物申(ものもう)
これは俳句といえるかどうか、古い句に「たのもうの声に物着る暑さかな」というものがある。
誰の句か、いつごろのものか、私はどこで何を読んで覚えていたのかもよくわからない。ぐぐってみても出てこない。
裸ででも過ごしていたところに、外から来客の声がして、慌てて装いを正して飛び出したという風情である。
宅配便や郵便局、時には下の階の御婆さんがお裾分けにと尋ねてこられるから、ピンポンと音がすると慌ててしまうことがよくあつて、上の句には共感すること大である。
追記:縁戚のFY氏からコメントをいただき、横井也有の句であることが判った。御礼を申し上げる。
也有については、熊本の横井小楠と先祖を一にする同族とあって、いろいろ本を読んだりしたから、その折に覚え
た物だと思うが、爺様の記憶力はいい加減なもので、「たのもう」ではなく「物申=ものもう」だった。
そしてこれを受けて、これは「江戸随想集」(古典日本文学全集35)にあったのではないかと思い至り、頁を追っ
ていくと「年々随想」という項の一番最後(25)に「夏籠(げごもり)」があり、ここに紹介されていた。
也有の弟子・六林の俳書にのせてあるのだそうだが、FY氏はネット「増殖する俳句歳時記」で見つけられている。
物申の声に 物着る暑さかな 也有
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
高田宏のエッセイ「本のある生活」を読んでいたら、「涼風奄奄」という文に出くわした。
これは1978年9月の「ホームティーチング」に掲載されたものを転載してある。
この夏は苦しかった。「熱帯夜」という、辞書にはまだ登録されてないことばが、とうとう日
本語として安定しそうである。歳時記の季語に採られる日も遠くないだろう。
高田氏は、1978年『言葉の海へ』で言語学者で「言海」の執筆者・大槻文彦の評伝を書き、大佛次郎賞と亀井勝一郎賞を受賞した。上の文はまさしくその時期のものだ。
受賞の報道を見て本を購入して読み、大槻なる人物を知ったし、又高田宏も知った。
そんな高田氏のエッセイを読むと、言葉にたいするこだわりが見て取れる。
今年の猛暑は何なのだろう。「熱帯夜」という言葉が誕生したのが1978年だとすれば、42年が経過している。
この時期から地球が温暖期に入っているのだろうか?
気象用語も随分変化しているように思うが、「熱帯夜」にとって代わるような言葉はまだ見受けぬが、これ以上の暑さを表現できる言葉が見つからないのか・・・
歳時記に「熱帯夜」という言葉が登場したのはいつの頃か知らないが、当然掲載されている。