津々堂のたわごと日録

爺様のたわごとは果たして世の中で通用するのか?

■ガラシャは「青邨」

2019-11-11 12:52:25 | 徒然

 本棚の整理はまだ続いている。処分するダンボール箱が水曜日のゴミ出し日まで部屋の片隅に山を為している。
書籍にしろ資料にしろ手にしては、中身をながめてはしばらく時間を浪費するから、完了するにはまだまだ時間がかかりそうである。
そんな中で、「前田青邨遺作展」の図録が出てきた。昭和54年、東京・大阪・京都・名古屋・横浜で氏の三回忌にあたり遺作展が模様された折の図録である。
「ガラシャ夫人」の像が表紙に用いられた居るが、「ガラシャ夫人像は前田青邨が第一人者」と信じて疑わない私が、数年前求めたものである。
バチカン美術館の依頼により制作された作品で、現在は同館に収蔵されており、中々里帰りをして展観する機会はもうないのかもしれない。
気品に満ちた面立ちは強い意志を秘めている。長い髪の一筋を右手で膝の上で握りしめ、帯の左にさりげなくクルスが配されている。
文机の上の螺鈿と思われる箱や、夫人の着物や帯の詳細な書き込みも見事というほかない。
後ろに建てられた屏風が夫人の背景と為されているが、茶色で一面に塗られた中に、薄墨でいろいろな当時の風俗が書き込まれている。
異人の姿が見え、また他方には「割菱」の紋を着けた上下の侍の姿などさりげなく配されていて、楽しませてくれる。

同図録には、「加藤清正像」などと共に武者絵なども見え、それぞれに私を楽しませてくれている。
画題は多方面にわたり、日本がの奥の深さに感動させられる。

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■細川小倉藩(71)寛永元年・日帳

2019-11-11 06:20:44 | 創作

 

                         (寛永元年八月)十二日

         |                          
         |     十二日   両人詰 晴天 
         |  (備前)                                            本
小豆嶋ノ普請役帰 |一、小豆嶋ゟ、御普請衆夜前下候衆、大竹内蔵・弓削茂右衛門・鯛瀬九郎太郎・橋惣右衛門・みき猪
着        |  兵衛・河野清右衛門・西田吉内・郡勘八下被申候事
林二郎兵衛知行召 |一、林二郎兵衛 三斎様御前そこない、知行被召上候由、大竹内蔵物語二候、中津へ見舞二参度由被
上        |  申候事           (衍)
野田幸長眼病   |一、野田小左衛門眼病能候て、今日罷被罷出候事、 
家来召抱ノ禁   |一、式ア殿ゟ江戸ゟ 奉書参候ヲ、御奉行衆へ御見せ被成候、来年御普請無之候間、人なとかゝへ申
         |     〃          (飯田) (永良)  (坂崎成政)
         |  間敷由、御家中へ申触候へと、才兵衛・長兵衛・清左衛門方ゟ申来候事
         |       (元明)
行倒レノ処置   |一、三ノ丸住江甚兵衛わきノ御門ニ、死人御座候を、御さうしノ者二取すて候へと、御奉行衆被申付
         |         (ママ)
         |  候ヘハ、小頭上申候ハ、今まてさうしノ者かやう成物をあつかい、すて申たる儀無御座候、其上
         |                          (上林)(野瀬)
         |   御意ニも死人取すて候事ハ、御意之由申候、然ハ、甚介・少左衛門参候ニ、右之様子被尋候ヘ
         |  ハ、 御意ニ而ハ無御座候、先年ゟ作用之儀ハ不仕候、其上御本丸之さうじを仕候、仕人なと取
死人取捨テヲ掃除 |                                     (ママ)
ノ者二命ズ    |  あつかい候儀如何ニ候条、仕間敷と申候へ共、さうしノ者ノ役ニ而候条、仕候へ被申付候事、
         |
         |  (高月)
筑前ヨリ走来ル女 |一、人留西村善兵衛登城仕、ちく前ゟ女壱人走参候を、式ア殿・民ア殿へ召連参候ヘハ、おやしんる
ヲ追返ス     |    (者)
         |  い有物ニ而候由申候間、人を付、おいかへし候へとの儀ニ而御座候事
         |
         |                  (正直) (仁保太兵衛・田中猪兵衛)
代官人替ノ諸奉行 |一、御代官之入替、今日究、御奉行三人、川喜多・保仁保猪兵衛・新兵衛惣談ニ而判形被仕候事書立
惣談       |  被出候事                                                 〃      (加藤)
         |                                      ( 渋 紙 包 )
江戸ヨリ書状   |一、江戸ゟ、御中間惣左衛門・與介、両人下候、御奉行衆へ 御書箱壱つ、式ア殿へしふかミつゝミ
         |  ニて 御書参、浅山清右衛門持参被申候、江戸廿五日之日付之 御書也
代官坪井五郎太夫 |一、つぼ井五郎太夫、御代官被召上、御蔵奉行ニ申付候由ニ候、是ハ主手前せんさく仕儀ニて之儀ニ
詮索       |  候事
         |
村上景広水除普請 |一、村上八郎左衛門ゟ今日両度使、中津郡知行所、先日之水田地なかれ申候、今ノ分にてハ、弥なか
ニ竹木ヲ乞ウ   |  れ可申候間、御郡ノ山にて、竹木を被下候ハヽ、時分之者にて水よけノ普請可仕と申候ヘハ、
         | 伊良原村、中津郡  
         |  いらわらニ而被下候、是ハほと遠候て夫手間殊外入申候間、彼所近所ニにて被下候へかしと被申
請薮       |  候、彦市伝介御郡奉行両人へ被申候ハ、近所ニハ無之候、其外さとめハ皆以請薮迄ニ候間、不
         |      〃〃
         |  成之由候、右之通を八郎左衛門へ返事被申候事
         |
         |      (仲)
惣銀調ウ     |一、林久太夫・中間市太夫、上方にて惣銀相調候て、今日罷下候事
田川郡相代官   |一、山田次右衛門ニ、田川郡御代官梶原平兵衛相代官ニ被仰付候通、被申渡候事
         |

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■御恵贈御礼「家系研究・第68号」

2019-11-10 17:30:13 | 書籍・読書

                  

 家系研究協議会様から最新号を御恵贈給わった。厚くお礼申し上げる。
細川家に関するものとしては、相良一夫氏の「肥後(熊本藩士)の山形家について」が、第7回に至っている。
家系研究協議会とのお付き合いの始まりは、この記事を読みたいと思いバックナンバーの購入をお願いして以来の事である。
話を伺うと、私が存知よりの方が幾人か会員で在られると聞いた。
ご厚誼頂いている荒木村重のご子孫でお医者様のA・Mさまは、同会の本年度の夏の例会で三時間にわたる講演を為さっておられる。
ご活躍ぶりを垣間見てうれしく思っている。
そんな中で、「三井氏一族」の研究を続けられた三井久安氏の訃報を同会会報70号で知った処だが、先に掲載があった「熊本藩士・三井家」についてはいろいろお問い合わせをいただいたりした。御目にかかることもなくお声を聴くこともなく、ただ何回かのメールのやり取りがあっただけのお付き合いであったが、何故か心に残っている。
ご冥福をお祈り申し上げる。

会員の皆様のそれぞれの記事が大変興味深いものとなっている。

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■ジュースの空き箱

2019-11-10 10:54:12 | 徒然

 本棚整理は4日目に入った。ダンボールに入っていた書籍をすべて取り出して本棚に並べる。
未だキャパが足りないから、小説類を処分しようと思って仕分けしていたら50冊ほどになった。
ブックオフにもっていこうかとも思うが、TAXIを頼んでもTAXI代にもならないかも知れない。
古書籍を色々購入した時、もし処分する本が有ればとパンフが送られてきたが、処分してしまいどうしたものかと頭が痛い。

本より厄介なのが史料の山だ。本棚の上や、デスクの足元其の他あちこちに立てかけたり、積み上げたりしている。
今年の春ころから奥方がトマトジュースやら桃のジュースやらを購入し始めた。1カートン30函入りの箱の残骸が現在10個残されている。
300函を二人で飲んだ計算になる。この10個の空き箱を大変重宝して廃物利用している。
A4の封筒に入れた史料を入れると、高さ・奥行などすっぽりと治まってしまう。外に何が入っているのかを書いておくと、取り出すのに大変重宝するし、床の上に並べておいても積み上げ史料が荷崩れを起こすよりもずっと良い。
それでもまだ空き箱の数が足らないから、またジュースを購入しようかと奥方になぞかけをしている。

内容を確認したりしていると、思いがけない資料が出てきてしばらく見入ってしまうと、作業の手はすっかり止まってしまう。
少々疲れも溜まっているし、今日は「祝賀御列之儀」を見なければならないし、作業はほどほどにしておこうと思っている

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■細川小倉藩(70)寛永元年・日帳

2019-11-10 07:03:27 | 細川小倉藩

                         (寛永元年八月)十一日

         |                          
         |     十一日   両人詰 曇 五つ時ヨリ晴ル 
         |  小豆嶋 夜前                                               蔵 
小豆嶋ノ普請役帰 |一、大坂ゟ御普請衆安東小平次・岩崎角丞・服部左太右衛門・高橋九左衛門・服部左太右衛門被下、
着        |                 〃  〃〃〃〃〃〃〃
         |  今朝登城時申候事

         | (長兵衛)(勘三郎)                (勝永)
江戸供替     |一、元田・入江登城、両人手伝ニ罷居候寺尾左介与長津七兵衛・主馬与岩下弥次右衛門儀、江戸御供
         |  替ニ、九月一日ニ罷上之由候、替之物ヲ被抱、右両人を直ニ付ケ被下候様ニと被申候事
         |               (厳)                          (林)     (河田)
泰厳寺石垣修理  |一、上野勘平・香山与介登城、泰かん寺ノ石かきつくろい申候御鉄炮衆ノ差帋、弥五右衛門・八右衛
         |                                           (ママ)
         |  門へ遣候ヘハ、御鉄炮衆無之由候、然ハ、石かきぬけ申候を、追付つき申候通、民ア殿ゟ中津被
         |  申上候、余之儀を指置候て、急被仕候へと被申渡候事
         |  (鏡)           (曽根)
曽根ヘノ石舟   |一、かゝミ善右衛門登城、曽祢へ被遣候石舟、四艘之内三艘隙明候て罷戻り、此加子廿人御座候間、
         |  国東へ、大橋足代木つミニ遣候へと、被申渡候事
築城京都上毛郡代 |一、江良半右衛門・岡崎二兵衛事、■築・郡・上毛御代官被仰付候間、明日ゟも早々御代官所へ参候
         |  へと、被申渡候事                  (成政)
安国寺住持出府ノ |一、安国寺を、早々江戸へ被参候へと、 御諚之通、大坂坂崎清左衛門ゟ安国寺へ奉書参候を、御奉
命        |                        〃〃
         |
         |  行衆へ被見せ候、江戸道中入目も被仰付、可被遣之由二候事、玄功寺も被参候へと、被 仰遣候
         |                            〃
         |  由、右之奉書二御座候事
         |

                 

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■頼まれた「おひい様」への付文

2019-11-09 14:35:19 | 書籍・読書

 久野啓介氏著の「宇土半島私記」を図書館から借りて読んだことは先にブログで書いたが、非常に面白いので日本の古本屋を通じて購入した。

ここに著者が大学生の頃の話が出ている。
宇土細川家のおひい(姫)様に付文を頼まれたという。

      「・・・僕が大学へ汽車通学の時代に、通学列車で一緒になることがあったが、文字通り高根の花であった。
       仲間の誰一人アタックすることができなかったところ、他所の高校の無鉄砲な学生から付文を頼まれたこと
       があった。「滅相な」と一言発して、即座に断った。」

 おひい様はピンク色の馬門石の石塀で囲まれた広大なお屋敷に住まわれていたという。かっての宇土細川家の陣屋の事だろうか。
著の中にも書かれているが、後には切り売りされて住宅街になったとある。地震の後どうなっているのか知らないが、教育委員会が入る建物があったがそこが陣屋跡である。
久野氏は1936年生まれで、「おひい様とは一つ違い」と書かれているが、資料を調べてみると二歳違いだがY子様が1938年生まれだからこの方の事であろう。
13代立興公の孫にあたられる。
宇土細川家の嫡家はY子さまに10歳年下の弟が誕生したが夭折され男系が途絶えた。
12代行眞公の家系にも男系が途絶えた。
そのため現在は11代立則公・12代行眞公の弟・寿長家の家系に受け継がれている。
       

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■細川小倉藩(69)寛永元年・日帳

2019-11-09 06:44:11 | 細川小倉藩

                         (寛永元年八月)十日

         |                          
         |     十日   両人当番 晴天 
         |                                    (米田是友)(矢野)
江戸ヨリ来状   |一、江戸ゟ御小人弐人・御中間弐人御使ニ参候、御奉行衆へ 御書御文箱二つ、甚左衛門・助二郎へ
         |             (松井興長)(有吉英貴)                         (米田是門)
         |  七月十六日之 御書壱つ、式ア殿・頼母殿への御文箱壱つ、民ア殿へ御文箱壱つ、與右衛門殿・
         |   (矢野)       (沢村吉重)       (野田幸長)(豊崎)
         |  利斎御文箱壱つ、大学殿へ御文箱壱、小左衛門・甚丞へ御書壱つ、御家老衆へ 御書ハ原田伝三
         |  郎ニ持せ被遣候、御文箱符なと年ヲ入被渡候事
         | (米田是季)
         |一、けん物殿へ、御書壱つ、米田甚左衛門持参申候事
         |
間太郎介出府ノ諸 |一、間太郎介、来月江戸へ被召寄せ候ニ付、留守之賄、又小者之取替ニ、米弐拾石三斗七升五合被遣
賄        |  候、内拾六石三斗七升五合ハ五ケ月ノ賄分、四石ハ小者弐人ノ取替、外ニ銀子三百め、利なしニ
         |                (辰珍)
         |  御貸シ候、右二色ともニ津川四郎右衛門殿御奉故、書物加判有之ニ、御奉行判形被仕候事、外ニ
         |  江戸ヘノ駄賃・遣銀も被遣候                          〃
         |         (植)                 (下毛郡カ)
代官下代代官ニ召 |一、仁保惣兵衛下代上木勘兵衛、御代官ニ惣談にて被召抱候事
抱ヘラル     |    
唐人出府ノ造作料 |一、上野清兵衛罷出候、江戸へ太郎介同前ニ参候唐人召連罷出候、江戸へ参候造作何ほとニ而可参哉
         |  ときわめ候へと、清兵衛ニ被申渡候事
         |

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■藤沢周平の本

2019-11-08 17:00:42 | 徒然

 本棚整理の中で、古いダンポール箱の中から「海坂藩の侍たちー藤沢周平と時代小説ー」(向井敏著)がひさしぶりに顔を出した。
藤沢はずいぶんたくさんの時代小説を書いているが、私はそのほとんどを文庫本でよんだ。
地震後小説類をかなり処分してしまったので、藤沢作品は単行本の「三屋清左衛門残実録」と、薄っぺらい文庫本で藤沢最晩年の「静かな木」の二冊だけが残っているのみである。又、佐高信の「司馬遼太郎と藤沢周平 歴史と人間をどう読むか」という興味深い本も残っていた。
改めて向井敏の著を読んでみると、懐かしさがこみあげてくる。井上ひさしや落語家の立川談四楼が海坂藩の地図を作ったとかいう話を聞いて、当時はすっかりのぼせ上ってしまい、どうしたら手に入れられるのかと大いに考えたこともあった。それぞれ懐かしい思い出となっている。
又、図書館から全集でも借りてきて読んでみようかという気にもなっている。

そしてこの四冊を仲良く並べて本棚に配置した。

           海坂藩の侍たち藤沢周平と時代小説     「三屋清左衛門残...」の画像検索結果 (単品)司馬遼太郎と藤沢周平―「歴史と人間」をどう読むか_(知恵の森文庫)静かな木 / 藤沢周平

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■立冬の今日・・

2019-11-08 15:30:15 | 徒然

 風もなく良い天気なので、散歩をすると少し汗ばんでくる。
帰宅してしばらくゆっくりして、ふとシャワーをしようと思い立った。上ってしばらく裸のままくつろいでいると、玄関の方でピンポンと音がする。
奥方は外出中、まずいと思ってまずは「はーい」と答えて置いて、慌ててシャツを着込みドアをあける。
頭はバスタオルでふいたままで櫛も入れておらずボサボサ状態で、「まだ暑いですね」と変な挨拶をして不思議な顔をされた。
今日は立冬だというのに、わが家はベランダ側のサッシュは朝から開けっ放しである。

 誰の句か知らないが、古い作品に「物もうの声に物着る暑さかな」という句がある。(ググっても作者が判らない。)
「物もう」とは「物申す」の意、他家を訪問して案内を請うときにいう語。たのもう。ごめんください。
この言葉からも古い句であることが判るが、状況は今日の私と同じ状態であったのだろう。

短パン・半袖シャツをいつ片付けようかと思うが、なかなか思うに任せない。今頃になって少し風が出てきた。

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■細川小倉藩(68)寛永元年・日帳

2019-11-08 06:43:00 | 細川小倉藩

                         (寛永元年八月)九日

         |                          
         |     九日   両人当番 晴天 
         |
大橋網代木廻漕  |一、林弥五右衛門登城ニ而、大橋足代木御郡ニ切置申候ヲ、いそき御舟ニ而取よせ候て可被下之由被
         |      (鏡)
         |  申候、則善右衛門呼ニ遣、被申渡候事
         |             (続)
金山ニ鉄炮足軽派 |一、御金山ニ而用心之ためニ、亀介与ノ御鑓炮鉄衆四人被指遣候、竹久作右衛門・伊福八左衛門・後藤
遣        |  久兵衛・塚本権介共ニ、鉄炮之玉薬ともニ持参候へと被申付、明日ゟ参候事
         |       (買)
長崎買物ノ借銀ナ |一、長崎にて御売物ノ代銀、長崎ニ而御借銀可成之由、中野権左御請相仕候へ共、相違候て、御借銀
ラズ       |          (政直)
         |  不成候、就夫、末次平蔵・足立や才覚ニて銀子可有候間、式ア殿加判ニて借状御調給候へと申候
         |                                          (庄内)
         |  て、則りうや者を指上せ候、平蔵ゟ式ア殿へ書状参、権佐所ゟ申越候、御奉行衆へ権佐・銅飯・
         |  (加兵衛)                                                下上(飯銅)

         |  石寺ゟ書状参候、右之かね、一ケ月ニ二わり付之銀にて御座候、左候ヘハ、利分も高ク候間、い
         |                                        中津海三右衛門
         |  かゝニ候間、大坂へ銀子取ニ可被遣と、式ア殿も御登城にて御談合相済、明日小早ニ住江孫右衛
         |  門御奉行ニて、被指上せ候事                         〃〃〃〃〃
         |  〃
         |                             (仁左衛門)
舟鉄炮試射    |一、拾丁ノ舟鉄銅筒、昨日ためし候由ニ而、與次兵衛・三上宗於・安場・御横目田辺作介、かち両人
出雲製六丁ノ中合 |          (宮村)田辺城籠城衆  
格一丁      |  とも登城仕候、出雲鉄炮ハ、よけいノ鉄炮共ニ、六丁ノ内弐丁ハさけ候て、おれ申候、壱丁ハ火
         |  さらのきわニうめかね御座候而、ぬけ申候、弐丁ハ何もきす御座候而、やくニ立不申候、然而壱
弥右衛門製五丁ノ |  丁御用ニ立申鉄炮御座候、弥右衛門鉄炮五丁之内弐丁おれ申候、壱丁ハ火さらきわニ少きす御座

中合格三丁    |  候て、けむりふき出候、残而三丁ハ少もきす御座なく候、御用ニ立申候、右之鉄炮とも、薬ハ廿
         |  壱匁四分宛、出雲■筒ハ拾九匁六分玉、弥右衛門筒ハ拾九匁七部玉ニ而御座候事、
         |           于今
矢蔵住居     |一、横井左衛門、親以来〇安国寺南ノ方ノ御矢蔵ニ罷居候、御役をも仕、若キ者ノ儀ニ候間、別所へ
         |  被退候て、御留守居与之内ヲ可被置せ哉と、式ア殿今日御登城故、被尋候、尤之儀ニ候間、左衛
         |  門ハ屋敷被遣、のき候て可然候、左候ハヽ、伊佐源七を被置可然之由ニ相済候事
         |                                          又定詰之衆
江戸諸家臣ノ貸米 |一、江戸跡替り、其まゝ詰居候衆ノ借米、惣談ニ而究、触状廻シ被申候事、替り被参候衆ハ、〇廿
         |                                〃
         |  五石之内只今十五石宛、江戸ゟ披罷上候衆ハ五石宛ノ触状廻り候事

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■足の踏み場なく・・

2019-11-07 11:29:54 | 徒然

 昼すぎに本棚がやってくるというので、押し入れの段ボールを引っ張り出したりしている。
本は地震後押し入れ上段のダンボール棚に収まっていて、下段はほとんどが史料の山である。すさまじい量で引っ張り出したのは良いが足の踏み場もない状態である。
袋を開いて中を確認していると、思いがけない資料が見つかっては、見入ってしまって時間を費やしている。
本は収納できるとして、この資料類はどう分別記録するかが又頭の痛いことではある。
スキャンという手もあるが、やはり紙資料には得難いものがある。苦労して取寄せたり、収集したり、またはいろんな方から頂戴したもので、当時の事が鮮やかによみがえるから不思議である。
引っ張り出した資料が無事に収まってくれるのか、どうも懐疑的状態である。本を入れた段ボールが他にも二三個あり、開くのが恐ろしい。
元に戻すのにはニ三日かかりそうな予感がしている。

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■細川小倉藩(67)寛永元年・日帳

2019-11-07 06:22:14 | 細川小倉藩

                         (寛永元年八月)八日

         |                          
         |     八   両人当番 曇  
         |
江戸ヘノ披露状  |一、佐藤安右衛門所ゟ、江戸へ上ケ申披露状参候事、
         |        (寒田・築城郡)
寒田牧山ノ馬見分 |一、平野加右衛門沢田之牧山御馬共見ニ参候由候而、登城候事
煎薬ノ炭ヲ求ム  |一、籠番登城、籠者煩人ニくすりせんし申候間、たきすミ御渡候て可被下由、被申候事、右之煩人昨
         |  日ゟまいくわんくすり申候事
         |一、西川與介、昨日ふん後ゟ罷帰候、相替儀無之由、物語ニ候、
         |     (渡辺)  (山本)(城脱)
鷹師鷹落シノ人夫 |一、御鷹師三十郎・三蔵登ニ而、御鷹ヲとしニ参候間、道具持申候者、御長ゑノ者一人可被下ノ由、
ヲ要ス      |  被申候事
         |           (問 紹 甫)                  (間)    ( 極印 )
長崎極印所    |一、津川四郎右衛門殿、といのじやうは召連、登城ニ而、長さきゟ太郎兵衛こくい所ゟ状参候を、御
遣明船ナラズ   |  奉行衆へ見せ被申候事、当秋たうへ舟遣儀成間敷由、申来候事
腰当出来ス    |一、伊藤文五郎・成田與兵衛登城、御こしあて出来仕候を、見せ被申候事
         |               (小脱)
         |一、林加兵衛登城ニ而、主与歩之御性煩果申ニ付、替りノ御小性新参ニ、中所平左衛門と申人をき申
         |  候、則札を御奉行衆へ被渡候事
         |                    長崎舟之儀             助・甚
         |一、式ア殿ゟ江戸へ使者参候ニ、御奉行衆ゟ〇言上被上候、道倚所へまで両人状遣候事
諸郡代官入替ノ談 |一、諸御郡御代官衆入替ノ談合相究候事
合決定      |
切米取扶持取等ノ |一、御切米取之内、御切米へり候者、御扶持被放候者之談合、書立相究候事
書立       |
         |

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■身の丈に合わせ・・

2019-11-06 08:24:31 | 徒然

 文部大臣・萩生田氏の「身の丈に合わせて」発言が発端となり、大学入試の民間英語検定問題が先送りとなった。
来年から実施する予定のものが、五年も先の開始に変更と少々首をかしげたくなる制度ではある。民間に託す利権からみの匂いもする。
萩生田氏の将来を考えての官邸の措置だという報道もあるが、いかにも政治的でいい加減ではある。

 さて、私も「身の丈に合わせて」やればと思うことが有るのだが、この言葉がどうも差別用語扱いになったようで少々発言しにくくなった。
N君が数日前、ある古文書(K日記)を読む有志の会の機運があることを知らせてくれた。
少々気持ちが動いているのだが、それこそ実力が伴わない自分としては「身の丈」の分しかお手伝いは出来ない。
熊本には読み解かれていない史料が沢山見受けられる。「S日記」「N氏・日録」など、読み解かれれば、大いに熊本の近世史の研究に光を与えてくれると思われる。
又「永青文庫」という日本に冠たる細川家の膨大な史料が熊本大学に委託されて研究が進められているが、上記資料其の他の資料は、手が回らないから何時までも読み下されることもなく、図書館に死蔵された状態である。
古文書を読むことが出来る人材の育成を痛感するとともに、好事者が集まって「ああだ、こうだ」と議論しながら古文書を読むことも、能力を高めるには一番だと思う。
それこそやれる分をやる位の気持ちが必要だと思うのだが如何だろうか。「身の丈に合わせて」やりましょう。

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■細川小倉藩(66)寛永元年・日帳

2019-11-06 06:54:35 | 細川小倉藩

                         (寛永元年八月)七日

         |                          
         |     七日   両人詰 晴天 夜ノ五つゟ雨 
         |
蟹喰町出火    |一、昨日七つさかりニ、かにはミニ火事出来仕候へ共、頓而けし申候事            蟹喰町→大手町遺跡第13地区2点
         |    (辰珍)
津川辰珍長崎ヨリ |一、津川四郎右衛門殿、夜前長さきゟ御もとり候事
極印銀      |一、四郎右衛門殿只今登城候而、長崎之様子なと御咄候、唐人ごくい唐渡之舟も無御座候、銀子も三
         |  十貫目ほと入申儀ニ候へ共、こくいかねハやう/\六貫目所持候故、万事もとおりかね申候由
         |                           (長谷川守尚)(末次政直)
秋渡リ 春はしり |  候、もはや秋渡ハ成かね可申候間、春はしろニも可仕哉と、権六殿・平蔵へも申候ヘハ、同心之
         |            (小笠原長元)
         |  由候、とかく式ア殿・民ア殿各寄相候て、惣談可仕之由、四郎右衛門殿被仰候、式ア殿ゟ、明日
         |             
重陽ノ呉服進上ノ |  江戸へ九日呉服持進使者上せ申候間之申候間、此便ニ江戸へも言上可有之由之事
使者       |               〃〃〃
         |一、式ア殿ゟ御使、明日九日之呉服持進使者上せ申候間、御用候ハヽと被仰越候事
         |           (快寛)
流レ木漂着    |一、佐方少左衛門登城ニ而、苅田へなかれ木より申候を、上置申候、弐十人斗ニ而持申木之由被申候
         |  事、長サ三間有之 
         |            ( 弁当 )                   (  南陵  )  
銀細工ノ算用失念 |一、藤本勘五郎門登城、御へんたうニ入申銀なべニ仕候あまり銀、なんりゃうニ仕たるを、銀屋ゟハと
         |           ( 失念 )             (ママ)
         |  く請取置申候へ共、しちねん仕、利さかいすき候て
         |
玄海求菩提山護符 |一、求菩提限界ゟ、江戸へ被上ケ候御まほり、幷ニ言上之状持せ、使僧参候、御奉行衆へも書状来候
         |  事
加子召抱     |一、御加子弐人中国ゟ参候、能者ニ而候間、抱可申哉と、鏡善右衛門申候、則かゝへ候へと、被申渡 
         |  候事
長煩ノ水夫ヲ払ウ |一、長煩候て、御用ニ不立御加子七人御座候、暇を可遣之由、善右衛門ニ被申渡候事
         |             (破)
入牢人重態ニヨリ |一、御籠之御番登城ニ而、不波忠左衛門者煩申候か、以外よわり申候、多分果申かと存候由申候、此
明寰診察調薬ス  |  由式ア殿・民ア殿へ参候て、可申入之由被申渡候事、其後ミんくわんを被呼候て、薬をのませ候
         |  へと被申候而、ミんくわん脈を取ニ、籠へ参候事
         |        

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■御恵贈御礼「さつま人国誌、戦国・近世篇、同2」

2019-11-05 19:23:53 | 創作

                 さつま人国誌 戦国・近世編 古本 古書さつま人国誌 戦国・近世編 2 古本 古書

 著者・桐野作人先生からご恵贈給わった。厚く御礼申し上げる。
実は近々発刊に至る新刊本においてご紹介いただくある事柄についてお問い合わせがあり、ささやかな資料をお届けしたところだが、このようなお心遣いを頂いた。
この二冊の単行本はすでに第三刷となっていて好評を物語っている。

先生のブログ「膏肓記」は随分以前からいつも拝見しているし、いろいろな御著の発刊についてはブログで知ると読ませていただいている。
戦国時代から近世・近代に至る迄、ご出身の鹿児島にかかわらず幅広い視野で歴史を語られ、私どもを楽しませていただいている。
今後のますますのご活動にご期待を申上げる。感謝。
    

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