この30日に、田布施町のTAIKOスポーツセンター田布施で第23回たぶせスポーツまつりが開催されます。そのスポーツまつりで、1時間のミニウォーキングを任されました。
10:30にスポーツセンターをスタートして、11:30にスポーツセンターに戻ります。山崎原遺跡,浮島神社,新川寮,大刀洗飛行場集積所跡地,そして憲兵駐屯所跡地を1時間で回ることにしました。その史跡で立ち止まりながら簡単な説明を私がします。今回その下見をしてきました。
その歴史や江良碧松の句碑について解説する浮島神社
スポーツセンターを出発すると、スポーツセンター近くで山崎原遺跡について解説します。スポーツセンターや隣の鉄工所を作る時に発見され発掘されたのが山崎原遺跡です。続いて新川地区の浮島神社に向かいます。この神社はかつて「ひねきり明神」と呼ばれていました。若い女性が背後をひねきってもらうと、縁付きが良くなると言われていました。今でも、良い伴侶を得たい女性がこの神社にお参りすると効果があるとか。
TAIKOスポーツセンター 川田鉄工所近く 浮島神社の鳥居
浮島神社では力石,江良碧松の句碑,そして花火についてもお話をします。続いて、浮島神社の隣にある川添寮に行きます。この寮には戦前に尼さんが住んでいました。尼さんがいなくなった今でも、地域の方が毎日のように仏前におっぱん(御飯)をお供えしています。この川添寮は南平和霊場の第二番札所でした。かつてはたくさんの巡礼者が訪れていたのでしょう。
江良碧松の句碑(力石) 浮島神社近くの川添寮
川添寮の次は道を戻り、途中から田んぼ道を通って旭地区に向かいます。そして、昭和20年頃にあった太刀洗飛行場の倉庫群跡地(集積所)に向かいます。また、その倉庫群を監視するためにいた憲兵の駐屯所跡地に向かいます。そして、その歴史的な位置づけなどを解説します。終戦間際、知覧から特攻隊として出撃した飛行士は大刀洗飛行場で訓練したそうです。知覧と田布施は太刀洗飛行場を通じて繋がっていたのです。
その後、出発したTAIKOスポーツセンター田布施に戻ります。
第23回たぶせスポーツまつり ミニウォーキングのコース
ほぼろ製作用にと陸稲を少しばかり栽培しました。陸稲は畑で育てるお米です。春に種を蒔いて育ててみました。しかし、陸稲は雑草対策など水稲と比べて格段に栽培技術が難しいです。10年前ほど前までは食べるほど栽培していましたが、今は止めています。
今年ほぼろ製作に使えるかどうか栽培してみましたが期待外れでした。雑草に負けたのかどれも背が低いのです。想定していた通りでした。来年また栽培するか決めていませんが、採種だけはしておきました。
雑草の間に育っている陸稲、背が低くほぼろ用には使えず
山口県に帰るまで、東京で水稲栽培をしていました。冬の荒起こし、苗場作り、種まき、苗取り、田植え、草取り、稲刈りと脱穀、精米など、ほとんど一人でこなしていました。私が子供の頃の古い米作り方法でした。そして、近所の所小学生に米作り体験をさせていました。幼稚園児、中学生、高校生や大学生たちにも教えました。
古い農機具を使った当時の農作業や、一緒に米作りした仲間達を思い出します。
背が低い陸稲 実入りも良くない 採種用の二束
円柱状の経糸にぐるぐると横糸を通し、ようやく最後まで織ることができました。さっそく出来上がった毛糸布を外しました。そして、手にはめてみることにしました。ところが、右手にはめようとすると狭くて入りませんでした。そこで、左にはめてみました。やや窮屈でしたが通すことができました。これは何と言えばいいのでしょうか。手甲、ハンドウォーマー、アームウォーマー、リストウォーマー・・・・どの部類に入るのでしょうか。
どの程度暖かいか冬に使ってみようと思います。1月に積雪の銭壺山に登りました。この時は軍手を使いましたが、このハンドウォーマーがあれが良かったかも知れません。太めにした片方をこれから織ろうと思います。
試行錯誤しながら織って作ったハンドウォーマー、ちょっと窮屈
円柱状に織って作る上で困ったのは、横糸が終端になった頃です。経糸に横糸が通しにくくなることです。シャトルとして使っている横棒が通らなくなることが原因です。無理して通そうとすると、経糸がちぎれそうになりました。ちぎれては困るため、程よい所で横糸を通すことを止めました。ところで、インターネットが調べてみましたが、ハンドウォーマーは編んで作る事例ばかりです。来年は手の曲線に合わせて織ってみたいと思います。
円柱状の織機から毛糸布を外す 手の甲側から見る、なんとも?
藍や緑綿などを栽培している畑、前回草刈機で刈ろうとしていたら思った以上に大変でした。そのため、再度畝間用の小型ハンマーナイフモアを使って草刈りをしました。草刈幅は40cmでとても狭いです。そのため、草刈りが遅いのには閉口します。しかし、後に付いていくだけですのでそれほど疲れません。2時間位もくもとと作業していると草刈りがほぼ終わりました。残りは畑の土手や樹木の下に生える雑草です。これらの雑草は草刈機や鎌で刈るしかありません。
繁茂した雑草を、もくもくと畝間用ハンマーナイフモアで草刈り
前回刈り残した緑綿傍に生える雑草には特に注意しました。成長が思わしくない緑綿です。雑草に紛れてしまい誤って刈り取ってしまいそうになります。速度を落として緑綿の傍をギリギリ通過するようにして除草しました。緑綿直下の雑草は後で鎌を使って刈り取っておきました。
藍の傍を注意深く通過 緑綿の右サイドを通過 草刈り進行中
ハンマーナイフモアによる草刈りは、柿,クヌギ,クルミなどの樹木帯までとしました。樹木の下は、根が出ていたり幹やその枝などの障害物があるためハンマーナイフモアに適しません。後日、草刈機と鎌で雑草を含む下草を刈ろうと思います。8月初めの草背が30cm位でした。この頃に一度草刈りしておけば、今回のような苦労はなかったのではないかと思います。草刈りに明け暮れる毎日です。
もうすぐ草刈りが終了 樹木帯傍で草刈り終わり
少年少女発明クラブの子供達が制作した発明工夫作品を、山口市の発明協会に運びました。田布施町役場に集合した後、発明工夫品を保管してある田布施西小学校に向かいました。到着すると、バケツリレー方式で二階の工作室から校舎裏に駐車した車まで次々に詰め込みました。今年は作品の数が少ないためすぐに運び終わりました。数年前は今年の三倍以上の作品数でしたので、運ぶ車もマイクロバスでした。詰め込みが終わると、田布施西小学校から高速道路を使って山口市に向かいました。
発明協会に運び込んだ発明工夫作品を一つ一つ説明
到着すると、発明工夫作品を次々に発明協会の会議室に運び込みました。会期室の机に並び終えると、作品の一つ一つについて発明協会の方に解説をしました。作品の名前、使い方、工夫した所、苦労した所、作るのに苦労した所などを解説しました。一押しの作品や、何だかなあの作品など…すべての解説に30分位かかったでしょうか。
今回提出した作品は後日、展示会で披露されます。良い作品は表彰されると思います。4月から今回まで延々と続く指導などに疲れます。子供達一人一人個性に合わせて指導したつもりですが、反省するところばかりです。とにかく怪我や事故が無かったことは良かったと思います。
車に詰め込み中の発明工夫作品 発明協会に持ち込んだ作品の数々
前回、畝間用のハンマーナイフモアで草刈りしましたが、草刈幅が狭いためなかなか草刈りが終わりません。そこで、今回はいつも使っている草刈機を使いました。しかし、草が伸びすぎていました。そのため、刈った草を片側に寄せるのが大変、さらに刈刃に草が絡みついてしばしば回転が止まりました。時間がかかってもハンマーナイフモアで草刈りした方が良かったです。
途中で草を刈る場所を変えました。マオラン、クルミ、陸稲、小豆などの周りだけを刈り取りました。その他は、後日ハンマーナイフモアで刈ることにしました。
草刈機で草を刈るも、茂りすぎて汗だく作業
八月初めに一度でも草刈りをしておけば良かったです。猛暑で雑草が元気いっぱいに草背が伸びてしまいました。雑草は30cm以上に伸ばさないことにつきます。いつもの事ですが、面倒くさいと思って作業を伸ばすと、労力は倍になって跳ね返ってきます。10年前に比べて体力も落ちてきたためでしょうか、二倍でなく三倍の労力に感じます。
草に埋もれながら草刈り 畑の1/3位を刈り取り 草に埋もれたクルミ
草刈機の作業に疲れたため、次は鎌による草刈りに切り替えました。それは、草刈機だと誤って刈りそうな場所です。冬に植えたクルミの苗木,こぼれ種から育った小豆,冬に植えたマオランの苗などです。マオランは日陰になるとすぐに枯れるようです。草に埋もれてしまった苗は枯れそうでした。日が当たったマオランは元気に育っていました。
草に埋もれ枯れそうなマオラン 元気に成育中のマオラン
7月の史跡巡りウォーキングの下見は二度とも天候不順でできませんでした。今回は9月の史跡巡りウォーキングの下見に行ってきました。予定では城南の潤田まで行くつもりでした。しかし、朝から体調不良の上に猛暑で疲れまくりました。そのため城南公民館までで止めました。急遽、城南公民館で休憩兼昼食をとりました。城南公民館長のNさん、冷えた美味しいコーヒーをいただき感謝します。
橋があるかと思って歩いたジャングルのような草土手、橋がなく引き返す
今回歩いたのは交流館から城南公民館までのすべての橋を通るウォーキングです。途中にあるお地蔵様や石碑なども見学しました。もともとは田布施川のすべての橋を渡るウォーキングでしたが、猛暑のため交流館から上流側の橋全てに切り替えました。それでも疲れで城南公民館までとなりました。本番ウォーキングも今回の下見の通りに歩くつもりです。
途中のお地蔵様 のんびりした川の土手 マオランの大株
今回一番のミスは、橋がまだあると思っていた新開橋向い側の橋です。工事のため撤去されていました。数百メートルものジャングルのような草が生える土手を歩きました。あるはずの橋の袂についてガックリきました。疲れがどって出てきました。仕方なくとぼとぼと引き返しました。
田布施川洪水の石柱 歩きやすい土手を布奈橋に向かう
脚を引きずりながら元来た場所に戻りました。気を取り直して新開橋まで歩きました。途中田布施川の洪水碑、お地蔵様を見ました。それらを見ていてマオランの大株があることに気が付きました。田布施にもマオラン工場があったとのこと、その名残のマオランかも知れません。新開橋を渡ると布奈橋までのんびり歩きました。
交流館から城南公民館までの田布施川沿いに歩いた土手コース
仕事や野良仕事などの合間をみて、円柱の経糸に横糸を通して円柱布を織っています。なんせシャトルが使えないので、経糸を一本一本選びながら横糸を通しています。全体の2/3ほど横糸を張り終わりました。何となく全体の形が見えてきました。ただ、中央部がたわんで鼓のような形になってきました。あと一日ほどの時間があれが完成です。ただ、やや小さくまとまったのが気になり始めました。
鼓のように中心部が縮んでくる、さあて完成するか?
今回の織りで気を付けたのは、親指を通す穴です。その穴の長さを決めました。自分の親指の付け根の長さが6cmでした。そのため、円柱布の穴の長さも6cmにしました。穴の位置までは。円柱経糸に単に360°ぐるぐる回りながら横糸を通しました。穴を開ける位置に到達すると、180°でターンするように織りました。そして、6cmの親指通し穴を開けました。
私の親指の付け根6cm 円柱布に同じ6cmの通し穴
親指通し穴を開け終わると、360°ぐるぐる回すように円柱経糸に横糸を通しました。終盤に差し掛かったのですが、一つ問題が発生しました。それは円柱布の終端に近づくと横糸を通していた通し針が抜けにくくなったことです。そこで、なるべく細いものを使いました。出来上がると、針のピンから円柱布を型から外しました。
だんだん横糸通しにくく 無理やり通す横糸 毛糸をピンから取り外す
我家に植えてあるイチジク、初夏と秋に収穫できます。しかし、今年は春に害虫(カミキリムシ)に入られて初夏は収穫できませんでした。実が大きくならず落果するのです。ガッカリです。
その後、8月始めに小さな実が付いていることに気が付きました。そして昨日、その実が大きくてしかも良い色の実に育っていました。売っているイチジクよりも美味しそうです。タヌキに食べられないうちに収穫しました。
枝にぶら下がった美味しそうなイチジク、重みで落ちそう
イチジクの樹を見回ると、いくつかの枝に害虫(カミキリムシ)が入っていました。樹の数ヶ所に穴があいており、その穴から木屑が出ていました。相応の薬を注入しておきましたが、もう遅すぎます。もう2,3個収穫すれば今年の収穫は終わりです。我家産の美味しい果物、冬の間に害虫対策をしておこうと思います。
今回収穫したイチジク2個 害虫に入られたイチジクの樹
このところ天気が不安定になることがあります。そんな時は気温が少し下がり気味のため、野良仕事をしやすくなります。今回は、藍,緑綿,陸稲畑の草刈りをしました。元々はハンマーナイフモアを使って草刈りしようと思っていましたが、故障のため畝間を草刈りするハンマーナイフモアで草刈りしました。草刈り幅が40cmと狭いため畑の半分ほどしか草刈りできませんでした。残りは仕事が無い日に同じように草刈りしようと思います。
刈幅が狭い畝間用ハンマーナイフモアで草刈り
二ヶ月位草刈りをしていなかったため、畑は草原のようになっていました。しかも、草背が高くハンマーナイフモアも苦しそうにエンジンが回ります。油断すると、たくさんの草がロータリー刃に絡みつきます。そしてエンジンがとまります。そんな時は、絡みついた草をロータリー刃から取り除いた上でエンジンをかけます。数回そんなことがありました。
背がとても高い雑草 ゆっくりと草を刈る 少しずつ雑草を刈る
草を刈る前、植えていた藍が草に隠れて見えませんでした。しかし、刈り進むうちに藍が見えるようになりました。雑草にやられているかと思っていましたが元気でした。葉も青々としており、秋の藍染め体験に使えそうです。緑綿は雑草に囲まれて背が低いままでした。でも、赤い花が咲いており、晩秋には種が取れそうです。来年ちゃんと育てようと思います。
青々と育っていた藍、藍染めに使用可 成育が思わしくなかった緑綿
4月の開講式以来4~8月の間、子供達は発明工夫展に出すための作品を作ってきました。その作品の提出日となりました。ほとんどの子は完成して、あとはその説明書を書くだけです。しかしながら、自分の作品の長所、きっかけ、工夫点などを分かりやすく文章にするのは苦手です。今回は工作の時間と言うよりも国語の時間です。私は出来上がった説明文を最終添削しました。
自分が作った発明工夫作品の説明書を清書
説明書が完成すると、子供は作った作品と一緒に写真を撮りました。そして、その作品をビニール袋に入れました。あらかじめビニール袋には所属小学校、学年組、そして名前を書き込んでおきます。なお、ビニール袋に入れるのは、移動中に作品が壊れて部品が散在しないためです。
説明文は難しいかな 完成した説明文 作品と一緒に写真
ビニール袋に入れた作品は、後日山口市の発明協会に運びます。そして、それぞれの作品を審査員に開示します。実際に動かして、その便利さをアピールします。その後、発明工夫展示会に展示されます。いくつの作品が表彰されるでしょうか。
ビニール袋に名前などを記入 壊れないように作品を袋に入れる
コロナ惨禍中、ずっと開けなかったウォーキング仲間などの懇親会に参加しました。3年ぶりの集りでしょうか。私は今回、車の運転をして送迎したためお酒を飲めませんでした。
さて、集まった皆さんは美味しい料理を囲みながらお酒やお茶などを飲みました。そして、コロナ惨禍中の出来事や近況の話題などを話しながら楽しみました。今後も定期的に集まれればと思います。楽しいひと時をありがとうございました。
集まったいつもの仲間達、美味しい料理を囲みながら楽しいひと時
周防大島では昭和の時代、マオランを使ってロープにする産業が実在していました。実際にその工場跡地を見たり、経営者子孫の方にお話を聞いたり、工場で働いたことがある方にインタビューしたりしました。
そこで、マオランを使ってロープを作ることができるか再現実験をしてみました。まずはマオランを繊維状にした後に草木染めしました。その染色した繊維を綯って四連の縄(ロープ)にしてみました。結果、なかなかいい感じの縄が出来上がりました。周防大島で生産していたロープはこんな縄だったのでしょうか。
左手のすべての指を使って四連の縄を綯う
せっかく草木染めしたので、四色(藍、紫、紅、黄)の四連縄にしてみました。左手の指五本全てを使うため各指がとても疲れます。特に力が弱い小指が痛くなります。ちなみに、次のように各色の繊維を掴んで次々に綯いました。
①藍:親指と人差し指
②黄:人差し指と中指
③紫:中指と薬指
④紅:薬指と小指
四色の根元を結束 各色の繊維を指で挟む 完成した四連縄
完成した四色の四連縄はなかなか綺麗です。また、四連のため握りやすいです。ほぼろなどの籠の持ち手に最適です。ただ、繊維分を抽出する時にたわしで擦りすぎたためは縄の巻き具合がするするしました。手で綯ったため緩くなったのかも知れません。もっと指に力をこめて綯えば強靭な縄が萎えたのではないかと思います。マオランを縄にする工程を再現できたのはよかっです。
出来上がった四色四連の縄(ロープ)、草木染めが綺麗
草原化した畑がいくつかあります。草刈機で地道に刈り取っても良いのですが、今の時期は猛暑で体にこたえます。久しぶりにハンマーナイフモアを倉庫から引き出してみました。永い間仕舞っていたにも関わらず、エンジンは元気にかかりました。
しかし、メインジェットかどこかが詰まっているらしく、チョークを保持しないとエンジンが止まってしまうのです。エンジンが動くからと、遠くの畑に移動中に故障してしまいました。チョークを戻したのが失敗でした。エンジンがパタリと止まってしまったのです。押しても引いても動きません。仕方なく、ギヤを中立にして家に戻りました。猛暑で汗だくです。草刈機を使った方が良かったです。がっかり!
汗だくで疲れ、キャブレターを分解修理する元気なく
家にたどり着くと、水を飲んで小休止しました。プラグがかぶってしまったようです。プラグを外してバーナーで焼いてエンジンに取り付けました。すると、再びエンジンがかかりました。しかし、チョーク周りの故障はキャブレターを分解するしかありません。しかし、そんな元気が出てきません。なんせ、古い農機具なのですぐに故障してしまいそうです。
プラグを取り外す ガソリンで濡れた先端 バナーで先端を焼く
このハンマーナイフモア、以前からキャブレター周りが不調です。もう引退させた方が良さそうです。私も老体なので修理し続ける体力はありません。数ヶ月分のお給料を貯めて、新しいのを購入した方が良いのではと思います。とにかく畑などの草刈りはしんどいです。
しぱらくは、畝間用小型ハンマーナイフモアを引っ張り出して使わざるをえないようです。斜面は草刈機を使わざるを得ませんが、体力的には平坦な畑はハンマナイフモアに限ります。
プラグ先端が赤くなるほど焼く エンジンがかかるも猛暑疲れ!
8月最後の日、周防大島を訪ねました。目的は小泊にある瀬戸内民俗館とうわ(小泊農村公園)です。数ヶ月前、橘民俗資料館を訪ねると閉館中でした。そのため、瀬戸内民俗館とうわも同じではないかと思い最初社会教育課を訪れました。すると、今は閉鎖中で倉庫として使っているとのことでした。仕方ありません。
そこで、瀬戸内民俗館とうわの現状を知るため現地に行ってみました。すると、鍵がかかっており倉庫として使われていることが分かりました。かつて小学校だったようで、雑草に囲まれた校舎跡でした。雑草に埋もれた国旗掲揚台が寂しげでした。
この春にできたCafe de Costa Rica、美味しいコーヒーをいただく
気を取り直して、こんどは小積にこの春新しくできたカフェ(Cafe de Costa Rica)に行きました。思いがけないことに、一緒に行ったiさんの知り合いの方が開いたカフェでした。いろいろな種類のコーヒーがありました。私は、ワインを醸造するために使った樽に寝かせたコーヒー豆にしました。そして、それを水出ししたアイスコーヒーをいただしました。ワインの香りがする美味しいコーヒーを堪能しました。
瀬戸内民俗館とうわ 旧小学校跡地の民俗館 草に囲まれた玄関
オーナーと奥様は植物繊維などに興味があるようでした。そこで、周防大島産のマオランを繊維にして草木染めして、恥ずかしながら私が綯った縄をお見せしました。元気な男の子二人がいるとても家庭的なカフェでした。思いがけず田布施で販売しているお菓子のパンフが置いてありました。オーナーさん,奥様,従業員の方,そして子供達と話が弾んでとても楽しいひと時でした。ありがとうございました。
Cafe de Costa Ricaの専用駐車場 Cafe de Costa Rica店内