何があるか分かりません。一寸先はまさに闇です。こうなると、いかにして後悔を少なくして生きていくかが大事ですね。地震がいつ来るか全く分からないし。

          (今ここには小魚がいません)
能登半島地震の報道はたくさんなされていますが、地震と津波による民家や商店街、山林、海辺の被害です。でも、北陸電力志賀原発1号機と2号機の現状がどうなっているのか、詳しく報道されてきませんでしたが、少しずつ北陸電力の杜撰さがオープンになってきつつあるようです。注目しておかないと。
 
    (先週までこんなにいたのに・・・)

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七草の節句

2024-01-07 15:46:18 | 提案・要望
※ぐっする眠れたからか、きょうは体調がいいようです。

「日本の旧暦と七十二候」によると、徳川幕府は1年のうちに五日間を節句として定め、それを「五節句」としたそうです。

                

 

五節句とは、人日(じんじつ)・上巳(じょうし)・端午(たんご)・七夕(たなばた)・重陽(ちょうよう)の5節句です。それぞれ月日に直すと、いずれも旧暦で、1月7日・3月3日・5月5日・7月7日・9月9日となります。
 
        (料理する前の七草の材料です。)

きょうは1月7日で、七草の節句に該当します。ということで、みなさまの自宅では七草粥を食べましたか?夜に食べますか?我が家ではいつもは夜に食べるのですが、きょうは朝食としていただきました。

                

 

七草粥とは昔から言われてきたし、それなりに食べてきたのですが、七草の名前をすべて記憶はしておりません。勉強の意味もかねて書き出してみます。


芹(せり)・薺(なずな)・御形(ごぎょう・母子草)・はこべら(はこべ)・仏の座(田平子・たびらこ)・菘(すずな・蕪)・蘿蔔(すずしろ・大根)です。注:「はこべら」は漢字が出てきません。

              


能登半島大地震、もう1週間経つのに依然として余震が続いています。いい加減にしてくれと叫びたいくらいです。

思い返せば、3・11の時も3月9日に大きな地震が来て、11日に本震があり、その後ずーと揺れ続けましたが、4月7日だったかな、月が超えてダメ出しの大きな揺れが来ました。それで、それまでなんとかもっていた建物も壊れてしまったということがありました。
もう大丈夫と自信を持って言えるようなものではないのが大変辛いことですね。

それにしても、地域の特徴から言ってもトラック等での運搬は厳しいので、もっと海と空から空輸してでも、校庭等に落下傘で段ボール等を落としたりできないものでしょうか。何とも見ていて歯がゆいばかりです。救援隊のみなさんは正月から大変でしょうがどうぞよろしくお願いします。




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暖かいのですが、

2024-01-06 20:23:20 | 思いつくまま


いやあ、きのうは嫌~な夢を見て、大奥の奥様をびっくりさせてしまいました。自分としてもこの人生で初めての動きではなかったかなあ~。恥かしくてとてもここに書けません。

                


これからも見るのかなあ、いい夢とは言えないので期待はしませんが、もしかしてこれからちょいちょい見ることになったりして・・・。こんなことを書くと見てしまうかもしれませんね。

                



体調が悪いからついつい見てしまったのかなあ。いやあ、大袈裟に言えば、生きるのって辛いですよねえ。四捨五入すれば80歳ですから、体調がすぐれないことがいっぱいあってもある意味仕方がないとも言えるのでしょうしね。こんなことを書いているということは、まだ余裕があるということなのかもしれません。(笑)

 

あしたは、あしたからこのブログが突然更新されなくなることだって十分あり得るわけですから・・・・。このブログの誉められる?ところは、何年にもわたる継続した行進ならぬ更新ですから、それしかないのかもしれないのですから。

 

それが途絶えてしまったら、このブログの存在意義・意味がなくなるのかも・・・。なんかやけっぱちみたいに思えないこともないですね。ということは、もうそろそろこのブログも終わりを迎える、迎えつつあるということなのかなあ。さみしくもあるけど体力が続かないのであればどうしようもありません。自民党のような長老政治家のような化け物ではございませんから・・・。


こういう終わり方は好みではないので、終わりはきのうのような可愛い終わり方をしたいですね。実は、3日と4日連続して分流でカワセミを目撃し、かつ写真も撮れたのです。この点はラッキーでした。


               


 
カワセミの動きはほとんど一緒と言っていいくらいでした。同じカワセミであろうし、捕食の場所も決めているのかなあと思った次第です。

  

              

                

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正月早々、

2024-01-05 20:23:39 | 思いつくまま
これは何でしょうか?

  トンビに餌をやっているのです。
                    感心はできません。



きのうきょうと暖かい日が続いています。あしたから3連休となりますが、徐々に冬らしい天気になるとか夕方の気象予報士が言っていました。きょうの最高気温は夕方のテレビでは12.3℃と言っていましたが、気象台の夕方までの発表では12.1℃となっています。

               

 
きのうは11・0℃、おとといは9.8℃、2日は10・7℃で、元旦は8.8℃となります。

                

 
天気は良かったのですが、体調がよろしくない。午前中はずーと病院でした。そのため河原の散歩は午後2時すぎとなりました。3回目か、MRIの検査も受けてきました。20分弱の検査ですが、いい感じはしませんね。いろんな削岩機の音がします。長いのから短いのまで、長いのはもうたくさんだと叫びたくなるくらいでした。何でこんな音がするのでしょうか。もっともっと受けやすい機械とすればよかったのに・・・・、なんて思ってもどうしようもないのですが。

 
前に受けたMRI検査はこんなものかと気楽なものでしたが、今回の検査はなんか重苦しく、早く終わってほしかったですね。

              


いやあ、正月早々暗い話ですみませんです。ほんまに。まあ、生身の人間ですから。いろんなことがあります。

ということで、明るい話題を提供してきょうは終わります。
実は、3日に、広瀬川の分流でカワセミを見たのです。ばっちりと目撃したのです。しかも、写真も撮れました。複数の場所で。贅沢を言えば、複数のカワセミを見たかった!それもそばにいるつがい(番)のカワセミの。


                


             

  上を見上げていきましょう!!


   

 

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今年も広瀬川は元気か?善悪を別にして

2024-01-04 14:47:44 | 思いつくまま
 何か数が減ってきたような?

                 

 ジョービタキは可愛い 

もうすぐ能登半島大地震が発生してから72時間が経つのですか。私には早いと感じますが、地元のみなさまにとってはどうでしょうか。間もなく三日が経とうというのに、テレビを見ていると救助支援活動が遅く感じられてイライラしてしまいます。

  きのう3日のカワウ1羽です。

                

道路事情が悪いのであれば、能登半島は海に囲まれているし、船による海からの支援とかヘリによる空からの支援をもっと迅速にできないものでしょうか。ここはやっぱり国防の要の自衛隊に頼るしかありません。それなのに、増税クソメガネは自衛隊員を当初は1000人といい、次に2000人、そして4600人ですか。何ですかこの数値の推移は。なんでもっと早くに、もっと多くの隊員の出動をかけなかったんでしょうか。

  もう縦横無尽に潜って

                

羽田空港での飛行機同士の接触事故、海保の飛行機は能登半島の支援に向かおうとしていたようじゃないですか。何という神のいたずら。
食パンやおにぎり等の食べ物、そしてペットボトル等はヘリで避難所の学校等に投下できないのでしょうか。航空自衛隊にとっては、不遜な言い方かもしれませんが、格好の訓練の場にもなるでしょうし、それこそ真剣に素早く対応できるのではないかと思うのですが、期待してしまいますが・・・。

  水中での動きの早いこと!!!

 憎たらしいくらい早いです 

道路が通行できないのなら海上なり空路に切り替えて、とにかく急ぐときは空から援助物資を投下するようにしてほしいものです。とにかく見ていて歯がゆくてしょうがないです、悔しいくらい歯がゆいです。現地のみなさんはもう”地震酔”いだったかな、その状態になっているのではないでしょうか。3.11の時も毎日毎日揺れ続くもので常に毎日ふらふらしている、車酔いの状態でした。



常日頃薬のお世話になっている人は多いでしょうから、薬ですね、毎日飲んでいる薬の入手についても確保しないといけません。

さっきのニュースでは81人が亡くなり、50人が行方不明とか言っていました。正月元旦の夕方前の大揺れと大津波、誰も全く予想はしていなかったでしょうに。こんな地震大国で、またしても経済優先で原発を再稼働させようと虎視眈々と狙っているのが今の政権であり財界でしょう、恐ろしいことです。

 実はいいこともありましたが、それはあした以降にできれば、。

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正月三日目なのに、

2024-01-03 16:58:00 | 思いつくまま
元旦午後4時頃の能登半島の大地震と津波被害、そしたらきのうは夜6時前後の羽田空港の飛行機同士の接触炎上という大きな飛行機事故が発生しました。

  

                

午後6時頃かなテレビのチャンネルをNHKにしたら羽田空港の飛行機事故のニュースを流していました。大きな日本航空がのジェット旅客機が羽田空港に着陸すると同時に何かと衝突炎上した様子が何度も流され、その後空港にいた飛行機は海上保安庁の固定翼機だと判明しましたが、いやはやびっくりです。接触してあんなに早く火災が起きるのかと驚きです。旅客機の方は操縦席の方が地面と接触したためか火花をあげてしばらく走りやがて止まりました。

                

 

家族で見ていたのですが、私の感じとしては何か空港の消防隊の動きがまどろっこしいというかイライラさせられる感じでした、正直なところ。もっと早く科学消防隊とかを終結させ、もっともっと水とか泡の放水ができなかったものか、最初のころはまさかあんなに燃え広がるとは思えなかったし、消火活動がもっと活発であったならと歯がゆい思いで見ていました。その後東京消防庁は70台の消防車を出動させたということですが、とてもじゃないですが日航機の周辺にはそんな数の消防車は見えなかったなあ~。結局は骨組みを見せての全焼じゃないですか。
 


でも、乗員乗客379人全員命が助かったときいてほっとしました。よかったです、本当に。日頃の避難訓練のたまものなのでしょうか。何にしても乗務員の誘導が素晴らしかったということでしょうね。非常事態も非常事態にこのような行動ができたなんて感心するばかりです。
 

 
でも、なんであの滑走路に海上保安庁の飛行機がとまっていたのかが大きな謎ですね。管制塔(管制官)とのやりとりが拙かったのかどうか。5人も亡くなってしまいました。


きょうは正月三日目、まだまだ完全なお正月中です。そして、私の体調もおとといきのうは調子よかったのに、それなのに、今朝になって、・・・・。
朝7時前に台所のお湯を沸かしたり、テーブルやテーブルの布巾を洗ったり、ヒーターを入れたり、仏壇の水やお茶を下げたり、いろいろやるのですよ、率先して。そしたら、その途中急にめまいがしてきました。この頃はなかったので安心していたのですが・・・。
シンクにつかまり、倒れないようにして様子をしばらく見てから、ガスを消したりして、これはまずいと判断してまた布団に入ることにしました。夕方近くまでほぼ布団のなかで、ラジオが友達でした。箱根の駅伝ですか、複数の放送局でやっていましたが私は好きではないので、放送していない曲を探したところ、NHKの第一放送でした。こちらはずーと元旦の能登半島の地震関連の放送をしていました。時間がたてばたつほど被害の大きさが分かってくるようです。ラジオを聴きながら3・11のことをおもいだしていました。

午後になってようやく症状もよくなってきたかなあと感じました。すみません、正月早々嫌なことをお知らせして。私のことなんか聞きたくなかったでしょうに。



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とんでもない元旦に、

2024-01-02 14:00:45 | 思いつくまま
きのうの夕方の地震警報アラームですか、びっくりしました。また、太平洋沖が震源の地震かと思いきや、ここ数年群発地震が続いている能登半島が中心の地震と津波とは。テレビをつけてさらにびっくりしました。後期高齢者になればいろんなアナウンサーの声を聴いてきましたが、きのうの地震及び津波を知らせる女性アナウンサーの声、絶叫といった方がいいくらいでした。実にストレートに事の重大さが伝わってくるアナウンスでした。よくもまあ、長いこと声をからすこともなく叫び続けたものだと感心するとともにすばらしい、よくやったと内心では誉めてしまいました。いやあ、本当にあのくらい叫べば、叫べればすごいと思いますよ。大したものです。偉いです。本当に危機感をもって震源域の近くの住民に避難を呼びかけていたと思います。本当によく伝え続けたと思います。すごいことだと思います。非常事態が起きて、何としても付近の住民を避難させなければならないというときによくあそこまで絶叫調で避難を叫び続けたものと感心するばかりです。揺れが少なかった地域に住むものとして、震源域に住んでいるかのような緊迫感に見舞われました。そのくらい迫力があったということです。今後、緊急避難を呼び掛ける格好の教材としての声になるのではないですか。よくやりました。お疲れさまでしたと労を深くねぎらいたいと思います。

正月気分も吹っ飛んでしまいましたが、それでもやはり正月には来てほしいものです。被災されたみなさまには心からお見舞い申し上げるとともに申し訳なく思いますが、やはり毎年迎えるお正月はお正月として初詣先の写真をアップさせていただきたいと思います。

  国宝 大崎八幡宮です

              

  きのう午前中のお参りです

                

 

                 

 復旧復興が少しでもはやく叶いますように願っています。

 
 きのうの夕方から正直なところ気持ちは沈んでいました。大学の時の同じ寮の飯を食った友達がいましたが、羽咋だったかな、怖かったでしょうけれど大丈夫だったと思います。

             

 
そういう沈んだ気持ちに潤いを与えてくれた番組がありました。お昼からのNHKFM放送です。「NHK歌謡スクランブル 青春スターアルバム」という番組かな。途中から聞いたのですが、三田明「美しい十代」、安達明「女学生」、山田太郎「新聞少年」、美樹克彦「回転禁止の青春さ」が流れてきたではないですか!!!!

               

 

いやあ、参りました。嬉しい完敗です。最後の方ではGSグループサウンズの歌も流れてきました。タイガース「モナリザの微笑み」、スパイダーズ「夕日が鳴いている」、テンプターズ「純愛」、ワイルドワンズ「思い出の渚」です。


最後の4曲としては、加山雄三・荒木一郎・布施明・ピンキーとキラーズでした。荒木一郎には「空に星があるように」を聞かせてほしかったなあ~。流れてきたのは「愛しのマックス」でした。でも、布施明の歌が、何となんとナント『これが青春だ』でした。

             


 
団塊世代の大学生活は、明るく光り輝く青春なんていうものとは程遠く、暗く沈んだ重苦しい青春でしたが、そうではあってもキラッと光るようなことがなかったことはなかった、まどろっこしい言い方ですね、ほんの少しは青春らしきことはあったかなあ。悩み苦しみ後悔に満ちた青春といったらかっこよすぎますか。今の言葉?で言えばCOOLすぎますかね。
 


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2024年 令和6年もよろしく!

2024-01-01 14:50:02 | 思いつくまま

あけましておめでとうございます。元旦をいかが過ごしでしょうか。仙台は“晴れ”ですね。ただ、風が少々強いです。河原で受ける風は冷たく寒いですね。まあ、そんなことを言ったら罰が当たるか。いい天気であります。
この頃は毎年ご紹介しているかと思いますが、今年もご紹介させていただきます。仙台角松です。全体から何かしら武士らしい風情を感じませんか。同じ武士でも”伊達の武士”の雰囲気です。


ということで改めまして、今年もというよりは”本年も”と言いたいかな、本年もよろしくお願い申し上げます。
そうであるならば、新年の最初はやはりここから始めないといけません。そうです、広瀬川です。広瀬川の分流です。


 ここの分流です。超渇水でなくならないことを祈っています。


ここにこういう魚が今はいます。ずーと居続けてほしいです。やはり川に魚がいないとさみしいですし、それを川とは言いません、私の川の定義では。魚がいなければ川ではないし、川の主人公はあくまでも魚であります。

 
               

そして、ここにはこういう鳥類もいてほしいです。









 本流にもこういう鳥類には居てほしいです。でも、黒い広瀬川の””ネッシー””は御免被りたいです、絶対に!!!可愛げが全くないです。



               


去年はこの澱橋の上流の瀬で大型の鮎がかなり掛かりました。今年もそうであってほしいですね。神様、お願い!の心境です。




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